「ねえ境さん。まだ次があるかしら?」 「駅前の本屋か、まだそこなら今日の残りは、駅北口エリア全部だな」 「この悪魔め!」 「今はお前の話は聞かん、さっさと調べろ」 「明日覚えてろよぉ!」 「明日か、覚えてたら相手してやるよ」 無駄な言い争いを切りのいいところで終わらせ、各自の役割に戻った。 色は街の調査(実際はただその場を見るだけ)を、境はビルの屋上から色に指示と調査の管理を担っていた。 事の始まりは1時間前。 今日1日の授業が全て終了し、一息ついたところでHRを終わったので1日の基本的な学校のサイクルは終了した。各自帰るなり、部活動に向かう準備を始めた。そして自分は部活等には所属していないのでさっさと帰る支度をしているところである。荷物をあらかたまとめ終え、帰ろうとした所へ同じく特に用事がない暇人が何やら大きなバッグを担いで寄ってきた。 「ねぇ色、放課後用事ある?」 用事、用事ねぇ。あったようなないような、多分思い出せないような事なら大した事ないだろう。 「えーとないかな、でどうした?」 境はニコニコしながら突然色の腕を掴み教室から連れ出した。 「ちょっと待て、何かあるんだな?まずそこから教えてくれ」 廊下に出て少ししたとこで掴んでいた腕を振りほどいた。 「色、昨日の事をよーく思い出してごらん?」 昨日?昨日、昨日・・・あーあーあー。 「街の事を調べる、だったか?」 「思い出したようだね、それじゃあ行こうか」 「え?どこ行くの?おい!なんか言えよ!そしてこの手を離せ、周りの視線がー!!」 また腕を掴まれたオレは有無を言わさずそのまま廊下を引きずりまわされた。きっと周囲の頭にはBLなんて気持ち悪いこと極まりない単語がよぎっているのだろう。かなりまずい、そんなことになったら拷問よろしくお仕置がきっと待っているのだ。主にこのオタクさんが。
街に着くと境から街周辺の地図とボイスレコーダー、そしてビデオカメラを渡された。ビデオカメラはトートバッグに仕込まれた小型カメラで、もしこれを使うならオレも今日から変質者の仲間入りってわけだ。 「これは?」 「見ての通りだけど?」 「いやいやいや、地図は妥当だしボイスレコーダーはギリギリセーフだとしてもこのカメラはまずいだろ!」 「へ?なんで?」 「へ?何で?じゃない!なんでこんな犯罪染みたことしなきゃならん。確かにカメラを用意しろとは言ったけど、どこかにカメラを配置しろって意味だ。間違ってもこんな事のために用意しろといったわけじゃないからな。第一、あの時のお前ならそれくらい分かってたはずだろうが」 「色、言われた通りにしてほしい。色には今この状況が理解できない状態にあるのだから。」 境は真剣時になる状態ではなく、素(どっちが素かわからないが)の状態で言った。 これはたぶん命令でもなんでもない、ただのお願いなのだろうと思った あと1時間もしないうちに夜になってしまうこの時間帯では、人もだんだんと多くなってくるだろう。境は一体なにを思っているのだろうか。今この事件を一刻も早く終わらせたいのだろうか、それともただのきまぐれかはわからない。ただ、何をやるにも一生懸命になる境のことだからこっちには思いもよらない事を考えているに違いないし、その準備も怠ってはいないはずだ。 色はおとなしく首を縦に振り、「それで?」と境に問う。 「色にやってもらいたいことは二つ、一つは自分が行ったことのある場所に行ってほしい。まあ覚えている範囲でいいんだ。思い出せないようならそこはパスしてくれてもかまわない。二つ目、行き先を逐一携帯でこちらに教えてくれ。もちろんこちらに連絡をよこす時は行き先を言う時以外でもかまわないから」 「う〜ん、よくわからんがとにかくやってみるよ」 「よろしく頼むよ。僕はビルの屋上で色の管理とデータ収集しているからさ」 「それで今日はここから始めればいいんだな?」 「うん、それじゃあ僕は行くね。ああそうそう言い忘れてた、そのカメラとレコーダーはずっと電源つけててね。それと、自分が行った場所はその地図に印つけてくれると助かる。」 境はくるりと向きを変え、歩いていった。 任された以上は遂行しなければならないという事以上に、自分から境に頼んでおいて何から何まで境に準備を押し付けてしまったことへの罪悪感が大きかった。だがこれからどこへ行けばいいかという考えへ切り替わると、すぐに不安になる。 何しろこの街は都会と比べればそこまで大きいとは言えない広さだが、歩いて、しかも行った事ある場所なんていったらそれは気が遠くなるような作業のはずだ。 だがここで一つ疑問があった、何時までやればいいのかということだった。さすがに今日一日でこの街全部回れというのは無理な話なのは当たり前なので、しょうがなく携帯電話を取り出し境に聞いてみることにした。 「色?どうしたの?」 「ああ、聞き忘れてたんだが、一日どれくらいやればいいんだ?」 電話ごしに、ため息が聞こえた気がした。 「地図見てくれ、それじゃあ」 一言告げると一方的に切られた・・・。 「地図ね」 地図はクリアファイルに入っていた、広げてみると、ネットで印刷したと思われるこの街一帯の地図と、赤と黄色の蛍光ペン、それと消しゴムと赤、黒のボールペンとシャープペンが一つになったのが入っていた。地図を広げると一枚の紙が落ちたので拾い上げるとそこには一言こう書かれていた。 ご自由にと。 「さて、どうしたものか」 また困ってしまった。しょうがないか。 荷物を持ち直し軽く服を正す。とりあえずここからなら駅が近い。オレはさっそく駅方面に向けて歩き出した。
