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作品名:断頭台のアーレース 作者:ブリブリ仮面

最終回   10

集会を終えた後、休む間もなくヒルズ地域攻撃の準備に追われた。
予想通り夜明けを待つことなく、暗くなると同時に奇襲攻撃をかける方針転換がなされたのである。
これは突然心変わりしたのではなくて元々そのつもりだったのだろう。

午後5時、先鋒の突撃部隊は車両に乗り込み広い地下道へと入って行った。
私が担当する巡航ミサイル部隊も粗方準備が整ったが、発射テストもしないままぶっつけ本番でやるらしい。
攻撃目標の9割は基地に絞られているが、これは送電線や幹線道路に命中させるのは不可能と分っているからだろう。
ピンポイント攻撃は出来ずとも、8箇所ある広い基地内の何処かに落下すればダメージを与えられなくもない。
恐らくある種の心理戦を計算に入れているのであり、これ自体に威力はなくとも地上部隊への支援にはなる。

マゴグから指示が来た。約10分後の午後6時が攻撃開始時間である。
ミサイルは撃ち終えた後、小型のクレーン車で一発づつランチャーに装填するのだが、この場所に置いてあるミサイルだけでも無くなるまで1時間以上かかりそうだ。
攻撃地点のプログラムは既に組んであるので、私は事務的にワイヤードの発射ボタンを押すだけだ。

南の方角で花火が上がっている。気の早い部隊が攻撃を始めてしまったらしい。
午後6時丁度、最初のボタンを押すと、20基あるランチャーから一斉に花火が打ち上げられた。

花火はヒョロヒョロと舞い上がり、雲のある辺りでヒルズ地域へ方向を変えるのが確認出来た。
しかしこのミサイルはレーダーを避けながら、地形に沿って低空で飛んで行くほど立派な物ではない。
2発目の装填が各ランチャーとも終了したので、私も2回目の発射ボタンオンである。
この間に地下道では地上部隊が突貫工事をしている筈だ。果して上手く貫通出来るのだろうか。
ゴグランドシティーの周辺でも、陸軍の報復攻撃に備えて罠を張って待ち構えている部隊がある。
対戦車地雷は各所に総計20万個以上仕掛けてあるそうだ。

午後7時を過ぎ、400発ほどあった全てのミサイルの発射が完了した。
基地周辺の様子はどうなのだろうか。何故か衛星テレビ放送の映像は既に途切れている。
そして電話回線も不通になっている。後は地上ゲリラ部隊からの朗報を待つのみである。

マゴグとルミターナは地下道からヒルズ地域へ向かったが、私はここで待つ様に言われた。
私など戦場では足手まといになるだけだが、何れ役に立てる時も来るだろう。
地上部隊の装備は重機関銃とバズーカ砲以外にはこれと言った武器はないが大丈夫なのだろうか。
しかし、ヒルズ地域は広大な土地を有しているが、人口の殆どは都市部に集中している。
それは護りの堅さに繋がり、逆に弱点でもある。つまり都市ゲリラにとっては都合の良い構造になっている。
急造のゲリラ部隊に倫理を説いた所で無駄なのは判り切っている。だからマゴグは私をここへ残したのだろう。

そろそろ日の替わる時刻だが、未だに無線連絡は来ていない。
今頃ヒルズ地域では想像を絶する凄惨な戦いが繰り広げられている筈だ。
私も少し仮眠を取って明日のために備えて置かなければいけない。
そして、身体を休めようと床に就いたが到底熟睡など出来るものではなかった。

クロッカワー邸を出てからというもの、その展開が余りにも早過ぎて少々混乱をきたしている。
何もかもが私の理解を遥かに越えてしまっているのだ。
それは私が連邦政府に操られた木偶人形に過ぎないからだろう。
混乱しきった頭の中を未来の地獄絵図が駆け巡っている。もう何も深く考えるべきではないのか。


少しウトウトしていたようだが、誰かに身体を揺すられて目が覚めた。彼は幹部の一人だ。
マゴグから無線連絡があり、急いでヒルズ地域の中心部へ向かえとの事だった。
待機している者は極少数なので人員不足とは思えない。一体何があったのだろうか。

