鬼が生まれる条件。生まれる時点で鬼だとしても。人間から鬼だとしても。鬼がこの世に生を受ける瞬間。ある条件を満たして生まれてくる。 他者を殺すこと。それが、鬼がこの世に生を受ける条件。 通常の鬼は、生まれると共に母親を殺して生まれてくる。 七は鬼になるその瞬間、自分では抑えきれない殺意に身を任せ、我を失い、親を殺した。 千早は殺意を抑えなかったが、我を失うことなく冷静に両親を殺した殺人鬼。 天野零は、とある事情で複数の人間を殺したことをきっかけに鬼になった。 双子である神楽姉弟。彼女達も鬼の中では特殊な分類だった。生まれる前、双子だとわかった瞬間。母親は思わず夫を殺し、子は母親を殺した。夫を殺した罪を背負った母を殺すことで二重の罪を負った。 鬼になる条件を簡単に言えば、同族殺しという罪を背負うことで生まれてくることだった。 だから天野は特別な鬼だった。なにしろボロボロになったとはいえ、両親は健在なのだから・・・。 少し、神楽姉弟のことを話そう。
先に生を受けた姉、神楽光は生まれた瞬間、能力を得た。そして後から生まれた心には当たり前だが能力を得ることができなかった。 二人には生まれた瞬間から全く別の価値を与えられた。 価値のある化け物と、意味のない普通に区分された。 姉は将来が約束されたエリート。弟は何の役にも立たないただの鬼。 同じ顔なのに、同じように生きようとしたのに、同じように生まれきたのに、生まれた瞬間が違っただけで、生後の全てが避けようもないほど圧倒的に違っていた。 周りは姉を称えた。その頃、能力を持った鬼はまだ数人しかいなかった。故に彼女の能力は貴重な戦力だった。真空よりもワンランク上の無。絶対的な無を作り出す有。その強大な能力ゆえに彼女は持ち上げられ、ほめられ、崇められた。 だが、所詮は鬼。彼女を賞賛する者もいれば彼女を恨み、陥れようとする鬼も存在していた。小さいころから罵られ、襲われ続けた彼女だった。命も狙われたこともあった。そんな彼女の唯一の支えは弟の心だった。 弟がいるから頑張れた。弟がいたから胸をはれた。弟がいるから努力した。 たとえ、悪意に満ち溢れた思いだったとしても、確かに彼女は弟に救われていたのだ。 弟のように興味を失われたくないから。弟のように平凡になりたくないから。弟のように希望を消されるのは嫌だったから たとえ、弟がもっとも彼女を恨み、憎んでいたとしても・・・。 そして、いつしか彼女は自身の実家である“神楽家”の当主になっていた。 神楽光。75歳、人間でいうと、15歳を迎える歳のことだ。 代々神楽家は茨木弥彦専属の鬼として活動していた。 茨木弥彦。実は彼こそがこの気域を作った人物だった。各地の鬼を集め、システムを作り出し、この国に絶対的な存在として君臨した。彼が一体どれくらい長く生きているかわからない。そんな鬼たちにとって偉大な鬼に神楽の先祖は気域ができる前から仕えていたといわれている。
そして、50年の月日が流れたある日。 彼女は茨木に呼び出された。弟の心が12人の内の一人になれるという内容だった。 心は姉の知らないところで修行をし、力を得る一歩手前まで迫ってきていた。しかし、本来能力とは生まれた瞬間に世界から与えられるもの。決して努力ではどうにもならないことだった。 だが、茨木から驚くべき提案が彼女を悩ませる。 様々な能力を持つ茨木の一部を心が受け継ぐ、というものだった。受け継ぐといっても、与えられるものではなく力を写す、つまりコピーだ。 彼女は首を立てに振った。理由は様々かもしれない。自分を超えられるはずがないからか、たった一人の肉親だからか、それともまた別の理由だったのか。ともかく心は力を得た。 “感覚”強化という力を得た。 やはり、本来ありえないことを実現させたのだから代償があった。 髪が白くなるなど、強すぎる感覚の反動。それと、姉への絶対服従。 神楽心が能力を得たのは、茨木のおかげでも、心自身でもない、あくまで神楽光が承諾したおかげだった。そのことを、世界が受諾した。 今ではもうその代償はない。心が姉を慕うのは、世界とか、過去とか、そんな些細なことではなく、単純に好きだからだった。 たとえ周りからシスコンと呼ばれようとも。 能力者になった心は、ようやく光の苦悩を知り、光を理解することができたのだ。 神楽家は、常に茨木に仕え続けてきた。そして茨木も神楽家に対してできるかぎりの配慮してきていたと思っていた。 理想の主従関係だとばかり思っていた。
今日、この瞬間までは・・・。
「茨木弥彦ぉぉ!!」 たったその一言に全てが集約されていた。 殺してやる。犯してやる。魂の叫び。両目を紅く変貌させて立ち向かう。 神楽光はもう200年近くも生きている鬼。暴走なんてことは起こさない。しかし、今の神楽は似て非なる状態。自身の意思で能力の向上をし、理性を凍結させ、感情高ぶらせながら、強固な意志で動いている。 無を横に薙ぐ。 茨木は冷静に回避した。 神楽は力任せに無で作り出した武器を振り回す。何者も受け付けない無、無は何者にも勝利することはできず、また何者も無に勝利することはできない。無は壊すことも、壊されることもできはしない無敵で架空の物質。 そんな無を神楽は器用に剣のごとく相手を切り裂くことを可能としていた。破壊はできないが切り裂くことはできるのだ。 長さも、太さも、形状もわからない無の剣を茨木は軽々と避けていく。暴風のような怒涛の攻撃を避け続けていた。ただの一発も反撃してはいない。 