私が国外永久追放処分となりこの惑星セトにやって来てから早1ヶ月が過ぎようとしている。 捜査は何等の進展もないまま、相変わらず日々銃撃戦に明け暮れている。 私の射撃の腕を高く評価しているチーフのゴローから、今日はマミアとペアを組んで行動する様に言われた。
惑星セトの旧式4輪車の運転も覚えた私は、マミアを助手席に乗せて東方面の繁華街へ向かった。 しかしこんな子供が、何故この様な危険な仕事を一緒にしているのか何時も不可解に思っていたので、何度か理由を訊ねたのだが同じ答えしか返って来ない。 これが自分の仕事だからやっているのだと言い張るのみで。
かなりの広さと思われる人の往来が激しい繁華街へ着き車を降りた。 マミアは専ら聞き役なのだが、何も武器は持っていないので事が起きれば逃げるより方法がなさそうだ。 両側の歩道には様々な物を山積にした露店がずっと先まで軒を連ねている。 マミアは片っ端から露店の店主を捉まえて話し掛けている。
「あたしたちはボスに用が有って探しています。何か知っていたら教えて下さい。」
「知らないねえ、何の用があるんだよ。」
「それは貴方には言えません。大事な用件だからです。」
「じゃあ他あたってくんな。」
毎度の事ながらこんな調子なのだ。100人か200人に訊き込みをしていると必ず1回は銃撃戦になる。
マミアはもう既に何十人もの店主に声を掛けているのだが、今日もまた収穫がないまま銃撃戦を展開して逃げ帰るのだろうか。 この大通りの中程まで来た所で、マミアは崩れかけた建物の中にある雑貨屋らしき店に入って行った。 店の奥の方には何100挺ものライフルやマシンガンが整然と並べられており、店主らしき初老の男が大事そうにピストルの手入れをしていた。
「あたしたちはある人を探しています。その方はこの辺ではボスといわれているらしいんですけど。」
「お前たちは何者なんだ。」
男は鋭い眼光で私たちを睨み付けた後、直ぐに目を伏せて再びピストルの手入れを始めた。
「あたしたちはそのボスに大事な仕事の依頼があるのです。ご存知でしたら会えるように取り計らってもらいたいのです。」
それ以後、男はマミアが何を尋ねても知らん振りをしたまま黙々とピストルの手入れをしているのみだった。 この店は長居しても無駄なので外へ出ようとマミアにテレポ送信しようとした矢先、マミアから先に緊急送信が来た。 数十人に取り囲まれている、銃の用意をしろと・・・・・・・・・・・・・。 店の奥にある部屋と入り口にそれぞれ10数名の武器を持った男たちがいるらしい。 初老の男は急に立ち上がり、店の奥へと消えて行った。
もう後数秒の間に戦いが始まるであろうという緊張感が全身に漲った。 私は2挺の銃の引き金に指を掛け、マミアには身を隠すよう通信を何度も行ったが全く返事は返って来ない。
来た!!!・・・・・・店の奥の部屋と後方からライフルとマシンガンを手にした男たちが一斉に雪崩れ込んで来る。 マミアから咄嗟に後方の奴らを片付けろとの指示が入った。 私は近くに置いてある大きな木の彫り物に身を隠しながら、通路の左右から来る男たちに銃弾を浴びせ掛けた。 そして2挺の銃に弾倉を入れ替え連射し、再び弾倉を取り替えた時には入り口の奴らは全員倒れ込んでいたので 反射的に振り向くと、血みどろの死体の山だけが目に入った。 あっという間の出来事だったが、マミアは何事も無かったかの様な平然とした顔で、仁王立ちになって私の方を見ている。 この娘は一体何の武器を使って武装した10数人の男たちを一遍に倒したのか、一向に見当もつかず考えている余裕すらなかった。
「この辺り一帯は危険です。早く出て帰りましょう。」
私たちは急ぎ足で車に向かったが、前を行くマミアが突然大音響と共に膝を着きながら崩れ落ちて行った。 20o機関砲・・・・・・・・・・・・・・・何てことだ、マミアの身体は半分に千切れそうになってしまっている。
私は急に足の力が抜けてその場に座り込み、哀れな姿の亡き骸となってしまったマミアを抱きしめた。 何故こんな小さい女の子がこの様な目に遇わなければならない・・・・・・・・・・・死刑囚の私こそ先に死ななければいけないのに・・・・・・・・・・。 もうどうでも良い、これ以上生きている事は苦痛でしかない。 誰でも良い、私をこの場で撃ち殺せ。
「あたしの頭を首から切断して持ち帰って下さい。周りは敵だらけだから充分に注意して・・・・・・早く。」
