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作品名:復讐者 作者:キョウ

第30回   別道
 最近の電車はどうしてこんなにも早くから動いているのだろうとよく思う。
 まず太陽が昇る前から稼働していること自体が驚きだ。
 利用している街の立地上、電車なんてものは結構目にしているけれど、オレの住んでいた街の近くには電車なんてもの、あまり必要性を感じなかった。学校なんてもっといらない。
 必要なのは、衣食住が成り立つために作られた建築物だけでいいのだ。
 (ホント、寒いな)
 気域は結界で守られているため、基本的には温度調節が行われているのに等しい環境だ。だからあの場所から出てしまえば否応なく四季の影響を受けてしまう。
 現在は冬真っ只中。12月がそろそろ終わろうとしている時。クリスマスだなんて夢を見ているようで、その実、ただの現実逃避でしかないイベントはすでに終わりを迎えており、現在は年末に向けてただひたすら走るだけの期間だ。
 歳終わりと歳初めは同時にやってくるから12月は走るように忙しい。故に師走という。昔の人は例えが非常にうまい。今のオレならこんな風に例え話にすら興味がわかないから、昔の人を微々たる意思を持って賞賛するしかない。
 人間同様、オレ達も四季によっては忙しさが変動する。
 初々しい春には小さな人間が小さな出来事で忙しく死んでいくその姿は世界の縮図のようで。夏には死んだ魂が性懲りもなくこの世に現存しようとし、現世の人間がそれを喜んで迎え入れる。秋には活発的になったバカ共の後処理に終われる日々と、春によっては育まれた夏の死がそこいらに飛び散る。冬には火災とか何かしらイベントがあれば交通事故が相次いで発生する。そして、年中通して起こる自殺願望者の実体験。
 この程度はどうってことはない。ただその場に残された魂の処理に行けばいいのだから単純な鬼でも務まる最も簡単な仕事。
 もっとも面倒なのは、日常。現実。
 死人に口なし。という言葉が有るとおり、死人は何も言わない。よって口を開くのは生きている人間に他ならない。
 善意を振りまくのは生者、悪意を振りまくのもまた生者。
 そんな悪意の残留思念に人外は誘われるようにやってくる。
 霊。妖怪。怪異。悪人。そして、正義の味方。これらがオレ達の主な対象となる。
 殺してもいいと、世界がレッテルを貼った対象。
 
 廃棄処分対象者。

 さて、今現在オレの腕の上で眠り続けているのが人外だ。その中でも吸血種になった人間。まあ俗に言う吸血鬼ってやつだ。
 動物に変身したり、霧になったり、にんにくが嫌いだったり、太陽の光を浴びると焼けたり、十字架を前には弱体化したりする、あれ。ああそうだ、大事な要素を一つ忘れていた。これがあっての吸血鬼。人の血をすする怪物。
 壊れた右目のレンズのサングラス。銀髪にダークなイメージを連想されるフード以外真っ黒な服装。思ったよりも幼い顔立ちをした男。果たしてこいつが本当に吸血鬼なのだろうか?
 実際にオレはこいつが吸血を行っているところを見たわけじゃあないから断定はできない。まあ、こいつは炎を出せる能力を持っているから人間じゃないことだけは確かだった。
 「七、次はどっちだ?」
 振り返ると、一般に美人といわれる顔の女性が歩いてきている。彼女の名前は更科七。髪先はウェーブがかかっている髪は肩に届いていき、スニーカーにジーンズ、どこにも売っていそうなアウターを着込んでいる。オレとは2年違いでこの世界に入り込んできた鬼女。優れた適応性と、人間の延長のような能力のため、単純な戦闘力ならばきっとオレを上回る。
 腕に吸血鬼を乗せたままここまで歩いてきたオレ達は、とある場所に向かっている。
 表向きはお嬢の任務という名目だが、実際は命という鬼を裏切った吸血鬼の頼みだそうだ。
 オレがお嬢のおかげで数日間眠り込んでいる間、七達はせっせと仕事をこなしていた。そして気域が襲われた今日この日、七達は命に出会った。
 大群を率いて気域を襲っているにもかかわらず、彼女だけはこの地に留まっていた。
 オレが暴走したあの日の後。彼女はようやく自分の間違いに気がついた。
 彼女は特別がほしかったのだ。誰も持っていない力を、関係を、現実を欲した。ゆえに彼女は吸血鬼となった。
 オレ、七、お嬢の存在に疑問を覚えたこと。そして今回の真相に気がついたとき、彼女は自身の間違いに気がついた。
普通。誰もが得る資格を持ちながら、誰も持ち得ない日常への憧れ。
だから今日、七達に近付いたそうだ。
 すでに日常を捨て去った自分では得ることは叶わない。なら叶う可能性を秘めたものを救うべきではないか・・・と。
 そうして、彼女は七達に救いの手を求めた。
 「そこを左に曲がって300mまっすぐ行けば目的地です」
 指示通り角を左に曲がると、その先は少し傾斜のある一本道だった。坂の角度にそって見上げると一際大きな建物が視界に飛び込んできた。
 白い建物。屋上に存在する給水塔。最上階に埋め込まれた大きな時計。
 あそこは学校だ。
「なあ、まさか目的地ってあの学校か?」
「みたいですね。それがどうかしましたか?」
 目的地の意外さに何の疑問も持たずに歩きだす。そんないつもと違う七の後ろをオレは付いていく形になった。
 いつもなら、お嬢の指示に疑問を覚え、こっちに質問ばかりしてくるのに・・・。
「いや、まあ何か思うところあってのことだろうさ」
「ですね」
 あからさまにおかしい。いつもの七のキャラじゃあない。
「七」
「ん?どうしました?」
 七は振り向かずに応答する。
 どうしてこちらを向かない?どうしてそんなあからさまに違う態度をとる?
 (ああそうか。おかしいのはこっちか)
 そうだ。別段おかしなことは何もない。あるとすれば、オレと七の関係がこの半年間で多少なりに変わってしまったからではないだろうか。
 だってお嬢の目的だけの指示なんていつものことだから。よっておかしいのはオレってことになる。
 なら、もういいじゃないか。
 考えるのをやめて、ただ目の前のことに集中しなければならない。
 どれだけ面倒に思っても、お嬢と命の頼みを引き受けたからにはその責任を全うしないといけない。
 たとえ、この吸血鬼がどんな結末を迎えようとも。
 それが仕事ならば仕方がない。
 今回は人のためになることをしようと決めたばかりだから。
 
 そうして、オレは「なんでもない」と答えて歩行を再開した。
 心をゼロにして。


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