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作品名:I Won't Last a Day Without You 作者:ブリブリ仮面

最終回   2


4月・・・・・・・・・・・・・春らしいポカポカ陽気に加え生暖かい風がピューピュー吹いていて、時折その風はハリケーンの様な突風になって木々を大きく揺らす。



今迄で最高に良い天気の中、8回目のドライブが出来そうだ。
駅前では奈々子がまた大きな袋を抱えて待っている。
あっ・・・・・・・突風で奈々子のミニスカートが・・・・・・・・・・。
すぐ近くまで来るとまた奈々子がマリリンモンロー状態に・・・・・・・・・・・。


「奈々ちゃ〜ん、元気〜〜〜。」

「見たでしょ。」

「えっ、何が。」

「絶対に見たと思う。」

「だから何を見たの。」

「おじさまってすごいエッチなんだ。」

「へ・・・・・・何言ってんだかな〜?。」

「あっ、この曲は〜?。」

「『Sing』だけど、それが何か。」

「春だあ〜〜〜。」

「だね〜。」


特に行くあてもないので、今日は山の手から都下方面をドライブしてみよう。
1時間ほどすると奈々子が、眠たいので公園でゴロ寝しようと、ぼくの腕を引っ張って言うのだった。
坂道を登り切った所に、ブランコも何もない小さい洗面所らしき建物だけ付いている、一面芝生に覆われた公園があったので車を停めた。
奈々子はすぐさまゴロッと寝てしまうのかと思いきや、大きな袋の中からお弁当箱を取り出して並べている。
お腹をいっぱいにしてからゴロゴロ寝るつもりらしい。


「おじさま・・・・・・・」

「はあ・・・・・・」

「奈々子の夢は何だか知ってる。」

「さあ・・・・・何なの。」

「奈々子の夢はね・・・・・・・お嫁さんになる事なの。」

「はあ・・・・・・」

「昔ね、奈々子はお姫様だったの。」

「うんうん。」


「昔々ある所に、奈々子姫という可愛い可愛いお姫様が住んでいました。
その国のお姫様は代々、必ず御見合いをして結婚するのがしきたりだったのです。
そしてその国には、奈々子姫に政略結婚をさせて私腹を肥そうとする、マカザー大臣という悪い悪い大臣がいたのです。
その悪い悪いマカザー大臣は、お隣の国に住むそれはそれは傍若無人にして極悪非道と噂の高い、醜い醜い老王との婚姻を姫には内緒で話を進めていたのです。
その事実を侍女から聞かされた奈々子姫の心は傷つき、困り果ててしまいました。
そこで奈々子姫は神様に御縋りするしかないと考え、近くの稲荷神社へ行き御狐様にお尋ねしたのです。
・・・御キツネ様、御キツネ様、奈々子は決してお隣の国の王が年老いているから結婚したくないと思っているのではなく、
何よりもそのお隣の国の老王は心が醜い上、無作法な乱暴者だから嫌なのです。・・・すると御狐様が・・・・・
・・・奈々子よ、我輩はここの主のキツネ君である。我輩が営む売店で油揚げと米一俵を購入し、稲荷寿司を作るのじゃ。
それを一日で平らげた者がそなたを救い、真の王者となるであろう。・・・と、御狐様は奈々子姫に託宣を授けられたのです。
奈々子姫は早速キツネマートで10トントラック2台分の油揚げと、コシヒカリ・ササニシキのブレンド米を買い込み、夜を徹して大きな大きなお稲荷さんを作り始めたのです。
そして出来上がったお稲荷さんをこの国の豪傑といわれる男達に食べさせた所、男達は次々と救急車で病院へ運ばれてしまったのです。
しかしお隣の国の醜い醜い老王も来訪し、マカザー大臣が勝手に決めた結婚式は明日に迫っていたのでした。
そこへ突如現れたのが遠い国から旅をしている途中、偶然この国を通り掛った空腹で今にも倒れそうなタケルナミコトという青年だったのです。
奈々子姫特製の美味しそうなお稲荷さんは次から次へとタケルナミコトのお腹の中に収まって行きました。
不幸な婚礼の日がやってきました。奈々子姫は無理矢理ウエディングドレスを着せられ、結婚式場へ連れて行かれたのです。
そして奈々子姫と醜い醜い老王との指輪の交換が、今まさに為されようとしていたその時でした。
白馬に跨った騎士タケルナミコトが結婚式場に乗り込んで来たのです。そして・・・・・
・・・ぼくはお稲荷さん一俵分を一日で完食した、エウロペ王国の皇太子タケルナミコトである。ぼくの花嫁となる奈々子姫を頂戴するため参上した。・・・
タケルナミコト王子は、醜い醜い老王と悪い悪いマカザー大臣をドロップキックで粉砕し、奈々子姫を抱きかかえて白馬に乗せ、風のように去って行ったのです。
奈々子姫とタケルナミコト王子は、遠い海の向こうにあるエウロペ王国へとエアバスA380チャーター機で帰りました。
そしてエウロペ王国建国以来の最も盛大な結婚式が催され、二人は永久の夢の中へ旅立ちましたとさ。・・・・・めでたし、めでたし。」


