いつだってそうだ。その後どうなったのか、オレは知らない。 あの二人の結末も。 気域での出来事も。 自分自身の事も。 お嬢の事も。 今回の仕事の内容も。 いつだってオレは過去形でしか知らない。 疑問など沢山ある。山ほどある。嫌になるほどある。イラつくほどある。殺したくなるほどある。それこそ無限大に。 その中の一つが今、解消されようとしている。 本題のほうはどうやっても知ることはできないだろう。 吸血鬼となった命は確かに強いだろう。しかしその程度では籠原にはきっと勝てない。 よってオレ達を気域に連れ戻すには、羅城門の復活が先か、お嬢が先か・・・。 しかし、オレはもう一つの結末を知ることができた。 「なあ、こんなところで何やるんだよ」 もう明るくなり始めているとはいえ、日の光はいまだ地上を照らしてはいない。しかしこの場所は寒い。たとえ日が出ていたとしてもこの場所は外界と切り離されたように気温が低い。 ここは校庭の奥地で、横には体育館倉庫。いわゆる“穴場”と呼ばれる場所だろう。そんな場所は、周囲には木々が立ち並び小規模の林になっていた。 あまりの静けさに思わず喉をならす。ここはまさに結界に守られた聖域だ。 風の音や、わずかに周囲浮きはじめた人の気配どころか鳥達の自然さえこの場所は拒んでいた。 そんな異常で塗りつぶされた場所にオレ達は来場したのだった。 ここは思ったとおりあの坂の上に見えた学校で、終着点だった。 学校に到着するなり、オレを置いて七はさっさとこの場所に迷わず向かっていった。 片手に携帯電話を持ちながら。 そしてオレはこの場所で最も人の気配が留まっている一際大きな木の根元に銀髪を寝かした。 「なあ」 「センパイ、眼を覚ましますよ」 そう言うと、銀髪もとい朽木良一の意識が覚醒し始めていた。眼が蠢き、手足が震えた。こいつのことを理解してそう言ったのか、それとも七の言葉で覚醒するのか、わからない。だからオレは思考を止めて今起きている出来事を飲み込んだ。 「ん・・・な、なんだ?オレは、一体・・どうしたんだ?」 頭を抑えて上半身を起こすと、今の状況を理解しようとし始めた銀髪。 本当ならばオレはそんなことはやめてほしかった。理解してほしくなかった。大人しく眼を覚まさないでいてほしかった。できるなら、現実を見てほしくなかった。しかし 「朽木、いえ、吸血鬼。あなたは私たちに負けました。終わりです」 七は無表情のまま、今まで起こったできごとと、現状をあっさりと、たやすく、一直線に伝えた。 「なんだ手前は?」 「名乗る名前などないでしょう?それで、あなたには二択が用意されています。ここで私達に殺されるか。人間から隠れて死ぬか。」 意識が鮮明ではない銀髪は七を睨みつけるが、七はまるで意に介していない。それどころか銀髪に“死ね”と宣告した。 その瞬間、オレは七の姿がお嬢と重なったように見えた。 「そう・・か。オレは結局・・・いや、もうあの時から終わっていたんだな。こうなるんだったら大人しくあの時飛び降りておけばよかったな。ああ、もう疲れた。おい化け物、オレを殺せ」 七は「そうですね」と答えを知っていたかのように承諾した。 一歩引くと、両眼を黒色から金色に変化させる。 オレはこのとき、七が直接殺すのだと思っていた。しかし、七はオレの知らないところで知らない力を身に付けていた。 「無中、出番だよ」 右手を左腰に当てるような動作をしながら呟いた。右手は闇に飲み込まれると、一振りの刀を取り出した。 柄に取り付けられたお守りのストラップを除けば他はいたって平凡な刀に見えた。 綺麗な刀だと、素直な感想を漏らす。刀身の白さが際立ってはいるが、やはりあのストラップが気になる。 要はあの刀はオレの魔刃と同じくお嬢から渡された魔具というわけだ。一体どんな力かはわからないが、お嬢は七に相当期待しているみたいだ。 戦闘向きの能力の七に、武器を与えているのだからよほど手柄を上げたいみたいだな。 「七、本気じゃないよな?」 「あら?何を言っているんです?殺せと言われたから殺すだけです」 「何バカなこと言っているんだ。それはお前が自害するか殺害されるかなんて滅茶苦茶なことを迫ったからだろうが!」 金色の眼を大きく見開き、かわいらしくクスクスと笑った。 「センパイ、滅茶苦茶なのはそっちですよ」 無表情に変わった。足に重さが加わり、七の体がいつもより大きく見えた。 「もうこれは助からない。だってそうでしょう?もうこいつは人間じゃない、吸血鬼なんですよ?それなのに、センパイを生きろと?冗談はやめてください。センパイだってわかっているしょう?理解しているでしょう?納得しているでしょう?人間はいつだって、自分達とは違う生き物を許容する選択肢は持ち合わせてはいないんですよ!それなのに生きていたって、残された運命は・・・消えるしかない。淘汰された挙句たった“一人”で死ぬくらいなら、私達のような存在に殺されたほうが何倍もマシなんです!」 やばい、そう思った。オレはまだうまく行かない体を無視して地面を蹴り、右手を後ろに回す。 七の言っていることは正論だ。オレが何回自分に絶望したか。同時にそれと同じくらい七が自分自身に絶望したか、オレは知らないわけじゃない。 だとすれば、銀髪もきっとわりきっている。 もう、仲間などこの世界のどこにも存在しないということに。 ならせめて、人ではないものに殺されるのが本望だと。 きっとオレも刻がくればそう願ってしまうと思う。