それで今に至るわけである。とりあえず駅北エリアを制覇しなければ帰らせてはもらえないらしい。最初は紙に自由にしていいみたいなことが書いてあったのに。いざちょっと見て帰ろうすると、帰る途中で境から電話があり、「引き返せ」の一言で調査は続行するハメになってしまった。しかも口調がすこし怖い。後で覚えていろよ・・・。
・・・1時間後、そして振り出しにもどる。
ようやく全て見終わった頃、辺りは真っ暗になっていた。時刻はもう17時をまわったところだった。 さすがに歩き疲れたので電柱にもたれかかり境に電話をかけた。 「なあもういいだろ?」 「ああ、帰っていいぞ。ああそうそう、家に着くまでカメラ等電源落とすなよ」 「所で、境よ」 「どうした?」 「まず最初に聞くべきことを忘れていたんだが、今日の収穫はどうだった?」 しばらく黙っていたが、向こうからカタカタとキーをたたく音が聞こえていた。 「まだ、わからない。とにかく詳しい事は明日話すから」 「そうか、任せたぞ」 「ああ」 そこで電話を切り、オレは帰路についた。家に帰り、一番に風呂に入りながら、夕飯を食べ寝るまでの最短ルートをたたき出す。実に無駄な才能。 今日一日を振り返ってみる。はっきり言って、今日一日は全然充実していなかった・・・気がする。自分がやったことと言えば、学校に行ってその帰り駅周辺をぶらぶらしていただけだった。ただ、これで何かしら糸が掴めればいいなと思う反面、こんなことでいいのか?と思う自分がいた。実際、自分には何が起きているか全く把握できていない状況にあるわけだし、こちらが何かをすればするほど境は自分の知らない所で自分のわからない事をどんどん知っていくのだ。 しかもたぶんあいつはわかった事は教えてくれないはずだろう。それは今自分が覚えている範囲ででた自分の状況の一つだった。そう、自分のことは他人にしかわからないということだった。
◇ 「え〜と、なんだっけ?ああそうか探索だっけな、でも頭が痛いんだけど、どうしたんだだろ?まあいいか、最近こんなんばっかりだ」 頭の痛みを振り払うかのように頭を少し振り、トントンと軽くこづいてオレは走り出した。オレと境は、次の日もその次の日も街の探索に当たっていた。二日目は駅から学校周辺、三日目は残りのエリアだった。 ただ一日目と違い、自転車を使いはじめた。これにより移動時間が大幅に削減され、一日の探索エリアが大幅にアップし、三日間で駅の北側のほぼ全てに足を運ぶ事ができた。 ただ、それでも一日の範囲は広く、学校が終わってから日が落ちても続けたため、一日の探索時間は5時間をゆうに超えていたから、その日家に帰ってからの疲労はすさまじかった。 そのせいか三日目の夜、咲夜から境が倒れたと電話があったけれど、境からの伝言でオレは探索を続けなければならなかった。まじめな奴だ。正直なところ、ただ移動するだけのオレの身体は、そこまで疲れてはいなかったのかもしれない。 だが、境は心身ともに疲れていただろう。 だからその日オレは、境に気を使うのをやめて作業に没頭した。 気が付くと辺りはすでに真っ暗で、閉まっている店もあったが周囲の人の数は昼間より多くなった気がする。その証拠に出歩いている年齢層は日が出ていた時とは違っていた。 「さて、帰るか・・・」 今日一日の出来事をメモ用紙に書き込み自転車のペダルに足を乗せた。メモの内容はいつもと同じで「特になし」だった。 時刻はすでに7時を回っており、ふと思い出したことがあったので、自転車に乗りながら携帯を手に取った。何回目かのコールで電話をとってくれた。 「あ、境か?」 「残念でした、私です」 「咲夜さんでしたか、お邪魔しました〜」 「わー!わー!わー!ちょっと待って切らないで〜」 電話の主が違ったのですぐさま切ろうとしたが、耳から離してもすさまじく五月蝿かった。 「何?これからって時だろ?」 「ちっがーう!さっき話ししたでしょ!まだ境が目覚めてないから看病してるんだってば〜」 「ふ〜ん、ってことはまだ気を失ってるのか、ならチャンスじゃん!咲夜がんば」 「だからちがうっての!もう、私は境のことこれっぽちも・・・」 「これっぽちも?」 「え?ちょっとまって?まさか・・・・色君がってことは紅葉も・・・」 「朗報お待ちしております」 「あ!こら!にげ・・・」
そこでオレは無理やり携帯の電源を切った。 卑怯な手だった。 はっきり言って、紅葉も咲夜もオレ達が何かしている事に対して怪しんでいることは初日からわかっていた。ただいつ問いただしてくるかわからない日々が続いていただけにすぎない。けれど実際、ついさっき聞かれたら、オレには回避する手段がなかった。だからその手の話になるまえにあいつが一番苦手な話をすることで、違う方向性にもっていくことを試みた。それは見事にそれは成功を収めたのだった。完全勝利だった。 「今日はもう帰るか、とりあえずデータは帰って送っておこう」 その日も家に帰ってからはすぐさま飯を食べ、風呂に帰り、寝ることにした。 珍しく頭痛は起きなかった。
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