私は自らジープを駆り、仲間と共に指定された場所へと急いだ。
この広い地下道はかつて高速道路だったようで、薄暗い照明も所々に灯されている。
サービスエリアらしきスペースのある要所には我々の仲間が陣取って交通整理をしていた。
こうした風景を見る限りでは事は上手く運んだように感じるのだが、敵部隊は何処に潜んでいるというのだろう。

フルスピードで飛ばして約1時間後に地上へ辿り着いた。この辺りは高いビルの少ない住宅街のようだ。
マゴクと連絡を取り合っている先頭の車に着いて行くと、5階建ての大きな建物が見えてきた。
その門には国立図書館と書かれてある。

マゴグのお気に入りな寝ぐらは相変わらず地下駐車場のようだ。トラックや大型トレーラーに混ざって幾つかテントが張られている。
先頭の車は一番奥にあるテントの前で停車した。マゴクとルミターナが無事でいてくれれば良いのだが。

中には・・・・・マゴクが酒瓶を片手に酒を呷っている。ルミターナは地面に寝そべっているが元気そうだ。


『戦況はどうなんだ、マゴグ。』

「戦況ねえ。まあ、酒でも一杯やってくれや。」

『そんな暢気にしていて大丈夫なのか。私は詳しいことを知りたいんだ。』

「おめえがここへ来る時に銃撃戦でもあったのかよ。」

『いや、何もなかったが。どういう事なんだ。』

「銃声を一発でも聞いたかよ。」

『いや、聞かなかったが、君は何をもったいぶっているんだ。』

「戦争にはならなかったってえ事よ。戦死者もゼロ。間抜けがケガした程度だ。」

『もっと要領よく話が出来ないのか。』

「モグラが地下へ逃げちまったんだよ、おにいさん。」

「緒戦は大勝利ってえこったな。」

『捕虜の一人位はいるんじゃないのか。』

「来てみると、人っ子一人いねえもぬけの殻だったんだよ。不戦勝の間違いだったな、ヘッヘッヘッ。」

『信じ難い話だな。奴らの真の狙いは何だと分析しているんだ。』

「知らねえなあ。」

『知らないでは済まされないだろうが。』

「知らねえもんは知らねえとしか言えねえな。だからおめえの出番が回って来たってえ訳よ。」

『ちょっと待て。著しく頭が混乱しているんだ。』

「それじゃあ同じじゃねえかよ。いいから今日のとこはゆっくりと休んでくれや。」

『ああ、お言葉に甘えることにするよ。』


駄目だ。混乱どころではない、吐き気を催してきた。
何が何だか分からない。思考することすら嫌気が差してきそうだ。

仮眠を取った後で再びマゴグのテントへ足を運ぶと、マゴグは相変わらず酒を呷っていた。


「何か閃いたのかよ、カブラギ。」

『これからの作戦について聞こうと思ってるだけだ。』

「作戦も何もよう、奴らは消耗戦に持ち込むつもりだろ。その証拠に一箇所だけは死守する気らしいぜ。」

『一箇所とは何処のことだ。』

「クロッカワーの屋敷を中心とした半径5kmほどの住宅街は長距離砲陣地で囲まれている。それは前から知ってたんで、危なくて手が出せねえでいるってえ事よ。
ちょっとでも近付こうもんなら肉団子にされちまうんでよ、ヘッヘッヘッ。」

『クロッカワー邸の地下に何か秘密がありそうだな。』

「さあどうだかよ。地下都市は縦横無尽に張り巡らされててよ、何処からでも出入り可能だ。
今日から俺たちに出来る作業はモグラの出て来そうな場所に対戦車地雷を埋め直す位のこった。」

『それで兵糧攻めにする訳だな。』

「いんやあ、地下都市には5年分の穀物備蓄があってだな、食料生産も1年弱でフル稼働になる。
地下資源は無尽蔵に近いらしいしな、無い物を探す方が難しいんじゃあねえのか。」

