今のオレの前には、真っ白なページが広がっている。 人間のことは人間に任せ、鬼という理解し難い生き物の枠組みのなかでオレはこうして生きている。目的も、手段も、経験もない。だからこの先の未来はこの身一つで作らなければならない。故に未来は白紙だ。地図もなければ目的地も記されていない。 ハル達の会う前に戻ったように思うときもある。けれど、朝おきて七達と顔を合わせていろんなことを話して、お嬢の依頼をこなす毎日がそんな思いを忘れさせ、消し去ってしまう。時間は偉大だ。嫌なこともいいことも忘れさせてしまう力しかもっていないように見えるけれど、そのくせ世界という存在が覚えているのか、忘れたはずの記憶をふいに思い出させる。いいことも悪いことも含めてだ。 オレは今この生活を悪くないと思っている。文句はあるが不満はない。 ただ、5年たった今でもまだ人間の部分が残っているから、徐々に変化している感じがしてしまう。こればっかりは否めない。仕方のないことだとわりきるしかないのだ。
今宵も満月。 外は寒く、コートは必需品だ。オレの力では熱をだすことはできない。夏はいいけれど、冬は不便だ。それでも、外気の温度が下がってしまうけれど、体温だけは維持することは難なくできた。 森林に囲まれた公園。ここは、オレのお気に入りの場所だ。東館の敷地内で、ほとんど女性が立ち入らないだけでなく、奥地のためか普段のこの場所は本当にさびしくて、存在が気薄だ。でもオレはそんな儚いところが好きだった。殺したいとは思わないけれど、自身の気持ちを落ち着かせるにはもってこいの場所だ。まあこれも気持ちを殺しているといえるのではないだろうか・・・。 (ん?) ふと、空に黒い何かが見えた。夜だから見間違えたかもしれない。夜は暗くて、黒い。だから・・・・いやまて、勘違いじゃない。 ゆっくりと空に浮かぶ謎の何かは、飛行機のように思えた。しかし、飛行機よりも何倍も大きくみえ、なにより飛行機ならばランプのようなものが赤く光っているはずだ。ここからでは、高度は鳥と同程度で飛行機のように、一定の速度で飛んでいる。そして 翼だ。 能力を解除した。能力圏内の温度しか採取できないとはいえ、空気自体はどこまでも広がっている。オレが奪った温度のせいで伝熱や熱の流動やらでもしかしたらあの何かがこちらにきがついてしまう可能性もある。それはつまり、あれはまだオレには気が付いていないということだろう。何故そんなことがわかるのかといえば、能力によるもの・・・としか言いようがないのだ。 音を立てず、気配を徐々に消していきながら、木の陰に隠れた。満月の光でオレが見えたら洒落にならん。 ようやくあれが迂回し始めたところでオレは細心の注意を払いながら息をついた。 さて、あれは一体なんだったのだろうか?何者であろうと、ただ一つわかることは、オレ達「鬼」に関係があるということだ。翼や動きから機械という線はまずないだろう。次に考えられるのは動物になる。思いつく限りでは鳥・・・しかないよな。そして最後は・・・人外の何か、だろうな。妖怪や霊はありえない。向こうは獲物、こちらはハンターだからだ。他の線は、ないなぁ。 しかし気がかりなのが迂回した場所だ。あれは正確にここの結界の範囲を知っている。オレ達の住むここは、ただ人里はなれた場所にあるから人がこないだけじゃない。さっきも言ったが、結界が張られている。結界だから、外界からの侵入者がないどころか、こちらから外にでることもできない。まあだからこその羅城門がある。あれは異次元移動の代物だから結界の出入りが自由だ。 さて・・・とりあえずある程度の考えはまとまった。見つけてしまったからにはお嬢に報告しなければなるまい。そういった契約だから守らないと何があるかわかったもんじゃない。
オレは、何かわからない者が見えなくなるまでずっと木に隠れていた。そうして、コートのフードを被り、ポケットに手を突っ込んできびすを返した。 まーた変なことに巻き込まれたりしないだろうなぁ。と気分を落ち込ませ、どんよりしていると、踏みつけた枯葉がぱりぱりとなる音がずっと聞こえた。 ◇ ノックは2回。これでお嬢はこちらの存在を把握する。ノックをした相手だけでなく、初めてのやつだろうと、その身長、体重、体つき、さらに性別も看破する。これ以上ないってくらいの異常性を持っているけれど、前回の戦いでお嬢の異常性はさらに高まっている。確かに、お嬢は可愛いという表現では表せないほど可愛い。いや、綺麗というほうがただしいか・・・。