そんな馬鹿な、マミアは生きている・・・・・・・・・・・・・アンドロイドだったのか。頭脳単体で活動が出来る23世紀タイプの最新型アンドロイド・・・・・・・・・・。 マミアの頭を触った時に怒り出した理由が今になってやっと解った。 急いで修理しなければアンドロイドといえども機能は衰えてしまうだろう。早く帰らなければならない・・・・・・
しまった、首筋に冷たい鉄の感触が・・・・・・・・銃口を突き付けられている、もう御終いか。
「よ〜し、銃を置いてゆっくり立ち上れ。そのロボットも下に置くんだ。」
この場で殺す気ではないらしい。 私はマミアを静かに地面に寝かせてからゆっくりと立ち上った。
「お前は本部で取り調べる。今すぐ死にたければ駆け出して逃げる事だ。」
背中を自動小銃で小突かれながら通りの先の方へ歩いて行かされた。 後ろを振り向くとマミアの身体がない。 無事に転送されたのだろうか。 しかし私が捕らわれの身となってしまったのは何故なのだ。
200mほど歩いた所で目隠しをされて車に乗せられた。 どこに向かっているのだろうか。 30分くらい車に揺られた後、目隠しを外され車を降りると、大きな屋敷がある一面綺麗な芝生の広い庭にいる事が分かった。
数名の男に囲まれながら屋敷に入り、エレベーターで地下深く下って行った。 そして思い描いた通りの粗末な木製の小さい椅子とテーブルだけ置いてある薄暗く狭い部屋に通すと、 銃を持った男と交代に3人の男が部屋に入って来て、葉巻を咥えた大柄な男が私の前にある椅子に静かに腰掛けた。
「貴様は誰に雇われて活動しているのだ。ボスの事は誰から聞いた。」
答え様がないので、私は首を横に振るしかなかった。
「死に急ぎたいのなら黙っていても良いがな、白状すれば命だけは助かるかも知れんぞ。」
同様の台詞で次々と詰問して来る男に対して、私は視線を逸らして首を振る事しか出来ない。 数分後、小型の無線機からの呼び出しを受けた大柄な男は、二人の男に指示して私の体を押さえ付けさせた。 すると、その咥えていた葉巻を私の右肩に押し当て、力一杯何度も左右に捻るのだった。 私は苦痛で気が遠くなりかけたが、声を上げて叫ぶ事すら叶わない。
「なるほどな、貴様は唖だったのか。」
大柄な男は再び無線機を手に取り、誰かからの指示を仰いでいるらしい。
二人の男に両腕を掴まれて部屋を移動し、簡単な火傷の治療を受けた後、直ぐに少し離れた別の大きな部屋へ連れて行かれた。 そこは豪華な美術品と調度品が並び、深く柔らかいソファーの置いてある相当な広さのリビングルームの様だった。
その柔らかいソファーの上で待っていると間も無く、派手な服装をした目付きの悪い70歳位の老人が現れた。
「私はこの地区を治めているクロッカワーという者だ。部下が手荒な真似をした事は素直に謝罪しよう。 君の頭には3ヶ所から銃口が照準を合わせてあるので詰まらない事は考えない方が利口だ。 それでは君の前に置いてあるキーボードを使って話し合おうではないか。 指で一つずつキーを押してから最後にエンターキーを押せば良い。まず君の名前から伺おうか。」
これは20世紀に開発された二次元画像モニターの旧い2進法コンピューターだ。 現在では空間定位モニターと脳内定位モニターのみが使われているのだが、こんな物は骨董品としての価値もない。
「冠木スサノオ君か、中々の立派な名前ではないか。さて、君はどこで生まれて、どのような経緯を辿って反政府活動を行っているのかね。」
この老人は物腰こそ柔らかいが、年齢に相応しくない全く信用ならざる鋭い眼光を私に向けている。 殆どの奴らが文盲でまともな会話も出来ないのだろうが、こいつは一般的な住民とは異なる知能の高い人物の様だ。
『ここには政府など存在しない、完全な無政府状態ではないのか。赤ん坊は生まれた場所など覚えていない。』
「なるほど、言いたくなければそれでも構わないがね。しかし私は君が火星で生まれた人間だという事を良く知っているのだよ。 我々とは違う臭いがするので隠しても無駄だと思うがね。」
「証拠がなければ、それは妄想に過ぎない。」
「いや、そうではない。君は火星政府からある任務を遂行するために派遣されて来たのを我々は知り尽くしている。」
『任務とは一体何の事だ。』
