夏のある朝、絵具を撒いたような濃い青空の下、油蝉が喧しく鳴いていた。 早朝からギラギラと輝く太陽によって気温はドンドン上昇、灼熱炎天の一日が始まろうとしていた。 いつものように夜遊びを終え、泥酔した私はタクシーで家の近くまで帰っていた。 そしてタクシーから降り、家までの距離、十数メートルを千鳥足で歩いている時、私は覆面を被った男二人によって拉致されたのだ。 私は必死に抗ったが、筋肉隆々の肩を軋ませた犯人たちの凄まじい力によって無理矢理、タウンエースに押し込まれてしまった。 あらん限りの力で「ギャー」と悲鳴をあげたが、真夏の早朝、夜明け前の道路には人影は全くなく、事件に気づく者は誰もいなかった。 車の中、私は後ろで両手を縛られ、声が出せぬよう猿轡、目隠しをされ、あまりの驚愕に酔いが忽ち醒めていたが、何も考えられず頭が真っ白になった。 ただ私は殺されるという戦慄に慄き、タウンエースの後部座席に横たわり、犯人たちに抗うのを止め、大人しくしていようと心に決めた。
私はとある中堅建設会社の社長令嬢である。 祖父の起こした土建会社が父の時代に運良く好景気の波に乗り、大きく背長した。 つまり私の一家は絵に描いたような成金族であった。 だから郊外に建てた家はビバリーヒルズの豪邸を真似して作っていたが、土地が狭いからだろう。派手な外観のわりには陳腐で貧相に感じられた。 庭に作ったプールは小さいため野外風呂にしか見えない。 家の中も趣味の悪い装飾品に覆われ、日本人好みの印象派ルノワールやモネの絵画とピカソの抽象画が家のいたる所に飾られていた。 むろんそれらは皆、僅か数万の贋作ばかりだ。 高卒の両親は音楽、絵画、映画などの知性や芸術に実に疎かった。 だから絵画などの芸術には明るいと言わんばかりに一応世界で有名な画家の作品を家中に飾っていのである。 ちなみに家には常にモーツアルトなどのクラシックの曲がよく流れていた。 まったく見栄と世間体だけで生きている父と母であった。 父は浅黒く背の低い屈強な体の持ち主で動く度に筋肉をギシギシと軋ませている。 大きな背中からは肉体労働者特有の饐えた肉感的な男の匂いを漂わせていた。 鷲鼻に切れ長の目、薄い唇からは傲岸で強情そうな性格を垣間見ることができる。 それにいかにも成金族らしく口を開けた時には、獅子舞のように金歯が覗いていた。 母はうりざね顔に黒目の勝った、つぶらな瞳の可愛い女性である。 しかし、いかにも水商売あがりらしく、化粧はあくまで濃く紅の唇をひしゃげて、下品に意地悪く笑う特徴があった。 私の家族では食事の前に「いただきます」とか「ごちそうさま」という人間として当たり前の礼儀作法を行うことは全くなかった。 それどころか父は食べる時にクシャクシャと咀嚼する癖があり、育ちの悪さを感じたが、私も母もその父の癖を下品だと思ったことはなく、彼を罵ったことはなかった。 ようするに私たち家族には行儀や礼儀の概念が欠けていたのである。 だからこのような環境へ慣れ親しみ、育った私はマナーの悪さが自然と身に付いたとしても少しも不思議ではなかった。 私も箸を持った時にクロスしており、明らかに変であったが、一度たりとも両親に指摘されたことはなかった。 時に友人にそのことを注意されたことがあったが、私は暗い怒りが込み上げてきて、底意地の悪い声で激しく彼女を面罵した。 「うるせーな。どんな箸の持ち方しようが、アタイの勝手だろう。余計なことを言うなよな」 その度に友人たちは瞠目するほどに驚愕、手や唇をワナワナと慄わせ、恐怖に怯えていたものである。 私はそんな下品で品疎な両親に甘やかされ育ったため、全くと言っていいほどに躾を受けたことはなかった。 だから料理、洗濯、掃除は当然、ちゃんとした言葉使いや挨拶ができるはずがない。 また長い人生で受験にも苦労したことはなかった。