「このお稲荷さんは紅ショウガのトッピングが味の決め手だよね。あんまり甘すぎず適度な辛さがあって、甘味はグミがまったりとした味わいを醸し出してるっていうか。」

「お稲荷さん美味ちいでちゅか〜〜。」

「うん、世界一のお稲荷さんだ。」


「昔々ある所に、奈々子姫という可愛い可愛いお姫様が住んでいました。
奈々子姫の住むこの国は、300年以上に亙って争いのない天下太平の世を築き上げて来ました。
しかしこの国の新たな宰相に選ばれた、悪い悪いオポッポ首相がクーデターを惹き起こし、王様を牢屋に閉じ込めてしまったのです。
そして最高権力者の座に就いたオポッポ首相は、王位を継承するためと自らの下劣な欲望を我がものにせんが為、奈々子姫に結婚を迫って来たのでした。
奈々子姫は、父である王様を牢屋に閉じ込め結婚まで強要するオポッポ首相に対し、怒りの念を禁じ得ませんでした。
でも心優しい奈々子姫はどうして良いのか分からず、ただただ涙に暮れるばかりだったのです。
傷心の奈々子姫は最早これまでと悟り、不忍池のほとりに一人佇み、身を投げる覚悟を決めたのでした。
今まさに奈々子姫が池に身を投じようとしたその刹那、池の中からゴボゴボと泡を立てて不忍池の主の河童さんが現れたのでした。
すると河童さんは奈々子姫にこの様な予言を告げるのでした。
・・・オイラはこの池の主の河童君なんだけどよ、オイラが栽培したキュウリでカッパ巻を米一俵分作ってよう、食べ切れた奴がオポッポを必ず倒す救世主になるでよ。・・・
この予言をしかと受け止めた奈々子姫は、早速カッパマートで一年分のキュウリとカリフォルニア米を買い込みカッパ巻の製作に取り掛かりました。
しかし奈々子姫特製のカッパ巻を食べた最強の格闘家たちは皆、救急車で病院送りになってしまったのです。
恐怖の結婚式は今日の午後に迫っていました。
そこへ忽然と現れたのがヒクソン道場からやって来た、リングネームがタケルモミコトという青年格闘家だったのです。
道場の教えにより糖分と油分を摂る事を禁じられていた空腹のタケルモミコトは、ヘルシーなカッパ巻を目にすると瞬く間に一俵分を食べ尽くしてしまったのです。
そして結婚式場へ乱入したタケルモミコトはマイクを手に取り、高らかにオポッポに対し宣戦布告の通知を果たしたのです。
タケルモミコトは悪い悪いオポッポ首相を延髄斬りで一撃の下に倒し、奈々子姫を肩に乗せ悠然と式場を後にするのでした。
奈々子姫とタケルモミコトは二人だけの質素な神式の結婚式を挙げ、永久の夢の中で幸せに暮らしましたとさ。・・・・・めでたし、めでたし。」


「このカッパ巻にはカンピョウとタクアンとタマゴも入ってるけど、これも河童君が作ったんだよね。」

「カッパ巻、美味ちいでちゅか〜〜。」

「うん、世界一のカッパ巻だ。」


「昔々ある所に、奈々子姫という可愛い可愛いお姫様が住んでいました。
しかし奈々子姫の美しさを妬む、悪い悪い魔女のズポミン婆さんがある恐ろしい呪いを掛けたのです。
その呪いとは、奈々子姫が18歳の誕生日を迎えるまでに結婚式を挙げないと、100歳の老婆に変身してしまうという世にも恐ろしい呪詛でした。
しかもこの悪い悪い魔女ズポミン婆さんは、奈々子姫のフィアンセが現れる度に、次々と魔法で動物に変えてしまうのでした。
ある夜、悲しみの淵に沈んだ奈々子姫の枕下に青林檎の妖精が現れて、こう告げるのでした。
・・・ミーは青林檎の妖精リンゴちゃんです。700グラムのアップルパイ1000枚を一日で食べ切った男性がユーを必ず救って幸せにしてくれます。・・・
青林檎の妖精が言った通りにすれば幸せになれると分かった奈々子姫は、青森県にある全てのリンゴ畑を買収しました。
そして奈々子姫特製のアップルパイを東京ドーム一杯分作ったのです。
しかしこのアップルパイを食べた男性は次々と東大病院へ入院してしまったのです。
奈々子姫の18歳の誕生日は明日に迫っていました。
そこへ現れたのが世界中を回って武者修業を積んでいた、ガンマンのリンゴキッドことタケルニャミコトだったのです。
貧乏で空腹だった一匹狼のタケルニャミコトは奈々子姫特製のアップルパイをどんどん食べて行き、あっという間に1000枚を平らげてしまったのです。
リンゴキッドことタケルニャミコトは悪い悪い魔女ズポミン婆さんに、青森県のO.K林檎牧場を舞台に決闘を挑みました。
アップルパイをチェーンガンの様に連射して投げつけるタケルニャミコトの攻撃によって、悪い悪い魔女ズポミン婆さんはアップルパイに埋もれて芋虫になってしまいました。
奈々子姫とタケルニャミコトはO.K林檎牧場内の教会で結婚式を挙げ、永久の夢の中に二人して生きて行きましたとさ。・・・・・めでたし、めでたし。」


「やっぱこの紅玉と富士と青林檎のミックスアップルパイは、アップルパイの歴史を変えるだろうな。」

「アップルパイ、美味ちいでちゅか〜〜。」

「うん、世界一のアップルパイだ。」


グルメ童話の語り部に変身してしまった奈々子はゴロ寝するのも忘れ、帰りの車の中でもグルメ童話の創作と朗読に励んでいたのだった。










5月・・・・・・・・・・・・・子供の日・・・・・9回目のドライブの日。



昔ほどではないが、まだまだ鯉のぼりの存在感は高い様で、駅へ着くまでに何十匹も泳いでいた。
駅前には緋鯉みたいな赤とピンクの水玉模様のワンピースで着飾った金魚の奈々子が待っている。


