目が覚めたのか夢の中なのか分からない。頭がぼんやりして何も見えない。 ベッドから転げ落ちたのか硬い床の上で寝ているらしく、体が冷え切っているようだ。 いや、部屋の中は常時エアコンディショナーが効いているはずなのに何故こんなに寒いのか。 薄明かりが目に入るが、カーテンからは月明かりも眩しい陽光も差し込んで来ない。 太いコンクリートの柱が見えるが、他には家具も何も見当たらない。 いや、ここは室内ではない・・・・・屋敷の部屋の中ではないのだ。
ようやく上半身だけ起こすことが出来たが、ここはだだっ広い場所である事が分かった。 所々に鈍い光を放つ非常灯があり、太い柱が遠くまで何本も続いている。 どうやらここは地下駐車場らしいが車は一台もないようだ。しかし何故こんな場所にいるのだろう。 意識が徐々に戻り、昨日の記憶が鮮明に甦ってきた。 クロッカワーが餞別云々と言っていたのは最後の晩餐という意味が込められている。 ここは留置場でも刑務所内でもなさそうだが、なぜ警察に引き渡さずに放り出したのか。
厚手のジャケットとコート・・・・・・ポケットには端末機とずっしり重い金銀の硬貨が何十枚も。 そして体が重かったのはそれだけが原因ではない事に気付いた。 左脇のショルダーホルスターと背部のバックサイドホルスターには二挺の拳銃が。 これは元々私が所有していたモーゼルC96とルガーP08のようだ。それに弾倉もたっぷりとある。 泳がされているのは分かっていたつもりだが一体全体何の真似なんだ。 クロッカワーは再び私の心を弄び、験そうとしているのか。
兎にも角にも外へ出てみないことには埒が明かないだろう。 入って来れたのであれば必ず出口は見つかる筈だ。 少し傾斜が付いているので、上って行けば外に出られるかも知れない。 相当広い駐車場のようでかなりの距離を歩いたが、やっと左側に階段を見つけた。 螺旋状の階段を何段も上がると三つ目の踊り場に錆び付いたドアがあった。 外からは人の話し声も聞こえてくる。 恐る恐るノブに手を遣ると、呆気なく開いた。まばらだが人も歩いている。 裏通りに出たようだが、ここは一体どこなのだろう。
表通りらしき場所に出てみると裏通り同様に人の行き来は少ない。 屋敷で盛られた薬物が未だに残っていて、体はフラフラするし景色も多少歪んで見える。 濃い目のコーヒーでも飲みたい気分だが、この辺りには気の利いたカフェなどあるのだろうか。 広い道路に沿って歩いてみると全く車が走っていないのに気が付いた。 そして、どこを見渡しても割れたウィンドウと崩れ掛けたビルしか目に入らない。 この風景はどう考えても、あの豪奢な造りの屋敷近辺からは遠く離れた地域だ。 そこで、数少ない通行人が歩いて行く方向へ従って進んでみる事にした。 30分程で今までとは異なる少し賑やかな繁華街らしき所が目の前に現れた。 看板や屋台も見えるし、ここならば暖かいコーヒーに有り付けるかもしれない。
思った通りCAFEやCOFFEEと書かれた看板が幾つも並んでいる。 道を行ったり来たりしながら物色して、その中で最も清潔そうな一軒の店に入った。 その立ち飲みカフェの店員が前払いだと言うので、銀貨を一枚払ったところ店員はマジマジとそれを眺めた後、10枚ほどの小さい銀貨を返して寄越した。 直ぐに出されたおかわり自由のコーヒーはお世辞にも美味いと言える代物ではない。
なかなか目が覚めないので二杯目を頼み、軽い物でも腹に入れようかと考えていた時、ふと向かい側のカウンターを見ると何か騒然としている。 客たちは衛星テレビを見ているらしいのだが、皆私の方に顔を向けて指を差しているのだ。 そして、客の内の一人が人殺しがいると叫ぶと、別の客は賞金首だと大声で喚き始めるのだった。 店員と客全員の刺すような鋭い視線が私に放たれている。 それは次第に重苦しい空気に変わっていったので、仕方なくその場から退散するしかなかった。