幼小中高とエスカレーター式の私立の学校に通い、唯一の大学受験でも父の莫大な寄付金のお陰で有名な私立大学にも見事に合格していた。 もちろん私は受験の際には試験用紙には名前と受験番号しか書いておらず、合格の時には改めて金の力を知ることになったのだ。 当然のごとく大学に不正で入った私が勉学に時間を費やす訳がない。 毎日、夜遊びや合コンでイケメンな男性にナンパされることに、ブランド品を買い物することしか頭にはなかった。 自分で言うのも恥ずかしいが、私は母親譲りの可愛い顔立ちに結い上げられた髪の濡れ羽色の艶と茎のように白い、うなじがかなり目立っていた。 まるで幻の花の精が立ち現れたようである。 また眩しいほどに手足が長く背も高いためお決まりのシャネルのスーツやバックを身につけると、人気モデルそこのけの美しさになった。 だからダンスクラブでも世の男どもは鬱陶しいほどに私に纏わり付いてきた。 しかし私の傍若無人の態度や下劣な言葉に翻弄され、雲の子を散らすように立つ去ることが多かった。 父もよっぽど毎晩のように夜遊びする私に腹に据えかねたのだろう。彼は珍しくを私を叱咤したのだ。 「香織、たまには家にいて、お母さんの手伝いをしてはどうだい? 」 「親父、どうしたんだよ。もしかしてアタイを叱っているのか? うるせーんだよ。説教するぐらいだったら遊ぶ金くれよな」 「お前な。そんな、ふしだらな性格ではお嫁には行けないぞ」 「こんなんにしたのはどこの誰だよ。お嫁に行けなかったら、親父、一生、アタイの面倒看てくれよな。さあ、用が終わったら、金、置いて、部屋を出て行ってくれよ」 私は当然の事ながら、父の叱責に耳を貸すことはなかった。 きっと父にも甘やかせて育てたという後ろめたさがあったのだろう。それ以上、私に怒号を発することもなかった。 兎に角、私の家族は人が羨むほどのセレブな一家であったことは間違いない。 マスコミでも父や家族を取り上げられたこともあり、世間が私を誘拐のターゲットとしても不思議ではなかったのだ。
そんな時、私は誘拐された・・。 車の中、私は一時間ほど揺られ、山奥の一軒家に連れて行かれた。 テレビもラジオもなく世間とは完全に遮断された山小屋作りの平屋の家である。 その隠れ家で目隠しが取られた時、私が目にした二人の犯人はサングラスの髭面中年男と頬骨と顎骨の尖がった出っ歯の若い男であった。 髭の男は隆々たる上半身の巨体の上に巨顔が乗り、首もない。 出っ歯の青年はいつもヒャヒャッと蔑むような下品に笑い、人間離れした歯ぐきとしゃくれた顎を曝け出していた。 二人はそれぞれ拳銃やナイフを手にして私を交代で見張っていた。 「アタイを誰か、知ってんの? 有名な建設会社の社長令嬢よ」 「よく知っているぜ。だから誘拐したんだろう」 「何が目的なの? 私の体? 金? 金だったらパパがいっぱい払ってくれるわ。いくら、ほしいの? 一億、二億、どうせだったら五億ぐらい、ふっかけなさいよ」 「ふん、その口の聞き方、気に入らねーな。お前の汚れた体には興味ねえよ。言っとくけど、親父が金を払ってくれなければ、お前は死ぬんだぞ。覚悟しときな」 髭面の男はそう言い、冷酷な笑みを貼り付けると、私の顔を右手に持つ拳銃の柄で激しく殴ったのだ。 私はその場に倒れ込むと、口の中を切ったらしく、白い床に花を撒いたように鮮血を吐いた。 「何すんの。アタイ、親にも殴られことないのよ」 「お嬢さん、まだ自分の置かれている状況がわかってねえようだな。お前は人質なんだ。お前の命は俺たちが握ってんだよ。今度、俺たちに生意気な口をきいたり、逆らったら、こんなもんじゃすまないからな。半殺しにしてやる」 さすがの私は暫くの間、激しい戦慄から背筋を伸ばし、言葉の苦さに唇を噛み大人しくしていた。 しかし私は空腹からまた苛立ち、喚き出した。 「お腹すいたわ。何か、食べさせてよ。