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作品名:夜明け 作者:キョウ

第7回   意外な
あれから俺達は真っ直ぐ家に帰ってきた。どうでもいいと思うけれど、これにも理由がある。寄り道という行為自体がまた忘れてしまう引き金になってしまうと思ったからだ。境もそう思ったらしい。家につき真っ直ぐ自分の部屋に入ると、机の上に一枚の紙が置いてあった。これはもちろんオレが忘れてもいいようにとの自分自身への配慮だったが、これは無駄に終わった。メモは何故か裏返しに置いてあった。普通はすぐ見れば分かるように表を上にしている。でも紙は裏にしておいてあった。まるで見てはいけないように伏せておいてあった。これは見てはいけない、と言う合図だと感じたが自分から自分自身への合図だと思うと、すごく間抜けだ。
「ほらこれがそのメモだ」
「僕が見る前に確認しなくていいの?」
「いや見ない。これは推測だけどお前よりメモの内容を覚えてい続ける自信がない。その証拠にさっきお前に言われるまで、お前との約束はおろか会話したことすら覚えてないんだ。いや違うな、確かに話したんだけどその時の記憶がないんだ」
境は頭を掻きながら口を開いた。
「言いたい事はなんとなくわかった。まあとりあえずメモ見るよ」
「あ、ああ。そうだな」
メモを渡すと境はしばらくメモをじっと見ている。その姿はまるで雨が降りそうな空を見ながら傘持っていくか迷っているみたいに見えなくもない。それからしばらくして「よし」と言ってこちらを見た。
「一応聞いておくけど、今からこのメモを見てここに書かれている事をどうしたい?」
そういえば全然考えてなかったな・・・。
さてどうしようか。正直なところ、他の人を巻き込むようならやめたい。もちろん自分達の手に負えない時もやらない。
じゃあもし自分達で解決できるなら?
それで誰も巻き込まないような事だったら?
やってもいいのかも知れない。実際この覚えていられない現象が気になるし。いや、ちょっと待て。これはいつから大事になる前提になった?何故オレは解決とか巻き込むとか言ってるんだ?
何も覚えてない事を勝手に大事だと断定するにはまだ早い。それに実は知的好奇心もないといえば嘘になる。そこから導き出される答えは・・・。
「とりあえず何がどうなっているか、それだけでもまず調べてみようと思う」
たぶんこれがギリギリの範囲だろう。
「そう、でも調べるのは僕たち二人なんだよね?」
「そうだけど?」
そういうと境はがっくりと頭をたらした。
「やっぱり僕は強制的に頭数にはいってるんだ。こうなるだろうと話を聞いた瞬間に思ったけど、いつもどおり強制なんだね」
「まあまあ、そこはご愛嬌ってことで」
「くっ・・ほらとりあえずメモ見ろよ」
まだ何か不満があるような顔だが、どうせこいつくらいしか助けてくれるようなお人よしもいないのが現状だ。
だがとりあえずはメモを見るしかないなと思い、手を伸ばす。境からメモを受けとったオレはどんな状態なんだろうか。まるでわからなった。
文字が書いてある。字が見える。でも読めない。何故だ?ほら読めよ、オレ。簡単だろ?毎日毎日、飽きているくせに学校で授業受けてるじゃないか!嫌っていうほど毎日毎日文字と数字を見てるじゃないか!
でも読めなかった。たしかにこの紙には字が書いてあるけど、オレにはさっきから景色が脳裏から離れない。
真っ白な部屋で外を見ている自分がいる。
ここは?ここは・・・あの時だ、あの時見たんだ。だけどいつ?いつみたんだ?わからないが確かに見たんだ。確か前はある人に出会ったときにこの風景を見た気がする。でもあの時はここまでしか見ることができなかった。
でも今回はその先が見えた。
自分の横には誰かがいた。瞼を開けるたびに違う人がでてきた。オレと同じくらいの奴、このスカートは女子か?それもオレの学校と同じやつが二人いる。なんでオレはこいつらと話しているのだろう?顔すら見えないのに。顔すら知らないのに。
それに白い服を着た男女の二人組に、普通の服を着ているやつらもなにか持って来ている。それと、あれはなんだろう?色んな人が現れるけれど、オレの視界の隅にいつもでてくるあの人影は誰だろう?わからない。でも確かにオレには同じ人に見えて仕方がない。
なんだ?なんだ?これはなんだ?わからない、わからない、わからない。どうしてオレはここにいる?どうしてオレはわからない?記憶が切れてるのか記憶がないのか。だめだ、全然わからない。もうオレ自身がわからなくなってきた。
ああ・・視界が消えていく。そしてオレもこのまま消えていくのがいいのかもしれない。
もう全てが真っ白に・・・なって・・・・・いく。


