籠原煌は残り二人だと言った。 すでに事切れている死者の仲間になった命を加えれば、残るは一人。 想定外の発言に神楽姉弟だけでなく、あの紅葉までもが理解できないでいた。 紅葉はある一点を見つめる。 籠原が命に止めを刺したあの刀。 命は自身の能力によって物理的攻撃を無力化していた。 時に雷に、水に、風に、そして闇になることで回避していた。籠原が掴むことができたのは彼が鬼だからだ。実体がありながら霊的な存在に干渉できる鬼だからわかる。だが、あの刀はなんだ?たった一振りで命を絶命さしたこともそうだが、何故今、この瞬間であの刀を使用しなければならなかったのか? わからない。 私は歩き出す。後に続くように後方からも足音が二つ。 「籠原、よくやったよ」 上空から翼の死者もどきが降りてきた。 彼こそが今回の元凶。 死者になりすまし、鬼と人をたぶらかしてこの地に呼び寄せた張本人。 そんな奴と籠原は会話を進めた。 「私のことはどうでもいい。それで、どうする?」 「もうきまっている。ついでにあいつも呼び起こそうと思っているのさ」 「ほう、いいのか?わざわざ出てこれないようにしておいたのに何故今頃になって」 「何故?もちろんあの人のためにきまっているじゃあないか。」 「それもそうか」 「茨木様。おひさしぶりです」 私は言った。なるべく刺激しないように、下手にでた。 あの巨大な翼はすでに消え、漆黒のスーツに髪をオールバックにしている男性の名前は茨木弥彦(イバラキヤヒコ)。私と同じ管理者にして、ここ気域のナンバー2だ。茨木様は神楽師弟、桜井小夜子、村上愁治の管理者だ。 彼は今現在、このような姿をしているけれど、それも今だけだ。夏には女性の姿になり、今はこうして男性の姿に化けている。化ける年齢も様々で、この人にとって容姿など瑣末なことだった。唯一つあるとすれば、もう本人でさえも本当の姿を忘れていた。 そして、私を嫌っている鬼だ。 もちろん、私がこの人に逆らうことは許されない。 「ああ、まあよくやっているほうじゃないか。ふむ、他のやつらは・・・揃っているな」 茨木が辺りを見渡すと、そこには今まで姿を見せていなかった鬼が姿をあらわしていた。 茨木弥彦。籠原煌。秋葉空。桐ヶ谷冬至。神楽光。神楽心。桜井小夜子。村上愁治。獅堂暁。朝倉千早。そして私、鬼無里紅葉。天野零と更科七はさきほど行かせたのでいなくて当然だ。ようやく到着した鬼は、私たちからすこしはなれた場所にいた。 管理者を除くとして、あの二人を入れても11人しかいない。最後の一人はまだ帰ってきていないみたいだ。 「それで?紅葉、さっきのはどういうことだ?みんなにわかるように説明しろよ」 敵意むき出しで男性の中世的なアルトの声で私を脅す。 周りの9人は表情を変えない。 私の表情も崩れない。 「別になにも。ただ、あの場ではあれが最良だと判断したまでです」 「はっ!何を世迷言を。不完全とはいえ、お前ほどの鬼が・・・なんだお前ら?」 “不完全”という単語を聞きつけ、茨木の目の前に立ちふさがったのは経和歌丸、お万、そして獅堂だった。三者を代表するように獅堂が先頭に立っている。 「あなた達、下がりなさい!」 「お嬢、黙っていて下さい。茨木様。言っていいことと悪いことがあり、先ほどの発言は明らかに後者です」 「私は気にしていません」 そう、気にしていない。確かに私は不完全だ。それはもうどうしようもないほど事実なのだ。力も、姿もどれもこれも成長を止められている。この、茨木弥彦によって。 「で、でもお嬢」 「まあいいじゃないか。獅堂暁だったな。話を聞こう」 周囲を驚かす原因を作った張本人である鬼が何故か仲裁に入っていた。 私は不覚にも話の流れをつかまされている。 「話などありません。ただ一つだけ、今の話を今後一切ださないで頂きたい」 それから三人は頭を深々と下げた。 丁寧にお願いをした。 だが、そんな行為に対して、侮辱の意味しか孕まないほど高らかな笑い声がなり響く。 「ははははははははははははははははははははっっ」 右手で顔を隠し、上半身を仰け反らして笑い続ける管理者。 笑い続ける姿は狂っているようにしか見えなかった。 忌々しい笑いは突然鳴りやみ、右手で顔を隠したままこちらを見る。 真紅眼。 「違う、違うぞお前達!狂っているのはお前達のほうだ!思い出せ!いつからこうなった?さあさあ思い出せ。我々は本当にこのような生き物だったのか?違う、断じて違う!悪意と、殺意と、興味で彩られた我が同胞達よ、思い出せ!このような優しさ、慈しさ、愛、全てがまやかし、全てが幻想だ。」 彼は言った。私達は悪意で形成されていると。悪意で考え、悪意で思い、殺意で表す生き物なのだと。 殺すことに意味があり、侵すことに意義をもつのだと。 