今日は本当に疲れた。肉体、精神共に疲労感が限界を迎えている。身体は鉛なんて比喩を通り過ぎ、今は鉄。鉄で出来た鬼。アイアンオーガ、なんかカッコイイかも? 全く、疲れすぎてテンションがいつもより二割増しで狂っている。自分自身に軽いツッコミを入れていると、いつの間にか館に着いていた。 だがそこに、思いもよらないラスボスが立っていた。 更科 七(さらしな)。ラスボスは意外にもピンクのパジャマにクリーム色のカーディガンを羽織っていた。油断させているのだろうか?七の容姿ならば人間の男なんぞ、一殺だろう。まあ言い寄ろうものなら殺される、文字通り一殺だ。この場合は必殺かな。オレは鉄の身体を精一杯稼動し、踵を返していた、が。 「逃げないで」 袖を掴まれてしまった。今まで休んでいた七と仕事帰りの自分、どちらの体力が勝っているかなんて言うまでもない。逃げられないな。 「何か用か?寝たいんだが」 「少し、少しだけですから。」 袖を掴む力が強くなる。何故、何故震えている? 「わかったよ。」 両手をあげ、降参の合図。逃げようとしないことがわかると、ようやく手を離した。 七は、ポツリポツリと話し出した。 「ここ3ヶ月。私のこと避けてましたよね。何故ですか?」 「それはない。ただ忙しいだけだ」 「嘘つかないで!」 嘘ついていますと言わんばかりの言葉を、声を荒げて否定した。確かに嘘だ。あの時はああするしか方法がないと思っての行動だった。もう、誰かがいなくなるのが怖かった。また、いなくなることに怯えて、目的を忘れた。 「もう、そうやって嘘つかないでください」 「・・・ごめん」 七の頭に手を乗せる。 「それも嘘です。どうしていつも自分を苦しめることしか・・・。もっと私を頼ってください」 真面目な話し。どうも思い詰めていたのだろう。声が、少し震えていた。 目が合わせられなくて、向き合うことができなくて、顔を沈めた。 まだ、先の件を引きずっているのだろうか。疲れる。 「関係、ないだろ」 「あります。」 強い言葉。ためらうことなく発した声は、信じる心で満たされているようでもあった。 けれど、理由は大体わかっている。 「まさか、あの時の事か。なら余計に感情だ。確かにあの時は助けた。だがあれだけで関わるのは、ただの気の迷いなだけだ。七、お前はオレの何を知っている?何がわかる?何を思い、何を望む。いや、お前が何を望もうが、オレは何もあげるものはない。きっと」 少し話し過ぎたのか、心が重い。後ろ向きな考えだったのは認めよう。 溜息を一つ。 まだ顔が見れない。オレには、一体何ができるのだろう。何をすれば、許されるのだろう。 ぼんやりと空を眺めながら出方を待った。 「センパイ」 名前を呼ばれ、反射的に顔を向けた。瞬間、身体全体に重みがかかる。思ったより軽かったが、そんなことよりも意外な感触が襲う。 オレでは表現できないほど柔らかな感触を唇で感じた。思わず息がつまり、視界が霞んだ。いくらオレでもこれはわかる。わかるが、一体どういうことかわからない。 七がそっと身体を離すと、熱い吐息と色のついた視線が顔にかかる。 「センパイ、私・・・」 「オレはセンパイじゃない」 肩と背に手を回し、こちらから身体を引き寄せた。他人の液体が口から入りこみ、甘美な飲み物のよう。次に熱いものも入りこむとオレはそれに答えた。 「レイ」 名前を嫌な気分にならなかった。少なくても、あの時呼ばれたときよりも、いや、この感覚はむしろ心地よい。 新鮮な空気を深く吸い込み、七は昂揚しているのか顔を紅くしながら肩で息をしていた。 そして、オレは七を自室に導いた。 歪んでいるかもしれない。でも、だからこそ、ごまかしたいから正しい存在と交わったと思う。オレが七に入ると、七がオレから何かを奪うように動き、オレは必死に留めながら壊してしまうかと思うくらい自身を抑える気がなかった。 ふと思う。求めたのは罰ではないのかもしれない。 今はまだわからないが、明日が今日と違うのだけははっきりとわかった。
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