『それでは難攻不落の要塞じゃないか。』

「その通りよ。だからよ、手下の命は無駄遣い出来ねえから無理して攻め込む気もねえ。モグラみてえな害獣は出て来たら叩きゃあいいんじゃねえのか。」

『君は消耗戦ではなくて水入りを望んでいる訳だな。』

「他に手があんなら教えてくれや。」

『いや、引き分けでも満足なのかと訊きたいんだ。』

「地下都市へ逃げ込まれたら勝負が付かないのは想定内だったって事よ。」

『不戦勝を狙っていたような口っぷりだな。』

「おめえは攻撃が最大の防御だとでも思ってんのかよ。兵法の極意は戦わずして勝つ、じゃあねえのかい、ヘッヘッヘッ。」

『仰る通りかも知れんな。』


どうしても腑に落ちない点が多過ぎる。しかし、これも連邦司令本部が描いたシナリオ通りなのか。
但し、私の生き死にの問題で、皆を巻き添えにしなくても済んだのは素直に喜ぶべきだろう。


総攻撃から既に一週間以上を経たが、これといった変化は見られない。
変った事といえば、ゴグランドシティーから続々と移住希望者が押し寄せている位だろうか。
我々の主な仕事は諍いのないよう皆に家屋を割り当てたり、ヒルズ中枢と深い繋がりのあるスラム街のならず者移民を排除する事である。
スラム街の住民とはヒルズ地域に雇われた一種の暴力装置であり、長い間善良なゴグランドシティー住民の手枷足枷となって来た。
今までは地域ごとに階層が二分されていたが、現在その階層は三つに分割されようとしている。
完全な自由や平等など有り得るものではない。生まれ持った能力を充分に弁え、大自然の掟に則った住み分けが最良の社会への近道だ。

クロッカワー邸のある住宅街とは未だに睨み合いが続いている。しかし双方とも攻撃する気配は見られない。
こちら側には分厚いコンクリートで護られた長距離砲陣地を潰す能力などないし、敵側とて機甲師団を送り出そうにも対戦車地雷原と待ち伏せに引っ掛るので迂闊な作戦行動は取れないのだろう。

ヒルズ地域の各家庭にはケーブル回線が敷設されているが、これは現在でも放送が流されていて地下都市の情報も一部報じられている。
電話やネットも可能と思われるが、意図的な情報を伝える手段に限定しているらしい。

このケーブルニュースの中で一つだけ驚いた未確認情報がある。ヒルズ地域の最高指導者は何らかの責任を追求され失脚したそうだ。
それに取って代わったのが、あのキグチ大尉なのだそうである。しかも現在彼は尉官ではなく、佐官・将官を一気に飛び越えて元帥の地位にあるのだとか。
極めて衝撃的な情報だが裏を取った訳ではない。しかし、あの人物の事だから信憑性は高いかも知れないのだ。
表向きの最高指導者はキグチ元帥であっても、裏の最高権力者がクロッカワーなのは依然として変わらない筈だが。

マゴグはこの様な膠着状態が続くのを本当に望んでいたのだろうか。極めて不可解だが、その真意まで察することは出来ない。
このまま上手く行けば歴史上余り例のない無血革命成立であるが、ヒルズ地域住民と権力者たちは必ず報復措置を講じるものと覚悟して置くべきだ。
悪い事にこの一件には第三者が深く関与しているので、当事者の誰にも先を読む事が不可能なのは事実だが。

それとは別に私自身の身の振り方としては、誰にも迷惑の掛からないようゴグランドシティーの何処かでひっそり暮らすのが最善と考えている。
恐らくどう足掻こうと、再び鬼畜本部の思惑でヒルズ地域へ連れ戻されるのは確実なのだが。
やはり私に残された唯一の手段は、何もしないよう心掛けるのみなのか。


端末機に通信が入っている。マゴグからだが、電話ではなく珍しくメールで送信してきた。
ヒルズ地域制圧以後、衛星回線網と衛星テレビは我々が完全に掌握している。
私はマンションの一室に住んでいるのだが、マゴグは未だに地下駐車場から離れようとしない。
マゴグはここから車で5分程の場所に数日前移動しているが、近頃は会っても余りいい顔をしてくれない。
メールに用件は書かれていないが、何か重要な話でもあるのだろうか。
しかも少し離れた別荘を指定してくるとは余程のことがあったに違いない。
端末機で位置情報を確認しながら行けば10分も掛からないだろう。

