そこは白かった。壁も、ベッドも、机もなにもかも白い。ただその輪郭だけでなにがあるかわかるだけだった。そうなにもかも白い。あの空も、あの人達でさえも白く染まっている・・・ように見えた。そう、白いという印象が強すぎる部屋だったのだ。 気がつけば誰かがいる。人はベッドで横たわっていて、もう片方は壁にもたれかかっている様にみえなくもない。 あれ?この二人はたしか、どこかで見た気がする。 (ここは?) たしかここはあの日のあの時・・・なんだったかな?そうだ。思い出した。やっと思い出せた、ここは、オレの、部屋、だ。 「色!」 後ろから、何者かが大声で叫んだ。振り返ると、息を切らして大きく呼吸をしている人間がいる。何故この人はこんなにも焦っているんだろう?自分自身の記憶にたしかに存在しているが、この人物はいつもこんなに焦っていただろうか? 何故焦る?何故ここにいる?ここはお前なんかがいてもいい場所なんかじゃない!ここには「あの人」がいなくちゃいけないのに!誰よりも大切な人がそばに居なくちゃいけない場所なのに!誰よりも!家族よりも!恋人よりも!自分自身よりも!どんなやつよりもあの人がいなくちゃいけないのに! どうしてここにいない?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!?何故いない?ここはあの人がいてもいい場所じゃないのか!あの人が戻ってこれるようにする場所じゃないの?なぜ・・・なぜなぜなぜなぜなぜ!? 「あああああああああああああっーーー!!」 「・・・色」 境はその場で立ち尽くしていた。さっき名前を呼んだとき、色の眼はこちらを向いていたが見てはいなかった。そして今の色はまさに異常だった。叫びながら身を丸めているその姿はまるで、嗚咽のようで痛々しく、儚い。 それでも境はここがどんな場所か分かっているからこそ、部屋に色よりも先に居たであろう二人に眼を向ける。 同時にポケットに入っている携帯の時計は2時を示した。 ピピピッ。 アラームが鳴る。音源まではわからないが、部屋全体にアラームが鳴り響いた。そして数秒なるとアラーム音は鳴り止んだ。ベッドに横たわっていた人がむくりと起き上がった。壁に腕組をしてもたれかかっていた人んも同調するように目を開けると、目線だけを入り口に立っている人間に向けた。 「ほお・・・・まさかここまで来るとはな」 「どうしますか?」 色は未だに部屋の中心で倒れていて、境は二人の様子をじっと見ていた。 先ほどまでベッドにいた女性は、上着から眼鏡を取り出して掛け、ベッドから降りた。壁にいた男性は壁から離れ、二人は同時に境を見ていた。 その様子はまさに蛇に睨まれた蛙のようだった。 現に境自身、動く事ができない。二人が正面にいるからではない、境自身がもし動いたらそこにいる色がどうなってしまうかわからないからだ。 境にとって、紅葉にまで何かあるとは思っていなかったことが誤算だった。しかし色は確実にこの世界になにかしら影響を及ぼしている。 紅葉が相手側に囚われているからこそ、色だけは奪われてはいけない。 境はすでに自分が捨て駒だという事を自覚している。ここで捨て駒が何も得ず離脱したらそれはもう駒ですらない。だからこそ自分が今とるべき行動はわかっているはずなのだ。 「色!」 そのためにはまず、色をつれてこの部屋をでる必要がある。床にうずくまっている色の手を取るため、腕を伸ばした。 「!!」 本能に近い判断で腕を引っ込める。伸ばす予定だった場所には、刃物が床に刺さっていた。メスだった。物を切るためではなく「人」を切る為の道具だ。もしこんなものがかすりでもしたらと思うとぞっとする。 だが一体どこから?こんなものいくら医者のような類のものだからって携帯しているとは考えづらい。 (いや、ここでそんな考えるとか意味ないな) そう、ここは「現実」ではないのだ。だからこそあらゆる可能性が肯定できてしまう。以前あの男が急に棒を取り出したことも、今そこにいる女性が投げつけてきたであろうこのメスも、あらゆる可能性を見出せばそれは可能なのかもしれない。 「おい」 男性が境の方を向いて言った。 「何だ?」 「今そいつに障るなよ、今のお前ならわかるはずだ、そうだろ?時雨君」 「一体どういうことだ?」 「ここは一体誰の病室だったのです?」 そして女性は疲れたように、吐き捨てるように言った。 (ここはたしか色の・・・!!) 何かに気が付いた境は後ろに飛び退く。後ろを振り向く時間すらおしいくらい素早く後ろにジャンプした。鏡にはドアを閉めた記憶がない。ならドアは開いたままのはずだ。ドアが開いたままの状態になっているはずだった。 「な!」 境の背中に何かが当たっている感触が伝わる。境の背中には、当たっていた。ドアは境がこの部屋から逃げるために飛んだ瞬間、音もなく閉まっていた。 何の力が作用することなく、不気味に閉まったドアは、まるで誰も逃がさないよう思え、すでに意思を持っているかのようでもあった。境とこの二人はこの事態をすでに理解している。 部屋は無音。先ほどまで唸るように、叫ぶようにうずくまっていた人物は沈黙していた。その姿はまるで、祈りをささげているようにも見えた。 「ねえ境、なんで「逃げようと」したのかな?ここはオレの部屋だよ?君の、君たちの友達のオレだよ?どうして逃げようとするのかな?悲しいじゃない!