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作品名:黒魔女 作者:松田伎由

最終回   黒魔女・読みきり
黒魔女

 私は黒魔女を目撃した。
 黒魔女とは人間界を暗黒に変えてしまうという極悪の魔女である。
ちなみに人間に災いを及ぼさない白魔女もいるらしい。
 兎に角、私は黒い帽子に黒マントの魔法使い、白魔女とは違い、黒い翼や鉤鼻を持ち黒い毛や深く老獪な皺で覆われた黒魔女を間違いなく見たのだ。
  
 今から二十年前の十二歳の時、私は長崎のとある小学校に通っていた。
 秋の深まった、ある日、その小学校に一人の女の子が転校してきた。
 彼女は目を瞠るほどの美少女であった。
 透き通るような栗色の瞳に涼しい目元、高く形に良い鼻に薄い唇など美貌の持ち主だった。
 しかしその美しさとは裏腹に冷酷な眼差しや人を馬鹿にしたような甲高い嗤い声が私は気になった。
 藤井愛と名乗る彼女は私たちを見下し、なかなか打ち解けようとしなかった。歯に衣着せぬ物言いも、給食の時のクシャクシャと咀嚼する癖も全てが我慢ならなかった。
 何から何まで不快な女だ。
 面妖な事に彼女はいつも鍔の広い黒い帽子に黒服のワンピースなどを身に纏い、黒猫を数匹、従えていた。いや正確には藤井愛は嫌がっていたが、黒猫たちが纏わり着いてきたのだ。
 また彼女はの学校の成績は全ての科目で満点を取るほどに良く、才色兼備ぶりを十分に発揮していた。
 それでも私は藤井愛に気を使い、如才ない笑顔で話しかけたことがあった。
 ところが彼女は喜ぶところか、いつもの甲高い下品な嗤い方で蔑むような態度で私を罵った。
「ケケケ・・・机にかじりつくしか能のない餓鬼が、アタイに話しかけてくるんじゃないわよ」
 そのうち不良と呼ばれる男子生徒たちは、「生意気だ」と喚き彼女を苛めるようになった。
 しかし藤井愛は泣き出すどころか、ふてぶてしい、いつもの嘲嗤いを貼り付け野猿のように歯を剥きだし低い声で突慳貪に言い放った。
「ケケケ・・お前ら、一人残らず食いつくしてやる。地獄へ引きずり込んでやるからな」
 彼らは凶暴化した獣のように今にも襲ってきそうな藤井愛にゾッと髪の毛が逆立つほどの戦慄を憶えた。教室内には瞬く間に殺伐とした空気が漂った。
 と、不良少年のリーダー格、橋口という生徒が突然の激しい喘息に襲われ、その日のうちに心臓発作で亡くなってしまった。精悍で屈強な彼は、雲を突き抜けるような巨体に坊主頭の巨顔の乗った男だった。喘息の持病はあったが、心臓にはまったく問題はなかったらしい。
 私は橋口の死を知り、あの藤井愛が何か怖ろしい魔術を彼にかけたんだろうと思っていた。
 
 橋口事件から数週間後、今度は木下という教師が藤井愛の犠牲になった。
 事件のあった日は、長崎の街は今にも泣き出しそうなドンよりした厚い雲に覆わていた。
 南国にも関わらず、寒気に襲われ小雪が舞っていた、十二月の末だったという記憶がある。
 と、あの木下先生が放課後、突然、廊下を踏み鳴らし疾って教室へ来ると、藤井愛を怒鳴った。
「藤井、話があるから残っててくれ」
 藤井は憮然とした表情で、「ふん」と鼻で嗤うと頷いた。
 私たちは青白く殺気だった木下先生に驚愕、「何があったんだろう?」と考えながらそそくさと教室を後にした。
 友達と家路に着いた私は、教室に家庭科で使った母親のエプロンを忘れたことを思い出した。明日でもいいとも考えたが、母が大事にしているエプロンだと思い直し、友達に事情を話し、学校に戻ることにした。
 私が教室前に着いた時、教室には明かりは点いておらず、不気味な静寂と夕闇に包まれていた。
 と、唐突に木下先生の叱責声と藤井の抗う大声が耳に突き刺さってきた。
 随分と昔のことなので、木下先生がどうして藤井愛に怒号を発していたのかは記憶の欠片を集めても思い出せない。しかし彼の憤りは明らかに常軌を逸していた。
 私は足音を忍ばせ教室に近づくと、ドアを少し開け覗き込んだ。
 私は絶句、恐怖に奥歯がガタガタッと鳴った。
 教室の中、藤井愛と対峙した木下先生の背丈が彼女の半分くらいにしか見えなかった。
 それに彼女の後姿が黒っぽい巨大な化け物に変わっていた。
 と、木下先生はあまりにも狼狽したからだろうか、急に咳き込んだ。
 そしていきなり苦しげに喉を鳴らし、のけぞるように尻から崩れた。床には鮮やかな鮮血の花が咲いていた。
 私は気がつくと、ドアを勢いよく開け叫んでいた。
「先生! 危ない。に・・逃げて・・」
 次の瞬間、その巨大な黒い化け物が振り返り、ギロリと私を睨みつけた。
 黒々とした毛が照り輝き、耳がウサギのように立ち、深い老獪な皺に鉤鼻が猛々しい老婆の化け物である。
 長い尻尾をまるで私を威嚇するようにヌメヌメと振った。
 それに目眩のするような悪臭をふりまいていた。化け物は意味のわからぬ呪文をブツブツと呟き、足を踏み鳴らした。
 以前、キリスト教関連の本によって、私は悪魔と契約した黒魔女の容姿が悪魔そっくりであることを読んでいた。だから巨大な化け物の正体が黒魔女だと咄嗟に理解したが、あまりの戦慄に気を失ってしまった。
 翌日、私は担ぎこまれた近所の病院で目を醒ました。
 友人から担任の木下先生が大量の血を吐き、やはり心臓発作で死んだこと、藤井愛が親の仕事で突然に転校したことを聞いた。
 だが、私は先日見た藤井愛いや黒魔女のことは誰にも話さなかった。というのも、もし話しても誰も信じてくれないと考えたからだった。