恐らく人違いだろう、それ以外には考えられない。いや、そうに決まっている。 私は死刑判決を受けた身だが、ここの話ではない無縁の世界の出来事だ。 もしかすると諜報活動で銃撃戦の日々を送っていた頃からお尋ね者になっていたのかも知れない。 しかし、冷静に事態を見極めなければならないと考え、暗くなるまで少し離れた空きビルに身を潜めることにした。
真昼でも薄暗い廃墟となったビルの片隅で、この地へ来てからの様々な人達との巡り逢いに思いを馳せていた。 ゴローたちは今でも派手な銃撃戦を演じているのだろうか。そしてアジトを探して帰るのは賢明な選択なのか。 被弾したマミアは無事回収されてまた一緒に活動しているのかどうか。 その後、あの屋敷に幽閉されてからがそもそも摩訶不思議な物語の始まりだったように思う。 最後にクロッカワーの言っていた意味が幾ら考えても理解出来ない。 生殺与奪の権は全て彼が握っていたのだ。 警察に引き渡さなかった理由は、未だに奴がプログラムしたゲームの渦中に置かれていると解釈すれば良いのか。
私に心を寄せていたマリアにまで疑いの目を向けてしまったが、いつも酒を飲んだ後サウナでマッサージなど頼んでいた自分を責めるべきなのだ。 私は生まれた時から本当に鈍感で愚かしい男でしかなかったのだろう。 行く当てもなく、精神的にも病んできた。疲れていて・・・眠い・・・・・・・
「よーし、殺人鬼。起床ラッパが鳴ってるぜ、とっとと起きねえかい。おーっと、銃を抜いたら蜂の巣になるぜえ。」
しまった・・・・・・ウトウトしていたら武装した男数十人に囲まれている。警察か・・・・・
「銃は預っとくからな。いい子にして逃げようなんて考えは起こすんじゃあねえぞ。 姐御がお待ちだ、おとなしく着いて来な。おかしな真似しやがったら足をぶち抜くからな。」
姐御?・・・・・警察ではなかったのか。 逃げられそうもないので、その待ってるという姐御とやらに会ってみるしかないのか。 銃で小突かれながら外へ出ると車が何台も並んでいる。そしてトラックの荷台に乗せられ太陽の昇っている方向へ真っ直ぐに突っ走った。
10分ほど行った所で、車は余り人気のないビル街の一角に停車した。 また銃で小突かれながら急ぎ足で地下へ向かうと、広い駐車場に沢山の大きなテントが張られており、その内の一つに左右から両腕を押えられ入って行った。 中には派手な服装で化粧の濃い金髪女が、足を組みタバコを吹かしながら待ち構えている。
「よう女殺し、昨日はスカッとしてきたのかい。名前はカブラギ・スサノオってんだな。 違うたあ言わせないよ。お前は特別に御頭がお呼びだからな、嘘吐くんじゃあないよ。」
こいつが姐御で、その上に頭目がいたのか。しかし端末機を奪われているのでは嘘も真実も言い様がない。 その御頭とやらがいるテントに入るとヒゲ面の男が腕組みをして仁王立ちになっており、何も言わずひたすら私の顔を睨み付けている。 私は端末機が欲しくて頻りに顔を左右へ振ったり目で訴え掛けたりしていたが、男は一向に動じず只じっと睨み続けているのみだ。 御頭といわれる男は椅子に腰掛けボトルをラッパ飲みした後、やっとその重い口を開いた。
「何か言いたいんだったらさっさと言わねえかい。俺は気が短いんでな、事と次第によっちゃあ生かしちゃあ帰さねえぜ。 分かってんのかよ、鬼畜。ゴグランドシティーじゃあゴロツキの間でも女殺しは最も罪が重いのは知ってんだろうな。 おめえら、いいから手を放してやんな。変な気は起こすんじゃねえぞ、賞金首。」
両手が自由になったので、身振り手振りで端末機の事を必死になって訴えたが、誰も意味が分からないらしい。
