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作品名:断頭台のアーレース 作者:ブリブリ仮面

第9回   9
マゴグのグループに保護されてから二週間が過ぎようとしている。
追っ手の情報は時折耳にするが、何事もなくグループ内の事務的な作業に追われる毎日だ。

この間に、マゴググループが単なる強盗団ではない事も段々と分ってきた。
主な収入源は、生活保険と称する敵から身を護る約款付きの安全保障だ。
つまり彼らは、スラム地区の無法者を縄張りに入れない事を目的とした用心棒組織なのである。
もちろん仲間の荒くれは税金だと言って憚らず、半ば強制的に取り立てている訳だが。

この近辺は昼夜に関係なく何処を歩いていても殆ど銃声は聞かれない。
何らかのトラブルが起こったとしても、必ず近くにいる仲間が仲裁に入り、刃傷沙汰に至るケースは非常に稀である。
良く考えてみると以前住んでいたアジトの周辺はスラム地区だったらしい。
恐らくは本部の命令で、敢えて戦場のど真ん中に陣地を構えていたのだろう。

そして、マゴグが頭の悪い人間だと決め付けていたのは私の先入観に因るものだった。
色々な話をしていると相変わらず汚い言葉遣いなのだが、思慮深い聡明な人間である事がはっきりしてきた。
彼に人望も何もなければ、この相当に広い縄張りの治安を維持するのは困難だったろう。
しかし教育までは手が回らないらしく、文盲率は8割を超える。それでも他と比べたらマシなのだそうだ。

今日は朝から幹部会議に招集されているのだが、また例の話をするつもりなのだろうか。
会議用の大きなテントの中には既に幹部たち数十名が集まっている。
幹部たちを前に、マゴグの右隣にはルミターナが、左側には最高幹部3名が座っている。
そして私の席はルミターナの直ぐ隣である。

マゴグがずっと腕組みをしたまま眼を閉じていると、左手にいる最高幹部の一人が苛立った様な口調で切り出した。


「御頭よう、多くの仲間や家族が殺されて腹に据え兼ねてんのは俺たちも同じ気持ちなんだよ。
だからって言ってよ、奴らに報復したところで本当に勝目があんのかどうかだよ。
今度また大規模な攻撃を受けたら組織そのものが潰されるかもしんねえんですぜ。」

「おめえは相手がちょっと強いだけで尻尾巻いて逃げ出す臆病者だったのかい。」

「勝目のない喧嘩なら、勇気ある撤退も辞さないってえのは御頭から教わったんですぜ。」

「ああ、そうだったかも知れねえな。」

『君は勝算がなければ動かない人間だと私は思っているんだがね。』

「おう、俺の事を良く知ってんじゃあねえかよ、カブラギ。1%でも可能性があれば賭けてみんのが俺様の流儀よ。」

『こちら側の被る損害についてはどう考えてるんだ。』

「だからそれが臆病者の証拠だって何度言ったら分かるんだよ、ええ〜。死んで行った奴らの魂はどうやれば救えるのか、おめえはまだ明確な答えを出してねえよな。」

『亡くなった人達が報復を望んでいるのかどうかは判断出来ない。それが私の回答だ。』

「またそうやって逃げ腰になるつもりかい。そんな野郎だとは思わなかったぜ。」

『その程度の男だと何時も言っている筈だが。』


また空気が凍り付いてしまった。ここ2週間というもの、毎日がこの様な感じで始まるのである。
マゴグは再び腕組みをしたまま眼を瞑り黙りこくってしまった。
ヒルズ地域報復攻撃案の賛成派、反対派双方がこうして午前中いっぱい議論したり口論をしたりの繰り返しである。


「いや、俺はな、既に綿密な計画を立ててあるからこそ、おめえらに賛同を求めてきたんだよ。
本来ならば俺様の命令一下、おめえら全員が文句を言わずに従わなくちゃあなんねえのは分かってんな。
しかし、今回は問題がデカすぎるてえのは承知の上だ。そこでよ、俺はこの問題を多数決で決定することにした。
臆病な奴はここから去っても一向に構わねえからよ、投票だけはしてから尻に帆掛けて逃げ出すこった。」