どうやらその別荘は小高い丘の上に建てられた、洋風の小振りな住宅らしい。
車を家の前に停めると門が自動で開かれた。他に車は見当たらないのだが、誰か外出しているのだろうか。
玄関を開けると、そこは大きめのリビングダイニングになっているようだ。
リビングには人の気配がないのでマゴグは2階の部屋にいるのかも知れない。

2階へ上がると部屋が三つほどあるらしいので最初のドアをノックしてみた。しかし返事がない。別の部屋なのだろうか。
右側正面のドアに向かって・・・・・・・・・首筋に冷たい物・・・・しまった、銃口だ。マゴグはこの様な悪い冗談をやる男ではない。


「ご苦労だったな、冠木。お前がこんなに頭が悪いとは思わなかったぜ。」


こいつはクロッカワー邸で警備を担当しているあの大男だ。そして仲間が二人いる。確認も取らずにのこのこやって来た私が間抜けだった。


「オヤジさんが首を長くして獲物をお待ちだ。逃げ出すのはお前の勝手だがな。」


いや、ここで殺される訳にはいかない。再びクロッカワーの屋敷に入れるとは願ってもないチャンス到来なのだ。
どうせ限られた命である。クロッカワーと刺し違えて死ぬことが可能ならば被害も最小限で済む。
取り敢えずマゴグとルミターナにだけお別れをしておけば良いだろう。

地下通路は無限に広がっているので、奴らも秘密の抜け穴を通ってここまで来たに違いない。
階段を下りて地下にある倉庫へ行くと、やはり一目では気付かない隠し扉がある。
ここからは何度も扉を開けたり閉めたり、下水道を通ったりしながら更に秘密の通路が延々と続いている。
1時間近く歩いた所で真っ暗闇の広そうな道路に出た。そして、そこには既に3台の車が待機していた。
私はあの懐かしい囚人護送車に乗せられ、猛スピードで目的地クロッカワー邸へと向かって行った。

この道路も迷路の構造になっているらしく、幾度も左右に折れ曲がり数回大きな扉を開き潜り抜けた後、照明の灯された三車線の道路へ出た。
道路に照明が完備されていると云う事はクロッカワー邸が近付いている証拠だろう。
数分後、3台の車は細い道へ入り、扉を何度も潜りながら駐車場らしき場所へ到着した。
どうやらここがクロッカワー邸の最深部なのは間違いない。

そこからエレベーターを2回乗り換え、以前見たことのある彫像で飾られた長い通路を通り、豪華な調度品の置かれた部屋へ辿り着いた。
あの大男は無言で部屋の外へ出て行ってしまった。監視は一人も付いていない。いよいよ主役の登場か。
しかし、なるべく余計な事は考えない方が賢明だろう。ここでは心を見透かされる危険性がある。


来た・・・・・・・・・和服姿のクロッカワーだ。こいつは相も変わらず感情が表に出易い人間のようだ。
この世に鬼や悪魔が存在するとしたら、きっとこんな形相をしているに違いない。


「やあ、冠木くん。元気そうで何よりだ。実は君とくだらないお喋りをしている暇は余り無いんだよ。
君は私たちの怒りが想像出来るか。君は何をやったのか知った上で生き長らえているのか。
所詮君の命など我々の掌の上で遊ばせることも握り潰すことも気分次第だったのだ。
しかし私が君を泳がせていたのは気分に因るものでは無い事だけは断っておく。
君はある方の慈悲深き御心によって生かされ続けてきたのだ。君はその御心に報いるどころか牙を剥いたのが今回の卑劣な行為だ。
私はこの場で君をなぶり殺しにしてやりたいと思ってるんだよ。しかし慈悲深き御心は再び君のような悪魔の心を延命して下さった。
君の憐れな最期を悼んだ慈悲深き御心の奇蹟が、慈悲深き御心をして君の謁見を成さしめた。
君の最期の日の前日、君は身体を清め、神の御業により特別な謁見が行われる事となった。
そして君は私の手によって天に召されることを神に感謝しなければならない。」