「ジャーン、鯉のぼりの奈々子ちゃん登場だよ〜ん。」

「やっぱりそうか。」

「これはなあに〜。」

「『Bless The Beasts And Children』だよ〜ん。」

「あのね、奈々子が緋鯉でおじさまは真鯉なんだよ。」

「じゃあ、もう一匹いるあのピラピラしたイカみたいな奴は何。」

「あれはね、子供たちなの。」

「ふ〜〜ん。」

「はいっ、柏餅、奈々子が作ったんだよ。」


早速来たか、グミ入り柏餅攻撃。おまけにブラックコーヒーや紅茶じゃなくて甘いオレンジジュース付きサービス。


「あっ、イチゴが入ってる。イチゴ大福みたいで美味しいね。」

「はいっ、ちまき食べ食べ、ちまきも奈々子が作ったんだよ。」


しまった、グミはこっちに入っていたのか。油断している隙を衝いて来たな。


「うんうん、ちまきなんて久し振りだから味も忘れてたよ。」

「はいっ、後で本日のメインディッシュのグミ入り大福ちゃんが出ますよ〜。」

「まさか冗談だろっ。」

「嘘でした〜、グミ入りサンドイッチでした〜。」

「はあ・・・・・・」


「あのね、奈々子の旦那様になる人は本当に幸せだと思うの。」

「何で、仕合わせ。」

「毎朝ね、奈々子特製のお味噌汁が飲めるからなの。」

「何のお味噌汁。」

「キウイ入りお味噌汁でした?。」

「知ってるよ、くちばしが長くて飛べない鳥ね。」

「はあ〜??。」

「朝食はやっぱトーストにコーヒーとベーコンエッグとかだなあ。」

「奈々子は毎朝トーストにイチゴジャムとブルーベリージャムにイチゴジュースとかだよ。」

「あのさ、ぼく達って食べ物の話ばっかしてる気がするけど。」

「そういえばそうだよね〜。それでは奈々子が御伽噺をして差し上げます。」

「その前に車をどこかに停めてとか言うんでしょ。」

「このお話はブランコに乗って聞かないと駄目なの。」

「そうですか〜、ひょっとするとグルメ童話か何かでしょ。」

「残念でした〜、悲しい悲しい御伽噺です〜。」

「えっ、悲しい御伽噺ってのも珍しいな。」

「奈々子特製の恋愛悲話なのです〜。」


まずい。こっちから誘い水を向けてしまった。悪い事にすぐ近くに公園が・・・・・・・・・・。


「奈々子物語の始まり始まり〜〜。」

「はいはい・・・・・・」


「昔々ある所に、奈々子と云う貧しい家庭に生まれ育った可愛い可愛い少女が住んでいました。
家には病弱の母が寝たきりで外へ出る事も出来ず、更に育ち盛りの3人の妹たちがお腹を空かせていつも泣いていました。
奈々子は自家製のお新香入り3色オニギリを渋谷センター街の露店で売って生計を立てていました。
でも道行く人々は皆フライドチキンやハンバーガーが好きで、奈々子の握った美味しいオニギリには目を向けてくれなかったのです。
そして一家5人は、売れ残ったオニギリを食べて飢えを凌いでいる毎日だったのです。
3人の妹は学校に行く事も出来ず、母の薬代にも事欠く辛い日々を送っていたのです。
そんなある夜の事、奈々子の露店の前に足を止めて興味深そうにオニギリを熱い眼差しで見詰めている紳士が現れたのです。
その紳士は奈々子にオニギリの中にフライドチキンを入れてみてはどうかとか、オニギリをパンで挟んでみたらどうかとかアドバイスしてくれたのです。
翌日、奈々子はその紳士のアドバイス通りにオニギリを作って露店に並べた所、たった1時間足らずで完売になってしまいました。
奈々子は来る日も来る日もフライドチキン入りオニギリと、オニギリバーガーを作って露天で売り、遂には毎日1000個以上の売上を誇る有名店になったのです。
奈々子の特製オニギリは数々の女性誌にも取り上げられて、奈々子オニギリの名は全国中に広まったのでした。
そして再びあの紳士が奈々子の露店に立ち寄ったのです。そしてご自分を、国際的投資家で兜町の鬼といわれる大和タケルであると自己紹介なさったのです。
大和タケルさんは是が非でも奈々子オニギリチェーン店を全国に出店したいとおっしゃられたのです。
タケルさんの積極果敢な投資によって、奈々子オニギリチェーン店はその3年後には2000店以上の一大フランチャイズチェーンにまで成長したのです。
そして貧しかった奈々子は今、大和奈々子という名で毎朝タケルさんに3色オニギリとお味噌汁を作ってあげる幸せな日々を送っているのでした。・・・・・めでたし、めでたし。」