私は大事な人質なのよ」 「冷蔵庫に何か、入っているだろう。自分で作ったらどうだ? その辺に料理本もあるだろう」 「作れる訳ないでしょう。今まで作ったことないんだから・・」 髭男は私のこめかみに銃口をつきつけると、獣のように唸った。 「うるせえ、死にたくなかったら自分でつくりな。そうだ、俺たちの分まで作ってもらおうかな」 私は嫌々ながらも冷蔵庫から人参やジャガイモの材料を取り出すと、料理本を見て、料理を始めた。 私はつけ爪の手で触ったこともない包丁を使ったが、包丁で手を何度も傷つけ、血だらけになった。 結局、生まれて初めてカレールーを使いカレーを作ってみた。 しかし水っぽいカレーに形の悪い人参やジャガイモが入れられている。 また初めて焚いたご飯はシンがあり、異常に固い。 案の定、髭面の犯人たちはそのカレーを口に入れた瞬間、「ゲー不味い」と叫びカレーの皿を私に投げつけた。 「今度、こんな不味い物、食わせたら、マジぶっ殺すからな」 皿は激しい音をたて割れると、カレーが壁や床、天井まで飛び散った。 家の中に殺伐としたカレー臭が充満した。 私はあまりの恐怖に泪が溢れ出て、呆然と佇んでいた。 と、また髭の男の怒号が響いた。 「何、ボケーッとしてるんだ。早く片付けろよな」 私は戦慄に顔を強張らせ、かいがいしく片付けを始めた。 その途中、自分で作ったカレーを舐めてみたが、まるで呑むスープのようで苦く不味い。いつまでも違和感が口の中に残っている。とても食えたものではない。 その時の私は「アタイってマジ料理のセンスないな」とつくづく思っていた。
誘拐から一ヶ月、私はまだ山奥の別荘に閉じ込められていた。 私は犯人の命令に従い、料理だけではなく家の掃除、犯人たちの服の洗濯までさせられていた。 むろん彼らの臭い下着も・・である。 もし料理が不味かったり、綺麗にそうじできてなかったり、洗濯が怠けたりするなら、髭の男は唇の端を意地悪に上げ、殴る蹴るなど執拗に暴力を振るった。 当然のことながら犯人たちへ生意気な言動でも、髪の毛を引っ張られ激しく殴られた。 時には、私は彼らの機嫌を取ろうと、人なつこい仔猫のように犯人たちのかたわらにすり寄った。 ところが父親との交渉がうまくいってないこともあるのだろう、彼らは益々激情、血が床を舐めるほどに殴ったうえ罵倒した。 「グズでブスでノロマ、恨むなら親父を恨めよ。お前はセックスにしか興味がない薄汚い雌豚なんだよ。」 だから私は犯人たちの気持ちを逆なでしないように努力していた。それこそ腫れ物に触るように犯人たちの大好物の食事を作り、彼らの好む趣味の話をした。 しかし父親との身代金の交渉は全く進んでないようだ。 おかしい、父はなぜ、金を払わないんだろうか? 要求する金額が多いのだろうか? 百億? 百億だったら、さすがの父も出し渋るわよね・・と私は一人色々な考えを巡らしていた。 とは言え、まったく私にも逃げる機会がなかった訳ではない。 暑さが和らぎ、秋の青空が広がった、ある日、私は逃亡を図ったことがあった。 私はいつものように出っ歯で妖怪のように顎の長い男から見張られ、庭で洗濯物を干していた。 いつの間にか油蝉の鳴き声は消え、赤とんぼが山の中を飛び廻っていた。 その時の私は朝夕が特に寒いこともあり、犯人の用意した趣味の悪い長袖の服を不本意ながら着ていた。 あの髭の男はなぜかわからぬが、その場にいなかった。 私はこの見張りの醜い男だったら、たぶらかすことができるかもしれないと考え、ミニスカートからパンティーが覗くようにワザと腰を振り、ウインクなどして色目を使ってみた。 「あなた、恋人いるの? あまり経験ないんでしょう。一日だけだったら恋人になってあげてもいいわよ」 しかし野獣のように醜悪な男は不思議とまったく興味を示さず、私の言葉も完全に無視している。 