「あなた達、いい加減にしなさい!」 透き通るような音色が東館の癒しの場所であるラウンジに響きわたる。 私はぎょっとして手を止めて声のほうを振り向くと、白いセーターにホットパンツといったラフな服装を格好良くきめている女性がいた。片手には湯気の立つ珈琲を持ち、こちらを睨んだ。 え?私?と自身を指差すと、その人はうなずいた。まさかそんなはずはないと思って辺りを見渡す。何も言わない千早ちゃんと隅のほうでうつぶせになって寝ている秋葉 空(あきばそら)さんがいるだけでほかには誰もいなかった。本当に私だったのか。 「なにかしました?」 「だから、千早さんにそういうことするならよそでやってってことよ」 ため息をつきながら珈琲を静かにテーブルにおいた。 ああそうか。私がいまこうして千早ちゃんにお仕置きしているのがいけなかったの か。ちらりとみる。両腕は背中に回されて光さんの力で動かせなくなっていて、目隠しをしているけれど、口を封じていないのがせめてもの情けだ。そんな拘束状態にしておいて、まず私は肌触りの良い筆でくすぐると、「思いついた」とかいって出て行った光さんの分までこうしていたぶっていた。 そして現在は、笑いすぎて疲れたのか口からわずかな唾液をたらしながら肩で大きく息をしていた。感謝しなさいよ。 「全く、七さんはもうすこし静かにする習慣をつけたほうがいいわ」 「私はいつも静かにしているつもりですよ?」 「それは天野君の前だけでしょう!」 また怒鳴られた。っていうかセンパイと私の関係って周知の事実だったのかな。それならそれで好都合だ。 「いいじゃないか。せっかくの休日だ。好きにすごさせてやれよ。そう思わんか、ささこ」 「私の名前は小夜子!その呼び方はやめてといつもいっているでしょう!?」 いつのまにか戻ってきていた光さんが桜井小夜子(さくらいさよこ)さんをあだ名でよんだ。でも光さんしかその呼び名は使わない。なぜなら、ささこさんは光さんの次に強いからだ。それは女性人のなかでベスト3にはいることを意味している。もちろん私と千早ちゃんがその仲にはいれるはずがないのだ。 「まあいいじゃないか、ささ子。それで?お前はどうしたいのかな?」 「この戦闘狂!」 叫びと同時に光さんの目の前で鈍く大きな音がすると、窓ガラスがかすかに振動した。何をしたのかわからなかった。 「おやおや、人間大好きなささ子さんのほうがよっぽど変に見えるがね」 「あなたこそその有害物質しかださないものを咥えないで。気持ち悪いから」 二人とも何のことを言っているのか理解できない。でも挑発しているのだけははっきりと理解できた。 小夜子さんは、とても人間に興味を持っている。私がここに着たばかりの頃、質問等を一番したのが小夜子さんだ。危うく実験体になるところだったけれど、それも今ではいい思い出だった。そんな小夜子さんのことが我慢ならないのか、光さんの眼の色がかわると部屋の空気が一変した。 「やはりお前は殺しておくべきだ」 光さんが腕を力強く振るう。ガタン、といきなりテーブルが真っ二つに割れてゴミになった。ささ・・・小夜子さんもその気になったのか、影から真っ黒な猫の形をした何かが飛び出した。そういえば、私は小夜子さんの能力を知らない。 「お、小夜子姉さんのバトルが見れる」 二人の強烈な殺気にあてられてようやく気がついた千早ちゃん言葉は、小夜子さんの力を知っているようだった。まあそれはあとで聞き出すとしよう。まだお仕置きが終わったわけではないのだから。でも今はこっちが優先。私はどちらの本気も見たことはないけれど、こんな場所で戦闘が始まれば、巻き添えをくらうことは明白だから、自身の身の安全だけは保障しないといけない。 光さんの姿勢がぐっと前かがみになる。野獣を思わせるポーズをとった光さんはとても格好がいい。千早ちゃんは小夜子さんの応援をするけれど、私は断然光さんを応援する。小夜子さんの影から犬型の何かが這い出し、光さんのタバコの灰がポトリと・・・落ちた。 「そこで何をやっているのかしら?」 戦闘の合図がでたところで戦闘終了の声がかかった。 振り返るとお嬢がそこにいた。シャツのようなワンピースに暖かそうなブーツを履き、髪にはいつもながら前髪をわけるようにピンがついていた。朝にも関わらずきちんと服をきたお嬢は壁にもたれかかっていた。 「お嬢さま」 お嬢の姿を見たとたん、小夜子さんは駆け足でパタパタと近寄った。 「やれやれ、見つかってしまったよ」 「朝から申し訳ありません。」 光さんとは対照的に小夜子さんは恭しく頭をさげた。すこし度が過ぎているように思える忠義心を敬うようにお嬢は小夜子さんの顎をぐっとあげて 「わかりました」 といった。 「もったいないお言葉で恐縮です」 熱をもったように小夜子さんの顔が火照る。