「ピーッピーッピーッ、教育的指導、またオニギリとか食べ物の話じゃん。」

「う?ん、他に考え付く事もないし〜。」

「食べ物の恋愛悲話だけは禁止な。」

「後一つ、大いなる胃酸、ていう素敵なお話もあるんだけどな?。」

「それって絶対にグルメ童話だよな。」

「うん、そうだよ。」

「反則技ダメ〜〜〜〜〜〜〜。」

「二兎物語っていう、悲しい運命を背負ったウサギさんのお話とか・・・・・・。」

「それってフランス料理の話でしょ。」

「えっ、どうして分かっちゃうの。」

「ぼくの目は誤魔化せても、背中の桜吹雪が総てお見通しなんだよ。」

「ヒエ〜〜〜〜〜〜〜。」

「誰でも思いつくパロディーは全面的に禁止な。」

「では、取っておきの奈々子物語をば・・・・・・・。」

「勝手にドゾ・・・・・・」


「昔々ある所に、奈々子とタケルと云う、美しく心清らかな母と生まれつき病弱な幼稚園児の一人息子が住んでいました。
貧しい母一人子一人の三畳一間のアパート住まいで、母奈々子はバイト先への交通費を節約するため、毎日歩きで職場に通っていたのです。
行きも帰りも1時間以上掛けて歩いていたため、母奈々子の足は筋肉痛になったり外反母趾による激痛に襲われたり、大変な思いをしながら仕事を続けていたのでした。
しかし経済不況の中、母奈々子の職場にもリストラの嵐が吹き荒れ、奈々子は突然契約を打ち切られてしまいました。
奈々子は必死になって求人誌を立ち読みしたり、市役所に相談したりして毎日職探しに追われていました。
でも1ヶ月経っても2ヶ月経っても、一向に雇ってくれる会社は見つからなかったのです。
そんなある日、奈々子が市役所へ相談に行こうと思い歩いていた時、アルバイト募集の張り紙を目にしたのでした。
その会社に面接を受けに行ってみると、以前の会社よりとても条件が良くアパートから歩いて30分も掛からない場所にあったのです。
化粧品卸を営んでいるその会社の社長さんは人柄が良く、奈々子が病弱な一人息子を抱えて困っている事を知ると、即決で採用してくれたのでした。
但し、この会社は勤怠だけは厳しいので、絶対に遅刻や無断欠勤をしてはならないと念を押して言われたのです。
母奈々子は一人息子のタケルと共に涙して喜びを分ち合い、明日の初出勤のため何時もより早い時間に就寝して準備を怠りませんでした。
しかし朝早く起きた母奈々子は、外反母趾による痛みが限界に達した事を知るのでした。
でも今日会社に行かなければ解雇されてしまい、一人息子のタケルに薬を買って上げる事も出来ないのです。
母奈々子は痛む足を引きずりながら会社へと歩いて向かったのですが、もう後20分で出勤時間を過ぎてしまい遅刻になると知ったのです。
そんな緊急時でも貧しさ故にタクシーに乗っていく事もままならなかったのです。残り時間はもう15分を切っていました。
ふと右手に眼を遣ると自転車置き場がありました。もし自転車さえあれば5分も掛からないで会社に行けるのです。
そこには鍵の掛かっていない自転車が何台もありました。そして一人息子のタケルを思いやるあまり、母奈々子は遂に魔が差してしまったのです。
奈々子は1台の自転車に乗り会社に向かおうとしました。しかし運悪くその自転車の持ち主がたまたま駐輪場の近くにいて、自転車泥棒だと叫びながら追いかけて来るのでした。
そして周りにいた人々によって、清貧に生きて来た母奈々子は泥棒として取り押さえられてしまったのです。
更に通報を受けたパトカーもやって来て大騒ぎになってしまったのです。
母奈々子は言い訳もせず、涙を流してただひたすら平謝りに詫びる事しか出来ませんでした。
でもその自転車の持ち主が心の広い人だったので、悪意がないのであれば大ごとにはしたくないと警察官に言ったので大事には至りませんでした。
そこには如何なる謗りを受け世間に甚振られても、一人息子タケルために生き抜こうとする母奈々子の健気でそしてどこか寂しげな後ろ姿だけが残されたのでした。・・・・・・・・・・・・・・完」


「でもさ、生活保護受ければ良い訳だし、それって昔のイタリア映画パロッてるみたいな気がするんだけどな〜。」

「ナイナイナイナイナイ〜〜〜。」

「あれ何て映画だったけな〜?。」

「ナイナイナイナイナイナイナイナイ〜〜〜〜〜。」



作り話は幾らでも聞いて上げるけど、グミ入りランチだけはご勘弁願いたいと思う今日この頃だった。










6月・・・・・・・・・・・・・もう、かれこれ一週間以上も鬱陶しい雨が降り続いている。



冷たい雨の中で奈々子を待たせないように、10回目のドライブの今日は何時もより早めに家を出て駅前近くで彼女が来るのを待っていた。
雨の日の過ごし方を考えていた訳でもなく、奈々子を乗せてからも目的のないドライブのために車を走らせているだけだった。
ぼくが憂鬱そうな表情でいるのを敏感に感じ取ったのか、奈々子も今日は普段より口数が少ない。


「雨って嫌だよね、何となく気分がさ。」

「うん・・・・・・・。」

「で、こんな時にこんな曲が・・・・・」

「なあに・・・・・・・」

「『Rainy Days and Mondays 』だけど。」

「余計に鬱な雰囲気になりそう。」

「じゃ、止めようか。」

「ん〜〜、別にいいんだけど。」

「今日は失敗したな、ディスコかなんか持ってくれば良かった。」

「別に、何でもいいよ。」


車の中には明らかに鬱病患者が約2名いる。しかもそれは不治の病で治る見込みがない。
あれやこれやと考えを巡らせても、気だるさからか全く行動に移す気が起こらない本格的な鬱病らしい。
まだ午前11時前だというのに、奈々子はお弁当箱を開け始めた。やはりぼく達に残された道は他にないのか。


「はい、あ〜んして。」

「あれっ、お寿司も握れるようになったの。」

「違うの、朝寝坊したからスーパーで買ってきちゃったの。」

「あ、道理で・・・・・・」

「はい、あ〜んして。」

「〆鯖は奈々ちゃんにあげるから。」

「はい、あ〜ん。」

「あと、玉子もあげる。」

「はい、あ〜ん。」

「うっ・・・・・・お茶、お茶。」

「はい、あ〜んして。」

「スーパーのカッパ巻は駄目だねえ。」

「はい、あ〜ん。」


「朗読はまだ始まんないのかな。」

「ちょっと最近ネタ切れで、快心作に恵まれないの。」

「そうだね〜、音楽聴いてるのが一番いいよ。」

「しょーがないから、イマイチなやつだけどイッチョ行ってみようかな。」

「あ・・・・・無理しなくてもいいんだけど。」


「昔々、西部のある町にクリント一家とフランコ一家という悪い悪い街のダニが互いに勢力争いをしていました。
町の人々は彼ら無法者の怒声と、抗争の度に響き渡る銃声に恐れ戦く毎日でした。
そこへ敢然と起ち上がった正義の使者こそ、我らがワイアットアープ奈々子保安官だったのです。
保安官奈々子はフランコにそっと耳打ちしたのです。・・・クリント一家を町から追い出したら貴方のお嫁さんになってもいいわ。・・・・・と。そしてクリントに対しても・・・フランコ一家を全員刑務所送りにしたら貴方のお嫁さんになってあげるわ。・・・・・と。
単細胞で荒くれ者のクリントとフランコは、奈々子の取り合いで毎日銃撃戦を繰り返し両方とも滅びてしまいました。
ワイアットアープ奈々子の活躍によって町は再び平和を取り戻したのです。・・・・・めでたし、めでたし。」


