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作品名:ソドムの120日・呪われた小説が蘇る 作者:松田伎由

第1回   ソドムの120日・序章編
キャノンボールというシェーカーがある。ハードボイルドの巨匠・レイモンドチャンドラーの小説によく出てくるシェーカーだ。主人公のマーロウはハードボイルドの象徴とされるギムレットをこよなく愛していた。
 そんなギムレットを作るシェーカーが、楕円形の弾丸の形に似ていたからキャノンボールとついたらしい。
 探偵というお洒落な職業では、そのキャノンボールも演出の一つとして効果を出すのだろう。
 だが、ある一人の女刑事は、その弾丸の形があまりに生々しく、できるなら見たくないと思っていた。
 彼女はそのシェーカーから作り出されるカクテル・ブラッディマリーを血のようで気持ち悪いと考えていた。元々その女刑事はカクテルを「お子ちゃま」の呑み物だと言って、異常に罵っていた。だから彼女は四十度を越える酒・ズブロッカーをロックで好んで呑んでいたのだ。
彼女は忌々しい過去を忘れるよう、そのズブロッカーを好んで呑んでいた。味わうというより浴びるように呑むという表現が相応しいのかもしれない。酒を呑むというより酒に呑まれるタイプだ。
 女刑事には呑まなければいけない理由があった。数ヶ月前の呪われた猟奇殺人事件の予兆が、現実にまた起こったからだ。あの時の恐怖体験が刑事の体を慄わせていた。女刑事を戦慄へと陥れ、ズブロッカーに走らせていたのだ。三ヶ月前の犯人の冷酷な嘲笑が、脳裏から離れなく、不眠症になっていた。
 彼女の名前は乾奈緒美だ。乾奈緒美は今日も酒漬けとなり泥酔状態で捜査に当たっていた。

                        ニ
[誘拐事件発生から四十五日目]
 あの忌々しい猟奇殺人事件の予兆のように、また美少年美少女が行方をくらまし始めた。その数は十人にのぼっていた。乾たちは猟奇殺人事件の容疑者を捕まえるため、灼熱の炎天下の中、汗だくの捜査に明け暮れていた。
 マンションなどビル郡の建ち並ぶ街中、サラリーマンたちは燦々と輝く太陽を睨みつけ、頬の歪むほどに奥歯を噛み締めると、足早に目的地へと向かっていた。その光景からそこは新宿近く百人町あたりだ。その一角、コンクリート打ちっぱなしの五階建てビルの裏側に昔ながらの二階建ての古いアパートを見ることができる。脇には透き通った川水を運ぶ神田川が流れている。
 その古いアパート前はアスファルトの駐車場になっており、二台の黒ずくめの車が止まっている。ナンバープレートの頭が八八ナンバーであることから覆面パトカーだ。それらの覆面パトにはスーツ姿の数人の刑事と派手なイデタチの女刑事が乗っている。黒のTシャツにブルージーパン生地のミニスカートを身につけた彼女は、西新宿署に所属の乾奈緒美刑事だ。
 乾刑事は烏の濡れ羽色の黒髪にうりざね型の小顔の顔貌でパッチリした目元にポッテリした唇の美女である。豊満な胸に眩しいほどに長い手足など瑞々しい若い体を惜しげもなく晒している。道で百人の男がすれ違うと、間違いなく百人全員が振り返る類稀な美しさだ。花に例えると、坐ると牡丹、立った姿はヒマワリだと言えるだろう。
 車を降りた彼女は眉間に皺を作ると、こめかみを手で押さ、血が出るほどの切ない声をあげた。
「頭が割れそうに痛いぜ。昨晩は呑み過ぎたな」
 彼女はミニスカートの後ろポケットから小さく茶色い瓶のウィスキーを取り出すと、一気にラッパ呑みした。
