扉を開け、オレを一番最初に出迎えてくれたのは冷たすぎるほど熱のない風だった。 「うーさむっ。なんだ、もう終わったのかい?」 あまりの寒さのあまり着替えるのに手間取ったせいか、オレは完全に出遅れてしまったようだ。 依然として一歩として移動していない籠原。対峙していたはずの銀髪は、漆黒のスーツとサングラスをかけたグラマラスな女性に担がれていた。 「天野、そこでじっとしていろ。死にたくなければな」 「ああ、そうさせてもらおう」 ふん。籠原のやつ、一度お嬢にやられているな。オレの今の状態がわかるということはきっと自分も知っていることではなかろうか。 まあいい。ここでじっくりと見物しよう。 「残念ですが、やるきはありませんので」 「何故だ?貴様はあのときあんなにも闘士に満ち溢れていたはず」 突然の声にも動じず、三者は同時に空を見上げた。背中から3mもありそうな翼で宙に浮かんでいる存在。オールバックの黒髪、サングラスにスーツもコートも全てが黒い男がそこにいた。あの時あのビルにいた男と容姿は同じだけど、雰囲気がまるで違っていることに気が付いた。そして、あの時のようなバスの声こそしているけれど、明らかに口調が違っていた。 一体どういうことだ? 「あなたは何者です?一体どういうことですか?」 同様の疑問をぶつける女。翼を生やした男の雰囲気が変わっていることに察したのか、女の雰囲気も一変した。殺気しかない。さすが元鬼といったところだ。無関係のオレにまで圧力が伝わってきている。 さて、面白いものが見れそうだなぁ。 「戦えっていっているじゃないか」 ついに声も変化した。見た目は三十後半だが、その口調と声色は25前後といったところだ。 「さあ戦え、そして自身の力を見せ付けろ。さあさあさあ!その力で、能力で籠原と戦って真価を見せろ。進化を見せろ。その可能性を、その存在を、その吸血鬼の力を!」 「・・・というわけだ。女」 何故籠原がこの翼の男と話を合わせたのかわからない。まさかただ単に戦いたかっただけなのだろうか。それとも翼の男と知り合いなのだろうか。まだわからない。そして、なぜ籠原の名前を知っているのだろうか?クエスチョンマークしか浮かんでこない。 「残念ですけれど、私の仕事は戦闘ではありません」 ため息を一つついて吸血鬼はあっさりと拒否した。 風が吸血鬼の周囲を流転し始める。雲ひとつない頭上では電流がほとばしっていた。 ドン!と女の体に雷が落ちる、と同時に女の体が一瞬ブレた。 「な、なぜ?」 一体なにがどうなっているかわからないと言いたげな吸血鬼だが、それはオレの台詞だ。バカ。 何も起こらなかった。吸血鬼がなにかしようとしたところを籠原が邪魔したのだろ う。けれど、実際は何も起こらなかった。 吸血鬼の足元にサングラスが落ちた。 「私の力で消し去ったまでだ。なに、ただの電磁場の崩壊にすぎん」 オレには籠原の能力にまるで検討もつかない。けれど、これで吸血鬼の能力は通用しないことだけははっきりとわかった。 さて、吸血鬼は一体どうするつもりだろうか? 眼前には籠原、そして頭上には謎の男が佇んでいる。さらに気を失った銀髪が吸血鬼の足を引っ張っているから逃げることも戦うこともできない。 吸血鬼は諦めるように、銀髪を地面に置く。右手を前へ、左手を地に向けた。 「いいでしょう。さあ、はじめましょうか」 ジワリと吸血鬼の両眼が金色から赤色に変化していく。 翼の男は、堕天子のような翼を広げて空高く上っていった。 「私の力を見くびっては困ります」 言葉が終えると同時に眼が完全に赤色に変化した。 オレは先ほど感じた感想を却下しなくてはならない。この吸血鬼は強い。きっとオレ達12人と肩を並べるほどにまで。 そして、右手からは風が、左手の真下にあるのは地面。 「ボレアス」 一度目の言語。意味するのはむさぼりつくす風。 オレは眼を疑った。滅多に風が吹かないこの場所で、とてつもないほど濃い風が集まってきている。風とは空気、すなわち眼では視認できるはずがない。