「今回はすごく短い話だね。で、ぼくの出番はなかったんだ。」

「最新作は主演女優奈々子って設定なの。」

「ぼくを登場させないから短編映画になっちゃうんじゃないの。」

「映画っちゅうか小説だし。」

「小説っつうか西部劇とマカロニウエスタンのパクリだし。」

「じゃあ、3本立て映画の2本目。」

「えっ、また3本もあるの〜〜。」


「昔々、西部のある町にタケルという老保安官が住んでいました。
でもこの町の人々は無法者達によって隷属状態に置かれていたのです。
保安官タケルは町の人たちと話し合って、平和を取り戻すため町からダニを一掃しようと約束したのです。
保安官は無法者達に最後の決闘状を送り、町へ誘き寄せたのですが、約束した筈の人々は怖気付いて皆どこかへ隠れてしまいました。
タケル保安官ひとりと荒くれ者100人以上とでは勝ち目はありません。危うし、タケル保安官。
そこへ颯爽と登場したのが、荒野の一匹狼ジャンゴ奈々子だったのです。
ジャンゴ奈々子愛用のかぼちゃの馬車には何故か棺桶が積んでありました。
そして酒場に入った奈々子に荒くれ者達は・・・よう、ねえちゃん、この辺じゃあ見かけねえツラだな、どっから来たんでい。・・・
するとジャンゴ奈々子は・・・あたしゃあねえ、風の吹くまま気の向くまま、ただの渡世人さ。・・・
廃油を顔に塗ったような無法者のサンチョが・・・おめえさんのくわえてる長え楊枝が気にくわねえなあ。・・・
そしてジャンゴ奈々子は・・・あたしにゃあ関係ねえこって、ごめんなすって。・・・
しかし酒場の外ではタケル保安官ひとりと、荒くれ者達との銃撃戦の火蓋が切られていたのでした。
タケル保安官の持っている銃弾は底を尽き、老保安官はもはやこれまでと観念したのです。
そこへ一匹狼ジャンゴ奈々子がかぼちゃの馬車で乗り込み、積んでいた棺桶を下ろしたのです。
その棺桶の中には、M61バルカン20mmガトリング砲が隠されていたのでした。
ジャンゴ奈々子はM61ガトリング砲で悪者たちを次々と薙ぎ倒して行きました。
町には再び平和が訪れ、奈々子とタケルは教会で結婚式を挙げ、永久の夢の中で誓い合いましたとさ。・・・・・めでたし、めでたし。」


「てか、マカロニウエスタンと西部劇と時代劇ゴチャ混ぜのパクリ大作。」

「だから最近佳い作品に恵まれないんだって。はい、あ〜んして。」

「いや、もうお腹いっぱいだから。」


「昔々、ある西部の町に奈々子お嬢様というそれはそれは美しい少女が住んでいました。
しかし、どこからともなく悪い悪い魔法使いのサドマジョ婆さんが現れて、ある呪いを掛けたのです。
その呪いとは、20世紀末までに奈々子お嬢様の願いがたった一つでも叶えられない場合、世界は滅亡してしまうという恐ろしいものでした。
困り果てた世界中の人々は国連で会議を開き、奈々子お嬢様の願いを総て叶えてあげるように決議を採択したのでした。
奈々子お嬢様は、西部の砂漠の中に住んでいて不便を感じていたので、大財閥のカーモネギさんに頼んで世界中に鉄道を作らせました。
奈々子お嬢様は、これからの世界は馬車に代わる移動手段が必要だと予見して、天才のオーヘンリーさんに廉価な4輪自動車を作らせました。
自動車を買って走らせるためには、石油と金融が必要だと考えた奈々子お嬢様は大財閥のイシフェラさんとモスチルドレンさんに頼んで、世界中にガソリンスタンドと銀行ATMを作らせました。
未来社会ではコンピューターが必要だと考えた奈々子お嬢様は、天才のピザノイマン博士に頼んでコンピューターの原型を作らせました。
時代は21世紀を迎えサドマジョ婆さんの呪いは解かれ、人々は奈々子お嬢様のお蔭で数々の文明の利器を手にする事により幸せになりましたとさ。・・・・・・めでたし、めでたし。」


「滅茶苦茶な自己中史観、てか非道すぎる妄想。」

「やっぱイマイチかな。」

「もしかすると国際問題にまで発展するかも。」

「ゲッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



奈々子は活劇映画や寓話が好きなだけじゃなくて、妄想にまで手を染めてしまったらしい。








7月・・・・・・・・・・・・・七夕の日・・・・・・・奈々子の日。



11回目のドライブは七夕祭りを見に行く予定だったが、平塚へ向かう途中いつもと違い無口だった奈々子は、突然海が見たいと言い出すのだった。
今日は天気も悪くないし、人ごみの中で疲れるよりも海を見ながらのんびりしたいのだろうか。
昼過ぎに湘南海岸へ到着し、奈々子特製ミックスフライ弁当で恒例の昼食会。


「あれ〜?、このミックスフライ弁当、すごいまともだね。」

「うん、真面目に作ってみたの。」

「じゃ、今までは真面目じゃなかったんだ。」

「そうじゃなくて・・・・・・」

「さっきから変におとなしいね。」

「ううん、別に・・・・・・・」

「鬱病がまだ続いてるのかな。」

「かも・・・・・・・」

「慢性の鬱か。」

「あっ、さっき聞くの忘れてた・・・・・グッバイなんとかって・・・」

「ああ、それで鬱になったんだ。『Goodbye To Love』だけど。」

「ふ〜ん・・・・・・・」

「やっぱ何か変だな。」

「変じゃないよ・・・・・」

「変だよ。」

「・・・・・・・」


奈々子は横を向いて口を噤んでしまい、ぼんやりと海を眺めている。


「何かあったんならぼくに言ってくれないとな。」

「・・・・・・・」

「悩みとか心配事でもあるんだったらさ・・・・・」

「・・・・・・・」

「こっちが心配になっちゃうんだけど。」

「・・・・・・・」

「そうか、ぼくは奈々ちゃんに信用されてない訳なんだ。」

「そんなんじゃない・・・・・」

「だから何でも言ってくれないと。」

「・・・・・・・」

「お母さんに言えても、ぼくには言えない事があるのは分かるけどさ。」

「・・・・・・・・・・」


奈々子は急に後ろを向いて泣き崩れてしまった。

その様子が手の施しようのないくらい尋常ではなかったので、もしかしたら奈々子はこのまま何処かへ行ってしまうのではないかという考えが頭の中を過った。
ぼくが余計な事を口にして傷付けでもしたら、それこそ取り返しがつかなくなるかも知れない。
涙が涸れるまで車の中に座らせておいた方が良さそうなので、立とうとしない奈々子を引きずる様にして車に戻った。
更に、このまま停車しているより動かしていた方が二人にとって良いだろうと思い、最悪の事態も想定して海の近くから離れて北へ向かう事にした。
そして依然泣き止む気配のない奈々子が外に出られない様にするため高速へ入った。

