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作品名:夜明け 作者:キョウ

第25回   25
 急な展開から、咲夜は桐矢絆の配下になった。
 成り立ちは友好的とはかけ離れているけれど、すでに関係は築かれた。


「なるほど、大体わかった。」
「あら、さすがは没落博士の子孫ね。そんな眼を向けないで、ただの真実じゃない。まあいいわ。それで、あなたたちはどうやったら出て行ってもらえるのかしら?さすがの私も強制退場は保留にしておいてあげる」
「わかっている。だが、一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
何かを察したのか、絆と呼ばれた少女に表情にかすかな変化があった。
しかし、その変化に気がついたのは、白衣の男だけだった。
「紅葉さんを起こしたら、君は元の体に逆戻り?」
境が絆を見る眼は、敵意と悪意に満ちていた。表情からは読み取れないが、雰囲気と視線の先にいる少女にははっきりとわかった。
絆は苦虫を潰したような気持ちになった。境の意見は実に的を得ている。先ほどの冬至の言葉の通り、絆は紅葉という椅子を無理やり勝ち取ったに過ぎない。内面は絆でも外面は紅葉。つまり紅葉の皮をかぶっていたようなものだった。
これで境と咲夜はまた一つ真実に近づいた。世界というパズルのピースを一つ得たため、その断片から新たなピースを選びとることができた。ただ、それをどこにはめるかまでは行動してみなければわからないことである。
「別にいいけど、水風船って知っているわね。もしゴムが破裂したらどうなるかも知っているわね?」
首を傾げる咲夜をよそに境の思考ははっきりと理解を示す。
水風船でたとえるならば、絆が風船で色と紅葉が水と空気だ。水と空気がなくなったとしても、水風船はただの風船に戻るだけ。しかし、水風船の風船が急になくなったとき、中身は一体どうなってしまうのだろうか?間違って風船が破裂でもすれば、きっと水と空気は、行き場をなくしてしまうのではないだろうか。
だから、二人をそのままにして絆だけがいなくなってしまうわけにはいかないのだ。だが、それは境と咲夜も同じことが言える。だから境はとても慎重に、挑発していた。
「それは、取引に応じても?」
「まさか。あなたたちが出て行ったらそれでいいのよ。つまりこれは命令よ」
「それこそまさかだね。だって君には俺達をどうこうできる権限なんてないんだから。」
絆の眼が大きく見開き、冬至を見る。冬至は、できるだけ口調をやさしくした。
「残念だが、それを決めるのは僕だよ」
「じゃあ早くこの人たちを!」
「いいかげんにしろ、絆!もうこの世界は飽きた・・・よ」
 その言葉に何を感じ取ったのかはわからない。絆は冬至の胸を叩く、何度も何度も叩いた。力なく叩くその様はないているようでもあった。
「だって、ここからでたらまた生きないといけない。冬至は死なせてもくれない。あの世界で、あんなつまらない世界で、どうやって生きていくの!苦しみ続けるのはもうたくさん!もういやぁ・・・・もう・・・いや。ねえ、私、一体どうしたら・・・いいの?」
 目尻に涙を浮かべ、声をあらげ、ぶちまけるように冬至に問う。冬至は何も答えない。すでにその返答は絆に伝えてあった。だから改めて答える必要はなかった。
「じゃあ、簡単ね」
 一同が声の主のほうを見る。
 咲夜の表情は至極全うで、いつもと変わらなかった。
「一緒に目・・・覚まそうよ。そうすれば怖くないし、私達がいるからつまらなくないでしょ?」
 絆の心は揺れ動いていた。一緒とか、仲間とか、友達とか、そういった関係はもう自分とは無縁のことだとばかり思っていたから。そして、紅葉のままでここ半年間の幻の中、確かに彼女は楽しいと感じていた。こんなことがいつまでも続けばいいと思っていた。
 だから彼女は少しだけ素直になる決心をした。
「しょうがないなぁ、咲夜がそう言うのなら」
 絆はふっと笑うと、それを見た冬至も少しだけ口元を緩めた。

 初めから心に重荷なんて乗ってはいなかったのだ。
 勝手に追い詰められ、勝手に落ち込んで、勝手に逃げただけだった。


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