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作品名:復讐者 作者:キョウ

第4回   無敵
 (・・・眩しい)
 朝の軽やかな陽光がカーテンの隙間から部屋に入り込んできた。すでに下界は冬の到来が眼と鼻の先にあるというのに、この日差しはきつい。これも地球温暖化のせいなのだろうか?
 まあいい。時刻は8時。いつもならとっくに目覚めている頃だ。
(あー、そういえば)
 思い出したように、横を見る。しかしそこには昨夜いたはずの七の姿はなかった。
 ちらかった小物や服はきれいに掃除してあった。証拠隠滅。あいつが一体何を考えているかは、この細どうでも・・・よくないな。それにしても一言もなしで戻ってしまうのもなんだか物寂しい気がした。
 いつまでも寝て入られないからでようとしたが、衣類を着ていないことにいまさら気が付いた。でも着るまで我慢するのが当たり前。タンスからさっと簡単に部屋着を取り出して着衣する。風船から空気が抜けたような音がした。どうやら腹が減ったらしい。まあ昨晩のことを思い返せばそれもそうだな、と思った。
 オレの部屋は下の階に下り、食堂に向かった。
オレ達の住む場所は「館」と呼ばれるだけあって、それなりの大きさだ。一つの館で大体それなりの中学校程度の大きさではないだろうか。でもその大きさの住居に住んでいるのはたったの10人しかいない。実に余分である。ただ、そう思っているのはオレだけかもしれない・・・。まだまだだな。
 そんな余分に思える場所に、食堂と呼ばれる建物は館内部にある。たった10人しか利用者がいないにも関わらず、ざっとみてその5倍の人口がはいることができる場所も無駄が満載だった。さて食堂では一体何を食べるのか?その質問はとうぜん「食べ物」を食べることだ。しかし鬼にとって通常の食べ物ははっきりいって無意味だ。とはいっても、腹が減るたびに何かを殺して回るほどオレ達は飢えてもいないし、野蛮でもないが、戦闘はけっこうな頻度であるのが問題かもしれん。
 ただ、ここの食堂での食べ物は特別なのだ。見た目も、味も人間のときに食べたものと同じだし、そこいらのレストランよりもずっと美味しい。和食はもちろん、洋風、中華などなど、様々な料理が楽しめる食堂だ。だがそこでの食べ物は、どうしてなのか、人間界での食べ物よりも、ずっと衝動を抑えることができた。その効果は丸一日持続される。まるで自慰行為のよう。とは言っても、抑えるにも限度がある。その兆候がすこしでも現れる少し前、大抵お嬢からの任務が下る。実に計画的といえよう。

「あ、天野さん。おはようございます」
 ホテルのレストランを思わせる食堂のドアを開けると、ここ西館の食堂の“無敵”ウェイトレスこと蘭さんが出迎えてくれた。
「おはよう」
「今朝は遅かったですね。あ、メニューどうします?」
 フリフリの冥途(メイド)服で出迎えて爽やかな笑顔で積極的に仕事をこなそうとしている。実に仕事熱心だ。だが、この服装はありえない。ただまあ、ずっとこんな服装ではない。ある日は和服、ある日はエプロン、またある日はどこぞの学生服で仕事をする蘭さんは立派なコスプレイヤーだ。これも全てあのヲタクとかいうわけのわからない文化のせいだ。
「和食お願いします」
「かしこまりました。あちらで少々お待ちください」
 とオープンテラスの目と鼻のさきにあるテーブルを示した。
 なるほど、これはいい。冬のせいか、きっと植物には霜がはりついていたのだろう。今はすっかり溶けているけれど、日の光で輝いて見え、周囲に植えてあるタニウツギの花の鮮やかさを際立たせている。
 そんな平和で退屈な景色を食事を待ちながらのんびりと眺めていると、ふいにタニウツギの花がすべて枯れ果てた。そして木々は急激に衰え、枯れ、朽ちていった。あまりの急激な老朽化のせいで枝が自身の重さに耐え切れずに次々に折れていく。次第に周囲の植物も枯れ果て、端に見える池は濁りすぎて大量の絵の具を落としてかき混ぜたみたいになっていった。この景色はすでに季節とはまったく別物だ。
 混沌。カオス。ぐちゃぐちゃになってしまった世界。
「いい加減にしろ。朝で気が立っている」
 いつもよりきつい口調で言い放つ。すると、瞬きのあとにはすべて元通りになっていた。木々も植物も、花もすべてさっきみたままの素晴らしいものだ。全く、朝からついていない。
「なんだ、つまんないのぉ」
 座っているテーブルの向かいには、いつの間にか10歳程度の少年が座っていた。名は村上 愁治(むらかみ しゅうじ)、ブラウンに染めた髪に漆黒の瞳。昔の小説にでてくるお坊ちゃまのようなシャツとズボンにキャスケットを被っている。まえの魔女のときは何かと忙しかったため、あまり顔を合わせる機会がなかったが最近はよく顔を合わせている。オレと愁治の能力はほぼ対象的だからか、オレは興味対象であり、観察対象なのだろう。そんな無邪気で残酷な面を併せ持つ鬼の登場はいつだって神出鬼没。今回もそう、いつの間にか座っていた、という表現は正しい。しかし、気が付かなかったわけではなく、こいつが気が付かせなかっただけだ。
「いい加減にその幻はやめろ。オレには通用しないことくらいわかっているだろう?」
「ほんと、天野さんは能力効かないからつまんないな。せっかく同じ幻想種同士仲良くしたかったのに」
とキシシと健康そうな歯を見せて笑った。こうしてみると、まだ小学生となんら変わらない容姿をしている。しかし、こいつは生まれたときから鬼で、すでに30年は生きていると聞いた。
「お待たせしました。蘭スペシャルです。」
 蘭さんも気配遮断スキルを持っているのか、いつの間にかオレのすぐ横に立っていた。蘭さんの視線の先・・・愁治か、きっと蘭さんは負けず嫌いなのだろう。
「蘭ねえちゃん。和風にスペシャルは使わないって」
 でもそんなことを気がつく風もなく愁治はきっぱりと断言した。
「黙りなさい」
 蘭さんは持っていた木製の盆で愁治の頭を叩いた。まるでいたずらがばれて教師に軽くぶたれた子供のよう。しかし!オレはこの光景にすら、すこしばかりの恐怖心を抱かずにはいられない。それは・・・叩いた瞬間、盆はその衝撃に耐え切れずにきれいに真っ二つだからだ。それはありえないって。
「怪力メイド〜」
「なんだとぉ!」
 二人は遊びのスイッチが入ってしまったようで、どこかに走り去ってしまった。まあいいだろう。オレの目の前にはしっかりと朝食が並んでいるのだから。多少の仕事放棄も見逃してあげよう。
 さて、朝食だ。メニューは実にシンプルだ。刺身の盛りあわせ、トロロ、ワカメの味噌汁、そしておひたし、以上だ。
 モグ男さんとパク子さん。擬人語を使用。
 ・・・・。

