明朝と共に離れていく人影が二つ。 声もかけず、ただ見送るだけに留めたのは少し余分だと後悔する。 遠くから人々が挨拶を交わす快活な声が耳に届く。日の光を浴びて自然に生命が宿り始める。それと共に動物も活動を始めた。 周囲には生命の息吹が芽吹いていた。 歩を進める。早くしなければ見つかってしまうからだ。けれど、もし見つかったとしても彼らは自分自身に気がつくことはまずない。彼らは私を求めていないし、私も彼らを求めていないから彼らは私を見ることすらも叶わない。 だけど、違うものが見つかってしまう。 いや、違う。 発見されてもいいのだ。むしろ見つけてほしい。彼が戻ってきたことを見てやってほしい。 彼らは彼から何も聞きだすことはできないけれど、彼がこの場にいたという事実だけは知ってもらうことはできる。 そんな思惑を信じた人外がいた。甘いといわれようとも、今更遅いとか、虫がよすぎるとかきっと言われるだろう。思われるだろう。だが彼女は頑なに信じた。自らの過ちを償うために彼を利用したと自覚している。しかし利用したとしても、間違いではないのならば、人は非難こそするが笑うことはない。
今、私の足元に一つの死体が横たわっている。無表情のまま双瞼を閉じ、寝ているとさえ錯覚させる死体だった。 確かに死んでいるけれど、外傷はどこにも見あたらない。 彼の死因は、内部の破壊に他ならない。彼の中にはびこる人間ではない部分だけをごっそりと殺した証拠。 彼はもう人間だ。その代償として死んだだけだ。故に、どんな手段を講じたところで彼が人ではない証拠を得ることは叶わない。 私は死体の手にあるものを握らせる。これで彼も彼女も報われる。そしてあの少年少女もきっとわかってくれるはずだ。 理解できなくても、二人はきっと彼を許してくれることだろう。
さて、もういかなければ。残り数分もすれば生徒が波のように押し寄せてくる。私の姿は見えないが、私と接触はできるから帰るのが億劫になるまえに退散するとしましょう。
建物を出て少しした所で振り返る。自転車に乗る者や、歩いていく者と私の思ったとおり、生徒で溢れかえっていた。 そして下り坂の下から一組の男女が歩いて来るのがわかった。 時間通りで助かった。これで時間がズレるとまた面倒なことが増えてしまうところだったから。 無言で無表情で近付く。一方、少年少女は思うことがあるように考えことをしながら登校していた。 歩み寄る。近付いていく。会話ができる距離。手が届く距離。擦れ違う。 「帰っているわ」 両者が驚いたように振り返った。しかし二人には私を見ることはできなかった。 私はそのまま坂を下りきった。姿が多少変化しているからあの音楽機器で気がつけばいいのだけれど。
「帰るじゃんよ」 「直帰」 坂を下った先には、私のために生まれてきてくれた頼もしい味方がいた。 私はこの二人のことを多くは語ることはこの先もないだろう。 「何かあったのね」 和服を着ている女性は視線を下げ、青く染め上げた髪にサングラスをした男性は「ちょっとな」と言い辛そうに言った。 「そう、なら行きましょうか。今日から忙しくなりそうね」 二人を追い越して、私は二人が通ってきた道まで歩き出す。 きっと私の予想通り、思いもよらない事態と今までとは比較にならない忙しさが待っているはずで、二人もそれを十分に受け止めているはずだ。
一通りやることは終わり、一つ大きく深呼吸をする。 (いつみても眩しいわね) こんなことばかりしていたら、もしかしたら憧れてしまうかもしれない。叶わない夢を見るのはあまり好きじゃないけれど、叶わない夢だからこそ憧れるのが世の理。
さて、私の余計なお節介はこれでおしまいだ。 また・・・どこかで。
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