「駄目だ。向かい酒もまったく効かねえ」と乾刑事は突慳貪に言い放った。
 乾ともう一人の中年男性刑事は足音をたてぬよう古いアパートの二階の一番奥部屋へと歩を進めた。他の男性刑事たちはアパートの裏側へと廻り、二階の端部屋を見上げている。
 乾刑事は胸元のリボルバーから拳銃を取り出すと、もう一人の中年刑事とドアを取り囲み、男に顎をしゃくり合図した。そしてノックすると、「坦々亭です。出前持って着ました」と色っぽい明るい声をあげた。二日酔いを感じさせぬエロチックな澄んだ声だ。
 と、中から嗄れた若い男の声が聞こえてくる。
「えー、出前、頼んでないぞ」
「おかしいな。確かにラーメン二つ頼んでますよ」
「そんな訳、ないだろう。何かの間違いだ」
アパートの男も乾のセクシーな裏声についドアを開けた。顔を拝みたくなったのだろう。男がそう言ってドアのロックを外した瞬間、乾はドアを勢いよく開け、拳銃を突きつけ、部屋へなだれ込んだ。
「警察だ。未成年者誘拐容疑で逮捕する」
若い男は傲岸な感じのする鷲鼻で下駄のように大きな顔の持ち主だ。口を開けると、反り歯に歯ぐきを曝け出し、この世の者とは思えぬ醜い男である。奥の畳部屋にはガムテープで口や手に縛られた少女が坐っている。潤んだ大きな瞳に細い鼻梁の美少女だ。戦慄に唇を噛み締めていたが、乾の姿を目にし彼女は一瞬、草原の輝きのような笑みを放ったた。男は突然の乾たちの乱入に愕き、焦りの色を顔に疾らせた。手に握る鋭いサバイバルナイフが怪しい光を放っている。
 と、男は六畳間の窓から下に飛び降りようした。しかし階下には刑事二人が虎視眈々と待ち構えている。
 そこで男は咄嗟に方向転換、樋を伝わって屋根へとよじ登った。小肥の体の割りには軽快で敏捷な動きである。
 乾はもう一人の刑事に「女を頼んだぞ」と言って、男の後を追った。しかし力が思うように入らず、目眩と吐気に襲われ、乾は屋根によじ登った時、一瞬動きを止めた。
と、彼女が階下を見ると、あの二人の刑事がアングリと口を開け「珍しく白だ」と呟 き、嫌らしい笑みを顔に貼り付けている。もちろん彼等はミニスカートから覗く真っ白なセクシーパンツに見惚れ、ゴクリと生唾を呑み込んでいる。
「何見てんだ。スケベ。早く犯人を追え」
乾の怒鳴り声が刑事たちの耳に激しく突き刺さった。彼らは気まずそうに俯くと、小走りに地上から犯人を追い始めた。 
乾刑事は屋根を千鳥足で屋根に足を取られながらも男の後を追っていた。貧相なほどに肥った男だが、相変わらずに機敏な動きで猿のように屋根から屋根へと飛び移り、商店 街に道路に飛び降りた。
乾も男と同じように飛び降りたが、突起物にTシャツがひっかかりビリッという乾いた音を残し破れてしまう。
と、ノーブラのためDカップの爆乳が勢いよく飛び出してくる。もっと愕くことは乾が豊満な胸を曝け出しているにも関わらず、それを恥ずかしそうに隠そうとしないことだ。それどころか「邪魔だ」と言葉を荒げ、破れたTシャツとホルダーを脱ぎ捨てたのだ。
すると、乾刑事は不思議と憑き物が落ちたように体が軽くなり、疾る速さが増した。
彼女はミニスカートに浅黒い上半身裸の目立つ格好で汗まみれで疾っている。むろん昼過ぎで商店街の客は少ないとは言え、彼女の常軌を逸した無法ぶりに人々は髪が逆立つほどに驚愕した。開いた口が塞がらないとはこのことである。
