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作品名:夜明け 作者:キョウ

第28回   黎明3
 色と紅葉がいた。二人は寄り添い、手を握っていた。色の目元は真っ赤に晴れ上がり、気力体力共に限界も迎えていた。紅葉はこの制服を着ていて、「遅くなって悪かったわ」とでも言いたげな表情していた。そうして二人は一緒に屋上にたどり着いていた。まるで、恋人のように寄り添って。
「お待たせ」
二人の自然さに思わず我を忘れていた境と咲夜だったが、紅葉の言葉にようやく正気に戻った。そして、異変にもやっと気がついた。
空が変化していた。時刻はまだ昼過ぎの1時だ。にも関わらず空はほの暗く変色していた。
音もなく傘は輪郭を失い、色を失って消滅してしまった。傘を創造した咲夜が傘の存在意義を失ったため、消滅を望んだため、傘は咲夜の望むように消え去った。
二人が空を見上げれば、月はもうとっくに太陽を食べきっていた。口から漏れる光だけが世界をなんとか日中へと押し留めていた。
雨はまだ止みそうもなかった。
境時雨は思う。
(ここが終着点か)
 初花咲夜は思う。
(紅葉?それとも絆さん?一体どちらなんだろう?)
 華霧冬至は思う。
(もう十分か)
 守木雪は思う。
(大分遠回りでしたが、これでやっと・・・)
秋山色取は思う。
(ここはどこだろう?)
 そして、長月紅葉の体をした桐矢絆は思う。
(まだ決定は後でもいい。生きてからでも遅くはない)
「じゃあ、オレと雪は先に行っているぞ」
「冬至。よろしくね」
 冬至は何も言わず、口元を緩めただけだった。雪はまだ景色を見続けていた。目の前に広がる世界を眼に焼き付けるかのように。
「雪・・・さん?」
「みんなを頼みましたよ、咲夜さん。」
「あ・・・・」
そうして二人は光の粒のように、世界から退場していった。
 まるで、咲夜が作りだした傘のように・・・。