でも君にとってはどうでもいいよね、だってオレにとってもお前なんてどうでもいいと思っているからさぁ!」 「色、お前・・・」 色はゆっくりと立ち上がる境はその姿をじっと見続けていた。境から見たその姿は、すでに色ではないような気がした。 自体は境が考え付いた最悪の状況を予定通りに進行していた。まるでなぞるように。 誤算だった紅葉思えば、まさに紅葉こそ最悪のルートでの必須事項だったのかもしれない。 いくら最悪のケースを想定したところで、境自身は最悪のケースは想定できても最悪の結果を予想する事はできない。結果なくして途中経過はありえないからだ。 (ははっ、オレも甘ちゃんだなぁ) 「ああそうだ、ひさしぶりに部屋に戻ってきたんだ。折角だから掃除しないとね。兄さんが面会に着て汚かったら失礼だ」 色が言うと、色を中心に当たりが白く染まっていった。白く、白く、白が部屋を包み込んでいった。白の意味は拒絶。 白というのは何者にも染まっていないという解釈ができる。が、見解によっては何者も受け付けないとも取れる。このときの白さは拒絶を表していた。 気づけば、壁もベッドも机もすでに白に染められており、境の足元まで白は迫っていた。 「これは?」 白が境の足の先が白く染めあげた。 「があああ!」 境は叫んだ。絶叫。痛いという生易しい次元ではない。その痛みは、すでに痛いという表現では表現しきれないほどの痛みだ。ゆえに叫ぶ。痛みをすこしでも和らげるために、こんな痛みを耐え抜くことができる人間がいるはずがないと思うくらい叫んだ。 まさに「拒絶」だった。存在の否定。境の足を白が染めると同時にその白が色の足の先の存在を、否定した。 この部屋は色の部屋だ。そして色が称した掃除とはまさに存在の拒絶なのかもしれない。 そして足から拒絶された境の脳ですら神経を通し、拒絶の意思に染められ境の意思すら拒絶され消滅されそうに、なった。 境はたしかに痛みに苦しんでいるがすでに痛みが引き始めており、その足も徐々にはあるが元に戻りつつあった。先ほどまでの白は、壁にたたきつけられた人物を中心に今も広がっていた。 「大丈夫か?」 自分とは反対側にいたはずの男が境の腕を握りしめていた。白が境を拒絶し始めたことを察知した二人は、女性は色を蹴り飛ばして壁に叩きつけた。男は境の腕を握る。すると徐々にではあるが、境の体は元に戻り始めていた。 色が壁にたたきつけられたため、色を中心としていた白もまた壁に吹き飛んでいた。 女性はこちらに戻ってくると男性に触れた。 「さすがに本体に触れるのは不味かったようです。靴をなくしてしまいました。今再構成します」 女性は、なくなったといっていた足に手を近づけた。 手の先では現実にはありえない光景が行われていた。まず設計図のような物が足の周りを構成し、ゆっくりとその外形をとどめる。そして真っ白なパンプスが出来上がった。 「どうなってやがる?」 「今はそんなことはどうだっていい!」 「初花咲夜が到着したようです」 女性がそういうとドアがノックされた。 「色・・・君?」 「咲夜か!?」 「境!?やっぱりここにいたのね!あんたね、なんで連絡しなかったのよ!」 境が何かを言おうとしたところで隣にいる男が手で制した。 「なんだよ」 「こんな場所で痴話げんかしている場合か?黙っていろ」 (・・・そうだな) 「初花!今すぐここを開けろ!こちら側のドアノブは壊れてしまった、そちら側から開けてくれないか?」 「はあ?あんた誰よ?」 咲夜の口調は頭に血が上っていたが、いまは話し合いなどしている場合ではない。この状況下では面倒な事を処理すること時間がもったいない。女性がなにやら任せてと合図し、ドアの向こう側に聞こえるようにいった。 「お久しぶりですね」 するとドアが「バン!」と音を立て勢いよく開かれた。 「あなた!え?え?ってきゃあ!」 「失礼」 ドアが開かると同時に咲夜が声を上げて突っ込んできたが、男性は咲夜の体を持ち上げて部屋を走り抜けていった。 「行きましょう」 女性は、無理矢理境の腕を引っ張った。病室をでると、そこにはすでに咲夜を抱えた男性の姿はなかった。しかしまだ境の腕を掴んで話さない女性は、行き先を知っているように、迷わず走り抜けていった。 部屋から出る際境がみたのは、壁によりかかったままあの白を展開し続けてる色の姿だった。色はなにやらぶつぶつと呟いているように見えたけど、何を呟いているかまではわからなかった。それでも口元は釣りあがるように歪み、笑みを作っていることだけはわかった。 (・・・色、お前は一体?) 境は今この場を離れる事しかできない自分の力不足をすこし恨んだ。
(境) 僕は一体誰なのだろうか?ふとそんな誰でも思うような事を頭に浮かべながら街をさまよっていた。 幼少時代から家には誰もいなかった。いや、僕以外に住人はいる。父と呼ばれる男性に、母と呼ばれる女性がいると聞いた。 街を歩く僕は一つ、アニメに出てくるキャラクターの仮面を着けている。 手には少し無愛想な顔のお面があった。 お面を着けているはずなのに周囲の人は誰も気付かない、顔を横に向け建物のガラスを見てみると、やっぱりお面を着けている、ふと外してみよう思って外してみた。 「ああ、やっぱりか」 口からはそんな声をだしまた街をさまよいだす僕。顔のない顔に面を着け、街をあてもなく歩き出す。
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