乾刑事は右手に拳銃を握り締め、通行人へ「退け、退け、警察だ」と怒鳴っている。通行人たちは裸同然の彼女が私服刑事だと知り、絶句、「け・・警察・・う・・嘘だろう」という声を絞り出した。
そのうち乾は男を袋小路になった路地へと追い込んだ。そして唇の端を吊り上げ意地悪く笑った。
「手間かけやがって・・観念しな」
窮鼠猫を噛むのごとく男は咄嗟に近所の喫茶店へ逃げ込んだ。その喫茶店は二階建てビルの一階で白壁にブーケの植木がいくつも飾られた、少女趣味の純喫茶だ。もちろん男が逃げ込んだ後、「キャーッ」と叫ぶ女の悲鳴が轟いた。醜い男は数人の客やマスターなどを人質に立て篭もったのだ。
乾は物陰に姿を隠し、口惜しさに唇を噛み締めた。
「おい、もう逃げられねえから諦めな」と彼女は大声で呼びかけた。
すると、男は窓をバンッと勢いよく開けると、人質の若い女にサバイバルナイフを突きつけ、姿を現した。
人質は目の吊りあがった狐目で唇が歪んで若い女で恐怖と緊張から顔を硬直させている。醜悪な顔の男はサバイバルナイフを彼女の喉元に突きつけ、ヘラヘラと気持ち悪いほどに嘲け笑っている。
「うるせえ。絶対に逃げ切ってやるぜ。お前の乗ってた車、店の前につけな」と彼は病んだ獣のように呻いた。
 それからの乾の行動は素早かった。覆面パトカーを店の前につけると、乾は車を降り仁王立ちした。
「要求どおりに車、準備したぜ」と乾刑事は突慳貪に言葉を吐き捨てた。
 犯人の男は人質の女を盾に慎重に店を出てくる。人質の女は心臓が早鐘のように高鳴り、泪を浮かべている。
 と、彼等の後方から細面で牛乳瓶の底を並べたようなメガネをかけた若い男が出てくる。茫洋とした捉えどこのない横顔、つまり風采の上がらない頭の悪そうな男だ。その若い男は黒い怒りが込み上げてきたようで犯人を鋭い眼差しで睨みつけている。乾の視線がその若い男を捉えた時、彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。
 その時の乾は若い男が数ヶ月前まで相棒だった小暮だと気づき、どうして、あいつがここにいるんだろう? という疑問に頭が支配されていた。
 乾は目の前に現れた犯人に妖艶な笑みを投げかけ、大きな乳房を微妙に揺すりながら挑発的に語りかけた。
「あんたね。そんなガキンチョの女より私の方が人質としていいと思うよ」
 男の視線は乾のみずみずしいまでの若い肉体や大きく形の良い乳房を捉えた・・昂奮のあまり男はゴクンと喉を鳴らした。
 乾の挑発の言葉は続いた。
「触っていいぜ」
 男はナイフを持ってない手を乾の乳房へとゆっくりと伸ばした瞬間、乾はハイヒールの右足を振り上げ、左手に持つナイフを蹴り上げた。ミニスカートから覗く白いパンツが実に眩しい。ナイフはものの見事に遠くへ飛んでいき、カチンと鈍い音をたて落ちた。
 次の瞬間、後方の若い男、小暮が犯人の右足、ふくろはぎ部分に狂犬病の犬のようにガブリと噛み付いた。犯人は顔面蒼白となり、激痛に叫び狂っている。
「痛いー、何するんだ? 噛むな。放せ」
 しかし小暮は一度噛み付いたら放さないスッポンのように噛み続けた。
 乾はその間に人質の女を他の刑事たちに引き渡すと、犯人のミゾオチや腹を膝で蹴り上げ、顔面へ拳のパンチをお見舞いした。
「小暮、もういいぜ」
 乾の言葉に促されたように小暮はようやく噛むのを止めた。もちろん犯人は口から血を吐き、全く抵抗すらできない。鮮血が地面に花を咲かせ、毒蛇のように地面を舐め始めた。
「このドスケベ野郎、男はどいつもこいつも一緒だな。他の少女、少年はどこにいるんだ? 」 
