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作品名:落書きされる男 作者:松田伎由

最終回   落書きされる男・読みきり
 時間は年齢と共に加速するものだと母がよく言っていた。
 俺は二十五歳になったばかりだが、小学校や中学校など子供の頃に比べると、月日が経つスピードが速くなったような気がする。
 そのせいだろうか、子供の頃の思い出の多くが瞼の裏に貼りついたように頭に蘇ったが、この頃、大学や社会人になってからの思い出は、記憶の底に葬り去られたように明確には蘇ってこない。
 それ程時間が経過していないのに、いくら記憶の欠片を集めても思い出せないのは本当に不思議である。
 ただ子供の頃の思い出でもいい記憶は宝箱へ大事に保管しているが、そうでない思い出はやはり記憶の底に葬り去っているのかもしれない。
 大学を卒業してからの俺は、マンション売買やアパート賃貸の不動産屋に就職、毎日の営業に忙く、順風満帆な生活を送っていた。
 しかし、ある怪事件に見舞われてから俺の生活は様変わりした。
 身に憶えのない誹謗中傷が家や会社など至る所で落書きされるようになったのだ。
 就職をした時から俺は、会社の近所にアパートを見つけ一人暮らしていた。
 六畳一間にバス、トイレの付いた狭い部屋であったが、あこがれの一人暮らしを思う存分に楽しんでいた。
 その日、俺は仕事帰りに会社の営業の同僚と酒を飲み、散々上司の悪口を言った挙句、ほど酔い気分で家路へと着いていた。
 上司とは会社の支店長だった。
 いつも無理としか言いようがない金額のマンション売買のノルマを俺たちにかせていた。アヒルの鳴き声のように「ガーガー」と濁声で喚く中年男だった。 
 夜空に貼り付けられた満月が、夜道を深青色に染めていた。
 春先の冷たい風が顔を舐めていたが、寒くはなく、どちらかというと春の草木の息吹を体に吸収、気分は良かった。
 俺は三階建てのアパートの階段を最上階の部屋に向け勢い良く駆け上がって行った。
 と、青色のドアの前、俺は金縛りにあったように全く動けなくなった。
 俺の目は驚愕に瞬きもせず、そのドアを捉え、体の酔いは一瞬に醒めた。
 何とドアに白ペンキで[この部屋の住民は家賃を一年以上滞納している]と落書きしてある。
 俺はあまりにも唐突な戦慄に愕き、生唾をゴクリと呑み込んだ。
「嘘だろう。家賃はキチンと払ってるぜ。一体、誰の仕業なんだ? 」と俺は独りごちた。
 俺は暫くポカーンと口を開け佇んでいた。
 頭が真っ白になり何も考えられなくなっていたのだ。
 そのうち気を取り戻した俺は部屋から水の入ったバケツを持って来ると、ドアの落書きを一時間ほどかけ消し始めた。
 俺の生々しい唸り声が夜気を慄わせていた。
「誰がどうして、こんなことするんだろう? 」
 だが、落書きはそれだけでは済まなかった。
 とりあえず俺は「酷い目にあった」と呟きながら、その夜は激しい睡魔に襲われ、泥のように眠り込んでしまった。
 翌朝、俺はドア外の殺気だった喧騒に薄っすらと目覚め始めた。
 と、ピンポンと玄関チャイム音やドンドンと激しく玄関ドアを叩く音に愕き、俺は飛び起きてしまった。
 慌ててドアを開けると、そこにはふっくらとした顔に細い目の大家と近所の住民、数人が一緒に立っている。
「田中さん、この落書き、どうにかなりませんかね? それにここに書かれてあることは本当ですかね? 」
「それだったら、昨晩、消しま・・」
 俺は喉まで出掛かっていた言葉を呑み込んでしまった。
 なんとアパートの壁という壁にA4サイズの張り紙が隙間なく貼られていたのだ。
 昨夜消したドアにも張り紙は貼られていた。
 それらには[田中はレイプ男だ][田中は殺人者だ][田中は裏口で大学に入学した]などの俺に関しての誹謗中傷が赤や黒の文字で多く書き込まれている。