「君も知っての通り、火星政府は我々の偉大なる上帝を探し出し抹殺しよう企んでいる。そしてそれは数百年に亙る血で血を洗う終わりなき戦争でもあるのだ。 君たちの政府は遠い昔、極端なレイシズムによって人類に対し謂れなき色分けを行い、蓋然性のない未来哲学論で人類を二分してしまった。 君たちは我々を置き去りにして身勝手にも火星へと逃げ去り、ロボットの恩恵による豊かな暮らしを享受しているのだろう。 しかし残された我々は生きる為の総ての知的財産とテクノロジーを奪い去られ、家畜は死に絶え、作物の収穫は年々減って行き、飢餓により人口は半減してしまった。 その総ての原因は諸君の過激なレイシズムに端を発しているのは歴史が物語るところだ。 即ち諸君の政府は自らの下劣な欲望を充足させるために我々を生贄としたのだ。 諸君は富を分配しようとせず、神の威光に背を向け富を独り占めしたのだ。その最大の犠牲者が我々である。 そして更に火星政府は私たちの地球を破壊し、人類を抹殺せんと目論んでいる。 その目的を果たすべく、神である上帝の命を狙って送り込まれた刺客が君たちエージェントなのだ。 つまり君の正体は残忍な心を持った殺し屋だと云う事だ。」
『言っている意味が良く解からない。そもそも神に代る上帝とは一体何者なんだ。』
「君は生まれた時から洗脳を受けているので一度に理解するのは非常に難しいだろう。 しかしこの惑星のみが自由を約束された地である事は永く暮らしていれば容易に判断可能であろう。」
『それは私にとって困難を極める問題になりそうだな。』
「ここでは総ての自由が許されている。勿論君も例外ではないので、この屋敷に留まる事を条件に自由を与えても良いと考えている。」
『私に選択する自由はないものと受け留めたが。』
「暫くの間ここで何も考えずに楽しく過ごせば良い。君の進化を期待しているよ、以上だ。」
その後、私は地下室から上にある大きな屋敷の2階の部屋へ移され、5000坪以上あろうかと思われる花畑や池がある広い庭の中に限り行動の自由が与えられた。 20畳程ある部屋には鉄格子こそないが、敷地内と外を隔てる頑丈で高い鉄柵の最上部には数メートル置きに監視カメラ付の機関銃が配備されている。 警備室から遠隔操作で正面の門か裏門を開かない限りは何処からも出入りが出来ないシステムになっているらしい。
この大きな屋敷には数十名の下男下女とコックがいて、毎日忙しそうに掃除をしたり庭に手入れをしたりしているが、その他にも警備員と身なりの綺麗な若い男女が多数住んでいる。 彼らは手の汚れる仕事は何もせずに庭内で乗馬やゴルフを楽しんだり、屋敷内のカジノで酒を飲みながらテーブルゲームなどをやって一日中過ごしている。 警備係は皆厳つい顔立ちなので一目見れば下男下女との見分けが付くが、その他の若い男女は何故か美形揃いで何の目的があってこの屋敷に住んでいるのか理由が良く解らない。 そして不思議な事に小さい子供の姿が何処にも見当たらないのは何故なのだろうか。
私はこの惑星に関してより良く学び直そうと思い、毎日書斎を借りて読書をしたりオンラインで情報を集めようとしたが、情報統制が成されている為か同様の結論にしか到らない。 何処も彼処も必ず判で押した様に、地下室であのクロッカワーという老人が話していたのと同じ被害者意識で歴史観が語られている。 何等の成果も得られないまま、この屋敷に軟禁されてから10日以上を無為に過ごしてしまった。
ここ数日間の変化といえば、私の顔を覚えた若い男女が会う度に会釈をしたり、美しい顔立ちの女が微笑み掛けて来たりする様になった位だろうか。 何か規制でもあるのかも知れないが彼等の方から話を切り出す気配もなく、私も積極的に打ち解けようという気もないので下男下女以外とは未だに会話をした事がない。 会話とは云っても勿論、筆談かポータブル用の端末を使わなければ彼らとの会話は成立しない訳なのだが。
しかし無駄とは解っていても火星タカワルハラと地球セト間の諍いについて何らかの結論を引き出す為には、相手構わず掴まえて問い掛けてみるのもひとつの手かも知れない。 どちら側が如何なる意図があって虚偽の情報を流しているのか、事実を隠蔽しているのかはまだ判断出来兼ねるが、決別した当時双方が抱いていた世界観の方向性さえ解れば想像力を逞しくするのは不可能ではない。
見た目には悪意の欠片もなさそうな若い男女に話を聞いてみるのも面白いかもしれない。 彼らが男女で一緒にいるのを見た事がないのだが禁止事項にでもなっているのだろうか、常に3〜4人一塊になって屋敷の内外で行動している。 私はカジノで酒を飲んでいる連中とならば話も弾むのではないかと考え、中へ入ってみるとテーブルに3人の若い男たちが豪勢な料理の品々を囲んでワインを酌み交している。 不慣れな旧式の端末を使い、邪魔して良いかと書いた画面を3人に見せると、一人が立ち上がり椅子を引いて座る様にと快く迎え入れてくれた。
