「おはよー」 「おっはよー」 「おはようございます」 時刻は8時20分。朝、正門が閉まる10分前はいつものように生徒で溢れかえっていた。校門を通りすぎる生徒達の快活な挨拶が飛び交っていた。 「秋山君、どうしたの?」 「いや、本当に戻ってきたんだなと思ってさ」 一緒に登校している紅葉の心配そうな質問に率直な感想を述べた。 「そう・・・だね」 それっきりオレも紅葉も無言で正門を潜りぬけていった。きっとまだ現実に実感が追いついていないのだと思う。 昨日、オレが眼を覚ますとそこは病院の一室だった。 周囲には並べられた医療器具と誰もいない3つのベッドだった。 状況の確認が終わると、自分を確認していった。 境の事、咲夜の事、紅葉の事、白衣を着た二人組みの事、あそこが夢だということ、全て覚えていた。もちろん、兄さんのことも。 オレが兄さんの事で取り乱さなかったのはきっと、全部覚えていたせいだと思うのだ。確かに兄さんはもうこの世にはいない。でもあの時のような喪失感はない。だってオレの中にみんなの記憶が詰まっているから。 少しして病室の扉が開くと、境と咲夜と紅葉がいて、白衣の二人組みもそこにはいた。まるでオレが目覚めたことを知っているかのようだった。 それからみんな検査を受けて、無事に退院することができた。 特に体への異常がないことから、オレは登校することにした。 当たり前のことだけど我が家には母がいて、父がいる。二人は僕の顔を心配そうに見ていたけど。もう大丈夫だよ、と一言伝えると安堵の表情を浮かべて頷いた。 体が記憶している通りに家をでると、まだ登校している生徒はほとんどいなかった。 夢の世界で過ごした半年間(実際は3日間らしい)での生活リズムはしっかりと体に刻まれていた。一回引きかえそうかと思ったけれど、ある記憶からそのまま登校することにした。 いつもの道をあるき、いつもの場所で紅葉と合流し、いつものように登校した。たとえ現実ではない場所で見に付けたいつもだったとしても別段気にはならなかった。唯一つ気になったのは、紅葉がオレのことを名前で呼ばなくなったことだけだった。 教室に入るなり、クラスの視線がオレに集中しているのがわかった。まあ休み明けにいきなり女子と登校してくれば嫌でも注目の的になる。でもオレはそこで質問攻めになることはなかった。 クラス全体が動き出す前に、ある女の子が動き出したから。 「あ、おはよう」 「うんおはよう。紅葉、話があるから着いてきて」 「待ってよ咲夜ぁ」 (借りるから) 強引に紅葉を連れ去っていったけれど、オレとすれ違う一瞬口を少し動かした。口パクだけど言った意味はわかっているし、頬がほんのり赤かったから別段なんとも思わなかった。たぶんだけど、照れくさかったのだと思った。 「なんだよ」 クラス全体を睨みつけると、意外なことに全員が無関心を決め込んだ。 「哀れだね」 一言余計なことをいうような奴を除いては。 誰かが無闇に男女関係に口を出すと馬に蹴られても死んでしまう、とかなんとか言ったことがあるようなないような。
話が飛んで、朝のHR(ホームルーム)。紅葉と咲夜がよそよそしく戻ってくるなり、他の女子に捕縛されたため、オレには入る隙なんてなかった。境と話す気にもあまりなれなかった。話すことはまたあの夢の話しになってしまうのがわかってしまうからだ。みんながいるこの場所で夢の話なんかできるはずがない。 よって自分の席でボーっとしていると担任の増井年生(自称25歳)がのろのろと入ってきた。 「はぁ・・」 とため息をついているところを見るとまた余計な荷物を持たされたのだとわかった。増井先生はこの学校では若い分類に入っており、実際自称している年齢と同じ位に見えている。新任のため人気も人望もほとんどない。でもその不幸体質のせいで知名度だけは抜群にあった。 「もうっ、何で私がこんなめに・・・はっ!コホン。それではまず最初にみなさんにお知らせがあります。」 ザワザワとクラス全体がうごめきだした。その姿をみてクラスが一つの生命体のように思えてきた。 「え〜それでは転入生を紹介します。」 その一言で不安と緊張が衝撃に変化していた。オレは逆に不安感だけが増大していた。 「はいってきて〜」 増井先生が言うなり扉が音を立てて開かれ、クラス全体の眼も開いた。そして少しの間、目どころか口が閉じることはなかった。 ドアから現れたのは女の子だった、それもとびっきりの。腰まで伸びた長い黒髪。線の細くかつ美しい体のライン。そして胸もきちんと存在している。でも一番印象的だったのはクラスでも・・・いや、この学校の中でもトップクラスに入るであろう綺麗な造形をしている顔だった。 クラスの時が止まっている中、先生と転入生の時間だけはきちんと動いていた。 自己紹介してと言われると、美しい少女は黒板に自分の名前を書いていった。書きなれていないはずのチョークを完璧に扱ったその字はまるで教科書に出てきそうな字だった。 そんな見本どおりの字を見た瞬間オレは、オレ達は、一斉に立ち上がっていた。 「えー!?」 「あー!?」 「なんで!?」 「ちょっと待ってぃ!」 オレ達のあまりの驚きに臆することなく転入生は、そのあまりある容姿で作り出せる最高の笑顔でこういった。
「お世話になりますね」
外には太陽が昇り、光で満ちていた。 もう、とっくに夜は明けていたのだ。
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