それだけか・・・・・・・・・もう行ってしまったが、この男は私の予想を越えた会話は不得手のようだ。
奴の言っていた慈悲深き御心への謁見とは、恐らく・・・・天帝・・・・ボス以外には有り得ない。
しかし、私が冥界へ旅立つ前の贐の言葉とは一体何なのか非常に楽しみではある。


そのあと私は暫くの間、狭い部屋に閉じ込められていたが、時間をかけて全身を洗うよう命令を受けた。
バスルームを出ると頭からスッポリ被さる白装束が一枚置いてあった。外はもう暗くなっている時間だろう。
間もなくあの大男がやって来て、手錠を掛けた上で乱暴に何処かへ連れ出そうとするのだった。
このまま天帝とやらのいる場所に向かうのだろうか。

例の如くエレベーターを何回も乗り換え、様々な幅の通路を歩かされた後、その場所へ到着した。
聖堂のような大理石造りの広い一室には、中央に二つの大きな椅子が並べられてある。
私はその手前で跪く格好をさせられ、大男の大きな足で床に顔を押し付けられた。

数名の者がこちらへ近付いて来る。そして、その内の二人が前方の椅子に座ったのがはっきり聞き取れた。後方にいる奴は小刻みに足踏みをしている。
すると、前に座っている者が唐突に話し掛けて来るのだった。


「貴方は私たちに必ず協力するとの託宣がありました。何故、神と私たちを裏切ったのですか。」

「貴方は火星政府への忠誠心から私たちをこんな目に遇わせたのですね。それは決して許されてはならない非道な行為です。」


二人とも女だ。しかも声から判断すると非常に若い女らしい。
こいつらの何れか、いや二人とも天帝なのか。


「私たちは神の意志に従い、自由で平和なこの国を築き上げて来ました。その平和な暮らしを貴方たちは土足で踏みにじったのです。」

「私たちは誰一人として戦争を望むものなど居りませんでした。好戦的な貴方たちが神の御意志に背いたのです。」

「この国では長きに亙って犯罪を犯した者への懲罰を諫めて参りました。しかし、悲しいことに例外もあるのだと神は仰いました。」

「この国では神の御言葉が最も尊重され、国民は皆が御言葉に従います。悪魔は断罪されて然るべきだと神は仰いました。」


二人とも立ち上って部屋の外へ出て行ったようだ。ハイヒールだけ目にすることが出来たが、顔までは分からない。


「私は非常に残念でならないよ、冠木くん。本来ならば悪魔の赤い舌を落とす儀式は年末に催される仕来りがあるのだが今回は例外中の例外だ。
既に博物館から梵鐘は搬出してあるが、君専用の寝心地の良い枕は現在調整中だ。
それから、素敵なプレゼントも用意してあるから楽しみにしていなさい。
天帝の御慈悲によって、君は明朝まで地上で過ごす決定が為された。誰も助けに来てはくれないと判った時、君は絶望の淵に沈むのだ。」


そう言い終わると、クロッカワーも足早に部屋を出て行った。奴の言葉通り、今日が最期の日の前日だったようだ。
梵鐘と枕・・・・・・・・・・プレゼント・・・・・・・
奴は自らの手で刑を執行する云々言っていたが、刺し違えることが出来るかどうかだけが気掛かりで仕方ない。
そして地上へ行っても命乞いをする気など更々ない。最期に星を見る機会を与えてくれたので感謝しているだけだ。


地上のヒルズ地域へは屋敷を通らず地下から車での移動だった。恐らくクロッカワー邸の直ぐ近くに監禁するつもりなのだろう。
車は少し時間をかけてヒルズ地域を遠回りしながら3階建ての建物の前で止められた。
階段を上がり、入れられた最上階の部屋は普通のワンルームマンションのようだった。
窓には鉄格子も何もないが、見張りは何人も付いているのだろうと思われる。
狭い部屋の中にはポツンとベッドがひとつ置いてあるのみだ。