整った顔立ちも、透き通るような声色も、黒絹のような髪も、赤子のように純粋な肌など、どれをとっても完璧としかいえない容姿を持っている。人が想像できる最高の形はまるで大理石で作られた彫刻のようだ。だが、お嬢の存在は謎に包まれすぎていて、異常というよりは不明だ。あの時、オレ達には普通に見えたのに、魔女たちにその存在が知られなかった。一体お嬢はなんだというのか?霊ではないし妖怪でもない。いつもお嬢に感じる違和感と圧力からだろうか、同じ鬼という同類の思いをえることはできたけれど、同時に違う種族のように思ってしまう。きっと、管理人という立場がそうさせているのだろうか・・・。 「どうぞ」 はっ。 いつもより間があったから少し呆けてしまった。お嬢にしては珍しいこともあるのだなと思いながら扉をあける。オレはこの間が一体なんだったのか、理解できた。 「あ、センパイだー」 「天野くん」 「死ね」 先客がいたのだ。七、心、そして光。オレをみるなり、三者三様の言葉をはっしたけれど、一名だけあきらかにおかしい。 「神楽、死ねはないだろう死ねは」 お嬢はいつものように奥のデスク、三人は正面のソファーに腰掛けていた。オレも軽く答えながら狙ったように空いていた七の横に腰掛ける。 「天野零。報告を」 「何、話してもいいのか?」 深く座りなおして体を沈める。先客である三人がまだいるということは、先ほどから何かしらの話があり、それはオレの耳に入っても別段問題ないということではないだろうか。 「お嬢、また天野は勘違いしている。」 「そのようですね。天野零報告をしなさい。まずあなたの話が先決ですから入室の許可したのです」 どういうことだ?お嬢はオレの報告内容まで知っているというのだろか。もしそれならば、お嬢もあれを見たのか?いや、ありえない。北館と東館だけでもざっと2〜3kmは離れている。オレのいた場所は東館からさらに奥へ行ったところにあり、ここからあれがいた場所となると少なく見ても10kmは離れている。満月だといってもこの夜空のなか黒い物体をみつけることなんてできるはずがない。まあいい、とりあえず話さないと先に進みそうにない。 「10分以上前のことだ。東館の奥にある広場にいたんだが、翼を生やしたなにかが空に浮かんでいた。結界の範囲ぎりぎりで迂回したからあれはこちらの事情を知っているはずだ。さて・・・どう思う?」 「翼・・・ですか。他にはあります?」 任務関係では大抵黙っている七が意見とは珍しい。ふむ、他か。確かに一つある。だがこれはオレにとって一番信じられない仮説だ。オレ自身が現実離れしている存在だといっても、同じくらい現実ばなれした存在を認めないのもどうかと思った。 「そうだな」 神楽姉弟の意識が注がれる。お嬢は未だに両手を組んでじっとオレ達4人の様子を伺っている。 「翼が生えていた、といっても外見は動物じゃない。暗かったから確かなことはいえないが、人型・・・だったように思える。もし翼人なんて西洋の存在がこちらにわたっていればありえる話かもしれん」 「お嬢、いいかげんに話したらどうだ?」 そう言ったのは光だ。いつの間にかお嬢と光の間に不穏な空気が支配する。オレと七は自体がまだの見込めないのか、首をかしげるばかりだったが、心は冷静にしている。 「いえ、まだ確証がとれません。よって今後の方針に変更はなしです。」 「もういい。心、いくぞ」 最後に盛大に舌打ちをして神楽姉弟は部屋を出て行ってしまった。 乱暴にドアが閉まると同時に、体にかかる圧力が一気に増加した。どうしたというのだろう。オレの報告内容と、お嬢達が話していたことは何かしら関係があるとみて間違いない。ただ、お嬢が話さない以上、こちらから聞いても無駄だろう。ようは今回の件に関して、オレは蚊帳の外に出されているわけだな。 まあ、別段目的があるわけじゃないから、必死になってまで進んで任務をこなそうとも思わない。 「戻るよ」 「あ、待ってくださいよぉ」 後ろから七がやってくるのはわかったが、構わずドアノブに手をかけるが 「更科七。あなたはここに残りなさい」 とお嬢からストップがかかった。 オレには関係ない・・か。 今夜はぐっすり寝むれそうだ。 「え、ちょっとまって。お嬢?あ、あ、あああ!センパ〜イ!無視は酷いです〜」 後方からの戯言を振り切って、少し乱暴にドアを閉めた。
暇だなぁ。
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