「あ〜、おめえもしかして口が利けねえのかよ。嘘だったらただじゃあ済まねえけどよ。」
「二枚目のおにいさんは地獄で閻魔さんに舌を抜かれたらしいぜ、御頭。」
「おめえは何か要るって言いてえのかよ。それじゃあおめえら、こいつに持ちもんけえしてやれや。」
銃と金以外は全部返してくれたので、これでやっと言葉を伝えることが可能になった。 信用出来そうもない奴らだから適当に誤魔化すのが最善の策だろう。
『私は人殺しなどしていない。君たちは何を証拠にお尋ね者扱いしているのだ。』
「おめえさんは衛星テレビじゃあ有名人だってことよ。 バニーガール二人をレイプした上に惨殺。更に警備員三人を撃ち殺して逃走だ。」
『全く身に覚えのないデッチ上げだ。そんな大罪を犯した後、暢気にカフェでコーヒーを飲んでいたとでも言うのか。』
「いや、俺はおめえを冷血なプロだと見ている。大金を持っていたのが何よりの証拠だ。」
『では硝煙反応を調べてみたらどうだ。』
「どうせ他の銃を使って捨ててきたんだろうが。」
『そのバニーガール二人の名前を教えてくれ。それと警備員三人の姓名もだ。』
「知らねえなあ。おめえは墓参りでもしてえのかよ。」
『ああ、何らかの陰謀に巻き込まれた哀れな犠牲者がいるとすればだがな。』
「どうしてもシラを切り通すつもりかい。」
『今すぐ名前を調べろ。』
「知らねえって言ってんだろうが。奴らは細かい事まで公表しねえんだよ。」
『その結果がこの人民裁判か。お前たちは賞金目当てかリンチに掛けたいんだな。』
「ケッ、俺様は腐ってもあいつらから金をせびったりはしねえんだよ。奴らから金を奪うのが俺たちの商売だからな、良く覚えとけ。」
『つまりお前たちは義賊だと言いたい訳だな。ならば私も凶悪犯ではなく義賊の一人だ。』
「ようよう殺し屋。おめえは何が言いてえんだよ。」
『被害者の名前を挙げられない限り、私を有罪にする事は不可能だと知れ。』
「俺はなあ、おめえみたいに屁理屈を抜かす野郎がでえっ嫌えなんだよ。俺様の機嫌のいい内にとっとと消えな。」
『証拠不十分で無罪放免にするしかないと分ったようだな。では持ち物を全部返してくれ。』
「おめえさん、奴らの追跡から逃げ果せるとでも思ってんのかい。相手は財界の大物クロッカワーなんだぜ。」
『君はクロッカワーを知っているのか。』
「この辺にゃあ知らねえ奴は一人もいねえ。よりによってヒルズ街のクロッカワー邸でヤマ踏むたあ、おめえもいい度胸してやがるぜ。」
『だからそれは冤罪だと・・・・・・・・・・』
「まあいい。おめえらぁ、こいつに持ち物全部けえしてやんな。旅に出たきゃあ行くがいいし、定住したきゃあ俺たちに着いて来ればいい。おめえの好きにしな。」
どうやらこの男はかなりの単細胞らしい。かと言って極悪人とも思えない。 冷静に考えれば、濡れ衣を着せられたまま逃げ切るのは難しそうな情況に置かれているのは確かだ。 この辺りの地理については何も知らされていないので、アジトを探して帰るのは尚更困難だろう。 暫くの間はここに留まって様子を見るのが得策かもしれない。
『君はそんな簡単に他人を信用する人間なのか。』
「おめえの目は嘘を吐いてる目じゃあねえ。荒くれの手下ども千人以上を仕切る俺様の目に狂いはねえ。」
『目は口ほどにものを言うらしいからな。』
「敵対グループとの抗争が激しいもんでな、兵隊は一人でも多く欲しいってえ事よ。おめえは銃も使えるんだろうしよ。」
『さっき話していた金を奪う商売について教えてくれないか。』
「まあ、追々分るから心配すんねえ。ところでおめえ、偽名は使ってねえだろうな。」
『私は生まれた時から冠木だよ。』
「そうかい、俺様はマゴグってえこの辺一帯を取り仕切ってるもんよ。そこのブロンドの姐御は物資調達係のルミターナだ。嫌われると非道い目に遇うぜ、ヘッヘッヘッ。」