心の力は茨木のコピー。つまり茨木の感覚も通常の鬼とは比較にならないほど研ぎ澄まされている。 僅かな違和感。風の流れ、空気の振動。筋肉の動き、体の流れ。それら全てを頭ではなく肌で感じ取り、避けつくしている。まるで数秒先の未来がわかるかのように完璧に避けていた。 神楽光は先ほどの籠原ほどの速さを有しているわけではない。とても地味で、とても滑稽な戦いかた。だが、その感想を抱くのは実際に神楽と戦闘経験をしたことのない者だ。力の正体を理解しても、神楽に攻撃を命中させることは容易ではない。 神楽は無を操るもの。架空物質エーテルを使用する鬼。エーテルがない場所では、熱や、風、光さえも通ることは許されない。 ゆえに神楽の武器は最強で、神楽の防具は最強だった。 たとえ、神楽自身が強くなくても、この力が彼女の強さの象徴だった。 何者にも負けない武器を両手に、何者の攻撃も通さない防具を身に纏っていた。 彼女の能力の別名は矛盾だった。 「貴様ぁ、どうして心を殺した!?」 「殺したのは私じゃあない」 「何をいけしゃあしゃあと!お前が絡んでいると聞いて私はずっとイラついていたんだ!何故お嬢の件に私達が指名された!?なぜ女性の館に来たお嬢が心の許可をだした!?何故街でお前達の残骸を見つけることができなかった!?」 「さあ?たまたまだろう」 まだシラを切ろうとしている茨木に対して、神楽は今までずっと思ってきたことを口にする。約25年前。人生の分岐点と思われたあの日からずっと思ってきた違和感を口にする。 嵐はやまない。 「なら問おう。貴様、何故心に能力を分け与えた!?」 茨木の口がいやらしいほど釣りあがった。 神楽は全て理解する。ようやく理解した。どうして籠原や、秋葉がこんなにも積極的だったのか。どうして命が裏切ったのか。何故命は私達に助けを求めたのか。 これも全て、あの日から、いや、もっと前からこうなるように仕組まれていたのだ。 魔女がこの国に来訪したこと。鬼の中から裏切り者がでること。お嬢が私を指名すること。天野が暴走したこと。私たちが留守を狙って命と合わせようにしむけたこと。そして、心を能力者にするようそそのかしたのも全て、今日、この紅い髪の鬼を復活させるためだったのだ。 嵐はよりいっそう激しく暴れだす。 管理者は何故管理者と呼ばれるのか。茨木以外誰も知る術はないだろう。 だが、管理者が一体どういう存在なのかは理解している。 管理者とは、私達12人を含めた他の鬼とは一線を画す。 先祖返りなんて言葉が存在するが、そんなものは比較にならない。 過去の再生。世界が自身のために作り出した記録再生。 この茨木は昔、“茨木童子”と呼ばれていた。そう、こいつはあの茨木童子そのものだ。文献通りならばこいつの年齢は千近くだろう。だが、茨木童子であり、そのものではない。茨木童子という存在に、世界が新たにレッテルを貼り付けた存在。つまり、新生茨木童子というわけだ。 そして残りの二人も似たようなもの。 二人の元となる鬼はすでに死んでいるため、過去を再生した。 そのためには膨大な魂が必要になった。正確には魂の中にある存在という名の情報量だ。 まあビデオテープに残っていたデータをブルーレイに移し変えて再生していると思ってくれてかまわないだろう。 ただ、前にいったとおり、まき戻すのに膨大な情報量が必要になる。 そのための儀式こそが・・・今回の事件の経緯。 再生するために、正者の魂を。巻き戻すために死者の魂を。そして、鬼となるためのスイッチを押すために、他者を殺す必要があった。 そしてここ、気域とは・・・ビデオデッキ。
嵐はまだやまない。 「鬼灯、助けてよ。まだやること残っているんだ」 「邪魔するなぁぁ!」 神楽は咆哮した。膨大なエーテルを周囲に高速に爆発させ、茨木を吹き飛ばす。 だが、紅い髪の鬼は何の苦もなくこちらに近付いてくる。 「貴様も消えろ!」 手に持つ、無を伸ばす。無のため、重みは全くといっていいほどない。しかしいくら強い能力でさえ、欠点はある。 例えば天野零の能力は、未完成品の力は奪えない。物理的存在を吸収することはできない、など。 そしてこの神楽光の欠点。それは射程距離だ。最長で半径10m内のエーテルしか操ることができない。よって神楽の攻撃圏内は最大10mとなる。 それでも、欠点があるからこそ、力とは強力なもの。 神 楽は自身の範囲内に入った。紅い鬼に向かって、渾身の一撃を放った。 頭では勝てないとわかっていても、だ。 紅い髪のもつ刀。獅子ノ子。鬼を切る刀。それは、鬼の力も例外ではない。 神楽と、紅い髪の鬼が交差する。 「あああああぁぁ!」 声は女性のものだった。 紅い鬼はため息を一つつく。絶叫を上げる神楽は倒れこんだ。無惨にも、神楽の体とは離れた位置に左腕が転がった。 「全く、手間かけさせるなよ。お前にはまだ死んでもらっては困るからな」 最後に、茨木が何かを呟いたようだったが、神楽の耳に入ることはなかった。 中途半端な痛みせいか、それとも力の使いすぎかはわからないが、神楽の意識は朦朧としている。 意識が切れる寸前、神楽の赤い両目はある少女を写した。 鬼であり、鬼ではない少女。鬼であることを認められておきながら、生きていることを認められていない存在。 (お嬢・・・私はどうすればいい?) 神楽光の意識は心のことを思いながら闇の堕ちていった
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