1時間ほど経った頃、やっと落ち着いたみたいなのでSAの駐車場に車を停め、ぼくは奈々子の実の兄か父親になったつもりで慎重に訊ねてみると・・・・・・・


「ねえ奈々ちゃん、ぼくに何でも相談してね。」

「・・・・・・・」

「どうしても話せないんなら無理には訊かないけど。」

「迷惑掛けたくない・・・・・」

「ぼくだけは信じて欲しい。奈々ちゃんに頼って貰いたいんだよ。」

「でも迷惑だと思う。」

「ぼくが迷惑じゃないと言ったら、迷惑じゃないんだ。」

「でも・・・・・・・」

「お母さんには話したの。」

「・・・・・お母さん・・・・・・・・・・・もういない・・・・・」

「えっ、何かあったのか。」

「もういないの・・・・・・・・・・」

「だから何があったんだ。」


奈々子は俯いてまた泣き出してしまった。少し時間を置いた方が良いだろう。
そして母親の話は暫くの間しない方が良さそうだ。
奈々子の家庭については殆ど話をしなかったので、遠回しに訊いてみなければならない。


「奈々ちゃんにはぼくがついてるからね。」

「うん・・・・・・・」

「一軒家に住んでるんだっけ。」

「マンション・・・・・」

「それって分譲?」

「賃貸・・・・・」

「契約期間とかは知ってる。」

「10月に出なくちゃいけないらしい・・・・・」

「親戚とか行く当てはあるの。」

「ない・・・・・・・」

「ぼくの家は3LDKの分譲マンションなんだけどさ、1部屋空いてて使い道がないから今すぐにでも引っ越せるからね。」

「うん・・・・・・・」

「もう奈々ちゃんも18歳になるし、来年は卒業だよね。」

「学校行ってない・・・・・・・」

「勉強が嫌だから?」

「そうじゃない・・・・・・・」

「ソフトボールは大好きなんでしょ。」

「うん・・・・・・・」

「じゃ、どうしてなの。」

「・・・・・・・・・・・」

「嫌な事があったのか。」


そう言うと奈々子は大声をあげて泣き出してしまった。


「苛めでもあったのか。」

「違う・・・・・・・・・・・」

「じゃあ、何があったんだ。」

「・・・・・・・・・・」


ぼくは少し苛立って、思わず声を荒らげてしまった。


「何がどうしたのか、はっきりしろ。」

「先生が・・・・・・」

「先生がどうしたんだ。そいつは誰なんだ。」

「担任の先生とソフトボール部の先生が・・・・・・・奈々子・・・・・・・」

「いや、それ以上言わなくてもいい。そいつらは男の教師だな。」

「うん・・・・・・」

「何も話したくないんだろ。」

「うん・・・・・・・」

「よく解かった、もう何も訊かない。ぼくに総て任せるんだ、いいな。」

「うん・・・・・・・」





この世には二つの異なる生命体が存在する。

ひとつは大自然を敬い、大自然と共に生き、大自然の摂理に従って行動する有用な者たち。
もうひとつは大自然を忌み嫌い、大自然を蔑ろにし、大自然の摂理に叛逆しようとする有害にして無用な者たち。
前者は法と秩序を重んじ、人間社会を形成し文明の発展に寄与してきた者たちで、一方後者は法と秩序を紊乱し、下等動物との境界線を踏み越え文明を否定しようとする者たちだ。

下等動物の社会に於いても最低限の秩序は存在するが、人間社会では法と秩序を遵守しないこと即ち自由意思だとの履き違えた考えが罷り通っている。
人間が下等動物と一線を画し、ヒトをヒトたらしめている本質こそ法と秩序なのだ。

しかし悪法もまた法なりと言い放ち、私利私欲の為に他人を犠牲にし自らの欲望を満たそうと企てる者たちがいる。
または自らが惹き起した悪事が発覚し世間から後ろ指を差されない限り、自分は品行方正な生き方をしているのだと思い込んでいる者たちがいる。
これら両者は総て同根であり、程度の差こそあれその罪深さにおいて何等の相違点も見出せない。

私たちはみな子供の頃から絶対他人に迷惑を掛けるなと、口を酸っぱくして教えられながら文明社会の一員として生きて来た。
制約なき自由こそが最も尊い事だと自由主義を金科玉条の如く信奉し、他人の迷惑など一顧だにしない者たちは既にヒトとしての地位を放棄している。
法と秩序、或いは公序良俗を乱す者たちに対しては、正規の手続きを踏まずとも自力救済などの手段に訴える事も不可能ではない。


害虫の駆除に異を唱える者があるとすれば、それはヒトではなく害虫なのだ。










8月・・・・・・・・・・・・・晴れ着も浴衣も着たことがないという奈々子に可愛い浴衣を買ってあげた。



12回目のドライブの今日、奈々子は浴衣姿で来てくれるのだろうか。
駅前に差し掛かった時すぐ目に入った、ブルー系の帯に淡い赤とピンクの浴衣姿の奈々子がとても可愛い。