 境は付けていた腕時計を取り外す。この世界と本来の世界とでは時間軸がまるで違い、この腕時計はこの世界での時間を示していたものだった。それももう時間なんて関係なくなった。何故なら、腕時計の秒針は止まってしまったからだった。
 いつまでたっても夜光から夜になることはないのだと思った。
「もう、終わりでいいんだな?」
 境の口調が変化する。それに答えるように、そしてあわせるように紅葉の口調も変化した。
「ええ、もうこんなところ、必要じゃあないもの」
「一つ、いいか?」
「ええ」
 紅葉は色の両手を握り、胸に顔を寄せた。色っぽい仕草に見えるようだけど、片割れの色は何の反応も示しては折らず、咲夜と境には自虐的にしか見ることができなかった。
 無反応の人形に依存しているようにさえ思えてならなかったからだった。
 ここからでも伝わってきていた。色はもうとっくに状況に深く絶望していることに、現実を知ったせいで、現実の世界でのとおり憔悴してしまっているのがよくわかった。目が赤いのは雨のせいではなく、体ではなく心が疲れて見えた。
「なぜ突然になってやめる気になったんだ?あんたはあんなにもこの世界に固執していただろうに。それに向こうに戻ったらあんたの体は・・・」
「それはきっと私・・いいえ、紅葉のせいだわ」
 紅葉の体で絆はそう告げた。
「どういうこと?」
「それはつまり、あんたが紅葉の体を使っているからか?」
「間違いではないわ。そうね。私はこの半年間、この子の体を通してあなた達と接してきたわ。そのせいか、私の意志はこの子に汚染されてしまった。初めは自分自身のためにあなたたちを巻き込んでいたけれど、今はその考えが苦しい。」
 淡々と喋る姿は絆だったけれど、その思いは紅葉に似ているなと二人は思った。
 確かに自分の欲望が人一倍強い紅葉だった。けれど、自身の欲望だけを貫き通した結末を知っているのも紅葉の性格の一部だった。
 自身の精一杯の行動し、真剣に協力し、他人に依存するのが長月紅葉という女の子だった。繕わず、人を愛している女の子だった。そして何より、孤独を何よりも嫌っている女の子だった。
 そのことは二人はよく知っているし、気に入っている部分でもあった。
「だからもうこんなことはおしまいにしようと思っていたところへあなたたちが押し寄せてきた。もちろん最初は意味もなく抵抗したわ。それでも私はこれ以上あなた達の足を引っ張るような真似をすることはできない」
 それぞれの未来が向こう側にはあるのだから。すでに決定した死を迎えることを望んでいる私に付き合う道理はもうないのだ。
「順番だから。もう行ってもらうわね」
 「あ」と声が漏れる。境と咲夜の体は光を発し始めた。体中からは泡のようなものが溢れ、徐々に体が薄くなっていった。光の泡が体から溢れれば溢れるほど、体中の力が抜けていった。
「絆・・・さん」
「おい咲夜ぁ」
 もうすぐ消えてしまうというのに、この世界から剥がれてしまうのに、咲夜は光の体のまま絆に歩み寄る。そんな咲夜が見ていられなくて、境もあとに続いた。
 絆はため息をついて、色からそっと離れた。二人の手が重なり合った。
「もう、本当に咲夜は仕方がないなぁ。ほら、泣かないで。どうせ後から会えるでしょう?」
 目尻から零れる水滴を指で絡めとる。そんな二人はいつか見た、紅葉と咲夜のやりとりに見えすぎていた。
「うぅ、そうだけど。もうここともお別れなんだなと思うと悲しくなっちゃって」
「来なさい」
「・・・うん」
 咲夜は親友の腕の中に入りこむと、わんわん泣き始めた。
 そんな二人をよそに境は残された色と対峙していた。
「なあ色、大丈夫?」
「・・・ああ」
 表情は変わらずの無表情で、目は虚ろだ。この世界は心で体が形成されている。気分がいい日は体の調子は良くなるが、悪ければ体も同時に悪くなる比例関係にあった。
 世界が終わりの兆しを見せ始めたのは色が目覚め始めたときからだ。
 色がこの世界の出来事を覚えようとしたり、それに関する出来事を記憶しようとしたとき、色は例外なく記憶が削除され、頭痛に悩まされていた。記憶を削除されるのは、冬至のせいだが、頭痛に悩まされたのは色本人のせいだった。色は無意識のうちに兄と、本当のことを思い出すのを拒否していた。皮肉にもそんな色だったからこそここまでこの世界は成り立っていた。
 境は死人同然の色を見ても何も感じてはいない。同情とか、励まそうとか、そんなことはまるで考えてはいなかった。故に心は通常そのものだ。なのにどうしてか、体がなんとなくだるい。
「まあいいけど。ちゃんと僕達を追って戻ってきなよ」
「ああ」
「本当に本当?」
「ああ」
「戻ってきたら彩人さんのお墓参りに行こうね」
 その瞬間、色の頬がかすかに動いたことを境は見逃さなかった。
「咲夜、もう行こうか。これ以上はもう持ちそうにない」
 すでに気がついていた。辺りはもう何もないということに。校舎があり、屋上があり、太陽があり、月があり、空がある。けれど、他には何もなかった。境達の場所からでは校舎がどのような場所に建っているかもわからないし、空の下がどうなっているかも知る術がなかった。
 世界は崩壊しかけていた。
 一言だけを蓄音機のように再生することができないとしても返事と一瞬だけ反応を示したことにより境はすでに納得していた。
 周囲のことなどまるで意に介していない咲夜は、名残惜しそうに絆と指だけを絡めていた。だが、境の言うとおり、もう咲夜の体は向こう側が透けて見えている。
「急になぁに?」
 世界の主は咲夜から視線を外した。そこには思わぬ人物が手を差し伸べていた。
「ちゃんと紅葉と色を戻したら僕も君のと・・と、友達になってあげるよ。」
 顔を赤らめ、ドモってしまった境のあまりの意外さに二人の女の子は思わず笑い出す。
「な、なんだよ二人とも」
「ふふっ、なんでもないわ。そうね。帰ったら考えてあげるわ」
 左手の先には咲夜がいて、右手の先には境がいた。
 両手の空白を埋めてくれただけだというのに、絆の心はもう空っぽではないと感じた。まだこの感情と、気持ちをなんというかは知らない。だから絆はただこう言葉にするしかなかった。
「バイバイ」
 初めて見る絆の笑顔がそこにはあった。確かに顔は紅葉だけれど、どうしても絆に見えて仕方がなかった。
 二人の反応を惜しむように握手していた両手をぐっと握ると、二人は光になってはじけていった。
 楽しさが消えてしまった。


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