「サツの犬じゃないってえ証拠は持ってきたのかい、ハンサムなおにいさん。」
『目を見れば分るだろ。』
その後、頭目のマゴグと姐御ルミターナは意外にも私の質問に逐一答えてくれたので、少しだけこの国に対する疑問が解けてきた。 クロッカワー邸のある場所はヒルズ地域と呼ばれる独立自治体で、その中でも有産階級が多く住むヒルズ街といわれる地域だそうである。 この様な独立自治体が各地に48ヶ所あって、それらが所有する土地の面積は国土の七割を超えており、比して居住人口は全体の三割弱なのだという。 ヒルズ地域に属さない七割強の人口を有する残り三割の地区はダウンタウン或いはゴグランドシティーと称され、その中には無数のスラム街があるのだとか。 ヒルズ地域住民が裕福な一級市民であり、ゴグランドシティーの住民は市民権を持たない二級市民扱いされているのだとも。
自治体が独立しているのならば、中央政府は存在しないのかとの問いには二人とも言葉を濁していた。 大小の工場は全てインフラの整備も完全に整っているヒルズ地域内にあり、各独立自治体は緊密な連携の下に通商を行っているらしい。 しかし地方の豪族の類が恣意的に近代的経済を動かしておれば、それは戦国時代以前の問題であり、その軋轢はやがて戦争へと発展する。 各地方の有機的結合を促すために必要不可欠な機関が政治経済の中枢としての中央政府なのだ。 私の独善的な判断では中央政府は必ず存在し、それは地下に潜って暗躍しているとの結論に至った。 いや、その形態はナショナリスティックな政治権力ではなく、巨大な国際独占資本が牛耳っていると見て間違いない。 これ以上の事を知るには、ゴグランドシティー住民が立ち入り禁止区域に指定されているヒルズ地域に潜入でもしない限り解明するのは不可能なようだ。
余興に私が大学で学んだ様々な古代史や古い時代の政治経済に関する薀蓄を披露すると、マゴグは大変感銘を受けた様子で私の長話に聞き入っていた。 そして苦労の甲斐あって信頼が得られたのだろうか、私にはブレーンとして特別なポストを与えるとまで言い出す始末なのだ。 盗賊一味の幹部に抜擢されては有難迷惑も甚だしいのだが、断ればどんな仕打ちが待っているか分からない。 しかし他に行く当てもないので、連中に従いながら時機を待つより仕方あるまい。
口の悪い姐御ルミターナが、実は世話女房のような細かい気配りが出来る女だと知り驚かされた。 彼女は私の面が割れているとからと言い、大きめのサングラスやゴーグルを幾つも用意してくれるのだった。 更に服装や靴もセンスの良い物を自分が選りすぐったからと、コーディネートに口うるさいほど注文を付けてくる。 彼女は美容師の経験でもあるのだろうか。器用に私のヘアスタイルを短くお洒落にカットしてくれた御陰で、サングラスを掛けると別人のように見える。 その他にも髭剃りや歯ブラシやバス用品などの銘柄が何やかやと押しかけ女房気取りである。 それは、このゴグランドシティーにもれっきとした文明と大衆文化が息衝いている事を裏付ける証明でもあった。
寝泊りするテントを一つ与えられたので、中を調べてみるとネットに繋がるケーブルが完備されている。 屋敷で使っていた時とは異なり、回線に無断で割り込むにはかなりの知識が必要だと分かった。 古臭い端末ではあるが、外に出れば衛星回線からアクセス出来ることも知っているのだが、この時代の物は旧すぎて理解に苦しむ。 そこでルミターナに頼んで端末に詳しい者を紹介して貰い、端末機を渡したところ瞬く間にケーブル回線に接続した上、衛星回線にもアクセス可能なように設定したくれた。 早速、例のでっち上げ事件がどの様に報じられているのか検索してみると、私の顔写真はデカデカと載せられているのだが、被害者については顔も名前も一切伏せられている事を知った。 クロッカワーの狙いは一体何なのか。ただ単に心を弄んでいるだけと思い込んではならない。 再び拘束されたその時が、運命の別れ道になると肝に銘じるべきだろう。
