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作品名:夜明け 作者:キョウ

第24回   24
外は雨が降っていた。だが強くない、強くはないがとても細かい粒だった。ミストのように降る雨は、まるで静かに泣いているように見えた。さっき窓から見たときは雨なんか降っていなかったのに。
「急ぐか」
冬至の独り言を無視して境は問う。
「やはりここは色の心情世界ですか」
 境は先ほどの色を見て感じていた。全てを破壊し、拒絶しなければ耐えられそうにないあの表情が忘れられない。全てを拒絶し、あの出来事さえなかったことにしたいのかもしれない。色はそんな表情をしていた。悪意に満ちた表情の中に微かに怯えが存在していたから。
「全く、君は少し探偵がすぎるな。いや、君達だからこそわかることなのかもな」
「でもこの世界は大丈夫ですよね?」
「ああ、そのために紅葉君を手中に納めた。彼女がいるかぎりこの世界は壊れない。では急ごうか、でも焦るなよ」
 男は言った、彼女が水槽なら彼は中の水だと。
「どこに行くんですか?」
「墜ちぶれた女神様の所だよ」男はふっと笑うと走る速度を速めた。

 境達は冬至の言うとおり焦ることなく走しると、不思議と息が切れる事はなかった。境達は駅前に辿り着くと、上からは未だに水が落ちてきているが人がちらほらいた。始発で帰る人やこれから会社に向かうと思われる人と様々だった。
雨に加えて冬真っ只中のせいか、空は暗い。月はまだその存在感を不気味に発し、太陽はまだ重い腰を上げようともしない。すでに朝の5時は回っていた。

「うぇ、朝から面倒だな」
咲夜はぼやくが境は違う事を思っていた。
(夢幻か)
 そう、ここは夢の中なのだと、たしかに境自身も目の前に人が存在しているが実は誰もいないのだ。実際に周囲に人がいるがそこまで行くと誰もいないのだ。そうしてここは現実ではないと理解するが納得はできなかった。
「そんなものですよ」
 と前を走っている守木がこちらの意図を察するかのように囁く。
 駅前には多少デパートなどがあり、それだけでもこの町はあまり都会ではない、といった印象でさらに横道にはいり真っ直ぐ進むとホテル街があった。ホテル街といっても如何わしいホテルも確かにあるが、大部分はビジネスホテルやカプセルホテルといった至極真っ当な宿泊施設がそろった場所だ。
 とあるホテルの前で止まる。終着点。 ホテルは特に変わった所はなく、一言で言えば「平凡なホテル」だ。それでも違和感がある。境と咲夜は冬至と守木が先に入ると気が付いた。ホテルは周りの風景に溶け込み過ぎている。まるで砂浜にある一粒の砂のように集中しないと見失ってしまうくらいこのホテルの存在は薄かった。目の前にあるのにも関わらずに・・・。
 境と咲夜は互いに見て、境が先に中に入り咲夜が後に続いた。ホテルは普通、ロビーが存在するが、ドアを潜ると、そこはすでにある一室が広がっていた。窓の外は地面からはるか高い場所に位置して二人は混乱した。
「申し訳ありません、驚いたでしょう?」
「はい、でもこれはどういう事ですか?」と入り口の横からトレイにコーヒーを持った守木に咲夜が答えた。
「そんなことはどうでもいい!それよりうちのお姫様はまだか!?」
 冬至はイライラした様子でぼやいている。冬至は窓側のベッドに座っていてベッドの真ん中には紅葉が丁寧に寝かせられていた。

「本当に申し訳ありません」
 守木は部屋の中心にあるテーブルに人数分のコーヒーを置くと、トレイで冬至の頭を叩いた。 うめき声が響く。
「このホテルは私達が作ったものです。だから入り口とこの部屋はつながっていたんです。全く、この人は本当に面倒臭がりなんですよ。一度面倒だと思ったら省ける所はとことん省き、ここもそうやって短縮された場所なんです」
「なるほど」
「雪さんってなんだか奥さんみたいですね」
 守木はコーヒーを吹き出しそうになりなからもなんとか飲みこみ「悪い冗談はやめてください、心臓に悪いです!」と頬を染めていった。
「んなこともどうでもいい、一体いつになったらがぼぉ!」
今度はトレイの側面で頭を叩いた。こんどはかなり痛いらしくうずくまってしまった。