彼は不能者かホモに違いない・・私はそう思い、逃亡を諦めた時、思わぬチャンスが巡ってきた。 あの怖ろしいほど顎の長い男が突然、腹を押さえ顔色を変えると、トイレへ駆け込んだのだ。 「手前、逃げるんじゃないぞ」と彼は捨て台詞を残していた。 私は顔をほころばせると、「今しかない」と呟き躊躇することなく逃げ出した。 山中を一目散に疾走、下っていった。 風は止み、夕刻も近く、かなり薄暗くなっていた。 私は不慣れな険しい山道を無我夢中で転げるようにして下った。 鬱蒼と茂った草に何度となく足を取られたが、また立ち上がり泥々なっての逃走だ。 しかし逃げる途中に民家はまったく見当たらない。 その内、アスファルト舗装された広い道路、山道へと出るが、車の姿は全くない。 と、百メートルほど先に公衆電話ボックスを発見、私は力を振り絞り電話ボックスへと疾った。 そしてポケットからなけなしの十円玉三枚を公衆電話へ突っ込むと、実家へと電話した。 あまりの昂奮にボタンを押す私の指は慄えていた・・。 数回コールすると、電話には父親が出た。 しかし父は私に声を聞いた割りには焦って声が上ずることもなく妙に落ち着いている。 一方、私は毎日泣き暮らしているため、声が嗄れている。 「お父さん、早く彼らの要求通りに金を払って・・助けて、お願い」 「香織か? 元気か? もう少しだ。我慢してくれ・・プープープー」 次の瞬間、公衆電話ボックスのドアが突然開き、あの髭の男が電話を切ったのだ。 男の濁声が私の耳に鋭く刺さってきた。 「お嬢さん、電話はそこまでだ。さあ戻るぞ」 私は激しい脱力感に襲われ、「ギャー」と泣き叫ぶと、その場に座り込んでしまった。 しかし髭の男は憮然とした表情でそんな私を強引に電話ボックスから引きづり出すと、車へと押し込んだのだ。
それから二ヶ月間、また地獄のような日々が続いた。 山々の木々が赤や黄色の紅葉に色づき始めた、ある日、この誘拐事件がようやく終焉を迎えた。 あの髭面の男が珍しく満面の笑みを浮かべ、部屋に入ってきたのだ。 「交渉成立だ。お嬢さん、長い間、ご苦労だったな。解放だ」 「えー本当に? 良かったわ。やっと自由の身なのね。ありがとう」 私は目隠しをされ、犯人たちによって家近くまで連れて行かれた。 車の中、私は一人ほくそ笑んでいた。 というのも、家の前にはマスコミが殺到、大騒ぎになっていると想像したからだ。 ところが犯人によって車から降ろされた時、テレビ局のスタッフなどマスコミ関係者の姿で喧騒の坩堝になっていると思い際、そんな人影は全くなく水を打ったように静まり返っている。 私が恐る恐る家に入るが、両親は何事もなかったように私を迎え入れた。 「お帰り・・大変だったな。今回は・・お疲れさま」 「お父さん、どうして、もっと早く助け出してくれなかったの? それになぜ警察には知らせてないのよ? 毎日、生きた心地しなかったんだから・・。本当に恐かったのよ」 「ゴメンな。時間がかかっちゃって・・うん、あいつらが警察に知らせると娘を殺すと言ったから、うちうちに片付けるしかなかったんだよ」 「信じられない。お父さんは私が可愛くないの? 大事じゃないのね? それで身代金はいくら払ったの? 」 「それは言えない」 「何よ。それ? 」 私はかなりの衝撃で体が萎むほどに息を吐き、途方に暮れた。 そこで私は悩んだ挙句、近所の警察署へ行き、誘拐されたこと、犯人から三ヶ月間、閉じ込められたことを切実に語った。 対応した制服警官は色白のふっくらとした顔にあるかないか、わからぬ小さな目をしばたたせ、大きな口を開け、欠伸をしている。 彼は私の恐怖体験を一応聞くと、鼻の穴に右手の人差し指を突っ込み、予想通りの回答をした。 「おかしいですね。誘拐事件があったなら、警察へ被害届が出るはずですけどね。ご両親に聞いてみましょう」 しかし案の定、刑事が電話したにも関わらず、父は誘拐などなかったと頑固に否定し続けたのだ。 