なにかを見ていたみたいだけどそろそろ覚める。
睡眠から目が覚める直前って言うのはなぜか睡眠中も意識があるものだ。と誰かが言っていた。じゃあいつから意識があるんだろう。どうして意識が飛ぶのだろう。
そしてどうして忘れてしまうのだろう。
ああ、オレはどうして寝ているんだろう。
どうして向こうにいる人はあんなにも羨ましい顔をしながらこっちを見て泣いているのだろうか。そしてどうして横にいる子は悲しそうに泣きながら寝ているんだろう。
そんな二人を見てオレは・・・・こちらに差し伸べられた手を、このオレに向けられた手を・・・一体・・・。

「ん」
「色、起きたね。大丈夫?」
境は椅子に座りながら本を読んでいる。その前の机には例のメモが置いてあった。もちろんオレはそのメモの内容は覚えるどころか見ることすら叶わなかった。

「ああ。オレ、どうなった?」
「メモを見た瞬間に変になったんだよ。あれは瞳孔が開いた状態っていうのかな、とりあえず色メモを持ったまま棒立ちになってね。そのまま動かないと思ったら急に嗚咽のようにうずくまって」
「それで?」
「そのまま気絶さ」
そうか意識を失ってたのか。
「僕は医療系のマンガは読まないんだ、手当てできなくてごめんね」
「そうだったのか。そりゃあしょうがないな」
境がびっくりしてこちらに駆け寄ってくる。その手にはおしぼりと体温計がある。
「どうしたの?狙ってぼけたのにまるでいつものような反応がないなんて、いくら本調子じゃないからっておかしいよ。熱でもあるんじゃない?ほら計りなよ」
「いや、そのボケ全然わからないから、むしろ作・・・ゴフン!ゴフン!まあとりあえずサンキューな」
あらかじめ用意していたようで、手には体温計とぬれたお絞りが握られていた。それを受け取り、念のため熱を計る事にした。
「ところで色、一体どうしたのさ、メモを見たとたん固まって」
「見たんだ」
「何を?」
「・・・・」
あれ?またか!またなのか!また思い出せないって言うのか!
もう沢山だ、どうして覚える事ができないのか!
オレの身体は、頭はどうしちゃったんだよ。本当にわからない。
「色?」
はっとすると、境がオレの顔を覗き込むように見ていた。
そうか!オレは一つ思いついたことができ、それを境に伝える事にした。境ならオレよりもっと客観的に見てくれるはずで、いざというときは止めてくれると思う。
「ああ、ごめん考えごとしてた」
「うん、それで?僕にはなにがどうなったかなんてわからないからさ。とにかく教えられる範囲でいいからおしえてよ」
「まずメモの内容わからない。見ることすらできなかった。代わりに違うものを見た」
「何を見たの?」
「お前ならわかっているだろ?見たものなんてわからないよ。ただ何かを見たんだ」
「そうか」
気が付くと境は椅子の上で足を交互させその上で手を合わせて此方を見ている。鋭い眼光、身にまとう雰囲気の違い。相変わらずこの変わりようは驚いて逆に気味が悪くなるほどだ。だがこいつが味方にいると思うとなんだか心強い感じがするのがちょっと変な気分でもある。いつものバカさ加減からはまるで感じないからなのかもしれない。
「だから、お前に頼みたい事がある」
「ああ、お前の管理だな?」
「相変わらずその察しのよさはすごいな」
「それで?オレは何をすればいい?実際のところなんとなくだけど大まかなところはわかっているつもりだ。だからこそ詳しい事を知っているはずのおまえにはこれからの事を任せたい」
そう、オレはたしかにこの何かも分からないことに関しては覚えている事ができないでいる。オレだけが異常なのかもしれない。だからこそオレは何かを知っているはずなんだ。その証拠に詳しい事は覚えてはいないけど感じてはいる。調べなきゃいけないと思うこの感じ、そしておかしいことをおかしいとすぐに判断できる最低限の自分の当たり前がここにはある。
とにかくオレは調べなきゃならない立場にあるのかもしれない。だから・・・。
「とりあえずお前にはカメラとこの街一帯の地図を用意してほしい」
「そうか、ならオレからもいいか?」
「ああ」
「今から今覚えている範囲での出来事を紙に書け。俺も書くから、そうすれば思い出す必要もないだろ」
「なんでだ?思い出すことができないのなら書く必要が・・・ってそうか」
「そう、わざわざ覚える必要なんてないんだよ。記憶できないのなら記録してしまえばいい。しかも覚えている範囲ならさっき見たく、お前が混乱する必要もない」
そういうとこれも実はオレが眼を覚ます前から用意していたのであろう。メモとペンをこっちに投げ渡し、それを受け取ったオレは今思い出せる範囲をすべてこれに書き込む。
境も何かを書いていた。余分なものは見ないほうがいいだろう。オレはオレが見えるものだけを見ていけばいいんだ。