現在何時なのか分からない。でも、ベランダに出ると星々が美しく輝いている。
夜明け頃には明けの明星も見ることが出来るのだろうか。
火星の事はもう忘れてしまった。それは忘れ去ろうとしていた為かも知れない。
ゴローやネウラールは今頃どうしているのだろう。マミアは仕事に戻ったのだろうか。
マゴグとルミターナは離れた場所にいるので心配はないと思う。
ひとつだけ気掛かりなのはマリアの居場所だが、私の体内の変化は知らされている筈なので大丈夫だろう。


何故か火星よりもこの惑星の方が懐かしさを感じる。
私の動物的本能が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢の中か。
ベッドで横になっていた筈だが眠くはなかった・・・・・・・・・・いや、これは夢ではなく現実だ。
小さいテーブルがあって、私は椅子に腰掛けている。
この部屋は以前・・・・・・・・ここは・・・・・・・連邦宇宙軍艦艇の一室だ。
やはり転送されたのか・・・・・・・・・・

右側にあるドアが・・・・・ケルベロスだ・・・・・そして、その後ろに・・・・・・・・・・
黒い軍服と銀縁のサングラス・・・・・・・ゲーリング・・・・・・・・・・・


「さて・・・・君に冥土の土産を持たせてやるつもりはない。叙勲の代りに御伽噺を聞かせて貰えるのだと考えたまえ。
我々は君がこの地に降り立つ遥か以前から、冠木なるエージェントを潜入させたとの情報を流しておいた。
君が彼らから注目を浴びたのはその点に尽きる。彼らは単に物好きで君を泳がせていた訳ではないのだ。
君には任務を与えた筈だが、最後の最後に任務遂行を放棄してしまった。何の事かは君自身が一番良く知っているだろう。
しかし我々も君の言行の総てを知り尽くしているのだ。地下都市からの転送は困難だが、音声の傍受はどの地点でも可能だからだ。
我々は天帝と称される者のリストアップに心血を注いでいたが、人物を特定することは適わなかった。
一方の敵勢力だが、我々との対峙に傾注していた彼らは、下層賤民の武装蜂起など予想だにしていなかった。
だから盲点を衝かれた彼らは、浮き足立って早々に地下都市へ逃げ込んでしまったのだ。そして憎悪の対象は蜂起軍の精神的支柱である君に向けられた。
そして、慌てふためいた彼らは神に背きし者たる君を諸悪の根源と信じ込み、迂闊にも正体を曝してしまった。
そこでだ・・・・・何ゆえに君はあの時、任務の遂行を怠ったのか。あの女たちに飛び掛ってさえいれば何もかもが終わったものを。
相手が若い女だったからか。いや、そうではないだろう。君が殺害した仲間のうち一人は女ではなかったのかね。
同じ場所にはクロッカワーもいたのに、君は何という決定的な失態を演じてしまったのだ。
まあいいだろう・・・・・民間人には過剰な期待は出来ないが、軍人は些細な失敗でも許されない事を脳裏に刻み込んで置くのだ。
ところで、冠木くん。君は故郷に残してきた3人の妻たちが心配ではないのかね。
答えから先に言うが、彼女たちはエイリアスではないので心を砕く必要は一切ない。
君は一夫多妻制などという前時代的な制度が、24世紀の火星に於いて行われていた事自体を疑うべきだったのではないかね。
さあ、お別れの時が近付いて来たようだな、冠木くん。私からのささやかなプレゼントだが、君に付与された制限機能の一部を解除しておいた。
以上だ・・・・・・・フッフッフッ。」


ワンルームのベッドの上に・・・・・・・・・・戻った。ゲーリングは一体何を言いたかったのだろう。
確かにあの時・・・総ては後の祭りか。しかし、今更何を頭に焼き付けろと云うのだ。
妻たちがエイリアスではない・・・・・前時代的な制度・・・・制限機能の解除とは・・・・・
ゲーリングは気でも狂れたのか・・・・・・・今の私にとってはどうでも良いことだが。

生まれてきたのが無駄の始まりだと言っていたのはゴローとマリアだったな・・・・・・・フフフ。


疲れ切っていたため少し眠ることが出来た。突然叩き起こされたので明けの明星とは縁がなかったようだが。
再び車で地下道に潜ってから着いた先は芝生の綺麗な公園だった。そこにはステージらしき物が中央にあり、大きな梵鐘が吊り下げられている。
そしてステージに上がると、あの大男が不敵な笑みを浮かべながら言うのだった。