 それから暫くの間、事件は何も起こらず、学校内街には幸甚な日々が戻ってきた。
 そんな時、私の家に子猫が迷い込んできた。
 黒い毛がずぶ濡れの貧相なばかりに痩せた黒猫である。
 哀愁の瞳や可愛い鳴き声に促され、私はその子猫に名前をつけ飼い始めた。彼女のお陰で事件のことも忘れ、少し癒されたと思っていた。
 ところが、それは次の忌まわしい事件への前兆であった。
 あの藤井愛の呪われた事件から数ヶ月、彼女がいないにも関わらず、また校内で不幸な事件が起こってしまった。
 中学受験を間近に控えた二月中旬、私は夕方遅くまで学校の図書館で受験勉強に励んでいた。
 そしてトイレに向った私は女の悲鳴を耳にした。
 その悲鳴の主は同級生の橘美和だと直感で思った。
 彼女は私と一緒に同じ有名私立中学を受験するため、図書館で勉強していたのだ。彼女は学校の成績が私より良い、聡明な美女であった。
 私はその声が聞こえた理科室へと急いだ。そして畏怖の念に襲われながらも理科室のドアをゆっくりと開けてみた。
 天窓から光の帯が差し込み埃をチラチラと舞い輝かせ、その真下に美和が倒れていた。彼女は頭を怪我して、鮮血が毒蛇のように床を這っていた。
 幸いにも橘美和は意識があった。黒目の勝った目を潤ませながら、こちらを見ていた。
 美和が何らかの理由で足を滑らせ、転んだのだろうと私は思った。私は愕き、彼女のもとに疾り寄った。
 と、彼女は私を見てホッと安堵するどころか、言い尽くせぬ戦慄に顔を歪め後ずさりしている。
「ち・・近づかないで・・」
 私の目の前に怖ろしいほどのしゃくれ顎で鉤鼻、老獪な皺の老女が立っていた。油を引いたような翼や黒い毛に覆われた化け物、黒魔女であった。
 次の瞬間、私は息を呑み、言葉を失った。目の前にあったのは四角い鏡で、私は自分の姿を目にしていたのだ。
 私はあの日、黒魔女の姿を見た日以来、藤井愛の魔術によって黒魔女が吹き込まれていたらしい。
 意識が薄らぐなか、私は黒魔女の呪いの言葉を聞いた。自分の声とは思えぬ重低音が夕闇を裂いた。
「死ね。死ぬんだ。そうなればライバルが一人消えるからな」
 化け物になった私は逃げ惑う美和の首を絞めていた。自分の体にこれほどの力があったことに愕然とした。
 彼女は息苦しそうに唸り、胸元の空気を二三度掻き毟り、仰向けにドッと倒れた。
 前の鏡には黒魔女に変身した私が炎のような口を開けて嗤い、巨きな黒い翼をワサワサと音を立てて開いていた。
 そして咄嗟に身を翻し廊下に消えた。
 その後、私が進学した学校、会社ではいつも決まったように人が死ぬ不幸が起こった。全員が心臓発作や交通事故などの不慮の事故だった。
 それも老若男女の関係はなく、私の嫌う人ばかりであった。
 犯人はこの私なんだろうか?
 あの日、黒猫の子供が家に舞い込んだのは、私が藤井愛の魔術によって黒魔女を吹き込まれた証だったのではないだろうか? 
 なぜなら黒猫は魔女に使いであるからだ。
 今の私は知らぬ間に黒魔女に変身して、被害者を出さぬことを心の底から祈るしかなかったのだ。
                                                                     
                                                                              了












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