翌日、マゴグが幹部の緊急会議を開くとの事で私も早朝から叩き起こされた。 マゴグのテントへ行くと、既にルミターナを始め十数名が集まっていた。 話を聞いていると、どうやら私の初出勤での初仕事は金塊強奪作戦らしい。 この近隣の上空を、金塊を積んだ輸送機が通過するという最新の情報が入ったそうだ。 そして約二時間後に現地へ赴き作戦を実行する計画が決定された。 この近辺には対立するグループが複数あり、獲物の取り合いで連日血腥い抗争を繰り広げているらしい。 私は敵の襲撃に備えて援護する傍ら、将来の幹部として場数を踏んで置けという命令だ。 マゴグの眼が昨日とは打って変わって厳しさを増し、その口から発せられる言葉も宛ら軍司令官の様な威光を放っている。
車に乗り込み現地へ向かう途中マゴグから聞いた話では、高性能のジェット戦闘機やミサイルの類は過去の遺物と化したのだそうだ。 それは21世紀前半に開発されたジャイロスコープを無力化するハイテク兵器の登場により、飛び道具は役立たずで無用の長物に成り下がったからだとか。 機械式ジャイロも電子式ジャイロも、持ち運び可能な自律機能撹乱兵器EJWによっていとも容易く機能を破壊されてしまう。 戦闘機やミサイルがコントロールを失って落下するその様は、殺虫剤を噴霧されたハエや蚊に喩えられたのだという。 現在でもこの問題は依然として解消不可能なままであり、大空を羽ばたいているのは航空機とは名ばかりの初期型プロペラ機やヘリコプターの改良型なのだ。 つまり攻撃を加える側も高度な誘導ミサイルなどは使用出来ず、リモコン誘導式のローテクロケット弾を連射して撃ち落す。
空軍の戦力と存在は形骸化しており、同様に高価で無防備な高性能艦船も製造困難であるため海軍の行っている任務とは専ら海賊退治である。 それらの事情とは無縁で、軍の中に於いて最も装備が充実し幅を利かせているのが陸軍だ。 戦車や装甲車または自走砲などは21世紀に確立された技術の延長線上にあるのだが、機動力と破壊力と信頼性は格段に向上しているそうだ。 もし陸軍機甲部隊と対峙する様な事態に至った時は、潔く撤退するのが最も賢明な戦術なのだと。 それ故に地下道から脱出可能な地下駐車場に居を構え、各所を転々とする日々を送っているとの話も聞かされた。
総勢100名以上を乗せたトラックと乗用車20台余りが空き地に入り停車した。目的地に到着した模様だ。 マゴグの指示に従って次々とロケットランチャーや計測器などが配置されて行く。 待つこと約20分、上空から微かに爆音の響いてくるのが分かった。 モニターが目標をはっきりと捉えた。上空3000m辺りを大型のヘリがゆっくりと飛行している。 号令一下、50基のランチャーが轟音と共に一斉に火を吹いた。打ち上げ花火のように煙を上げながらロケットが飛んで行く。 なるほど旧式のロケットらしくフラフラと舞い上がり軌道が全く一定しないらしい。 大幅にバラけているのは下からも容易に確認出来るが、果してこれで命中するのだろうか。 数十秒後、一発のロケット弾が見事ローターを捉えた瞬間がモニター画面に映し出された。 大型ヘリは白煙を噴きながらキリモミ状態で100mほど先に落下した。
ここからは回収部隊が先行して落下地点へと急行だ。 この近辺には対立する数百名のグループの縄張りがある上、周辺には大きなスラム街も二つあるため、急いで金塊を回収しなければならない。 運良くヘリは広い空き地に墜落してバラバラになっている。そして辺り一面に金の延べ棒とアルミケースが散らばっている事が分かった。 程なくロケット部隊も到着し、回収作業は20分余りで何事もなく無事終了した。 撤収の号令が掛かる間際ヘリの残骸に眼を遣ると、陸軍航空隊と書かれてある事に何となく不安を掻き立てられたのだが。