投票は幹部全員が左右に分かれることで決めるものとした。マゴグの右側が賛成派、左側が反対派である。
マゴグは両手を大きく広げて左右に分ける仕種をした。
そして、結果は人数を数えるまでもなく明らかだった。
マゴグとルミターナを含めた47名の幹部全員が右側に寄ったからである。


「よっしゃあ、おめえらはやっぱり俺様の選んだ勇者だったってえ事が証明されたぜ。」


果して、仕方なしに賛成したのは私だけだったのだろうか。
詳しい打ち合わせは午後になってから早速行うらしいが、その計画書の総てはマゴグ一人の頭の中にあるようだ。
私は何も聞かされていないし、午後から再び議論が活発化するのではないかと感じた。
しかし、正規軍相手に賊軍が武装蜂起などとは、余りにも無謀だとしか言い様がない。
私はかつて犯した過ちを、再び繰り返さなければならない運命なのだろうか。


午後、打ち合わせの時間が来た。マゴグは酒瓶を片手に得意満面の様子だ。
そして幹部全員にもシャンパンとワインが配られた。


「反対していた奴にゃあ内緒にしていたがよ、お膳立てはもうすっかり整えてあるんだ。
聞いて驚くんじゃあねえぞ。今回の作戦はゴグランドシティーだけの問題なんかじゃあねえんだよ。
極秘だからよう、耳の穴かっぽじって一度で覚えとけや。それは、世界各地での一斉蜂起が計画されてるってえ事だ。
作戦決行は明後日の早朝だ。時間は余りねえが、その間に新しい武器の使い方に習熟しておけ。
ルミターナが海外から強力な兵器を取り寄せてくれたんで、今日から早速演習開始だ。」

『幾ら何でも明後日では早すぎはしないか。』

「賽は投げられたんだよ、おにいさん。計画がバレて予防線を張られる前に叩きのめすんだよ。」

「その通りだ。臆病者は足手まといになるから今すぐ出て行きやがれ。」

『それは私に対して言っているのか。』

「あんたはもう何処にも逃げられやあしないだろ、首狩りのおにいさん。あんたは機械に強そうだから、第一撃目に使う巡航ミサイルを担当して貰うよ。」

『高性能な飛び道具は全て無力化されたんじゃなかったのか。』

「誰もピンポイント攻撃が出来るなんて言っちゃいないよ、おにいさん。」

「それからな、明日の朝早くから大規模な決起集会が開かれる。おめえにゃあ得意の演説をやってもらわにゃあならん。
兵隊は三倍増の3000人以上に増えているが、最低でも3万人は欲しい。これでヒルズ地域の軍と警察の総力に匹敵する数になるってえ寸法よ。」

『集会など大々的にやったら、計画が筒抜けになるのは覚悟の上なんだろうな。』

「陽動作戦の一部だと考えろ。それからな、俺たちの縄張り周辺には四つの比較的大きなグループがある。
そいつらも特別に呼び寄せたからよう、おめえは馬鹿どもを扇動する事だけ考えてりゃあいいんだ。」

『そして君が総大将に就任する訳か。』

「何もかも俺様に従ってりゃ悪いようにゃあしねえって事よ。」

『そう願っているよ。』


マゴグの話に拠ると、ゴグランドシティーとヒルズ地域を結ぶ広い地下通路が何本も存在するそうだ。
それは100年以上も前に封鎖されたが、コンクリートを破壊すれば現在でもヒルズ地域の奥深く侵入する事が可能なのだという。
巡航ミサイルの発射と共にコンクリートを破壊し、大型車両でヒルズ地域内部に入り込み主要拠点を制圧する。
そして深奥部での混乱に乗じ、正面から攻撃を仕掛けた後、大量の難民を送り込み更に混乱を拡大させる。

軍人は例外なく育ちの良いエリート揃いであり、もし白兵戦など起これば半数以上が投降するであろうと。
比してゴグランドシティーの革命軍は命知らずのならず者ばかりであり、勝算は十二分にあるのだとか。
内通者が多数存在するため撹乱は容易で、ヒルズ地域制圧は理屈通りに事が運ぶとも。
しかしこれは、マゴグの身勝手な想像でもある。

