「とうことはここはその彼女の病室なんだね?」 守木雪はコクッとうなずいた。 「さすが察しが良くてたすかります」 そしてまた咲夜が床にうな垂れる・・・が何かに気が付いたようにガバッと立ち上がった。 足元には未だ気を失っている冬至の体が横たわっている。 「でも私達はその子のことなんてこれっぽっちも知らないし、聞いたことすらないよ?もしかしして、片割れっていうくらいだから色君となにか関係があるとか?」 「いえ、本当にあなた達4人とは何ら関係はありませんが、二人共こちらへ」 守木雪は立ち上がりベッドの奥にある窓へと二人を誘導する。 「あちらを見て下さい」 窓の外へ手を向け二人も外を見る。外は真っ暗で何も見えなかった。深夜の3時を回っているから当然のことではあった。すこしずつ視界に眼が慣れると回りの木や庭のベンチなどの輪郭が見えてきた。 しかしそれは当たりの景色の事であって守木が示した方角ではない。 二人はその方に眼を向けるとそこには白い部分が存在した。周りの黒色を否定するかのようにその部屋は白い、明るいという類のものとはまた違う明るさを持っていた。その白さの中うっすらと白とはすこし違う白が存在していた。 さらに眼を凝らすとそれは人影に見えた。それではまた表現がおかしい。先ほどの言葉を用いるなら白いキャンバスに白の絵の具で人型を描いたような、そんな白い人だった。 「あれは・・・色か!」 「色君?あれが?」 そこで守木は手で二人を窓から離すとカーテンを閉めた。 「これ以上は危険でしょう」 「危険ってどうして色君が危険なの!?」 「彼は今、記憶を取り戻しています。それはあの部屋でしか取り戻すことができません。何故ならその記憶はこの世界に関するものであり、また自分の本当の記憶です。」 守木はベッドを迂回し歩きながら説明をし、先ほどまで座っていた椅子に座り説明を続けた。 「この病院では彼の目的はあの部屋でありあの部屋で待ち続けることです。しかし先ほどのように彼を見続け彼に見つかってしまうと」 「今度は僕達の記憶奪うためにこっちにやってくる」 「ええその通りです。そうなるともうこの部屋ではかばいきれません。ですからまだこの部屋にとどまってもらう必要があります」 「でもそれとさっきの桐矢絆・・さん?だっけか、そのことどう関係があるの?」 そう咲夜が言うと守木は「え?」と驚いたがその表情に咲夜もまた驚いた。 「雪さん、すいません。このこはさっぱり理解できないみたいで、だからまずそのこ自身の話をしてくれませんか?実は僕もさすがにそこまではわからないので」 「そうですね、私も忘れていましたすいません。それではまず何から話しましょうか。」 「いや、それは僕から話そう、雪じゃ最初の方は聞いただけだろ?だったら当事者が話したほうがよりリアルだろう」 「あら、いたのですか・・・姿が見えないのでてっきり床と同化したものだとばかり」 「ははっ手厳しいねぇ」 珍しく冬至と呼ばれた男は守木を流し、話を始めた。 「あの子・・・桐矢絆は半年前この病院に運ばれてきてね。病名は・・・まあプライバシーのため秘密だ。ただあの時点で僕との接点はないに等しかったのだがね、だけど何の因果か僕とあの子は知り合いになっていたんだ」 「それはどうしてです?」と咲夜が聞いた。 「だってあの子は何回も自殺しようとしたのさ、それを僕が毎回止めていては嫌でも知り合いになるさ」 「え!?」今度は同時に声を発した。 「まあそんな顔しないでよ。僕は別に人助けしたかったわけじゃない。死にたいのなら人の邪魔のならない場所で死んでもらいたいものだね。だがあの子は毎回僕が昼寝で使用している屋上から飛び降りようとしていたのさ。さすがに僕としてもお気に入りの場所で自殺なんかされちゃあ気分が悪くなる。だったら話し相手になってもらったのさ、こっちも暇だったし何より今から死のうと言う人間の話はそう聞けるものじゃない。」 「ひどい人・・・でも悪い人ではないので安心しました、でも私だったらその子の話を聞くだけでも耐えられない」 「普通の人ならそうだろうねぇ。だが生憎と病院と言う場所は普通の場所じゃない。心に病を持っている人、障害や怪我、病気をもったいわゆる「普通」に生きられない人が集まる場所でね。そんな場所に居ればいやでも変人にでもなるさ。もちろんそれは自分の心を強く保てる人は例外だけど、そこの雪みたくね」 「へぇ〜」と咲夜が守木を見るとすこし頬を紅くしたが咳払いをし、「華霧さん」と話を進めるように促した。 「?まあいいだろう、それからはまあ普通の医者と患者の関係・・・ではないね。僕はあの子の担当じゃない所か所属がちがう。やっぱり話し相手と言うのが妥当だね、それでもあんまり話はできなかったよ。さすがに担当でもない無関係の医者が人目のつくところで話しては不味いだろう?