「お・・俺は何も知らねえ。本当だって・・」
しかし乾の犯人への暴力は衰えることなく激しさを増した。拳で顔面を連打、犯人の顔は鮮血で真っ赤に染まっている。
 あの小暮が鬼畜化した乾を止めに入った。
「乾さん、そんなに殴ると死んじゃいますよ」
「うるせえ、小暮、久々で悪いけどホッといてくれ」
 案の定、乾のパンチは二人の間に割り込んだ小暮の顔面を確実に捉えた。小暮は鼻からの鮮血を手で押させ、痛々しくその場に座り込んでしまった。「痛―ッ」と獣のように唸っている。
 乾は右の拳から血が滲み出るほどに犯人を殴り続け、疲れたらしく、やっと手を休めた。
「駄目だ。こいつ、マジ何にも知らねえ」
 乾が手を放した瞬間、爆破したビルが崩壊するようにバタッと倒れてしまう。
 もう犯人の顔はあの四谷怪談のお岩のように醜く腫れあがっており、人間の顔には見えない。
 乾は覆面パトカーに後部座席にもう虫の息の犯人を放り込むと、両手で顔を覆っている小暮に抑揚のない声で呼びかけた。その表情は久々の再会に悦び、無邪気に笑っていた。
「おい、小暮、乗りな」
 小暮は犬が飼い主を見上げるような怯えた視線を乾へ向けた。
「乾さん、相変わらずの手荒な歓迎ですね。パンチ力は劣ってませんよ」
「当たり前だろう。お前が移動してからまだ三ヶ月しか経ってねえんだ。ところでお前、どうしてここにいるんだ? 」
「また美少年、美少女が誘拐され始めたから本庁から西新宿署に送り込まれたんですよ」
「嘘―ッ、また、俺、疫病神と組んで仕事する訳・・? たまんねえな。行くぞ」
 乾は事件が解決したにも関わらず、豊満な乳房を隠そうとしない。それどころか野次馬にサービスと言わんばかりに堂々と歩き、小暮と車に乗り込んだ。
「手前ら、見世物じゃねえんだ。早く帰りな」と乾は捨て台詞を吐き、覆面パトで去って行った。
 小暮はM女子大学教授、氷室の呪われた事件が解決した後、警視庁本部・刑事一課に戻っていた。
 西新宿署で乾と組んでいた時、小暮は乾の暴走によって生傷が絶えなかった。だから本庁に戻った彼は、やっと自由の身だと素っ頓狂な声で悦び、伸び伸びと仕事に燃えていた。しかしそんな化け物のような乾から解放される日々は長く続かなかった。
 西新宿署管内を中心にまた美少年、美少女が次々と行方不明になったのだ、
 そこで例に氷室事件と関係があるのではないかと本庁の幹部たちは考え、小暮をまた西新宿署に送り込んだという訳だ。それも西新宿署での地位は前と同じで主任で立場で乾刑事より上司の立場だ。しかし小暮は乾にはそんな上下関係は全く通用しないことは十分に理解していた。だから最初、一時的とは言え西新宿署へ移動することに難色を示した。だが数ヶ月前の氷室事件、火事の中、野獣のように狂喜乱舞した顔で喚いていた氷室教授のことが頭に過ぎり、彼は西新宿署に戻ることを決心した。あの氷室教授は死んでない、生きている。事件はまだ終わってないと確信したからだ。
 というか、小暮自身、潜在意識の中、乾の魅力の虜になっていたのかもしれない。
 乾と小暮は犯人を乗せた覆面パトカーの中、会話は皆無であったが、同じ事を思い出していた。そう三ヶ月前に起こったあの忌々しい氷室教授事件の記憶と握手していたのだ。

                             
 




 
 
 


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