ひょっとしたらマゴグは、連邦司令本部に踊らされているピエロではないのか。
高価な巡航ミサイルを大量に買い込む金は、一体何処が出所になっているのだ。
地下道のコンクリートを破壊する大型削岩機は、一体全体何処で製作された物だと云うのだ。

これから起きようとしている出来事は決して偶然の産物などでは有り得ない。
だが、私には反対する理由も見当たらないし、逃れられぬ運命と諦めなければならない現実の中にいる。


ルミターナから一夜漬けでミサイルとランチャーの扱い方を教わったが、ジェットエンジンを用いた音速にも至らないかなり旧式の兵器らしい。
攻撃目標は軍施設と送電線、更に交通網を寸断するため主要幹線道路の徹底的破壊。
しかし地上にある施設は全て見せかけで、本丸は地下深く蟻の巣のように張り巡らされた地下都市に存在するのだとか。
つまり地下の拠点を制圧しない限り、勝利の雄叫びを上げる事など出来ないという訳だ。
なるほど、クロッカワー邸にも警備の厳重な地下居住区らしきものがあった。
恐らく強固なシェルターにもなっている筈だから簡単に突破するのは難しいだろう。
ルミターナに言わせると、奴らはモグラか地底人に近いのだそうだ。

ふと腕時計に目を遣ると、攻撃地点をプログラムしている間に夜が明けてしまったようだ。
今日は朝から何処かで大集会が開かれ、私も壇上に立たなければならないらしい。
仕組まれた武装蜂起など無意味な暴挙である。しかしマゴグとルミターナには恩義を感じていない訳でもない。
柄にもなく、一宿一飯の恩に報いる時もあると観念するべきなのか。


午前八時頃、マゴグを始め幹部全員と共に少し離れた大きな公園へ向かった。
そこにはステージとは言い難いお立ち台の上に数本のマイクと大型のスピーカーがあり、一応の準備だけは整えてあるようだった。
壮観なのは芝生の客席を取り巻いている屋台の数の多さだ。今の所、来客よりも商売熱心な従業員の数の方が多そうに見える。

午前九時近くになると、芝生の客席が柄の悪そうな男たちで半分以上埋め尽くされていた。
尚も、この大きな公園のあらゆる方向から多くの客が集まりつつある。
そしてマゴグの指示で開始時間は九時半からと決定された。
演説の順番はマゴグが先陣を切り、次いで弁が立つ最高幹部の一人、そして最後に私が締め括りのアジテーションを任された。
骨董品の様な端末機の扱いにも慣れてきたので言い淀む心配もないだろう。


先程からルミターナの姿が何処にもないので訊ねてみると、彼女は自ら人質の役を買って出たのだそうだ。
そういえば客の中には、ライフルや機関銃を手にした男の姿は唯一人として見当たらない。
もちろん懐には例外なく拳銃を持っていそうだが、この事実だけでもマゴグとルミターナの集会に賭ける意気込みが窺える。

九時半を過ぎてからマゴグの演説が始まったが、毎度同じことの繰り返しなので食傷気味になっている。
退屈なのであくびをしながら聞いていたが、そろそろ私の番が回って来そうな時間になった。
しかし昨日からミサイルの扱いを覚えるのに忙しくて、アジテーションの構想を練るどころではなかったのだ。
そんな気すら起こらなかったと云うのが正直なところだろうか。恐らくこの作戦に前向きでない者は私一人ではあるまい。

表現をなるべく解り難くして、適当に誤魔化しながら喋るのが最も賢明な選択であろう。
そして嫌々壇上に立たされ・・・・・・・・・・


『私は冗長な前置きが趣味ではない事を先ずお断りしておく。単刀直入に要点のみを述べたいと思う。』


短い前置きが終わるか終わらないかと云う時、今までに無かった様な拍手が沸き起こった。
どうやら客の全員が私の素性を・・・・・お尋ね者の首狩り族である事を知っているらしい。