 俺はその事実無根の落書きに目を瞠り、絶句した。
「嘘だろう。これ、全部嘘です。何かの間違いですから・・申し訳ないです。今日、会社から帰ったら消します」
 俺はそう言ってドアを強引に閉め、会社に行く準備を始めた。
 やり場のない怒りに頬が歪むほどに奥歯を噛み締めた。
「わからない。誰なんだ? こんな悪戯をするのは? 」
 俺は過去の記憶と握手、自分に恨みがある奴、犯人を思い出そうとするが、なかなか思い出せない。
「俺に恨みがある奴って、いないよな。知らない間に恨まれてるとしか思えないよ」
 それから俺は急いで部屋を出ると、駐車場まで疾った。それはこの呪われた現状から一時も早く立ち去りたいという思いからだった。
 と、駐車場の白い乗用車も夥しい数の落書きの張り紙で貼られている。
 窓ガラスもボディーも関係なく貼られ、車の形は残ってない。
 [この車は盗難車だ][犯罪の金で買った車だ]など、やはり身に憶えのない誹謗中傷ばかりだ。
 俺は怒りに唇を噛み、病んだ獣のように呻いた。
「ここもだよ。また嘘ばっかり書きやがって・・。犯人見つけたら、もうタダじゃおかねえからな。憶えてやがれ」
 次の瞬間、俺は頭を石塊で殴られたように、ある考えが脳裏を過ぎり、頭の芯が猛烈に痛くなった。
「もしかすると、会社にも落書きされているかもしれない・・や・・やばい」
 大通りに出て、俺は大慌てでタクシーを止めると、それに飛び乗った。
 俺の会社は新宿駅東口前、五階建てのノッポビルの一階にあった。
「東京マンション売買・賃貸」と大きなが看板が出ており、窓には何十いや何百ものマンション物件、賃貸物件が理路整然と貼られている。
 むろん通行人が気楽に足を止め、それらの物件を見るためである。
 俺が会社の前に着いた時、案の定、百人以上の大勢の人でごった返してした。
 やはり俺に関しての誹謗中傷の張り紙が貼られているらしい。
 彼らはドア、壁、窓など所狭しと貼られた落書きの張り紙を興味本位で読んでいる。
 これほど多くの通行人が、会社のマンション、賃貸物件を見ている光景を目撃したことはない。
 実に皮肉なことである。
 俺が会社ビルに近づいた時、女事務員が疾り寄って来て、気の毒そうに話しかけて来た。
 目が吊りあがり唇の歪んだ女で、顔面に驚愕の色を疾らせている。
 女の唇は慄えている。よっぽど今回の事件がショックだったのだろう。
「田中さん、大変なことになりましたよ。田中さんを中傷するビラが沢山貼られてます。支店長もカンカンに怒ってますから行かない方がいいです」
「わかってる。ありがとう」
 俺は細面に細い鼻梁や切れ長の目、薄く形の良い唇の端整な顔立ちで、会社内の女事務員からは人気があった。
 だからこんな時に彼女たちが俺を庇ってくれることは当然のことかもしれない。
 支店長にとっては俺が女事務員に人気があり、異常なほどにモテることも面白くない一つであった。
 俺は狐目の女事務員に感謝の意味を込め、微笑むと、野次馬を押し退け、それらの落書きを目にした。
[田中は女事務員全員に手を出している][会社の金を横領、賭け事に使っている][女性客をレイプしたこともあるぞ]などだ。
 やはり事実無根の落書きばかりである。
 と、突然、黒い怒りが俺の体に覆い被さってきて、俺は「ウォー」と奇声を発し、落書きのチラシを次々と剥ぎ取った。
「許せねえ。誰なんだ? こんな嘘ばっかり書きやがって・・」
 その後、俺は予想通り、支店長に呼ばれて事情を聞かれた。
 と言うより、初めから俺の言い訳なんか聞く耳は持っておらず、彼はクビを宣告するために呼び出したのである。
 支店長は四十代後半、白髪の神経質そうな痩せた中年男である。
 牛乳瓶の底を並べた眼鏡を何度もかけ直すと、底意地の悪そうに笑うと、最初から怒号を発した。
「お前は、あんな誹謗中傷をされて恥ずかしくないのか? 」
