そのパーティーの当日。 18時頃から夜を徹して催されるのだという。 現在17時過ぎだが、もうすでに正門からは車が続々と広い駐車場へ向かっている。 私も心を踊らせながら、この屋敷から少し離れた別館の二階にある大広間へと足を向けた。 会場はまだ準備が整っていないとの事で、多数ある別室の一つに案内された。 そこには十名ほどの正装した男女が紅茶やコーヒーを飲みながら寛いでいたが、部屋の片隅の テーブルにはマリアの姿があった。 彼女はすぐ私に気づき、にこやかに何度も手招きをしながら私を呼び寄せた。 向かいの席には誰も座っていなかったので話し相手が欲しかったのだろう。
「いらしてくれたんですわね。体調は如何ですか、今日は朝まで眠れませんのよ。ウフッ!」
『いや、そんなに強くはありませんので程々にと思ってるんですが。』
「初めは皆さんそう仰いますのよ。」
『ところで今日のパーティーの名目というか・・・・・どんな目的で・・・。』
「フフッ、面白い方ですわね。いつもの恒例のパーティーなんですよ。」
『そうですか。具体的にはどんな方々が・・・・・・・・・・』
「ヒ・ミ・ツ・・・・・・・・ウフフ」
『ああ、そうですよね。無遠慮な性格なもので・・・・・』
「パーティーが始まったら皆様に貴方をご紹介いたしますわね。」
『それは助かります。よろしくお願いします。』
「そろそろ18時になるから会場へ行ってもいいんじゃないかしら。」
私はマリアに付き添われてパーティー会場へと足を運んだ。 競技場のように広い会場には出入り口が二つあるらしく、反対側の出入り口の横にはステージが設けられ、その前にある大きな空間はダンス用のスペースらしい。 中央は多数の立食用テーブルで占められ、壁に沿って純白のボックス席が部屋全体に並んでいる。 マリアは最も奥のステージ横に近い席へ私を案内した。
「どうしてこの席を選んだかお分かりですか。」
『ステージが見やすいからじゃないかな。もしかすると君はダンスが好きなのかもしれないし。』
「残念でした〜。この席が御手洗に一番近いからなんですよ、ウフッ。」
『それは賢明な選択かもしれないな。』
「ダンスはお得意なんですの。」
『激しいのは好きではないので、古臭い社交ダンスくらいしか知らないけどね。』
「あら素敵、社交ダンスですの。是非お相手させて頂きたいですわ。」
『まあ機会があったらね。』
「今夜がその機会ですのよ、ウフフ。」
会場には続々と客が集まり、満席になるのも時間の問題だろう。 中央の立食用スペースでは既に宴が始められているが、賓客は入り切れるのだろうか。
『広すぎる会場だと思っていたんだが、客が全員入れるのか心配になってきたよ。』
「三階には大きなスタンドバーが五軒もありますのよ。騒々しくなったら移動してカクテルでもいかがですか。」
『ほう、それは名案だね。』
「それと、四階から上は全てスイートルームになってますの。もちろん冠木さんのお名前でも予約を取ってありますのよ、ウフフ。」
『ああ、それはどうも・・・・・ちょうど18時になるね。』
徐々に会場の照明が落とされ、同時にステージの幕が開いた。 ビッグバンドの前でスポットライトを浴びているのは、あのクロッカワー翁だ。 懸命に何やら捲し立てているが、私にとっては興味を惹かない内容である。 客人たちも聞き飽きている様子で、お喋りと飲み食いに打ち興じ会場は騒然としている。
長い演説も終わり、バンドが静かな音色を奏で始めた。 すると向かいの席に座っていたマリアが私の横へ移動し、段々と身体を擦り寄せるような格好でもたれかかってきた。 抱きつくように両腕を私の首に巻き、豊かな胸を押し当てながら、耳元で囁くように上階のスタンドバーやスイートルームの話をしきりにしている。 この女はひとつの事しか頭にないのだろうか。 相槌を打つのもいい加減飽き飽きしてきたので、惚けて君の知り合いは来ているのかどうかと訊ねてみた。
「今夜はとても楽しくてすっかり忘れてましたわ。何人か顔見知りの軍人さんと警察の方を見かけましたのよ。」
『もしよかったら信頼の出来そうな方とお話が出来ないかな。私はアルコールが入ると政治談義を好んでするのだが。』
「まあ、お堅いんですのね。でしたらピッタリの方が目の前にいらっしゃいますわ。ほら、後ろ向きですが立食テーブルで大きな身振り手振りをしているスラッとした軍服姿の将校さん。」
