20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:夜明け 作者:キョウ

第15回   15
「あなたも逃げなくてよかったのですか?そんなに怯えていては何もできないと思うのですが」
紅葉が走りさってしまうと咲夜は自分だけと言う孤独にひどく怯えた。目の前の女性の謎めいた恐怖よりも内面から襲ってくる恐怖の方が何倍も咲夜を怯えさせていた。
だがそれはいつもの事だった。
いつもの事だからこそ人には知られない程度に隠す事は咲夜にはできるはずだった。
それなのにこの女性は咲夜のことを知り尽くすように言い放つ。
「私は大丈夫だけど、あなたに質問してもいい?」
咲夜は勉強ができないがバカではない。この状況で無理に戦闘を行う必要がないのは百も承知なのは自覚していた。
この人物が何者か知らない。だが自分達が分からない事をこの人は知っている。と言う事は明白だったし、何よりこの人が何者かがわかれば自分も逃げる事ができる。逃げる方向によっては紅葉に合わせることもなく色達と合流させる事ができると思っていた。
無論戦闘が始めれば勝つしかない。勝利する自信がなくても、たとえ勝利できなくても、足止め程度はしなければならない。
咲夜にとっての勝利は「戦闘」での勝利はなくこの女を向こう側に行かせないことが勝利だった。
「・・・いいでしょう。但し一つだけです。それ以上は・・わかりますね?」
嬉しい事誤算だ。質問など受けなくてもいいはずなのに女性は何故か承諾した。向こうには何のメリットもないことのはず。この機会は逃す事はできないと思い服のポケットの上からそっと指をなぞる。
「ありがとう」
一呼吸置く。
「貴方は何者?」
「やはりそれですか。これもあの人の計画のうちなのでしょうね。私はこの世界を作り、貴方達を引きずり込んだ張本人のサポート係りです」
「え?それってどういう・・・」
「時間です、片割れが戻ってくるまで残り5分。それまであなたがいては邪魔ですから」
「な・・・」
言い終わると同時に女性は咲夜に向かってきた。
それは来るという表現よりも飛ぶという表現がもっとも正しい。実際に地面をけると同時に咲夜の目の前まで距離を詰めていた。気がついた時にはもう本当に眼と鼻の距離である「目の前」だった。
一瞬の間でも咲夜は動じていない。この距離に相手が迫ってさえ咲夜は表情一つ変えてはいない。
女は横に飛び、咲夜の後頭部目掛けて回し蹴りを放つ。しかし頭が下がったことによりそれは外れてしまう。
瞬間女の側面から足が迫ってきていた。咲夜の後ろまわし蹴りが放たれる。
女性は咄嗟に左上で防御し、足もろとも弾き飛ばす。咲夜は着地すると、最初の位置に戻っていた。
「なるほど、データに記されていた通りですね」
「データ?」
質問を飛ばすが警戒を解いてはいない。
女は腰に手をあて、咲夜に周りを歩きながらはなし始めた。
「残り4分ですか、まあいいでしょう。もう一つだけ教えてあげますよ、私達はあなた達4人のデータは一通り揃えてあると言う事です」
言い終わると同時に迫ってきた。
頭部目掛けての右フック。咲夜はなんなく受け止め・・・一蹴。この絶妙なタイミングでさえも女は紙一重で避けた。
そしてしばらく紙一重の攻防がつづいた
女は咲夜の事を知ってはいたが実際目の当たりにすると驚くことばかりだった。
女性の攻撃は全て計算されたタイミングと手順で行われている。どのようにどのくらいで行動すればどのくらいまで攻撃できるか、というものだ。
だが咲夜はことごとく防御し回避し続けた。さらに同時に反撃、もしくは距離をとっていた。
女は驚いていた。けれどそれは始めてみるからであって、事前に調べてあったデータからは何一つ漏れてはいなかった。
咲夜のデータの一部にはこう記されていた。
一つ、2年前の全国空手大会優勝者で戦闘スタイルは「完全防御」。
2つ、極度の臆病な性格。そしてその性格を駆使した体術使い。
人間誰しも「正」のエネルギーと「負」のエネルギーを持ち合わせている。簡単に言えば「意識的に生み出した力」と「無意識に生み出された力」である。
意識的にでるエネルギーと無意識下にでるエネルギーで無意識下のエネルギーの方がまさっているのが妥当だ。
咲夜はそんな無意識下での行動を長年の空手の動きを使用し、そして攻撃に転ずることができた特殊な戦闘スタイルだった。
それは咲夜が臆病な性格をしていたのが原因だった。

「何言ってるのか分からないけどとにかくここは通さない」
「そうでしょうか」
女は激しくも正確無比な攻撃を咲夜は受け止め、さらに反撃する。
だが咲夜の反撃も一度も女性には届いていない。
どれだけ咲夜が無意識の力を駆使することで女性よりも速く動いたとしても、女性にはどこからどのような反撃がくるのか把握している。それは女性の行動の全てが計算されつくしてあったから。
咲夜速さ人間離れしていようとも、咲夜自身の動きは人間の動きそのものだったからだ。
互いの性能は違っていても、その能力はほぼ同格といってもおかしくはない。プラスとマイナス、方向性が違うが数値はほぼ同格だったのだ。
ただ、時間と体力が削られていく中で互いに違いが出ていた。
計算された能力と特化した能力。
意識と無意識。
咲夜はただの時間稼ぎをすればよいが、女性は咲夜を倒しかつ紅葉の回収をしなければならない。両者の目的がきて大きな差が生じていた。
「もう私の勝ちだよね」
女の動きが止まる。これ以上は無意味だと、時間切れだと言いたげなようだった。
「さて、そろそろ時間です」
女性の声に同調するように向こう側から誰かが向かってくるのが見えた。
それが徐々に近づくとその格好、髪や顔などからはっきりとその人物が理解できた。
「え?紅葉?どうしてここに?」
何故この場に戻ってきた理解できなかった。理解できるはずがなかった。理解したくなかったのだから。
咲夜の目的が時間稼ぎだとばかり思っていたのに、女性の目的もまた、ここで紅葉を待つことだったなん・・・て。
咲夜は激しく混乱している。先ほどの道に戻る際、回りこむような道はなく、なによりこの付近に住んでいる紅葉自身道を間違える道理がなかったからだ。
「え?なんで私ここに?たしかに来た道を戻ったつもりだったのに・・・」
紅葉自身も理解できなかった。いつもどおりの道をいつもどおりに走っただけなのに、どうしてここに戻ってきてしまうのかわからなかった。
女性は咲夜に背を向け、紅葉のところへ歩み寄る。
「あ、待て!・・・・・・あ・・・・」
それを追おうとした咲夜は急に意識が途絶え、その場へ崩れ落ちてしまった。
「咲夜!」
紅葉は咲夜の元へ駆け出し、女とすれ違い様に紅葉もあっけなく崩れ落ちる。
それはほんの一瞬の出来事で、理解するまもなく気を失った。
「大分時間が掛かってしまいましたが、いずれにしても問題ないでしょう」
女はまるで男の力かのように紅葉を担ぎ、その場を去った。
女性の時計はすでに五分が経過していた。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 5062