「ところで境」
境は書くのを中断してこちらを見る。
「あのメモにはなんて書いてあったんだ?」
やはり気になることではあったし、境も質問されると思ったのか、真剣な顔がより真剣になる。だがこれは聞いておかなければならないことの一つに違いないのだ。思い出せないオレ自身が書いたであろうこのメモの内容は、オレでは見ることができないのだから。
「あまり深いところは言えない。ただ一ついえることは、俺の理解している範囲内でお前が一番の最重要人物ってことだ」

「それはなぜ?」
「言えない」
そう言うと再び紙に眼を戻し、また書き始めた。それ以上何も言わないということは、何も教えてはくれないということだから俺も思い出せることは全て書いておくことにしよう。
「今日はこれで帰るけど、言われたものはなるべく早く何とかするよ」
「ああ、頼むよ」
あれから二人で覚えている事、今思っていること、これからの事をメモに記入した。
もちろんオレの分は素に戻った境に渡した。渡す理由を聞いたら「管理するという事はその対象を理解しなければならない」からだそうだ
「ああそうだ。色、最後に聞いておくよ」
「ん?」
「紅葉はどうするの?」
どうしてこいつはこう察しがいいのだろう。まさかエロゲのやりすぎ・・・・いやいや変な想像はやめよう。
とりあえずオレが最初から避けていたことにここで首を突っ込んできた。
「どういう」
「わかってるでしょ?話を聞いた限り色に何かあった時には絶対横に紅葉さんがいたはずなんだ。それで色が一人だけ困っているなんておかしいよ」
最後まで答える前にまるでオレがどう答えるか知っていたように俺の答えを切った。そう、これも直感だが紅葉はこの件に関しては無関係であってほしかった。もちろん咲夜もそうだが紅葉はもっと違った意味で近づけたくはなかった。
「わかったよ、色がそこまで考えているなら僕もこれ以上紅葉さんは関らせないようにするよ」
「ありがとう、ところで咲夜はどうする?」
「どうするもなにも咲夜も無関係の位置にさせるんでしょ?」
「そ、そうだな」
なんだかな〜。やっぱり境は2次元にしか興味がないのだろうか・・・。いやいやいや、まだそうと決まったわけじゃない。ゲームをやりまくってるってことは人間自体にはまだ興味が残ってるはずだ。
しかもあるお方の思惑も実行させないといけないからなんとかこっちに引き込んでいくしかないか。結構な難問だった。
「じゃあ色、早速明日学校終わったらさっそく始めようか」
「え?なにが」
おっと、ちょっと考えてて聞いてなかった。なんかさっきからなんか言ってたようだが、まあどうせくだらない妄想話しだろう。
「で、なんだっけ?」
「はあ、今日の色はやけに呆けてるね。まあ色々あったからこれ以上何も言わないよ。それじゃあ明日学校でね」
「ん?ああ、じゃあ明日な」
軽く挨拶をして境は帰ってしまった。