『ほう、将校か。で所属と階級は?』
「陸軍の大尉さんですわ。とても理知的な方なのでマリアのお気に入りなんですよ、ウフッ。」
『なるべく自然な形になるよう取り計らって貰いたいんだが。』
「了解しましたわ。少しお待ち頂ければお連れ出来ると思います。」
『いや、私の方から出向いた方がいいのではないか。』
「はい、そう致しますわ。」
マリアはその将校に何度もお辞儀をしながらにこやかに会話を始めた。 間もなくすると二人の視線が私の方へ向けられている。 こちらに来そうな気配だったので、私は手で制止し自分から二人の方へ足早に歩いて行った。 マリアは段取り通りにお互いを紹介してくれて、長身のキグチ・タイラ陸軍大尉が上院議員を兼任していることも知った。 しかし、この男の顔立ちは完全な白人種の特徴を備えており、その姓名は全く似つかわしくない。
「君が政治談義を好むと聞いたものでね、いやあ大いに結構。夜を徹して語り合ってもいいぞ、ハッハッハッ。 実のところ自分は職業軍人なので政治には特別明るいわけではないのだが、指名されたので断り切れずに議員と二足のわらじを履いているわけだ。 庶民の意見は参考になることがあるので忌憚のない意見を構わず言ってくれたまえ。 誰しも他人には語れない事情もあろうかと思うがな、ハッハッハッ。」
見た目通りに雄弁で豪放な性格の持ち主らしい。 パーティーの席でもあるし、私は差障りのない歴史であるとか一般的な政治観で切り出すことにした。 時間はたっぷりとあるし、急いては事を仕損じる。 私は筆談に等しいので、彼がかなり一方的に喋っていることも確かなのだが。
するとそこへ、がっしりした体格のヒゲ面で赤ら顔の男が突然割り込んできた。
「よ〜う上院議員殿。敬礼!! ご機嫌如何ですかな。」
「これはこれは下院議員の大先生。早々と出来上がってる御様子ですなあ。」
「あら、ハヤト部長さん。お久しぶりですわね。」
マリアの話によると、この典型的な東洋系の風貌の男は秘密警察のNo,2なのだという。 完璧な軍政と警察国家・・・・・しかも指名されて議員を兼任しているとは俄には信じ難い。 更に呆れたことには公然の警察機構とは全て自警団によって組織されており、政府直属の警察とは実体不明な非公然組織だとも・・・・。
「軍はいつもお暇のようなので議員活動にも力が入るでしょう。」
「いやいや、悪徳警察官の捜査と逮捕は軍情報部とMPに一任されて居りますからな、寝る暇もない有り様でね、ハッハッハッ。」
「働き甲斐があって結構なことですな。ところでお隣の方は政府関係のお偉いさんですか。」
『いえ、私はただの一般客です。』
「ほーほー、それは色々とご不自由なようで大変ですなあ。とすると残るは財界関係者のみとなりますが。」
『それ以外では何か不都合でもあるのですか。』
「別に構いませんが、それよりも貴方の言語を奪ったのは遺伝に因るものか後天的なものかに興味がありましてな。」
「おい、失礼にも程があるぞ、ハヤト下院議員。」
『取り敢えず後天的と申し上げておきましょう。ではなぜ興味を抱かれたのかお話頂けますか。』
「この地域には先天的な不具者が大変多くてですな、一目見ればそれと判るのに貴方はこの様な宴に参加されている。」
「少しは口を慎みたまえ、ハヤト君。」
『いやいいんです、キグチ大尉。ハヤト議員はそれが何か不思議に思われたのですか。』
「この国はかつて、どの地へ行っても美味しい水を湛えた緑溢れる美しい国だったそうですよ。 それが数百年前の戦争直前に水源地を買い漁る異邦人が現れ、美しい川の上流一帯を全て買い占めた。 ミネラルウォーターの確保であるとか観光開発といった甘言を、お人好しの国と地域住民はすっかり信じ込んでしまった。 いやあ、何の事はない。戦争に勝ち敵国を奴隷化する最も手っ取り早い手段は兵糧攻めにすることに尽きる。 即ち、川の上流から大量の猛毒を撒き散らし作物を採れなくすれば簡単に戦意は失われる。来るべき時のために入念な準備をしてたって事だよ。 そして放射能汚染など砂糖水よりも美味しいと思えるほど多量の毒物と重金属を河川に流したわけだ。 それは世界各地で戦略的に行われ、現在に至っても地下水を汚染し続け近海は死の海のままだ。 もしもこの国に救世主と讃えられる偉大な科学者が出現しなければ人類は確実に死滅していた。 だから貴方のような方を見かける度に尊い犠牲者の子孫であると感じ、不憫で胸が張り裂ける思いに駆られるのでしょうな。」