「よかった〜、浴衣着てくれたんだ。」

「うん、でも時間かかっちゃった〜。」

「とっても可愛い。」

「・・・・・・・」

「あのさ、引越しの準備そろそろ始めといてね。」

「荷物あんまりないから、すぐ出来ると思う。」


珍しく奈々子がカーオーディオのボリュームを自分で上げた。


「これは、『This Masquerade』だね。」

「ふ〜ん。」

「どこ行きたい。」

「お弁当がお新香のオニギリだから〜やっぱ公園。」

「涼しそうな河原とかは。」

「ヘビが出そうだから、やっぱ公園。」

「なるほどね〜。」


郊外に出た所で後ろから来たパトカーが横についた。停止命令だ。
運転している制服警官と後一人は私服らしい。
車を止めるとその私服がドアの近くに寄ってきた。


「免許証出して〜。」

「スピードは制限速度内ですよ。」

「神前尊本人だな。」

「そうですけど。」

「ちょっとな、話があるんだよ。」

「はあ、何の話ですか。」

「お前、15日の夜どこにいた。」

「夜は殆ど出歩かないんで家にいたと思いますけど。」

「嘘吐いても無駄だぞ。お前はあの夜遅く赤坂にいたんだよ。」

「何言ってるんですか、赤坂なんて最近行ってないですよ。何が言いたいんですか。」

「足が付きそうになったから終結宣言をしたんだろ。」

「いや、だから何の事だって聞いてるんですよ。」

「おいっ、惚けんのもいい加減にしろよ。お前の事は調べが付いてるんだよ。」

「だから何の事かって聞いてるんですよ。」

「お前は人殺しが趣味なんだろ。2人の他に何人殺してんだ。」

「ふざけるな、人違いだろ。」

「いや、お前がテロリストだって証拠は上がってんだよ。」

「あんた頭がおかしいんじゃないか。」

「神前〜〜、いい加減に観念しろよ。」

「ちょっと待て、外に出るから。」

「お前の情婦に聞かれちゃあまずい事でもあるのかよ。」

「ふざけるな、何が情婦だ。他人様をからかってるのか。」

「この女も一枚噛んでそうだな。」

「いいから其処をどけ。」


突然の出来事に奈々子が唖然としている。なるべく遠くへ行かなければならない。


「こらっ、どこ行くんだ神前。」

「あんたなあ、さっきから黙って聞いてりゃあ、他人様の名前を呼び捨てにしたり、犯人扱いしたりだの何のつもりだ。」

「お前の事はな、以前から目を付けてたんだよ。身に覚えがないとは言わせねえからな。」

「逮捕状でもあるのか。」

「直に出るから楽しみに待ってろ。」

「何の証拠があって犯人呼ばわりするんだ。」

「お前はそこいら中のサイトに過激なコメントを書いてる事は判ってるんだ。」

「それが証拠ならば何十万人も逮捕するようだぞ。」

「その何十万人の中からお前の犯人像が浮かび上がったんだよ。」

「物証があれば今ごろ取調べを受けている筈だけどな。心証しかないのでお前みたいな頭の悪い奴を使って脅そうって魂胆か。」

「減らず口叩けるのも今の内だけだからな。必ずしょっ引かれると覚悟しとけよ。」

「警察も零落れ果てたものだな。今度はなもう少し知能の高い刑事が来てくれる事を願ってるよ。」

「お前は余罪も有りそうだから、極刑はほぼ確定的だな。」

「お前の面を見ているだけで吐き気がする。さっさと逮捕状持って来い。勿論お前以外の刑事がな。」

「逃げようなんて考えは起こすなよ。」

「あ〜、それが狙いだったのか。わざわざご苦労さん。」

「俺が地の果てまで追って行くからな。」

「無能なお前さんは手柄が立てたくて、得意のでっち上げを思い付いただけだろ。」

「警察を舐めるなよ、神前〜。」

「ま、精々頑張ればいい。生まれ変わったらお勉強して検察官になんなさいよ。」

「この野郎、いい気になりやがって。」

「署に帰って便所掃除でもしてろ。」

「お前こそとっとと帰れ。」


車の中から奈々子が心配そうな顔をしてこっちを見ている。


「全く馬鹿馬鹿しいったらありゃしない、安っぽいテレビドラマみたいだよ。」

「あの人すっごい目付き悪い。夢に出て来そう。」

「気にしなくて良いからね。道歩いてるだけでも職務質問されるんだから。」

「なんか怖いよ〜。」

「うん、怖い人なんだよ。拳銃持ってるしね。」

「保安官はみんな良い人なのに〜。」

「またワイアットアープ保安官か〜。」

「あの映画すごい素敵だった。」

「『荒野の決闘』じゃなかったかな。ヘンリー・フォンダ主演だよね。」

「でもどっちかっちゃうと奈々子はマカロニウエスタン派なんだ。」

「ぼくが一番好きなのは『駅馬車』だな。ジョン・ウェインが登場するシーンなんかもうシビレまくり。」

「その人って保安官なの。」

「じゃなくて、保安官に捕まっちゃう人。」

「じゃあ、悪い悪い無法者なんだ。」

「てか、ダーティーヒーローみたいな。いい奴だから保安官が見逃してくれるんだ。」

「さっきの人は昔々、悪い悪い保安官だったと思うの。」

「あいつの話はやめようよ。」

「はい、あ〜んして。」

「オニギリはあ〜んしなくても・・・・・・」

「はい、あ〜ん。」

「この魚沼産コシヒカリが最高だよね。」

「バーゲンで買ったから違うと思うの。」

「いや、お米は研ぎ方と水で決まるんだよね。」

「あっ、浄水器壊れてるから水道水なの。」

「だから早くぼくの家に来ればいいのに。」

「はい、あ〜ん。」

「料理は真心だね、うん。」



もうすぐ奈々子がぼくのマンションにやって来る。










9月・・・・・・・・・・・・・奈々子を駅前で待たせるのも今日の13回目のドライブで最後になりそうだ。


いよいよ来週、奈々子が我が家に引っ越して来る。
部屋は全部リフォームしたので新築マンションみたいにどこもピカピカだし、車も国産の新車を買ったので来月になればこの御老体ともお別れだ。
特徴のあるエンジン音に気付いたのだろうか、奈々子が駅前で大きく手を振っている。