ふーむ、なぜにあそこまでお嬢にお熱なのかがさっぱりなんですけども。ま、いっか。 「それで?一体こんな朝早くに何のようだい?まさか様子を見にきたわけでもあるまい」 「先ほどのことがあるようでしたらすこし考える必要があるようですね。それは置いていきましょう。みなさん、これを見てください」 そういうと、ラウンジの隅にあるテレビがピッと音が鳴った。ここのテレビも最新型で、55V型と大きいサイズに小さな土台のアンバランスな形をしている。もちろん世界の亀山モデルだ。高画質、高音質のすべてのパラメータが最高ランクのテレビには、ミノ虫だかモンチッチだが知らないけれど、よくテレビに出てくる色黒中年のおっさんが司会をやっていた。 「さて、次のニュースはとても信じられない事件です」 そのニュースはこんな風に始まった。 戦慄!現代に現れた吸血鬼か!? 詳細はこうだった。都会の路地裏で女性の会社員の死体が今朝見つかったという。吸血鬼といわれるゆえんなのか、目立った外傷はなく、あるのは胸に歯形が残っていたという。ただ、血は残っていなかった。 それからは現場のようすをレポーターがどうやって調べたかわからないほど詳しい状況説明と周辺の映像がただただ流れた。現場のレポートが終わると、司会のおっさんと何人かの人間が、「恐ろしい」だとか「人間の仕業じゃない」とかそんなわかっているのか考えていないような感想を漏らしてその事件に関しては終わった。 テレビが消えるシュンと静かな音とともにみんなも黙ったまま静かだった。 誰一人として声を出そうとしない。かくいう私もなんとも言えない気持ちだ。吸血鬼だって?バカらしい!などと昔は思ったかもしれないけれど、今は違う。私自身がすでに人間ではない者だからと、テレビに流れた女性の遺体状況とお嬢のただならぬ雰囲気のせいか、まさか本当に吸血鬼の仕業なんじゃないかって思っている。 ここで一つの疑問が浮かぶ。吸血鬼なんて欧州やアメリカの伝説に生き物がなぜこの国でその存在が明るみにでそうになっているかということだ。 「それで一体誰に行かせる?」 最初に口を開けたのは光さんだった。質問は他でもないお嬢に向けられていた。これはさすがにわかる。いつものお嬢の手口と違う点は二つ。個人だけを呼び出して任務にいかせることと、確証がない任務はありえないこと。そうなれば、この行為は自身の管理能力の範疇を超えているか、複数人と強制での任務ではないということだ。 「私としては、更科七が適任だと思っているわ。あともう一人くらいいると助かるのだけど」 (え〜と?) 「お嬢様、私でよろしければ行かせてください」 「いえ、小夜子はこちらで待機しなさい。もし本当に吸血鬼なるものがいるならばあなたは相性が悪い。神楽光、頼めますか?」 お嬢が指名したのは光さんだった。すぐそばでは恨めしそうな顔をしたささ子さんがいた。もちろん光さんはそんなものを無視していった。 「おやおや、お嬢がこちらの意見を尊重してくれるなんて光栄だね。私はいいが、上の許可は・・・とっているからきたか。まあいいだろう。ただ一つ条件がある」 「なんです?」 タバコの火が真っ赤に染まり、一気に短くなった。 「心も連れていくぞ。あいつの力は調査にはピッタリだからな」 声と同時に副流煙が大量に口からこぼれ出る。ハードボイルだ。カッコいい! 「わかりました。あとは任せましたよ」 「あ、あのぅ!」 私の意見無しでこれ以上進められても困ってしまう。だからすこしでもこちらの意見を聞いてほしくて一生懸命出した声に、お嬢は「何か問題でも?」と言わんばかりの顔をしてこちらを向いた。まあ実は何も問題がない。けど、問題がないのが問題だった。 「センパイもつれっていいですか?」 そう弱弱しい願望を切り捨てるようにお嬢は 「昨晩だけにしておきなさい。」 と言った。たったそれだけ言われただけで私は全てを理解した。お嬢はなにがあったのか何もかも知っているんだ。でも知ったうえで見逃してくれた。そしえルール違反をした私に警告だけに留めてくれたのは皮肉にもありがたかった。これがお嬢以外の偉い鬼たちの耳にはいったらと思うとぞっとする。 ふと、お嬢の表情がいつもと違うように見えた。そして、何かが頭をよぎる。 (まさかね) まさに女の勘とも呼べるようなイメージが頭をよぎるが、頭をふって想いを封印した。私はそんな非科学的なことはなるべく信じないたちだから。 さて、これから忙しくなりそうだ。センパイはこの件には無関係な位置にいる。今後は光さんと心さんの三人での行動になる。今回の事件ははやめに終わりそうに思えた。
そうして、みんなはラウンジから去っていき、この騒ぎの中眠り続けている秋葉空だけが残った。
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