「支店長、あれは全部、嘘なんです」
「嘘だろうと、本当だろうと関係ないんだ。そんなことは問題ではない。問題はああいうふうに悪口を落書きされることだ。日頃から人に恨まれることに問題があるんだよ」
「犯人は絶対に見つけ出します」
「犯人探しは勝手にやってくれ。その前に田中、お前にはここを辞めてもらう。人に恨まれる奴は客商売のうちの会社にはいらないよ」
 俺は少し営業成績が良いこともあり、生意気な態度や歯に衣着せぬ物言いなど天狗になっている点が多々あった。支店長はそんな俺をあからさまに毛嫌い、煙たがっていた。
 だから今回、俺をクビにする正当な理由ができたことは、彼にとって不幸中の幸いってことではないだろうか・・。
 支店長が部屋を出て行った後、俺は激しい脱力感に襲われ、呆然と尻餅をついた。
 全く力が入らず、あぐらをかき、両手を胸の前に開いていた。
 だが、腹の中には犯人への怒りが黒い塊となり、込み上げてきていた。
 と、携帯電話の呼び出し音が喧しく鳴り、俺は電話に出た。
 電話先からは常軌を逸した母の金切り声が響いてきた。
「大輔、一週間前から、あんたのことを非難する落書きが家の外壁など、いたる所に貼られているんだよ」
「えーッ、実家にも書かれているんだ」
「実家にもって・・会社やアパートにも落書きされているのかい? 」
「そうだよ。そのお陰でこっちはクビになっちゃったよ」
「本当に? 可哀想に・・」
「わかった。今から実家に戻るから・・」
 そう言うと、俺は実家の落書きの内容に犯人の糸口があるかもしれないと考え、会社を急いで後にした。
 
 俺の実家は中央線沿いの大和という駅からバスで三十分くらいの所、新興住宅街に一角にあった。
 これと言って特徴のない街だが、俺の子供の頃にはまだ山や川が手付かずで残っており、楽しい思い出が沢山詰まっていた。
 俺は実家に向かい電車に揺られながら、今回の誹謗中傷の落書きの原因が、この故郷にあるだろうと思っていた。
 と言うのも、俺がこの故郷を離れたのが大学を卒業した三年前、どう考えても二十年間近く住み続けた故郷で恨みを買った可能性が高いからだ(途中二年間は親が転勤、故郷を離れていた)。
 実家に着いた俺は、家の壁、玄関、窓、近くの電信柱まで貼られた落書きのチラシを目にして、慄き、うろたえた。
 母も気の毒なぐらいに怯えきっている。
 母はバケツで水をかけ、タワシで懸命にその落書きの紙を剥がしていた。しかし激しく糊付けされたチラシはなかなか剥がれない。
 子供の頃はいつも凛と背筋を伸ばし、大きく見えた母だったが、この頃では少し腰が曲がり、随分と小さくなったと思っていた。
 もう六十歳を越えたのだから、白髪や老獪な皺に覆われたとしても少しも不思議ではない。
 俺はアカギレや深い皺の母の手からタワシを受け取ると、落書きの紙を渾身の力を込め、剥がし始めた。
「母さん、そのタワシ、貸してくれよ。これ、俺の問題だから自分で始末するよ」
「でも、大輔、会社で色々あったみたいだから疲れているだろう」
「大丈夫、まだ若いから・・」
「でも誰だろうね。こんな悪戯をするのは・・? 」
 俺はチラシの誹謗中傷の文章[田中大輔は放火犯人だ]の文字を見て、色んな考えが頭の中を巡り始めた。
(うん、さっきは気づかなかったが、この文字、意外と達筆だよな。若くはない年配者が書いた字だな。それにこの黒文字はマジックなんかじゃない。墨だ。毛筆で悪辣な非難を書いているぞ)
 ほとんどの落書きは身に憶えのない、事実無根のものばかりであったが、一つだけ記憶にある誹謗中傷を見つけた。
 それは[田中は十五年前の落書きの犯人だ]であった。
 十五年前、俺がまだ十歳、小学校四年生の時、林田という友達と一緒に、ある家に落書きしたことを葬られた記憶の底から蘇らせたのだ。
 俺は突然立ち上がると、胸の仕えが取れたように、落胆の笑みを浮かべた。