「奈々ちゃん元気かな〜。」

「すっごい元気〜〜。」

「今日はアルプス越えと行こうか。」

「えっ、遠いの。」

「いや、箱根だけど。」

「箱根ってアルプスだったんだ〜。」

「ちょっと違うけど、そんなもん。」


二人とも少々浮かれ気味みたいなので、こんな時は気を引き締めなければと思い、いつもよりスピードを落として箱根に向かった。


「奈々ちゃんさあ、この曲どう。」

「これってよく掛かってるよね。これなあに。」

「ぼくの一番好きな、『I Won't Last a Day Without You』だよ?ん。」

「ふ〜ん。」

「奈々ちゃんのテーマ曲だな。」

「えっ、どうして。」

「なんとなくそんな感じだから。」

「ふ〜〜ん。」

「本日のお弁当、何だか当ててみようか。」

「な〜〜〜ん・・・・・だっ。多分外れると思うよ。」

「そんなにすごいやつなの。」

「ヒントはね〜〜〜。」

「えっ、なになに何なの。」


「昔々ある所に、奈々子とタケルというとてもとても仲の良い夫婦が住んでいました。
二人は互いに助け合いながら、病める時も、健やかなるときも、富める時も、貧しい時も、死が二人を別つまで永遠に愛し合う事を誓って生きて来ました。
二人は偶然にもお誕生日が、同じ年同じ月同じ日の、12月25日でした。
そして毎年お誕生日になると、お互いにバースデープレゼントを交換していたのです。
ところが今年は作物が不作でエンゲル係数が急上昇したため、二人とも年末には貯めていたヘソクリがなくなってしまいました。
二人の記念すべきお誕生日は明日に迫っていました。
そこで二人は一計を案じ、ある重大な決心をして大切なお誕生日のプレゼントを互いに贈ろうとしたのです。
タケルは愛車1957年型フェラーリ250テスタロッサをオークションで売って、最高級フレンチレストランに予約を取り、
奈々子は母の形見のダイヤモンド、ナイルの涙を質屋に売って、最高級イタリアンレストランに予約をしたのです。
お誕生日当日になって二人は予約券を交換しあいました。しかし不幸な事にどちらも同じ時間に予約したため、一緒に食事をする事が出来なかったのです。
そして二人は互いに大切にしていた物を売り払った事を知るのです。
二人はフレンチレストランとイタリアンレストランに頼んで、オーダーした料理をお弁当にしてもらい家でお誕生日を祝いました。
そしてナイルの涙とフェラーリ250テスタロッサが、とてもとても高値で売れたので二人は大金持ちになりましたとさ。・・・・・・・めでたし、めでたし。」


「タイトルは賢者の贈り物Part2とかでしょ。」

「ちゃうちゃうちゃうちゃう。」

「なんか嫌な予感がする。」

「はい、あ〜んして。」

「ケチャップナポリタン・・・・・・・」

「はい、あ〜ん。」

「フランスパン・・・・・・・」





ぼくと奈々子がどんな関係であろうと、他人が嘴を挟む問題ではない。

ぼくがテロリストであろうがなかろうが、他人にとやかく言われる筋合はない。

奈々子とぼくが、如何なる生き方を演じて如何なる死に様を晒すのかは、予め運命によって定められている。



ひとつだけはっきりしているのは、ぼくと奈々子は永久の夢の中に生きているらしい。





「はい、あ〜ん。」

「あっ、グミだ。」

「はい、あ〜〜〜んして・・・・・・・ウフッ。」










10月・・・・・・・・・・・・・ぼくがあの女の子に遇ったのは今日と同じような肌寒い日の夕暮れ時だった。


東京から箱根を超えてドライブをしていたぼくは、青木が原樹海付近に差し掛かった時、うっかり脇見運転をしていたため目の前に女の子がいるのに気が付かず、
急ブレーキを踏みハンドルを切ったので車は道路を大きく逸れて林の中に突っ込んでしまった。
突然の出来事に驚いて暫くの間放心状態だったぼくは、すぐに気を取り直し車を飛び出して女の子のいた場所まで急いで駆けて行った。


女の子はその場所に座り込んだまま、びっくりしたような顔でぼくの方を見つめている。
ぼくは女の子の腕を抱え道路の真ん中から脇の道に出して、怪我はなかったかと聞くと目を瞬きさせながら何度も頷いた。
それまで無事故だったぼくは多少興奮しておしゃべりになっていたようで、聞かなくても良い事まで色々と尋ねていたみたいだ。
何分か経った後やっと口を開いてくれたその女の子は、東京から富士山周辺にハイキングをするため来たのだという。


車が無事かどうかも心配だったので、女の子を連れて車のある方へと急いで向かい、
エンジンを掛けて少し動かしてみると大丈夫らしいので、取り敢えず女の子を乗せてドライブを続ける事にした。
近くにレストランでもあればと探すつもりだったのだが、女の子は突然お家に帰りたいと言い出したので今日のドライブはお仕舞にし、
スピードを出し過ぎないよう気を付けながら東京方面に車を走らせた。


帰る途中、それまでずっと黙り込んでいた女の子はカーオーディオで鳴らしていたCDが気になったらしく、始めて彼女からぼくに話し掛けてきてくれた。
どこかで聴いた事のあるこの素敵な歌の曲名が知りたいと言うので、これは『Carpenters』の『For All We Know』だと教えてあげるとこの曲がきっかけになり、
ぼくが聞きたくても口に出せなかった事を彼女の方から話し始めた。
彼女は今月16歳の誕生日を迎えたばかりで、都内の女子高に通っているのだという。
そして、部活でソフトボールをやっているとか、勉強は余り好きではないとか、音楽は殆ど知らないけど映画を見るのが好きだとか楽しそうに話してくれるのだった。
彼女との波長がぴったり合ったからだろうか、食べ物の好みと占いや血液型の話などがとても弾んで、ぼくにとっては久し振りの充実した楽しい時を過ごす事ができた。


彼女の家の近くまで送りお別れを言ったところ、意外な事に彼女の方からまたドライブに連れて行って欲しいと言うのだった。
年齢がふた回り以上離れているので少々戸惑ったが、ぼくには家族がある訳ではないから断る理由も見当たらない。
何よりも彼女の清楚な美しさと、幼女のようなあどけなさでぼくの心を虜にしてしまった事が、再び逢う約束をする大きな拠り所になった。





そして今日、約束通り午前10時に彼女の住む街にある駅まで迎えに行き、彼女を乗せて2度目のドライブにいざ出発だ。
ぼくは何となく気恥ずかしい思いがあったので黙ったまま運転していると、彼女の方からちょっと上擦った可愛いらしい声でおしゃべりを始めてくれた。

「あのね、この間ちょっと焦ってたから、おじさまのお名前聞くの忘れちゃったの。私は奈々子です、お友達は奈々って呼ぶの。」












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