「悪魔祓いの儀式は鐘の音から始められる。これで貴様の煩悩を祓うんだよ。
テレビの生中継もサービスの一部だから有難いと思え。オヤジさん達もご覧になっているからみっともない真似はするな。」


両手両足を縛り上げて釣鐘の中に括られた。処刑の前にお楽しみの拷問か。
10秒間隔で鐘が打ち鳴らされる。聴力の機能停止はプレゼントされていないらしい。
狂い死にしそうだ・・・・・でもこれは、遠い昔に味わった事のあるような苦痛だが・・・・・錯覚なのか。

どれ程の時間が経ったのか分からない・・・・・・・意識が朦朧としてきた・・・・・・・・・


そして、急に意識が戻ったのが分かった・・・・・・冷たい水を何杯も浴びせられたからだ。
釣鐘の中ではなく、両手を後手に縛られ跪いている。そして首を固定され・・・・・・・・・・・ギロチン台か・・・・・・
目の前にはモニターがあるが・・・・・・・・・・クロッカワーだ・・・・


「いやあ、恐れ入ったよ、冠木くん。耳はまだ聞こえる筈だと思うがどんな具合かね。
実を言うと、私は君が失禁したところを生中継で是非とも見たかったのだがね。
気絶して免れるとは流石に良く訓練された一流のエージェントらしい。それよりも予想通り仲間に見捨てられたことの方がさぞかし辛かったろうと思うよ。
今回の件は総て君に責任があると痛感したことだろう。しかし我々はこの程度の諍いなど簡単に白紙に戻す能力がある。
つまり君は捨て駒か鉄砲玉に過ぎなかったのだよ、冠木くん。
それから私は約束を厳守する人間だから、君への素敵なプレゼントはそこへ送ってあるよ。些か季節外れではあるが、サンタクロースを使いに出したのだよ。
さて、冠木くん。視聴者が痺れを切らしているのでカウントダウンを始めるとしようか。
では、安らかな眠りに就くよう心から祈っているよ、冠木博士。」


モニターが・・・・59・58・・・・・冠木博士だと・・・・・・誰と勘違いしているのだ。
・・・・クロッカワーは此処にはいない。やはりあの時に・・・・・・・・・・
サンタクロースとは何の事だ・・・この騒がしい野次馬の事か・・・・・・・・・・・・・・

あれは・・・・・・・ゴローとネウラールじゃないか。馬鹿野郎、何でこんな所に来ているんだ。時間がない早く転送しろ・・・・・

その後ろの方に赤い服と赤い帽子・・・・・・・マリア・・・マリア・・・・・・・どうして・・・・・・・マリアが・・・

クロッカワー・・・・・地獄に堕ちたとしても必ず蘇って貴様を八つ裂きにしてやる・・・・必ず・・・・
私の通信機能は100mの範囲まで届く筈だ。どうしてまだいるんだ、ゴロー・・・ネウラール・・・

鬼畜本部に僅かでも人の心が残っているのならマリアの命だけは救ってくれ・・・・・・・
どうして・・・・・逃げるんだマリア・・・・・・・マリア・・・・・・・マ・・・・・
・・・・・何故なんだ、急に声が出るようになった・・・・・まさか制限機能解除・・・・・


私は誰なんだ・・・・・・・・・・私は一体何者だったんだ・・・・・・・・・・・・・


「マリアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・・」











「それで回収は無事終わったのかね、ゲーリング中将。」

「はい、閣下。無傷で転送に成功致しました。そして既に移植も完了して居ります。」

「ほう、それは何よりだ。では次の戦略兵器が完成している訳だな。」

「はい、別室に待機させてございます。」

「呼んでくれたまえ。」

「はい、モニターをご覧ください。」


「うん、中々いい面構えをしておるな。君の階級と姓名を言いたまえ。」


「はい、閣下。自分は連邦宇宙軍情報部少尉・・・・・・・冠木マルスであります。」












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