『私はこの地で生まれ育った訳ではない、つまりは余所者である事も最初に断って置きたい。
しかし、どの様な土地であれ住めば都、信頼出来る仲間がいて愛着が沸けば、其処こそが第二の故郷である。』


また大きな拍手が巻き起こった。解り易すぎたのだろうか。


『端末機への入力の合間に皆さんが拍手をしてくれると非常に助かるよ。』


今度は満場の笑いを誘ってしまったようだ。多少難解な方向へ軌道修正しなければいけない。


『私はゴグランドシティーについて少しは知っているつもりだし、ヒルズ地域についてもほんの少し知っている。
ヒルズ地域に存在してゴグランドシティーに存在しないものも知っている。
それは恵まれた生活であり、一生涯安定した職業に就いて何不自由なく毎日美味しい物を食することが可能な環境である。
それは病気や事故に遇ったとしても、全財産を使い果たしたり、それすらも適わず天に授かった命を途中で投げ出す事なき環境である。
それは何人たりと雖も分け隔てなき教育を受け、支払った税金に対して当然の権利を行使する事が可能な環境である。
それは誰しもが家や車を所有し、仕合せな家庭を築き、老後の不安を抱く必要もない基本的な環境である。
しかしながらゴグランドシティーでは、その半分どころか1/10も人としての基本的権利を与えられてはいない。
その元凶とは一握りの人間達による富の寡占であり、本来平等に分け与えるべき富の収奪に起因するものである。
私たちは同じ地に住む同じ人間として、当然の要求を行い権利を行使すべきなのである。』


しまった・・・・どうして一々拍手をするのだ。しかし、今日の私は難解な表現が出来ないでいる事は確かだ。


『奪われたものは奪い返すのが、下等動物であれ人間であれ自然界の掟である事は皆さんも良くご存知だと思う。
但し、奪い返したものが再び少数のつまらない人間によって独占されるような事態だけは避けなければならない。
勿論それは、誰でもが均等に分け与えられる権利があるなどと甘い夢を見てはならない。
自然界では草食動物が突然変異で肉食動物になった歴史などないからだ。
社会に於ける富とは基本的に共有財産であり、各自の有する能力に応じて平等に分配するのが最も望ましい。
ここで謂う平等とは、大人も子供も、男も女も、味噌もクソも一緒という意味ではない。
平等と悪平等を履き違える者は、泥棒か乞食に等しい心卑しき人間達である。
自然界には何処を探しても自由などない。同様に人間界にも無制限の自由などは存在し得ない。
富の独占とは、無制限の自由を狂信的に信奉する者達が恣意的に引き起こした結果なのである。
それ故に私たちは節度ある制限を設け、社会に背く異端者を法廷に引きずり出す権利も持たなければならない。』


駄目だ・・・・・・すっかり聴衆の放つ雰囲気に呑まれてしまっている。
しかし、これは聴衆が合わせてくれているのではない。
私の方から好んで聴衆に迎合しているとしか考えられないのだ。


『その様な理想的社会を構築するにあたって、必要不可欠な最低限の条件とは何か。
それは新たな矛盾なき法律を定め、総ての市民が自らの手によって定めたその法律を遵守する事である。
誤解を恐れずに言えば、富の分配とは方便にすぎない。富を得ても無法地帯であれば直ぐさま他人に奪われてしまう。
市民の利益を唯一護ってくれるのが法である。故に高度な法の整備が、理想社会にとっての必要欠くべからざる条件となる。
富と法とは社会に於ける両輪であり、両者は不可分の関係に置かれている。何れか一方が欠ければ必然的に歪んだ社会を創り上げてしまう危険性が高い。
しかしその実現には気の遠くなるような時間と労力を要する事も念頭に入れなければいけない。
何事も一朝一夕にして成し得るなどとはゆめゆめ考えてはならないのだ。
少々話が先に行き過ぎていると思われるかも知れないが、それは以下に述べる理由と密接な関連があるからだ。
マゴグの論法では、報復のために只ひたすらヒルズ地域を攻撃して制圧しろとしか聞こえないだろう。
それでは単なる欲望の発現であって、畜生でもなければ欲求を満たす事のみを目的に行動してはいけない。
私たちは社会の変革を目指して共に立ち上ろうと提案を行っているのであり、決して他人の金品を巻き上げるのが最終目標ではない。
如何なる無謀な行為に至っても、そこに道義と倫理が介在しなければ下等動物と何ら変るものではない。
元々他人が所有している財産に対して、有無を言わさず略奪しようと企てるのが武装蜂起である。
大人しく何もかも引き渡せばそれに越したことはないが、相手も自分たちの所有物を必死で護ろうとするために流血は不可避となる。
道義や倫理と表現したが、それは人間として最低限の法の遵守であると理解するべきだ。
行動を起こすのであれば天に唾する様な真似は慎むのだ。
無抵抗の者や命乞いをする者には一切手を出すことを禁ずる。
婦女子に乱暴を働いた者は逐一調べ上げ、その身に大きな災いが及ぶものと知れ。
個人の財産を奪おうとしたり、必要のない乱射や放火をする者にも法の厳格な裁きが下されるのだ。
私の意見に少しでも不服のある者は同志としても人間としても認めない・・・・・・・・・・・
以上だ。』