「酒席とはいえいい加減にしないか、ハヤト!!。」
『いいえ、貴重なお話を伺えたようで・・・・後で詳しく調べてみるつもりです。』
「残念ながらその記録は一切合切抹消されて、ただの一編も残されていないのだよ。お分かりかな。」
『そうですか、それは本当に残念でなりません。』
「知りたければ私に頭を下げるより仕方ありませんな。」
「君はここへ来てから何杯目になるんだ、幾ら何でも飲み過ぎだぞ。」
「ラストオーダーのお時間らしいですな。では皆々様ごゆっくり。」
警察官ハヤト・ジョンはグラスを持ったまま、そそくさと消え去ってしまった。 キグチ大尉とマリアは互いに深く息を吐いた後、呆れ顔で苦笑いをしている。 珍しくもない毎度毎度いつもの事なのだろうか。
「ハヤト部長は、お酒さえ召し上がらなければ知的で素敵な方なんですよ、お察し頂けますか冠木さん。」
「私は彼も尊い犠牲者のひとりだと心を痛めて居るがね、ハッハッハッ。 すっかり白けてしまったな、マリア。カクテルバーへ席を移すとするか。」
「アッ、冠木さんも御一緒して頂けるのでしたら・・・・・・・」
『少し落ち着いた雰囲気でお話しするのもいいかもしれませんね。』
ところが、このキグチ大尉なる男は相当に顔の広い人物らしく、ハヤトが去った直後からひっきりなしに客が挨拶に訪れ、逃げ出す隙を与えてくれない。 新しい客が来る度に大尉とマリアが私を紹介するので、仕方なく会話に加わるしかなかった。 複数の者にモニターを見せたり、スピーカーを使ってタイプした言葉を伝えるのは骨の折れる作業なのだ。 挨拶に来た客の数はもう百名を超えたのではないだろうか。時計を見ると午前零時を回っている。 すると、先程からずっと落ち着きの無くなっているマリアが、私の手を握り締めながらそっと耳打ちした。 二人で先に会場を出て、バーでキグチ大尉を待つ作戦らしい。
そして、五つある内でマリアが最もお気に入りだという南側に面した広いカクテルバーに辿り着いた。 案内された六人掛けで半円のカウンターに座るなり、マリアは携帯電話を取り出してキグチ大尉にコールを入れている。
「作戦成功。大尉さんは間もなくいらっしゃいますわ。」
『君もだいぶ疲れてるんじゃないかな。』
「いいえ、これがお仕事ですから。フフッ」
私はアカシア、一方マリアはニコラシカを注文し乾杯していると、後ろから軽くポンと肩を叩かれた。 キグチ大尉もエスケープに成功したようだ。その後ろにはコンパニオンだろうか、二人の女性の姿もある。 品の良い顔立ちのうら若き二人の女性はどこか似ている気がする。
「いやあ、待たせたね。君たちがいてくれて助かったよ。晴れて無事釈放だ、ハッハッハッ。 この美少女たちはカミハラ・アヤとロミ、二つ違いの姉妹でアヤがお姉さんだ。 友人の娘さんなんだが酔っ払ってクダを巻いているので奪い取ってきたんだよ、ハッハッハッ。 さてと、マリア様を真ん中に置いて両手に花だな冠木くん。」
キグチ大尉は水割りを、そして姉妹は共にソフトドリンクを注文したのだが、ロミは少し口を付けると直ぐ近くにあるピアノに向かいジャズの演奏を始めた。 そして一曲づつ交代で、アヤはクラシックの名曲を楽しげに奏でている。 大尉の話によると二人とも将来有望なピアニストなのだという。 美しい音色を響かせるそのグランドピアノにはBechsteinと銘打ってあった。
暫く姉妹の演奏に聞き入っていたキグチ大尉が、リストのノクターン第三番が終わると急に振り返り私に熱く語り掛けてきた。
「自分は社交辞令が大の苦手でね。だからいつも早目に切り上げて、ここのピアノ演奏で心の洗濯をするわけさ。 例のハヤトとも昔は口角泡を飛ばして語り合った仲なんだが、奴は強大な権力を手に入れてからすっかり人間性が変わってしまった。 元々彼はこの国の政治体制に批判的だったのだが、議員に抜擢されると掌を返すように文字通り権力の犬と化してしまったのだ。 まあ大学の後輩でもあり、柔道部では弟分でもあったのだが、とんでもない愚弟に育ってしまったわけだな、ハッハッハッ。」