 いや、実に結構な朝食でした。食べ終えると、手を合わせ、作ってくれた厨房の鬼さんたちにわずかな感謝と淡い殺気をプレゼント。食器の返却口なんてものは存在しないから、食器はこのままにしておくしかないが、さすがにそれは後味が悪いから重ねるくらいはしておいた。どうもまだ人間のころが抜け切れていない。
「おや、もう食べてしまったのですか?すこし待ってくださいよ」
 部屋に戻ろうと立ち上がった矢先、後方から聞きなれた声が聞こえた。この声は同胞の獅堂暁(しどうあきら)に違いない。絶対。100%。間違いない。
「おまえもそうやって気配を絶つなよ、気色悪い」
 オレは獅堂の正面に座りなおす。
「ははっ、手厳しいねぇ」
 相変わらず眼鏡をかけた普通の青年のようにみえるが、こいつはとんでもない化け物だ。能力は骨、実態は骨だけで稼動するという骨野郎だった。そういえば、だいぶ前に七がそんなこといっていたな。ということはあいつはこのことに気が付いていたのか。まあいい。さて、獅堂の目の前には、珈琲とフレンチトースト。多少の空腹を感じるが、それ以外は問題ないと見ていいだろう。
 オレは無言で外の景色を眺めた。別に話をするために腰掛けたわけじゃない。ただなんとなくそうしてみたくなっただけ。
 体に妙な圧力が加わる。これは獅堂の殺気。そんなにおかしなことをしただろうか。自覚がないぶんオレではどうにもできないかもしれない。
「大分進んでいるみたいだね」
 皿の上にあったフレンチトーストはもうなかった。
「は?」
 唐突に意味不明な言葉をかけられてもさっぱりわからない。
「なんだよ、急に」
「いや、こっちの話だよ。じゃあ僕はこれで」
「今日の予定は?」
 立ち上がろうとするところにオレは何故か質問をぶつけた。獅堂はオレの問いが心底驚いたらしく、体が反応し、目を見開きながら止まった。そして残った珈琲を飲み干してかすかに笑うと
「ないよ」
 と言って、食堂をあとにした。
 辺りは誰もいなくなったせいで、奥の厨房から聞こえてくる音以外はなにもなかった。オレは、蘭さんが血まみれの手を拭きながら戻ってくるまでここに座り続けていた。

 今日は別段用事があったわけじゃないからいいのだけど、やけに心が穏やかだった。平和が一番だと思いたい気持ちと、刺激がほしいと胸の奥がざわつくのを感じながら・・・。

 蘭さんが愁治に何をしたのか・・・それはこの後になっても誰も真相を述べようとはしなかった。無敵だな。


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