クソっ、何ていう稚拙な上に大衆に迎合した情けないアジテーションを行ってしまったのだ。
おまけに心にも無い事を幾つも並べ挙げて・・・・・・・・・・・・
しかし集会場は割れんばかりの拍手喝采に包まれている。控え室に戻ってからも鳴り止まぬ程。
私の演説の何処が面白かったというのだ。一体何の冗談で・・・・・・・
控え室ではマゴグが酒瓶片手にステップを踏んでいる。他の幹部連中も同様に踊りながら熱狂している。


『おいっ、何の真似だ。何がそんなに楽しいんだ。』

「おめえをステージに立たせた俺様の狙いは見事的中したぜ。ほれ、まだ拍手が止まらねえぜ。」

『私が衛星テレビで有名な首狩り族の酋長だからだろ。違うとでも言うのか。』

「いや、おめえが持って生まれたカリスマ性だとは思わねえのかよ。」

『馬鹿馬鹿しい。こんなものは一時的なバカ騒ぎに過ぎないと思ってるよ。』

「まあいい。これからメシ喰いながらよ、敵対グループとの会議があるからな、おめえも出席するんだぜ。」

『ああ、君の大好きな酒盛りの時間だろ。ところでルミターナは無事でいるのか。』

「その酒盛りとやらに顔出す予定だからよ、おめえも必ず付き合うんだぜ。」


この公園内にある2階建ての小さな建物には幾つかの部屋があり、2階は比較的広い造りのレストランだったらしい。
有り合わせのテーブルを不規則に長く繋いで即席の会議室が出来上がっている。
既に料理も並べられていたので、私たちは客人の到着を待たずに酒宴を始めた。
程なくすると対立グループの面々が周りを窺いながら宴会場に入って来るのだった。
4グループの最高幹部全員で20名弱だろうか。最後に入って来たのが、屈強な男たちに両腕を抱えられたルミターナだ。
そして人質の彼女は私たちとは最も離れた席に座らされた。

各グループとも無言で席に着き、無言で飲み食いを始めている。
マゴグは飲み食いをしながらも、その鋭い目線だけは敵グループから逸らす事がない。
そして、突然マゴグはフォークとナイフを皿の上へ乱暴に置き、酒瓶を片手に敵グループに対して更なる威嚇を始めた。


「おめえらはメシが喰いたくて此処へ来た訳じゃあねえだろ。言いたいことがあんならさっさと言ってみろや。」


すると、マゴグから一番離れた場所にいる顔のでかい男が、ワイングラスを片手に落ち着いた口調で話し始めた。


「なあ、マゴグよ。俺たちは暇潰しにお前さんの縄張りへノコノコやって来た訳じゃないんだ。
お前さんが俺たちを兵隊にしたいって腹は見え見えだ。違うんだったら俺たち全員が納得の行くまで説明しろ。」