『そうだったんですか。実はハヤトさんがお話しされていた歴史に大変興味を持ちまして、詳しく調べられないかと思っていたのですが。』
「いやあれは風説だとも謂われていてな、信憑性には少々問題がある眉唾ものの都市伝説なんだ。 しかし国立図書館へ行っても、ネット上で調べても凡そ百年間に及ぶ歴史が消し去られているのは事実だと認識できる。 自分は事実以外の出来事を認めないが、彼には特異な空想癖がある。」
『先ほど共に大学を卒業されて、国立図書館もあると仰られましたが、私はこの国の文盲率は100%に近いと聞いたことがあるのですが。』
「君は面白い人だね。文明が廃れていれば国家の運営など不可能に等しいではないか。 自慢出来ることではないが、実のところ文盲率は70%強だ、ハッハッハッ。 多くの者達が文明を否定し、教養には興味を示さず真面目に働こうともしないのは事実だがね。」
『全くその通りだと思います。私の浅学の為せる業だと・・・・・お恥ずかしい限りです。』
「いやいや気にしないでくれたまえ。教育が行き届いていない地域では誤解も起こり易いという事だと考えて欲しい。 それ故の軍部独裁体制であり、強大な警察権力も必要不可欠となるんだ。 遠い昔には民主主義国家なるものも存在したそうだが、その様な主張をする者は永遠の夢の中に生きていたのだろうと思う。」
『キグチ大尉は民主主義が過去の遺物であるとお考えのようですが、私は多少異なる意見を持っています。』
「ほう、君の意見とやらを聞かせてくれないかな。」
「あのう・・・お話中失礼なんですが・・・・マリアが真ん中だとお邪魔でしょうから隣に移りますね、ウフッ。」
「おお、レディーがいるのを忘れていたよ。口角泡を飛ばしても唾を飛ばしてはいかんからな、ハハハハ。」
私たちの間に座り、一方が喋る度に左右をキョロキョロ見ていたマリアは困惑した面持ちで言うなり、直ぐさまキグチ大尉の隣に腰掛けてしまった。 私は彼女が退屈の余り女性バーテンダーとお喋りでもしたいのかと思っていた。 しかしマリアはその後ずっと、うっとりしたような視線を私に注ぎ続け、片時もその眼差しを逸らすことはなかった。
『そうですね、何からお話ししたらいいのか戸惑ってますが・・・・・人類は限りない可能性を秘めているとの想いに尽きるのです。 民主主義の起源が能動的または受動的なものであれ、或いは自然発生的な欲求であれ、はたまた目的意識的な陰謀であったとしても単なる歴史の一頁に過ぎないのです。 本来の民主主義の本質とは崇高にして高次元の思想であるが故に、理想的社会の構築は困難を極めます。 俗世的な教条主義に陥る事なく如何にして完成の域まで高めて行くのかが問われているのです。 第一次産業革命から数えて百年程度では、人類は宇宙を我が物にすることは叶わなかった。 同様に理想社会の実現も一朝一夕には成し得ず、紆余曲折を経ながら確実に一歩づつ進化を遂げたものと解釈しております。 貧困と病苦が存在する限り幸福と平和を勝ち取る闘いは不断に続けられ、永遠の勝利を獲得したとの想いに全人類が至った時こそが民主主義が理想を実現した瞬間なのです。』
「で、このザマか。自虐的にこの国の有り様を言ってるんだがね、フッフッフッ。君の言うことも分からないではないが少々観念的すぎないかな。 この国では貧困と病苦を国民自らが自発的に選択していることを知らないのか。 ここは階級社会でもなければ、身分制度があるわけでもないのに、努力することを放棄した国民が勝手に非文明社会を形成している。 努力さえ惜しまなければタダで大学院までの教育を修め、労働環境の整った会社へ就職することも可能だ。これを民主主義といわずして何と表現すれば良いのだ。 ところで君の仰る理想的民主主義社会とは、いつ何処でどのように実現されたのか御伺いしたいのだがね、フッフッフッ。」
『いや、私の見たところこの国は民主国家では有り得ない。何故なら国を代表する者が直接選挙によって選ばれていないからだ。 この国の政治形態とは明らかに専制的独裁政治以外の何ものでもない。民主主義を騙るなどとは片腹痛い。 貴方のご質問にお答えするが、未だ理想的社会を実現した国など存在せず、民主主義思想は暗中模索の状態から脱却していないのだ。 それは百年程度のスパンでは実現不可能だと自信を持って断言しておく。』