そこで境と咲夜が凍りついた。二人は驚きを隠さない・・・隠せない表情で前を見ている。眠っていたはずの紅葉がいきなり起き上がったからだ。まるで本当に朝だから起きたような、そんな目覚めで、そのあまりの自然な動作に二人は驚いていたのだ。紅葉は上半身だけ起こし、ぼうっと前方の壁を凝視している。
「やっと起きたか」
冬至は紅葉の背中をやさしく支えた。差し伸べた手の動きは本当に手馴れていて、その瞬間、本当にこの人は医者なのだと実感した。
「絆、大丈夫か?」
紅葉である人物に、向かって全く違う名前を呼ぶ。冬至は、優しく、とても優しく背中をさすった。驚きが驚愕に変わった。
「まったく。お前は無茶しすぎだよ。夜、あの子の体を乗っ取って遊びたい放題。これじゃああの子もお前も精神が崩壊するぞ。わかっているのか?」
初めて冬至の優しい一面をそんな垣間見た二人だった。そんな二人を紅葉・・・いや、絆はじっと見ていた。
「おじ様。この方たちはもしかして」
「ん?ああお前も見ていただろう?オタクとツンデレだよ」
「だれがオタクだ!」
「だれがツンデレですか!」
二人は同時に突っ込んだ。これぞ阿吽の呼吸というものか。
「あなたが・・・」
「はじめまして、桐矢 絆です。咲夜と時雨ですね」と紅葉の笑みで、紅葉の口調で、紅葉の仕草を完全に真似た・・・いや、紅葉の仕草そのもので紅葉と全く別人の雰囲気を漂わせた。その人物が、この世界の主である絆だった。そして、さらに続けた。
「それで、一つ質問があるのだけどよろしい?」
すこし変わった話し方するのが疑問になったが、冬至と知り合いというフレーズが頭を過ると何故か納得してしまった。二人は静かにうなずく。
 しかし友達の姿をした赤の他人は、紅葉の口からは絶対にでない言葉を的確に選んだ。
「あなた達、いつまでいるの?」
まるで害虫をみるような眼。見下し、嘲り、罵り。空気は一変し、まるでガラスが壊れたような音でもしたかのように壊れた。崩壊。
わなわなと怒りに燃えながら咲夜は立ち上がり、境は目尻を抑えた。
「あなた、一体何様なわけ!?」
部屋中に響く女のヒステリックな叫び声。
「女王様」
冷たく言い放つ。その言葉には嘘や見栄といった類の感情は込められていなかった。そのままを、ありのままに、率直に自信の存在価値を定めたのだ。利己的で自分勝手で、究極的なまでのエゴイスト。
「なにそれ?この世界がまるであなたの支配化にあるような口ぶりじゃない」
「その通りだけど。もしかして、あなた馬鹿なの?」
咲夜との差を実感し、そのことを突きつける。絆は考えを隠すようなことはしない。ただ、見せ付けるのだ。咲夜は負けまいと抵抗を示そうとする。
「ふん!そっちこそこんな世界に逃げ込んだりして、いい加減あきらめたら」
「あら?人のこといえないわよね?確かあなたって・・・」
「僕?」
絆は境をちらりと見た刹那、さすがの咲夜も理解したのか。頭よりも先に体が動く。飛ぶようにベッドに飛び込み、絆の口を(物理的に)封じた。口を押さえた手を絆の指先が触れる。これでは話せないという仕草をさっし、手を話すと、周囲に聞こえない声を出した。ヒソヒソ話だ。

「絆・・・さん。どうして?」
「さて、私の姿は今誰でしょうか?」
「紅葉の体をあなたが乗っ取っているんでしょ?それはわかってるわよ・・・・ってまさか!」
まさかの部分だけが周囲に聞こえ、残りの三名は首をかしげた。冬至と雪は、まだ咲夜のことをよく知らず、境はこの状況下にまだなれていないのか、いつものように咲夜と紅葉が遊んでいるようにしか見えなかった。
「そう焦らないでよ。し・ぐ・れ・君」
「〜!!」
瞬時に咲夜の顔が真っ赤に染まり、口が金魚のようにパクパク動く。
咲夜にとって、この世界の重要性はあまり高くはない。確かに巻き込まれたという事実はあるが、解決という件にいたっては、自分の存在理由が一番低いということを自覚している。世界を調整する役割を持つ華霧冬至。自身と同等の体術使いで万能という言葉では表せないほど能力が抜きん出ている守木雪。行動力と知性を兼ね備えた境時雨。この世界の生命維持の役割をもつ桐谷絆。そして世界を動かす役割を担う秋山色取と長月紅葉。さて、自分は一体なんの役割をもっているのか?そんな自問をした末に得た答えは、「無し」だった。だからこそ、咲夜は他よりさして緊張はしてはいない。たとえ、表面上は切迫しているように見えても、だ。
「それで?あなたは私に何を求めるの?」
「や、黙っててもらえないかな〜って」
「あら?さっきあなた、人のこと逃げてるとかなんとか言ってたわよね?人のこと言えるのかしら。まあもっとも、ここで私がすべてばらしたらこれで晴れてあなたは自由の身よ」
「ちょっとまって!それだけはぁ!せめて、せめてお慈悲をぉ・・・」
「そうね・・・これはどう?あなた、私に尽くしなさい」
「いい加減にしてよ!」
脅迫的ともいえるようなこの言葉はさすがに咲夜を刺激した。もう付き合えきれないという意味を孕んだことばを前にして、絆の口元はより一層不気味にほほえんだ。
「あ、時雨・・・あのね」
「この子は私が面倒みます!」
と絆の言葉を遮るかのように言葉を続けた。勢いがよすぎたため、一同はさすがに驚いた。
「違うわ」
しかしその言葉に反論したのは思いもよらない人物だった。それは絆だった。いや、反論ではなかった。
「私がこの子の面倒を見るのよ」
絆のことをある程度わかっている冬至は大爆笑しているよこで、雪と境はまだ驚き、?を頭の上に乗せていた。

いつしか、絆な咲夜と普通に会話が成立していた。けれど絆本人はまるで気が付いていない。
これが、咲夜の役割だったのだ。ただ、やはり咲夜もこのことに気が付いていない。
無意味な存在なんてありはしないのだ。



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