「それは少し違うんじゃあねえのかい、兄弟。俺はおめえらを手下にするなんて一言も言っちゃあいねえ。
便宜的に命令系統を縦割りにしなきゃあならねえって御提案申し上げただけよ。」

「その縦割りにされた統一グループの長は誰なのか是非とも知りたいんだが。」

「だからその話をこれからしようってえ事なんだよ兄弟。」

「具体的に誰が総司令官に相応しいのか聞きたいんだがな。」

「まあ、そう焦るなってんだ。酒が足りねえんじゃあねえのかい。」


双方とも視線を逸らして再び食事を始めたが、先程からこの顔のでかい男だけが喋っている。
この男が4つの対立グループを仕切っているのだろうか。

先程からマゴグが頻りに私の方へ目配せをしている。またしても困った時の首狩り族酋長様々か。


『現時点で総司令官云々するのは時期尚早だともいえるし、遅きに失したともいえる。
何れにしろ無謀な見切り発車を敢行しようとしているのだ。極論だが、成果を上げた者が王座を獲得する方式があっても良いと思う。
但し戦略の総てはマゴグの頭の中にあると各自が充分承知した上での話だ。』

「お前さんが例のカブラギか。お前さんなら手下どもを動かす力がありそうだ。俺たちを除けばの話だがな。」

「よう、兄弟。おめえは人望もあるしよう、試しにおめえがやってみたらどうだよ。参謀本部長は俺以外に適任者はいねえけどよ。」

『そんな言い方をしたら身も蓋もないじゃないか。』


再び双方とも沈黙の迷宮に入り込んでしまった。もしも決裂に至った場合、両者共どうする気でいるのか。
首謀者のマゴグが命を狙われるのは確実だ。更に、謀反に加わろうとした他のグループも只では済まされないだろう。


『乗り掛かった船程度の小さな問題ではない。君たち全員が棺桶に片足を突っ込んでいると自覚するべきだ。』

「お前さんの脅しに乗らない奴は首を斬られてしまいそうだな、アッハッハッハッ。」

『いや、あんたの首を狩るのは私ではなく敵軍の仕事だと言っているんだ。』

「これがおめえとの最期の杯になるかもしんねえなあ、兄弟。ヘッヘッヘッヘッヘッ。」

『余計なことを・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは・・・・何の臭いだ、マゴグ。鼻を突き刺すような嫌な臭いだが。』

「ソースのいい香りがするじゃねえかよ。大丈夫かいおめえの鼻は。」

『いや、そうじゃない。これは・・・・・・・・・・・・・一緒に来るんだ、早く。』


私は脱兎の如く、その異臭が漂う方向へと駆け出した。どこかの屋台である事は間違いない。
前方の大きなテントに人が群がっている。異臭の元はここ以外にないと確信した。
マゴグと対立グループの頭目たちもテント屋台の周りに集まっている。
私はマゴグに、この屋台の食べ物は絶対に口にしないよう大声で伝えろと指示した。
どうやら大きな鉄板の上で焼いている、肉と野菜と麺を混ぜた食べ物で、問題はソースにありそうだと判った。
暫くすると店主らしき人物が目を血走らせながら出て来た。


「あんた何のつもりだよ。うちの店に因縁付けようってえのかい。」

『この屋台はどのグループに属しているんだ。ソースは何処から手に入れた物だ。』

「どうしたんだ、カブラギ。俺の縄張りの店にケチ付ける気なのか。」

『ああ、あんたか。ネズミなら何処にでもいるだろう。捕まえて来てソースを舐めさせてみるんだ。』

「おめえんとこは毒でも持ち込んだんじゃねえのかよ、兄弟。」

「何も起こらなければ只じゃあ置かんからな。良く覚えとけよ、マゴグ。」


5分も経たない内に手下がネズミを2匹捕えてきた。では早速動物実験の開始だ。
私の勘違いなら同盟交渉は完全に決裂する。でも何故か今日の私は自信がみなぎっている。
そしてネズミを窒息死させないよう、口に触れる程度で良いと手下に告げた。
すると・・・・・・・・・・・・・予想以上の猛毒だ。