「人間が理想に反した理想には程遠い生き物だから、何百年経っても理想社会の実現に至らないと考えたことはなかったのかね、冠木くんの賢明なる洞察力を以ってしても。」 『それは貴方が人間不信に陥っており、人間憎悪の思想に取り憑かれているからではないのか。 人間以外に一体何を信じろというのだ。機械文明かそれとも愛玩動物なのか。』
「人類の叡智が創り上げた最大の結晶は精密機械ではなかったのか。機械は嘘を吐かないし人間を裏切ったりしないぞ、フッフッフッ。」
『いや・・・・・・・・・・・機械は崇拝の対象には絶対なってはいけないんだ。 機械が人間を超えた時・・・・・・・・人類は滅びる。』
「何を口籠っているのかね。信仰の対象だと言った覚えはないがなあ。」
『モノに依存するのは・・・・・・・・・間違いだと言いたいだけだ。』
「民主主義者は物質文明から精神文明への回帰を目論んでいるんだな。 文明に憎悪の念を抱き、文明を否定する辺りはここの国民と相性が良いのではないか。」 『貴方がその様な詭弁を弄して国民を蹂躙している様がはっきりと見て取れるよ。 あんたの頭の中では民主主義とファシズムの境界線がないから斯様な論法に至るのだ。 テレビを見てもニュースを流しているチャンネルが国営放送しかないのは、狡猾な為政者の存在を隠蔽するのが目的だからだ。』
「確かファシズムの温床になったのは、議会制民主主義に拠る大衆的願望だと記憶しているのだがね。 君の方こそ空想的社会主義を民主主義だと勘違いしてはいまいか。 それに放縦なマスメディアこそが、愚民化するためには最上の道具だと歴史が教えてくれているだろう。」
『この国の民は向上心がないのではなくて、政府に家畜化された結果が無気力として現れただけなんだ。 それは貴方たちが周到なマインド・コントロールを施した成果でもあるのだろう。』
「被害妄想による結論が出たようだな。それで君はその悪逆非道極まる政府をどうしたいのかね。」
『解体しなくてはならない。それが理に適っている。』
「軍事独裁政権を倒す方法論が暴力革命以外に何かあるのなら教えて欲しいものだ。」
『それは・・・・・・・・・理性の欠如した極論だ。』
「君の顔にそう書いてあるのだがね。民主主義を否定すると。」
『暴力の行使イコール民主主義の否定とはならない。』
「ものは言い様だな。」
『結局のところ水掛け論にしかならない事が分かったよ。』
「議論も否定して放棄か、ハッハッハッ。いやあ、久しぶりに楽しい時間を過ごせたよ、冠木くん。 自分は早朝から仕事があるのでこの辺でお開きにするが、君たちはゆっくりしていってくれたまえ。」
『最後にひとつだけ聞きたいのだが構わないか。』
「何なりと。」
『単刀直入に言うが、ボスと称される人物の存在についてだ。』
「君は今夜その人物に遭っているかも知れないぞ、フッフッフッ。ゲストの中にいる・・・・・・単なる噂に過ぎないがね。 さてと冠木くん、マリアは素晴らしい女性だ、大事にしてやりなさい。また会える日を楽しみにしているよ。では・・・・・」
私が挨拶を返す時間も与えず、キグチ大尉は風のように去って行った。 興奮気味だったためか最後に余計な質問をしてしまったかも知れない。 相手は政府関係者でもあるが、今更怪しまれたところで情況は変わらないともいえるが。
もう午前三時か・・・しかしなぜマリアを大事にと・・・・・・・
「あ〜良かった〜、喧嘩になるのかと思っちゃった〜。」
『アルコールが入ってると議論が口論に発展することもあるからね。』
「あたし、大尉さんが怒り出したら拳銃を奪うつもりだったの。」
『バカなことを考えるもんじゃない。』
「疲れちゃった〜、スイートルームで飲み直そうよ〜。」
『いや、私も疲れたので部屋に帰って寝るよ。』
「え〜〜〜・・・・・・・」
『じゃあ、おやすみ。また機会があったら。』
「恋をしちゃいけないんだ・・・・・・」
『君とは知り合ったばかりじゃないか。』
「もういい・・・・・・・・・・」
部屋へ帰ってベッドに横になったが、なかなか寝付かれない。 本当にボスなる人物とパーティーで出会っているのだろうか。
それよりも、何故キグチ大尉は私の素性について何一つ訊こうとしなかったのか。 狐に抓まれているような・・・・・・・・・・・・・
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