(間違いない。俺が落書きしたことを知っているのは、一緒に落書きした林田だけだ)と俺は思っていた。
「母さん、犯人、わかったから、ちょっくら行ってくるよ」
「そうかい。それは良かった。気をつけてね」
 林田の実家はクリーニング屋を営んでいた。高校が違ったこともあり、中学を卒業してから、あまり会ってない。
 確か彼は大学を卒業後、地元の市役所で働く公務員になったと聞いている。
 俺は顔面に困惑の色を疾らせ、小走りに林田の実家に向った。
「しかし、わからない。林田の奴、どうして俺に誹謗中傷の落書きをするんだろう。何で恨んでいるんだろう? 」と俺は独りごちた。
 林田の二階建てのクリーニング屋は、小高い坂の上で派手な青色の壁や看板などのため、かなり目立っている。
 しかしこの頃では商店街にもクリーニング屋は急増、林田の実家のクリーニング屋も不景気の影響を受け、かなり苦しいらしい。
 と、俺は林田の実家を見て、血の気を失うほどに愕いた。
 そして林田が犯人だと言う自分の考えが間違いであったことを一瞬で理解した。
 林田のクリーニング屋にも誹謗中傷の落書きチラシが、玄関、窓、壁の区別がつかないほどに貼られていたのだ。
 内容は[この店は借金だらけだ][ここでクリーニングすると、臭くなるぞ]など完全に営業妨害の落書きである。
 次の瞬間、実家からあの林田が出てきた。
 数年ぶりに会ったが、エラの張った下駄のように四角い大きな顔は相変わらずであった。
 林田も俺との久々の再会に目を細め懐かしそうに喜んでいた。
「林田、お前も落書きされていたんだ」
「お前もって、田中もか? 」
「そうだ。お陰で会社もクビになったよ」
「そうか。うちも同じだよ。落書きのせいで実家のクリーニング屋は商売、あがったりさ」
「ところで林田、俺たち、十五年前に吉村美沙って先輩の家に落書きしたことがあったよな」
「ああ、やったな。今回の事件と関係あるのか?」
「もしかすると、あるかもしれない。それで、あの家、今でもあるのか? 」
「田中、知らないのか? あの家、落書き事件の数ヵ月後、火事になって、吉村先輩と母親は焼け死んでるぞ。放火じゃないかってことだ・・・」
「嘘だろう。放火? 俺たちの落書きが原因で放火されたってことか? 」
「おそらくな・・」
 実を言うと、十五年前、二歳上のあごがれの女先輩の後を付け、彼女の家を知り、度々家を訪れていた。むろん家の中に入る訳でもなく、遠くから先輩に見惚れていたのだ。
 吉村美沙って先輩は背が高く小顔で黒目の勝った大きな瞳の少女であった。
 小学生の割りには妖艶な大人っぽい色っぽさを漂わせていた。
 ある時、家の近く、川沿いの小さな空き地で吉村先輩が墓に手を合わせているところを俺たちは偶然に見てしまった。
 墓と言っても土を盛り上げているだけの簡単な作りのものであった。
 彼女がいなくなった後、俺たちは墓を掘り起こした。
 と、そこからは小さく砕けた大量の骨が出てきたのだ。
 俺たちはあまりの戦慄に激しく緊張、ガタガタと奥歯や手の慄えが止まらなかった。
 ひきつるような恐怖が体全体に疾った。
「に・・人間の骨だ」
 だから俺と林田は[ここの家族は人殺し一家だ][死体を隠している]と誹謗中傷の落書きをしていた。
 ところが俺や林田にとって実に予想外のことが起こった。
 その落書きが一人歩き、俺たちも他の生徒や親たちからも「あの吉村って家族は人を殺しているみたいよ」って聞くようになった。
 そして俺は知らなかったが、その落書きの影響で誰かが彼女の家に火を放ち、彼女と母親が死んでしまったらしい。
 落書き事件の直後から二年、俺は父の会社の都合で他県に転居していた。だから彼女の家が火事になったことや彼女が死んだことを知らなかったのだ。
 兎に角、俺は自分が噂の口火を切っていただけに、最悪の結末になっていたことにショックを隠しきれなかった。