境が帰ったので特にやることもなくなり、一旦リビングの扉をあける。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して部屋に戻った。
「ふう」
今日はいろいろあったせいかすこし疲れてしまったらしく、身体がだるい。
「あ、があああ!」
ふいに頭に激痛がはしる。安堵していた隙を疲れたせいでかなりひどく、痛い。
「あ、あた・・・まが」
とても眼を開けていられる状況でも立っていられる状況でもなく、その場に倒れこんだ。不幸にもこの激痛にのせいで気を失うまでにはいかず、倒れたまま痛みに耐えるしかなかった。地獄のような頭痛だった。
そのまましばらくの間激痛が走る間、脳にあるイメージが入ってくる。
誰かと自分の家で食事しているところ。
誰かに勉強を教えているところ。
誰かと一緒に登校しているところ。
そして誰かと笑っているところ。
オレは、その誰かを全員知っている。
これは・・・親父にお袋?
外の光景も入ってきて、何故家族と一緒に食事をしている?何故オレはあの部屋で寝ている?そして、ここは?まるで文房具屋みたい・・・というか文房具屋に違いない。まさに文房具が店の三分の二を占めていて、残りは本が置いてある。もちろんそこには店員の姿にレジもある。ただ自分がいる場所はそこではない、その店は二階建てなのか階段があったのを覚えていて、そこを上がるとそこは鼻に付きそうなインクや絵の具の匂い、新品の筆や木や金属の匂いが充満しているのがわかった。
(一体これは・・?)

それから次々に色んなものが見えた。
学校。見たことのある友達。お気に入りの風景。ある文房具屋での1シーン。そしてそこでのお客さんと他の店員さとのやりとり。
他にも色々なことをした事が頭に入っていった。そんな見に覚えのない光景とイベントが三回にわたる昼夜の逆転と、月が支配する夜の空が脳にインプットされた。
だがそこにはただ一点だけ違う空がある。
それは、月が・・・・昼間には見えていないという事だけだったんだ。それはつまり、オレの知らない場所だということだろう。
「は、はぁ・・・はぁ・・・・・・にい・・ん」
最後の夜が終わったところで痛みが徐々に引いていった。
「あれは一体なんだったんだ?」
正直なところ、見に覚えのないことばかりだった。
「いや、見に覚えのないっていうか・・・あれ?」

また思い出せない自分がここにいた。思い出せることは唯一つ。頭が痛かったことだけ。色んなことを、大事な事を、忘れてはいけないことを見たはずなのに思い出せない。そんな自分が何故かとても悔しく、悲しく、無力だと強く心が想うと、少し泣きそうになった。
でもこれくらいじゃ泣くこともできない自分がいることがまた、ひどく悲しかった。
「なんで痛かったんだっけ?ただの頭痛かな」
まだ痛みが残っている頭を抱えながら空を見上げるとすでに空は暗くなっている。苦しんでいた間に世界は夜になっていたみたいだ。仕方がないのでカーテンを閉めると急激な眠気に襲われた。そこでオレは疲れていることを知る。水を一口飲みベッドにダイブしベッドにうずくまると、適当に布団を抱きかかえるように横になった。もう何がなんだかわからない一日だった。
この三日間、何回言ったか分からないくらい「分からない」「忘れた」を繰り返しただろう、今思えば自己嫌悪に陥っていたかもしれない。だからこそ境に協力とうか助けを求めかも、と思った。
今すぐ眠りに就きたい一心で枕に顔を擦り付けるようにうずめると、湿った感触がした。
それは他でもない自分の涙だった。
何故泣いているのかもわからないということがわからない自分がわからなくなった。これでまたわからないが+3された。
ただ本当に自分が泣いているという確証がほしくて眼に付いた水分を指で拭った。
そこで一日の記憶が途切れた。

空はもう太陽が堕ちているが、また月が上り始めている。
まさに空は自の居場所だと言わんばかりに、それが勘違いだと知らずにまたのぼり始める。
本当のこの世界の夜の支配者は、自らが作り出した幻想たるこの世界を堪能するためにこの世界のどこかに居続けて楽しんでいる。もしくは暇を持て余しているというのに・・・オレ達を踊らしているのかもしれない。
何も知らないピエロ達は、きっと自分が道化だということも知らないまま舞台を降りるだろう。


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