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作品名:夜明け 作者:キョウ

第27回   黎明2
「用事を思い出したわ」
 そういって桐矢絆は部屋を飛び出していってしまった。
 彼女はこの世界では紅葉だった。意思が強く、誰にも優しいどこにでもいるような女の子だった。ただ、本当の紅葉がそうなのかまでは思い出せなかった。
 ここは夢だから本当なのかもしれないし、実際は違うかもしれない。
 この世界で確証を持てるのは、自分という確固たる意思をもった自分自身だけだった。
 そんな自分だけの意思を持ち合わせていない紅葉の体をした絆は、最初の言葉と、冬至に一言呟いていってしまった。
「絆さん遅いね」
「ああ、そうだな」
 咲夜は壁に持たれかかりながら足を上下させ、そんな咲夜の横に座っている境は、何をするわけでもなく空だけをじっと見つめていた。
 現在は学校の屋上だ。時刻はすでに正午を回っている。絆がホテルを出て行ったあと、残った全員も同様にホテルを後にした。そのとき守木雪にぼそっと呟いた声は境にも聞こえていた。
「ここもおしまいだな」
 一体何のことか、想像はできたけれど、証拠なんてどこにもなかった。頭で考えてもわからない。これ以上考えていたらただの机上の空論に成り果てるのみだった。
 そうして、冬至につれられてやってきた場所がここだった。ここにいったい何の意味があるかは冬至自身もまだ確証は得られていないけれど、きっと何かしら重大な意味があるのだと思っている。
「おいおっさん」
「黙れ」
「なあ、おっさ」
「黙らんとしねがぁぁ!」
「お前がなー」
 膝を突く30過ぎの男性と、腕を振り下ろす女性の姿の組み合わせはとても衝撃的でバイオレンスな空気しか孕んでいない。けれど、境と咲夜からしたら、そこまできつい光景ではなかった。
「まあいいけど。・・・それにしても、雨やまないなぁ」
「ん〜そうだねぇ。あっ、そうだ。時雨、見てみて!」
 壁にもたれかかっている二人は中々濡れてはいなかった。しかし冬至と雪の二人は屋上のほぼ中央にいるにも関わらず、染み一つつかず、乾いた姿のままだった。
 なぜならば、ここは夢だから。
 夢の世界で咲夜はうれしそうに、右手を天に向かって振り上げた。あげた右手の先、真上の空には、すでに黒く染め上げられた月があった。
 白い線のようなものが宙を縫う。オートでくみ上げられているようで、その実はマニュアルで組み上げている白い線は、こうもりを連想させる形状へと変化を遂げた。そして
「傘の出来上がりー!」
「おお、すごいすごい」
「いつの間に。咲夜さん、素晴らしいです」
 咲夜は「へへ」とはにかんで傘を広げた。実際咲夜はそこまで濡れてはいなかった。もうずいぶんと雨に打たれているはずなのに濡れていくスピードがあからさまに遅い。だから本当ならば、傘なんて必要なかった。けれど咲夜は傘を欲し、作り上げた。
 それは、雨がいやだったからか、月が嫌だったからか。
「ねえ咲夜。僕も入れてよ」
「え?・・・えぇ!?」
 突然の境の申し出に顔を真っ赤に染め上げながらコクンと首を立てに振った。境はその仕草を確認すると。とても自然な動作で傘に入り込んだ。
 それからは、ずっと待ち続けていた。
 傘に守られた二人は何を話すわけでもなくただじっとしていて。屋上のほぼ中央に位置する場所で、華霧冬至は月を眺め続け、時折タバコをふかしていた。守木雪は鉄柵に両腕を乗せて、偽りの風景を眺めていた。
 ただ、沈黙が流れていた。
 ここ数週間。自身のことと、色や冬至達、そして絆のことと様々な出来事が一斉に飛来していたため、こうした時間を過ごす余裕はほとんどなかったといってもいい。人は忙しい状況になると静寂を欲し、暇な状況になると用事を欲する生き物。
 時刻は13時。あれから一時間しか経過していない。にも関わらず月はもう大分傾いていた。それが一体どういうことなのか?それを説明するために有る人物がこの静寂を粉砕した。
「この月は、絆の精神構造を元に形成されている」
「おっさん、なんだ急に」
「五月蝿い黙れ」
 ドスドス!と側面からの攻撃に対応できない境は胸を抱えてうずくまる。冬至は安心して言葉を続けた。
「前にも言ったことだけど、この世界は絆の夢の世界だ。だが例外が二つだけ存在する。それは太陽と月だ。太陽は君たちがいつもどおりに生活できるときだけ現れるいわば君たちの意思の結晶だ。月は絆が無意識に作り出した夜の象徴。それは、絆が君たちの生活に耐え切れなくなった意思表示でもあり、タイムリミットの役割を担っている。ただ、その月もここ最近では太陽を覆いつくす時間が早まってきている」
 それが一体どういうことなのか、二人は想像する。けれど、やはり絆の気持ちなどわかりはしなかった。
「冬至さん。それって一体」
「さあ?あの子が君たちに抱いている憧れが強すぎるためか、それとももうこの世界での生活に飽きつつあるのか・・・僕にもわからないね。まあ・・・おっと、来たみたいだ」
 冬至は咥えていたタバコを落とし、踏みつけた。全員が一斉にある一点を見つめる。キィと音を立てて、視線の先にあった屋上の扉がゆっくりと開いた。
 


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