『私はこの屋敷に来て間もないのだが、君たちはここで長い間働いているのか。』
「僕たちは皆半年か1年の契約でこの屋敷に雇われている。」
『この屋敷はどこか大きな会社が所有している別荘か何かなのか。』
「詳しいことは知らない。余計なお喋りをしてはいけない規定がある。」
『ではこの屋敷内は大企業や国家機密の塊だと考えれば良いのか。』
「それは僕たちには関係のない事だ。どうして君はそんなに詮索したがるのだ。」
『私はこの屋敷について良く知らないので聞いてみただけなのだが。』
「お前は何者で、どう云う理由でこの屋敷にいるのかを先に言うべきだ。」
『理由は解らないが訳もなく此処に連れて来られたので寝泊りしているのだ。』
「お前の言っている事はおかしい。僕たちには関らないでくれ。」
『ああ、やはりお邪魔だったようだね、それでは失礼するよ。』
3人とも全く取り付く島もないといった雰囲気で呆気なく撃退されてしまった。 彼らはこの惑星の成り立ちについて何も知らない、何らの興味もない極一般的な庶民なのだろう。
女たちはどの様な反応を示すのか興味があったので庭へ出てみると、大理石造りの豪華な噴水の周りで女4人が水と戯れていた。 私は無理に話をしようとはせず、近くの曲木椅子に座って無邪気に遊ぶ女たちを眺めていた。 暫くするとその中で最もすらりとした顔立ちの綺麗な女が微笑を浮かべながら近寄り、丁寧に挨拶をして私の隣に腰掛けた。
「今日はとても気持ちの良い天気ですね。」
『そうだね、私は喋れないので申し訳ないのだが。』
「お気になさらないで下さい。ここで何か不自由な事があったら私たちに言ってくれれば良いんですよ。」
『さっき若い男性に聞いたんだけど、君たちも契約をしてこの屋敷で働いているのか。』
「ウフフフフフ、その若い男には余り近付かない方が良いですよ、ウフフフ。」
『それはどういった訳で。』
「私から聞いたと言わないで欲しいのですけど、彼らは陰間ですからね。お好きでしたら構いませんけど、フフッ。」
『そうだったのか。勿論私の趣味ではないが。』
「あの男たちは、高給で待遇の良い私たちとは異なる下男以下の扱いなんですよ、フフッ。」
『もし差し支えなければ君たちの役割を知りたいのだが。』
「私たち女は高級パーティーコンパニオンですので、場末のキャバレーのホステスとは違う身分なんです。でもここにいる男たちは最も身分の低い陰間ですからお間違えのない様に、フフッ。」
『この屋敷のパーティーには政治家などの大物が来るのかな。』
「多分そうなんでしょうけど、お客様から根掘り葉掘り余計な事を穿鑿するのは素人ですから、即座に首を切られてしまいます。 一番多く来られるお客様は軍人と警察官ですけど、気の荒い方がいらっしゃるので喧嘩が絶えなくて、気苦労が重なって長続きする女の子は少ないんです。」
『じゃあ君は何年もこの屋敷で働いているわけだ。』
「もう2年位になりますよ、ああ・・・・・・・・・申し遅れましたが私はマリアといいます、宜しくね。」
『私は冠木という者だ。』
「ここへはお仕事でいらしてるんですか。」
『うん、まあその様なものだね。』
「あ、無理に仰らなくても良いんですよ。秘密厳守は高級コンパニオンとしての条件ですから。」
『ところでこの屋敷について君は何か知ってる。持ち主とか誰が仕切っているのかなど。』
「ごめんなさい、私は高い御給料が貰えれば良いので、考えたこともないんですけど。」
『詰まらない質問をしてしまったみたいだね。別に私もどうでも良いと思っているのだけど。』
「何か分ったら教えて上げますよ。使用人に言って頂ければ何時でもお伺いしますので・・・・・・宜しければ今晩でも、ウフフフ。」
『ああ、今後とも宜しくね。そんなに急ぎの用ではないので、また話すことにしようか。』
「そうですか、それは残念ですね。でも明晩大きなパーティーがあるので是非いらして下さい。きっと良い事が起こりますよ、フフッ。」
『それでは明晩のパーティーに顔を出してみるとするか。じゃあその時にでも。』
「ではお待ちしてますからね。」
彼女の如何にも物欲しそうな色目遣いからすると、若い男たちと何等変わるところのない所謂高級娼婦に過ぎないのだろう。 しかし明日のパーティーには是非とも出席して色々と探ってみる必要がありそうだ。
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