だがオレには風の流れがはっきりとわかる。すでに暴風と化した風は籠原と吸血鬼を中心にしていていた。 まるでいまから籠原を貪り尽くすかのように。 「我に従え」 二度目の言語。今度は一言。単語ではなかった。 オレには言葉の意味はわからなかったが、何をしたのかはすぐに理解することができた。吸血鬼が従えているのは霧。正確には水分。貪る風で霧を従い、籠原と共に霧に飲み込まれていく。まるで天空の城でも中に存在しているんじゃないかと思うほどだ。 「四十秒で支度しな」 「それは言っちゃだめ!」 背後から、オレの心を呼んだかのようなボケが飛んできてしまったので思わずつっこんでしまったが、オレはあまりのことですこし考えてから振り返った。 「センパイッ、眼を覚ましたんですね」 腰に鈍痛。振り返ると七が抱きついてきて、かなり重い。 「七、すこし離れろ。で、どうしてあんたらがいるんだ?」 そこにはいつのまにか見知った顔ぶれが揃っていた。 更科七。神楽光。神楽心。そして鬼無里紅葉こと、お嬢が立っていた。 「ただの見学です。どうか気にならさずに」 「心。お前がそういうときほど何かあるんじゃないかって勘ぐるよ」 「まあいいじゃないですか、それで?どこまで進んでいますか?」 「籠原とあの吸血鬼が戦い始めたところ。ん?何か知っているのか?」 「・・・」 ちっ、だんまりかよ。 「七」 「センパイ、すいませんが今はあっちのほうが先決です」 なんだ?七までこんな風にいうなんておかしい。 まあオレもあらかたの事情は察しているつもりだ。眼を覚ませばこの場所にいるはずがない銀髪たち。そこいらに積み重なっている死者の群れを見ればある程度のことは想像できた。 「雷徒任愚」 考えているうちに三度目の言語が発せられた。 風で囲み、霧で覆い、電撃をはっする。雷撃は霧を伝って風の範囲を全て走り去った。一瞬の出来事で、一撃はとても有効的な攻撃とは思えなかった。だが、あの籠原の力を思えばこれも仕方がないと思う。神楽光とはどこか異なる。まあ能力が同じだなんてことははっきりいってありえない。確かに神楽光は完全なる防御と完全なる攻撃手段を持ちえているけれど、強力すぎる力のせいか、その能力範囲は驚くほど狭い。 まあこれはあとで七から聞いた話だ。 戻そう。 銀髪のときもそうだったように、籠原は神楽とは違った方法であいての力を消し去っている。籠原はそれこそ相手がどこにいようとおかまいなしのようだった。どうして消しているのがわかるかといえば、オレの能力が吸収だから。 そんな力を見せた籠原に対して、吸血鬼が取っている行動はあながち間違ってはいないはずだ。どうやっても消されてしまうのならば、広範囲を連続で、それがセオリーに感じた。 そうして、一瞬で終わる一撃は、無数に、連続に霧を伝う。一撃一撃が雷雲を連想させている。 果たしてこんなことで籠原にダメージを与えられるか心配になった。映画に出てくるような怪物がマシンガン程度の火力では殺すことができないように。 四度目の言語は未だに発しられていない。 30近くの雷鳴が轟くと、ようやく霧がはれ、風がやんだ。 「なんだ・・・あれ?」 思わず声がもれる。つばを飲み込むと喉がごくりとなり、周囲をみた。神楽光は戦闘意欲が増しているかのように笑い。神楽心は前方で起きている光景に眼が奪われている。七は驚きのあまり口に手を当てている。そしてお嬢は、無表情で腕組みをしていた。 再びおれはその光景を凝視する。籠原はほとんど傷を負ってはいない。コートや顔にはところどころ焼けているような痕があるが、そこまで深くはない、むしろ全身軽症だ。そんな化け物の手にはいつの間にかあの大剣が握られていた。 オレ達が驚いているのはそんなことじゃあない。なにしろ、籠原の相手をしていたはずの吸血鬼が四人に増えていたのだから。全く同じ容姿、服装をした吸血鬼がそこには四人いたのだ。
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