全ての収穫物は地下テント村へと集められ、約1トンの純金が手に入ったことを知らされた。 その夜は棚からぼた餅の臨時収入を祝って飲めや歌えのお祭り騒ぎである。 マゴグとルミターナが頻りに酒を勧めてくるが到底そんな気分ではない。 普段は酒好きの私も、心から祝杯を上げる気にはなれなかった。 これは正しく組織的な強盗行為であり、数名の尊い命も犠牲にしている。 仲間達は肩を組み合って革命歌を大合唱しているが、今の私にとっては革命という言葉を聞くだけでも反吐が出る。 呑気に酒を飲んで歌っている彼らは、陸軍による報復の心配をしていないのだろうか。 ここでの仕事初日は決して良い一日とは言い難く、早目に切り上げて床に就く事とした。
深夜、やはり私の不安は的中した。陸軍の機甲師団が近くまで迫って来ており、無差別砲撃を加えているとの情報が入ったのだ。 この辺りも瓦礫の山と化すのは時間の問題だ。 必要なものだけを持ち、地下道から二手に分かれて脱出せよとの指示が伝えられた。 私はルミターナ率いるグループと共に東の方向へ向かう事になった。
懐中電灯なしでは一歩も進めない真っ暗闇の比較的広い地下道の脇には下水が流れているようだ。 歩を進める度に周りが騒がしくなるのだが、ここに棲息しているのはドブネズミだけである。 先頭を行くガイドはどこに出口があるのか分かっているのだろうか。 もうかれこれ30分以上歩いているが、地下道は限りなく延々と続いている様に感じる。 少し行った所でルミターナが再びグループを二分するとの指示を出した。 私はルミターナとは別の20名程いるグループの最後尾に着いた。 もう既にどちらの方向へ向かっているのかは全く見当も付かない。
更に30分位歩いていると、段々と私の持っている懐中電灯が暗くなり始めた。 予備の電池はないので、前方の明かりを頼りに歩くしかなさそうだ。 先頭の方向から、白骨化した死体が幾つも転がっているので足元に注意しろと小声で伝えられた。 前を行く人間とは少し距離を置いて歩いていたのだが、その付近に差し掛かった刹那・・・・・・ うっかり足を取られ、よろけて右側の通路に背中から倒れ込んでしまった。 しかしそれは、平らな道ではなく急傾斜していた事を知るのに然程時間は掛からなかった。 緩いカーブを描いたツルツル滑る路を何回転もしながら転げ落ち、水溜りに嵌り込んでようやく止まった。 どうやらこれはバイパスの役目をする路だったらしい。
上には戻れそうもないので、手探りで歩いてみることにしたが、転落中に足を挫いてしまい殆ど進めない。 無理をして先を急ぐと、そこは行き止まりだった。 逆方向へ向かったが足が言う事を聞いてくれない。 疲労も重なっていたため、私はその場にへたり込んでしまった。 このまま暗闇で動けなくなれば一巻の終わりだ。 それよりも何よりも疲れ切っていたので睡魔が襲ってくる。 ここで朽ち果てる運命だったのか。
どれ位の時間が過ぎ去ったか覚えていない。 何か物音がするが、ネズミではないらしい。 近くに誰かいるのだろうか。 いや、これは確かに足音だ。しかも複数のカツカツという響き。 遠くから何本もの光の筋が見えてきた。仲間なのかそれとも。 徐々にその足音は大きくなり、それは軍靴である事がはっきり聞き取れた。 捻挫が先程よりも一段と悪化していて動くのは困難だ。 年貢の納め時か・・・・・・・・・ 間もなく私は発見され、この場で撃ち殺されるか死刑台送りになるのだろう。
せめてもの願いは、ネズミの餌にならない事だけだ。
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