まだその口はとじようとはしない。 「やはり、この計画を実行して正解だった。人間ごときに染められた鬼など世界にとって不要そのものだ。」 彼はさきほどまで籠原が持っていた。刀を握る。美しいほど鋭利な刀にこの場にいる鬼のほとんどが息を呑んだ。ただ一つの刀に呑まれていた。 「茨木様。もしかしてそれは・・・」 私はこの状況を見てようやく理解することができた。 何故命がこの刀で殺されたのか。何故たった一振りの刀に鬼が呑まれたのか。 私の言葉に満足したのか、茨木は刀を高々と掲げる。 「さすがとだけ言っておこう。さあ、復活だ。」 茨木の口から笑みこぼれる。我慢などしてはいない。悪意に満ちた表情からは悪意しか見当たらなかった。 そして、80cmほどある鋭利で、美しく、強大な力を宿った刀を真上にほうり投げる。 オォォォオオォオオ!と刀が宙を舞うとは思えないような音を立てて空を切ってい く。その音色は猛獣を連想させると同時に私は確信を持ってしまった。 50mほど投げられたところで刀が落ちてはじめた。 咆哮が鳴り響く。刀が咆えている。 オオオォオオオオオオォォ! 獅子のごとき咆哮。 「まさか!何故この刀がなぜここに!?」 ようやく獅堂が気がついた。当たり前だ。獅堂の家系は代々この刀を守護するために生きてきたのだから。 獅子ノ子。かつて“髭切”や“鬼切”といわれた刀だ。本当にこの刀がオリジナルかは定かではない。しかしこの刀の持つ禍々しいほど秘められた力と、鬼を飲み込むさまは侮ることはできない。さらにこの声。きっと獅堂でさえも初めて聞くであろう。夜に獅子の声で鳴くと言われたこの刀の咆哮を。 何故オリジナルか定かではないのか?理由は二つある。 一つ目、髭切と言われた私達にとって脅威は名を変えることに力が変化しているから。 二つ目、鬼を切る刀が鬼の手に渡ったといわれる文献がこの国のどこにも記されていないからだ。 人間の記録ならば、多少の誤差や誤解もあろう。しかし私達鬼にも記されていないとはおかしい。私の仲間のなかにはすでに400年も生きている鬼もいるが、彼らたちも詳しいことは知らない。 ただ一つわかっていることがある。 気がつけば、守っていたそうだ。 ただこれだけが伝えられることだった。 そんな鬼を切る刀が落ちてくる。鬼を殺しに堕ちてくる。 何者かの手によって落ちてくる。 何者かが鬼を殺す刀を持っている。 ザン! 何者かわからない者は着地と同時に獅子ノ子を振りぬいた。 血飛沫が飛び散る。ある一点を貫いた。ここからでは詳細はわからないが、柄に届きそうなほど貫かれている。 「はははははははははははっ!」 茨木の笑い声が鳴り響く。 「ああ・・あ、な・・・なんで?いば・・ら・・・さ、ま」 鬼を切る刀で貫かれた鬼は何の抵抗することもなく、あっけなく、あっさりと切られてしまった。まるで、切られるのがわかっているが避けられなかったかのようだった白髪の、眼鏡をした鬼。 そして、鬼を切る刀で鬼を切ったのは間違いなく鬼だった。 耳と左目が隠れるほど長く、紅い髪。均整の取れすぎた人形のような顔。夜目でもわかるほど綺麗な黒絹の着物を着衣している。 鮮やか過ぎるほど血を連想させる赤い髪をした鬼は、金色の目を周囲に向ける。 たったそれだけで他の鬼は理解し、納得した。 彼が、支配者だと。 そんな中、ただ一人だけが感情だけを表面に浮上させ、理性を冷却しながら動き出した。 「何故だぁぁぁあ!茨木ぃ!」 神楽が咆える。悪意を爆発させる、殺意をめぐらす。 しかし切られたのは神楽光ではない。双子の弟の、神楽心だ。 桜井小夜子も、村上愁治も、経若丸も、お万も、獅堂暁も、朝倉千早も、ただ呆然と立ち尽くしていた。まだ理解できていない。 一方。籠原はつまらなさそうに腕を組み。秋葉は何が面白いのか、口に手を当て笑みを隠し。桐ヶ谷は茨木同様に笑い続けている。 「答えろぉぉ!」 神楽光は何かを持つような動きを見せる。しかし実際には何も持っていない。無を持っているのだから、何も持っていないに等しかった。左右共無を握っていた。 神楽が走り出すと同時に心が倒れた音がした。光は構わず疾走する。目標は茨木。殺した張本人よりも、裏切った張本人に重きを置いたのだ。 私はこの判断を正しいと判断する。 もしここで紅い髪の鬼に向かって行ったのならば、確実にあの刀の餌食になってしまうのだから。 混乱する状況。理解できるが納得できないこの状況。 一体誰が裏切って、誰が正しいのかまるでわからないこの状況。 不要と判断された私か。全てを意のままに操らんとする茨木か。神楽心を殺した鬼か。 それとも・・・。
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