「おいおい、イチコロじゃあねえかよ。どう落とし前付けてくれるんだよ、兄弟。」

「馬鹿も休み休み言え。毒なんか持ち込んで俺に何の得があるって言うんだ。」

『兎に角この屋台の物は全部処分させろ。それから、部屋へ戻って冷静に話し合いを続けるんだ。』

「ようカブラギ、おめえの嗅覚は人間離れしてやがんな。」

『仲間に首狩り犬もいるしな。』


一応全員が部屋へ戻り席に着いたが、今まで以上の重苦しい雰囲気が漂っている。
私はひどく喉が渇いていたので水割りを何杯も飲んでいたのだが、誰でもいいから何とか言ってくれないものか。
すると外れの席にいたルミターナが・・・・・・・


「まだあたしを人質に取っとくつもりなのかい、かっこいい棟梁。」

「いや、お前さんはもう必要ないから向こうへ行っても構わん。」

「それで済まそうって魂胆じゃあねえだろうな、兄弟。いや、棟梁か。」

「お前さんが仕組んだとしたらどうだよ、マゴグ。」

「無きにしも非ずだな、ヘッヘッヘッ。」

『そんな神業は不可能だ。良く調べてみればはっきりするだろう。』

「マゴグは黙っててくれ。お前さんの真剣な意見を聞きたいんだ、カブラギ。」

『単なる口が達者なだけの人間に過ぎない私にどうしろと言うんだ。』

「いや、お前さんは口だけじゃなく鼻が利く。演説を聞いていてそう思ったんだ。」

『嗅覚は・・・・・・・突然変異かも知れないが・・・・・・・』

「それも天から授かった能力の一部だ。毒ソースの件は、恐らく敵方が分裂を誘うための謀り事と見ている。
マゴグもまるっきり頭の悪い奴ではないだろうから、俺と同様に考えている筈だ。
俺は・・・・いや、俺たちはカブラギが危険を察知する高い能力のある人間だと信じている。
危機を回避し、未来を予見する能力は誰にでも有るものではない。しかし例外も在る事を俺は良く知っている。
最高指導者に相応しい者とは皆の命を護り、未来を切り拓く事が出来る人物でなければならん。
それがお前さんだ。カブラギは俺たちの目の前で奇蹟を行なった。」

『あれは偶然の産物だ。神がかった人間など絶対に存在しない。』

「既に俺たちの心は一つになっている・・・・・・じゃあ連絡を待ってるぜ、マゴグ。」

「ああ、どうもお疲れさん。ヘッヘッヘッ。」


棟梁といわれる男は仲間を引き連れ、あっという間に帰って行った。
この男とマゴグは確信を得たような顔付きをしていたが、本当に話し合いは決着したのだろうか。


「いやあ、おめえみてえな役に立つ奴は何処を探してもいねえぜ。おめえのお陰で目出度く交渉成立だ。」

『何を暢気な事を言ってるんだ。これから戦争が始まるんだろう。』

「その通りよ。おめえも腹括って置くこった。」

「これからはあんたが皆を引っ張って行かなくちゃ駄目なんだよ、奇蹟のおにいさん。」

『総司令官など願い下げだからな。それだけは覚えていてくれ。』

「俺様もおめえにコキ使われるのは願い下げだけどよ、ヘッヘッヘッ。」


神ならぬ身の私が奇蹟を起こした・・・・・・・か・・・
いや、偶然の産物こそ、この世には絶対に存在しない。

この毒ソース事件で、誰が一番利益を得るのかを私は知っている。
この程度の計略など朝飯前に行なう事が可能な巨大組織を私は知っている。

嗅覚が突如として敏感になったのは、以前屋台で食べたフィッシュバーガーに始まっている。
脱走劇・・・鋭い嗅覚・・・奇蹟・・・カリスマ・・・身体にセットされた黒い物体・・・・・それは、高濃縮Micro Vacuum Bombだけではなかった。
あの稚拙で腑甲斐ないアジテーションも・・・・・・いや、あれは私自身に責任があるのだろう。


どう足掻いても奴らの魔の手から逃げおおす事は不可能になっているのが現実だ。
そして、次のステージでは一体何が待ち受けていると云うのか。













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