だからそれを分かっていたあの子も昼になるとよく来ていたよ。まああの子にしてみれば病気持ちというだけで遠慮や同情で接してくる人に耐えられなかったのだろう。だからこそ僕自身も無闇に邪推はできなかったよ」 「でもそれだけだとなんか拍子抜けですね。てっきり僕はあなたがその子を追い詰めてこの世界に押し込めたのばかり思っていましたが今の話を聞くだけだと、あなたがいい人に聞こえますよ」 「時雨君それは誤解です。華霧さんとあの子の会話というのは別にただの世間話と言うわけではありません。だってこの人は死んでしまうかもしれない子と死の世界だの生きる意味だの、まるで生きる事自体が罪だといわんばかりの会話ばかり持ち出していると私は聞きました。普通ならそんな話はしません!」 急に怒鳴る守木を冬至は押さえつけるようになだめ、話を進めた。 「それはまあいいじゃないか。終わった事だし、それで・・・だ。そろそろ本題に入ろうか、どうして桐矢絆という人物が重要なのかを」 そこで一呼吸いれ、続けた。 「半年くらいたった頃だろうか、自体は急変してねあの子は昏睡状態になった、つまり植物人間だね・・・おや、驚かないのかい?残念だよ」 ふーと息をはいて残念がった冬至だったが境と咲夜は十分に驚いている。 二人は未だにそういった死の恐怖に怯えたことはない普通の人間だ。たしかにほかの人同様過去や自らのコンプレックスなど人格に影が存在してはいるが、それは自分自身がすでに持っているハンデであって後付けではない。故に桐矢絆という人物の持っていたであろう恐怖や不安を理解することはできなかった。 だからこそその話を聞いて驚く以上の感情が二人を押しつぶしていた。それを人がナント呼ぶかは私はわからない。 「ああそういえばたしかちょうどこん睡状態になったその日に雪が私の下に配属になったね」 「ええ、この人の第一印象は最悪でしたがそれは今はどうでもいいでしょう。しかし私も驚きました、あの一日で色んなことがありましたから」 そこで二人は昔を思い出すように笑いあったが、そこにはなにやら冷たい風が流れるような、そして敵対心がむき出しになっていて、境と咲夜はその事には触れないでおこうと誓った。 「と、とにかく!続きをお願いします」 その光景に珍しく境もオロオロしながら咲夜と二人をなだめようとし、そのことに守木は気が付きまた咳払いをつく。 「それであの子の事をこの雪に話したらこいつ、「助けたい」だなんて青臭いこと言い出してよ。まあこいつの事だ、助けられると思ったからこそいったんだろうが、無茶がすぎてな。あの子の親御さんに「自分も手伝える事はないか」と頼みにいったり担当の奴のところへ話を聞きに行ったりでもう僕がものすごく迷惑したのさ」 「それで雪さんは何をしたんですか?」 「この世界だよ」 咲夜は守木に聞くがそれを境が代わりに答えていた。 「境、どういうこと?」 境は立ち上がり紅葉が寝ているベッドに近づいた。ベッドには未だ眠り続けている紅葉の顔がある。遠くではわからないがその顔はいつもより蒼白でやせこけているように見え、すこし可哀相だなと境は感じ、紅葉の頭部の部分に近づき窓の方を向いた。 「さっき見せてもらった色が居た部屋だがここからよく見える」 「え!?そうだっけ?」 「ああ、その桐矢という子がここに来たのが半年前。そしてそのこが昏睡状態になったのがその半年後。そして色がこの病院に入院したのは今から約2ヶ月前だ。しかもこの部屋から色の部屋は筒抜けだった。たぶんその子はずっと色の入院生活を送っていたのを見ていたと思う。色の退院とほぼ同時期にそのこはこん睡状態に陥っている。たぶんそのこは眠り続けるのと同時に夢を見続けたはずだ。そして僕達をその夢の世界に送り込んだのがこの人達、というのが僕の推測だけど合っているかな?優秀なドクターさん?」 「まったく君をここに送り込んだのは正解なのか不正解なのかわからなくなってきたよ。だが惜しいな、途中まで正解だ。夢を見続けた、というところまではあっているがそこからはすこし違うよ」 「じゃあ続きをどうぞ」 「それじゃあもう面倒になってきた作しガハァ!」 「華霧さん」 冬至の頭を殴りつけ、前のめりになった所にボディブローを入れる。何故か守木は冬至を黙らせ、それを境達二人はただ見ているだけだった。 「ゴホン!それでは続けよう、たしかにあの子は夢を見ていたよ、だけどね、君達は別なんだ」 「別?」 「ああ、まず重要人物である、色君と紅葉君を眠らせて、夢を見る状態にした。彼らの見ている夢の波長を合わせ、さらに二人の夢をあの子の見ている夢に合わせたのさ。これがまず第一段階、だがこれだけでは役者が足りないと判断した僕は時雨君と咲夜君の二人をこの世界に送ったんだ。それはもちろんあの子を起こすためにね。