 俺と林田はどちらからと言い出した訳ではないのに、気が付くと、以前、吉村一家が住んでいた場所へと向かっていた。
 その家は俺や林田の家から数キロ離れた場所にあった。もう春の日は傾き、西日が二人の影を長く地面に写している。
 俺は久しぶりに再会した割りには会話することなく、黙々とその場所へと歩き、辿り付いた。
 その場所は案の定、空き地のままであった。
 と、その空き地に白髪で背の高い老人が立っていた。空き地の中央には花束が置かれ、火のついた線香が立てられている。
 額が張り頬骨の出た顔貌で頬のこけた男である。
 ランランと異様な光を放つ大きな瞳が印象的で、茫洋とした捉えどこのない横顔の持ち主だ。
 俺たちは誰だろうと思い、近づいて来る老人を怪訝そうな目で捉えた。
 老人は怪しげに微笑むと、深々と頭を下げてきた。
「田中さんと林田さんですね。あなたがたが来ることはわかってましたよ」
「えーッ、あんたは? 」
「私は吉村美沙の父です」
「あんたか? 俺たちに誹謗中傷の落書きをしたのは・・」
「そう・・私がやりました」
 俺たちは黒い怒りが込み上げてきて、顔に青白い殺気を漂わせたが、老人も負けず怒気を発し、語気を強めた。
「なんだって・・どうして、そんなことするんだ? 」
「十五年前、お前たちが私の家に誹謗中傷の落書きをしたからだろう。私は今まで、なぜ、あんな落書きがされ、変な噂が飛び交い、放火されたのか、わからなかった。だけど、先日、美沙の小学校卒業時のタイムカプセルが十五年ぶりに開けられ、全てが理解できたよ。あの頃の娘の日記が出てきたんだ。友達が届けてくれたよ。それに二年後輩の田中君と林田君に死んだペット犬の墓が掘り起こされ、それから彼らによって「人殺し」って落書きされるようになったと書いてあったよ」
「あの骨って、犬の骨だったんだ」
「やっぱり、お前たち、身に憶えがあるらしいな」
「でも、俺たち、家に火を放ってないぞ」
「馬鹿野郎、そんなことはどうでもいいんだよ。これは立派な犯罪なんだ。私は娘や妻を火事で亡くしたんだ。少しは罪を感じて彼女たちの墓前で謝罪してくれよ。それくらい、いいだろう。お前たちも事実無根の誹謗中傷を落書きされることの辛さを十分に理解しただろう? 」
 俺たちは思わず頷くと、答えに窮した。
 そして背筋を神妙に伸ばすと、如才なく深々と頭を下げた。泪が溢れ出てきて止まらなくなった。
「ごめんなさい。今まで謝らなくって・・・」
「いいんだよ。その言葉は天国にいる妻と娘に言ってくれ」
 それから、俺と林田は老人に連れられ、近所の墓のある小高い丘へと向った。
 途中、俺たちは墓前に供える花を買った。
 急な坂を上ること数十分、墓地へと辿り付いた。
 その墓地からは故郷の街を見渡すことができた。
 太陽が少し顔を覗かせ、街全体を夕焼け色に染なっていた。
 薄暗い街にはダイヤモンドのように宝石を散りばめた夜景を楽しむこともできる。
 冷たい夕風が罪の意識と同じくらいに俺の身に沁みてきた。
 墓地のほぼ中央に吉村家の墓はあった。
 俺と林田はその墓に花を供え、手を合わせた。
 そして心の中、十五年前の落書きのことを詫びたのだ。
 それは俺にとって年齢と共に加速した時間が止まり、十五年前に逆こうした瞬間でもあった。

                                                                           了
 続けて短編十二本を投稿しましたが、読んで頂き、ありがとう御座いました。
 暫く休み、作品ができたら、また投稿したいと思います。では・・・


















































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