ある意味こいつとオレ達は同類だ。だがしかし、オレは今はまだこいつを見殺しにする気は毛頭なかった。 「はや・・・く、しろ」 「うっさい、わかってるわよ!うああぁぁぁああああぁあぁぁあああああああ!」 オレはまだこいつを殺す気はない。 だからオレは精一杯体を可動させた。 (ちっくしょ!うまく動かなねぇ) お嬢の封印から目覚めたばかりのせいで、体が思うように動かない。それどころか能力が発動するかも怪しい。けれど懸命に、精一杯に、全力を出さなければならない。 だってそうだろ?女の子が泣いているんだから。 笑いながら、刀を思いっきり振りぬこうと両手に持って、眼に一杯の涙を浮かべながら、再び自分を殺そうとしているのを見逃してはいけない。 だからまだ銀髪を見殺しにする気は毛頭ないのだ。 「七ぁ!」 ギィン!金属音だけが周囲に鳴り響いた。危ない。どうにか間に合ったようだ。 それにしても七の能力は凄まじい。間一髪で銀髪と七の間に割りこみナイフで受け止めたけれど、足が数cm地面にのめりこんでいる。 そして、この刀もやはり普通じゃあない。 吸収能力は辛うじて発動することができた。ただ、オレの周囲をまとう程度だが、それでも大量の力がオレの中へ入り込んできているのがわかる。 けど、間に合ってよかった。 「センパイ、なんで?どいてよ、ねえ。私が殺すんだから!こんな・・こんな、あの時の再現みたいなやつ、今ここで殺してやるんだからぁ!」 「いい加減にしろ!」 「きゃ!」 思わず、奪った力を魔刃に埋め込んだ。すると、魔刃は音もなく、光もせずに刀を七から引き剥がす。七だけが吹き飛び、木に叩きつけられた。 カランと音を立てて刀が地面に落ちる。オレはそれを拾い上げた。 (あ・・れ?) 一瞬意識が遠のき、この数ヶ月の記憶が走馬灯のように蘇った。 頭を振り、思考をはっきりさせる。 「七、お前はいつか言ったよな。いつまで自分を苦しめているのか?と。それはこっちの台詞だ。お前はあの時から何も変わっていないし何も変わろうとはしていない。中身がどんどん変わっていく中、外見だけでも変わらずにい続けようとしている。それはオレからしてみればどうしようもできない事から眼を背けるために抗っているようにしか見えない。見ているこっちが苦しくなる。だから、お前もオレを・・・頼っていいんだ」 「センパ」 「オレはセンパイじゃあない」 「ごめんなさい、そしてありがとう。レイ」 「ああ、任せろ」 振り返ると、銀髪は立ち上がりこちらを見ている。死ぬ間際だというのに、銀髪はオレを前にして敵意を向ける。理由もわかっているからオレは何も思わない。サングラスははずれ、両眼はさらけだされている。左目は白目だが、右目はオレ達同様金色の眼。ずたぼろの服と敵意の姿勢は死の淵から舞い戻ったようにみえ、その姿はまさしく死者そのものだ。 「よう、久しぶり」 「お前こそ、よくあの戦いで生き残ったな」 「あんなもん、どうってことない。まあそんなことはどうでもいい。あの時の続きをしようぜ」 「まあいい、どうでもいいからさ」 「へっ、言ってろ」 ゆっくりと右手を上げる銀髪だが、弱りきっているのがまるわかりだった。 とはいえ、こちらも元から弱体化していたことと、先ほどの七のおかげで心体共に限界が近かった。 しかし、オレが動くことはない。全てこの刀が終わらしてくれる。 先ほどの走馬灯と同時に、刀の中に注ぎ込まれた情報がオレのなかに入り込んできた。七がこの刀に秘めた思い、言葉。そして七自身の思いが。 刀はすでに七の所有物ではない。七の思いの結晶だ。ゆえにこの刀は七の一部なのだ。だから刀の主人は間違いなく七だけど、この刀はオレに力を貸してくれている。 「無中、いけるな」 両手で構え、すうっと真上に上げる。呼吸が乱れ、筋肉が痙攣を起こす。たったそれだけの動作でオレの体は悲鳴をあげた。本当に限界らしい。情けない。 「じゃあな」 朽木良一と呼ばれた吸血鬼が別れの言葉を告げた。人差し指をオレにむけ、先にマッチ程度の小さな炎が灯る。 こいつもすでに限界を迎えているのだ。何の思いがあってオレ達と敵対したかはわからないが、少なくてもこいつは人間じゃなくなったことを後悔している。 籠原に・・・鬼に体を壊され、自分で心を苦しめた挙句、こいつは似たような境遇のオレに挑むフリをしている。そう、人間時代の名残であるプライドなんて、意味もなくつまらなないどうでもいいものに縛られている。 「ああ、もういいよ」 オレは刀に身を委ねるように刀身を振り下ろす。 朽木良一の指先の炎は、いつまでも、いつまでも、死ぬまで灯り続けた。
オレはようやく、自分が関わることができた事に決着をつけた。 色んなものに大きな穴を作ったとしても、すでに終わった出来事ならばどんなことも過去形になってくれる。 オレが背負うものがまた一つできたけれど、それもまあいい。 だって、苦じゃないから。辛くても、苦しいだなんて思うはずがないから。 オレ達はそもそもそういう負を食べる存在だから。
とりあえず、これで吸血鬼の話はこれで終わりだ。
何かがこみあげてこないように顔をあげ、白みがかった空を見上げる。 月はすでに太陽の光に負けて、その無様な姿をかすかに見せていた。 無様なのはお互いさまだなと思いながら、オレは朽木良一が残した最後の言葉を世界に伝える。
「ゴメン」
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