色君と紅葉君は夢の世界を成り立たせるために必要で、君達二人はこの世界に歪みを起こすためにいれたのさ」 そこで咲夜が立ち上がり会話を中断させた 「ちょっと待って!ってことは私達って今現実世界では?」 「もちろんこの病院で眠っているよ?大丈夫、ちゃんと親御さんの許可はもらってあるから」 「「一体どうやって?」」 「まず時雨君が一番簡単だったなぁ、なにせ電話一本でOKだし。咲夜君は雪の色仕掛けと僕の話術と咲夜君が自主的にって名目でなんとかOK」 「そんなこといつのまに・・・しかも色仕掛けってなに!?」 「まあまあ、そして色君はまあ退院してからの落胆ぶりや堕落しきった生活を見かねていた親御さんをそこから頼んでOK。最後の紅葉君は大変だったなぁ色々やったけどとりあえず3日ほど借りている状態なわけよ」 そこで二人は氷ついた。3日という言葉が耳から離れなかった。 自分達はもう半年以上の年月を過ごしてきた記憶があるからで、色が退院してからと計算しても8ヶ月以上の年月がたっていることになる。 世界は現実とは違う時間軸の中ということになるが二人はここが現実ではないと頭ではわかっていても納得はできなかった。普段からこんなおかしな現象に出くわす事がない、といってもこんなおかしな現象自体がありえないのだ。 だからこそありえない世界だからこそ、ありえないことが起こるのだなと自分自身を納得させる事で理性をとどめた。 咲夜は横目で境を見る。さきほどの説明では自分達が現実でどういった状況にあるかも、どうやって親達を納得させたのかはさっぱりだった。 そんな中、境の件にだけ、少しだけ疑問を覚えた。 そして横目で見た境は咲夜が初めて見た顔であり、普段なら絶対見せない表情だった。 「それで?あんた達は僕達に何をさせたくてこんな事をさせた?」 冬至は「あら?わからなかった?」と意外そうにこちらを向き頭をすこしかいた。 「そんな難しい話じゃなかったのよね、単に君たちが普通にこの世界で暮らして、そして時雨君と咲夜君がこの事態に気が付いてあの子を見つけてここから出て行ってもらうのが僕の最初の筋書きだった。それはあの子はこの部屋から色君の入院生活を羨ましいと感じていたからね。でも今は違う、君達4人と僕と雪であの子を説得するというのが今の作戦さ」 横で座っていた守木雪は立ち上がる。 「華霧さん、そろそろいいでしょう。二人共、なにか質問はありますか?」 「ああ、二つほどあるけどいいか?」 「ええどうぞ、ですが時間はあまりありませんが」 境はすこし唸ってから質問を始めた。 「まず一つ目、この世界での力の使い方を教えてくれ。二つ目はオレ達にどうやって干渉した?あんた達は2回も気を失わせたよな、あれは普通じゃない」 「咲夜さんは何かありますか?」 「え?私?う〜んそうだなぁ・・・あ、そうだ!質問じゃないけど紅葉と色はどうするの?」 「それは、僕から話そう、同時に答えてあげるよ、もう本当に時間がないからね」と言い、つなげ始めた。「まず紅葉君はここから連れて行くよ。時雨君も見ただろう?色君がもう手遅れだからね。僕達じゃ手に負えない。そして気を失わせたのは外からちょっといじっただけだよ」 「なんだって?」 「え?どうゆうこと?」 冬至は腕を組み、深呼吸を一つついた。 「だから僕と雪はここと外を行き来できるのさ、でもそれには制限が設けられてるから頻繁にはできない。時雨君、君があの部屋でみたのはそのせいでもある。僕達はあの子が眠っている間、つまり深夜0〜2時の間は行動できないのさ。最後はあの事だね、簡単だよ要は思い浮かべばいいのさ、こんな風に」 冬至は手を広げ黙る。手のひらに何かの形をした骨組みが線で描かれていき出来上がると同時に膜が張られたように実態が浮かび上がりりんごが出来上がった。 その様子を二人はじっとみつめて「すごい」と言った。 「これには条件がある。それは君達が知っている事しか作り出す事ができないということだ。知ってのとおりここは夢の中だからね。さらにこの街で出入りできる範囲も決まっている。でもそんなことは時雨君がすでに解き明かしていたね」 「それでは」と守木雪がいうとドアを開き外に出て、冬至は紅葉を抱き合げ後に続き外にでようとし、それを境が止めた。 「ちょっと待って、最後に一つだけ教えてくれ」 「なんだい?」 「あんた達はどうしてこんな事をしているんだ?あんた達の予想では何もしなくても解決できたはずだろ?」 冬至は振り返らずこう言った「飽きただけだよ」と笑いながら部屋を出て行った。 「・・・時雨」 咲夜は境の腕を引っ張り部屋から連れ出した。 境自身は未だに何かに対して疑問点があるらしく悩んでいた。咲夜から初めて名前を呼ばれたことすら気が付かないほどに悩んでいた。
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