刑事は蔑むような視線で私を睨みつけると、人差し指で採取に成功した鼻糞を口でペコリと舐め、突慳貪に言い放った。 なんとも行儀悪く汚い警察官である。 「誘拐なんて起こってないって・・お父さん、この頃、あなたが精神的に疲れているから妄想を抱いているだけだと言ってましたよ」 結局、私は誘拐されたと執拗に食い下がったが、刑事に追い返されてしまった。 また大学に行った時、更なるショッキングなことが起こった。 女友達が懐かしそうな表情で疾り寄って来て、悲鳴のような黄色い歓声をあげた。 「うわー、香織、久しぶり、元気だった・・ロンドンに短期留学してたんだって・・そのせいか、落ち着いたというか、何か大人っぽくなったわね」 「り・・留学・・? 」 彼女たちが羨ましそうに語る内容を聞き、私は耳を疑い、絶句した。 両親は学校や友達へ短期留学していると嘘の報告をしていたのである。 その時、私は両親が全く信じられなくなり、家を出ようと心に決めた。 そしてその数日後には自分で部屋を見つけ、両親が止めるにも関わらず、引越しした。 新しい私の新居は大学そばの六畳一間でバストイレ付きのマンションの一室だった。 実家の広さに比べると、新居は犬小屋のように狭く不便だったが、私はその部屋で料理を作り、誰にも監視されない一人暮らしを楽しんでいたのだ。
それから一年後、私は無事に四年で大学を卒業した。 また友達の紹介で大手印刷会社の御曹司と待望の恋に陥り、結婚することになった。 彼は細い鼻梁、切れ長の目、端整な顔立ちの色男だ。 真面目で真摯な好青年で如才ない笑顔で笑いかけ私を大事にしてくれていた。 何よりも彼は私を心の底から愛していた・・。 数ヵ月後、私たちは千人近いお客を招待、ホテルの大ホールで結婚式を盛大に行った。 その結婚式場で父は目横に魅力的な皺を常に作り、今までにないほどにご機嫌であった。 と、彼は突然、真顔になると、訝しげに目を吊り上げ新郎へ質問してきた。 新郎は平身低頭、嘘をつくことなく誠実な気持ちを言葉にした。 「君はどうして、香織と結婚しようと思ったんだい? 」 「料理、洗濯、掃除、礼儀作法、どれをとっても文句のつけようがないほどに完璧です。ご両親の躾の賜物です」 父は新郎の言葉に仰々しく愉悦、嬉しそうに目を細め頷いた。 すると、結婚式の最中、私は髭のサングラスの男と一緒にいる父親の姿を目にした。 筋肉質な巨体が動く度に軋み、間違いなく私を誘拐した犯人の男である。 私は不審に思い、父たちに気づかれないように席を外し、二人の近づいた。 柱の影、彼らの会話を耳にした私は、心臓を鷲摑みにされたように愕いた。 「素晴らしい男性と結婚でき、おめでとう御座います」 「いやー、あなたが誘拐という方法で花嫁修業してくれたお陰ですよ」 「お嬢様の場合、あの荒治療しか思いつきませんでしたからね。拳銃やナイフで毎日、脅されれば、誰だって料理、掃除、洗濯、礼儀作法は上手くなりますよ。だって上手くならないと殺されるんですよ」 「それに親離れもしてくれた」 「親離れするには両親に不信感を持つのが一番です。上手くいって良かったですよ。また料理などが上手くなっても毎日続けないと意味がありませんから・・」 「私たちがだらしなくって、躾を怠ったからしょうがありませんね。花嫁修業の料金、高くつきましたが、君には感謝してますよ」 私はその衝撃的な内容にアングリと口を開け、呆然と立ち尽くしていた。開いた口が塞がらないとはこのことである。 私は口惜しいが、父の企てた罠にものの見事に嵌っていたのだ。 しかし今の私はせっかく幸せになれたこともあり、このままずっと父親の計画した罠に嵌ったままでいようと思っていた・・。
了
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