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作品名:復讐者 作者:キョウ

第23回   銀重
(眠い。一体何の音だろう)
 西館三階。扉に付いている表札には名前が彫られていた。
 天野零。
 殺風景な部屋にはカーテンが仕切られ、風景が殺されていた。
 鬼が目覚めた。封印が解かれたのだ。紅葉が施した封印とは、鬼の力を防ぐもの。天野は獅堂と違って不完全な鬼だから受けた力もたいしたことはなかった。だが逆に不完全な鬼のために力の暴走によって体にかかった負荷は並大抵のものではない。
 天野零は突発的に鬼になった。ある出来事によって体だけが鬼になった。心は体の所有物。そうして五年の歳月をかけてゆっくりと心が鬼に成っていった。蝕まれたのだ。
 意識の覚醒と共に記憶が蘇る。
 暴走時の記憶。気持ちにスイッチなどない。自らの意思で心を理解することはできても制御することはできない。暴走した理由はわかっている。けれどあの気持ちを止める術を知らない。だから管理人という存在が必要なのだろう。オレはようやくお嬢の必要性を、完全性を身をもって理解した。
 体に力が入らない。間接が痛み、筋肉が硬い。お嬢の術式のおかげで身体機能の低下どころか能力も当分使えないだろう。
 思うように動かすことができない体に鞭打って体を起こした。軽い頭痛と酷い嘔吐感がオレを襲う。もう一度鞭を入れてベッドから立ち上がった。一週間も眠り続けたせいか、間接の骨がギシギシと悲鳴を上げた。ようやく窓際にたどり着く。
目覚めたばかりだというのに体が欲求を示している。水分よりも、栄養よりも外で起きていることに興味を示している。
 カーテンを開けと、目の前に広がる光景に目が釘付けになった。
死体だらけの地面。赤く染め上げられた風景、死臭に満ちた空気。文字通り山積みになった死体。地獄絵図。殺しの集大成である殺戮の結果が広がっていた。殺すために創られ、練られた技術で実行された結果。
 参加したかったと激しく後悔した。死体のすべてがそれ達であることは百も承知だ。だがそれでも体内で燻っていた欲求がオレを突き動かそうとしていた。オレはオレを押し付ける。
(すこし黙っていろ!)
 あー五月蝿い。感情が五月蝿い。気分が五月蝿い。もう何もかもうるさい。黙ってみていろ。
 銀色の死者が殺されていく様を・・・。

 190cm程度ある長身の大男。余分な脂肪がほとんどない筋肉質の肉体。短く切りそろえられた髪に相手を威圧する顔。膝まであるコートに合わせたような巨大な剣。珍しい形状だ。誰もが見たことがあるような剣だけど、この国のものではなく西洋を思わせる大剣だ。そんな自身と同等の長さを誇る大剣を有している男は見たことがある男だった。
 籠原煌(カゴハラキラ)。オレの記憶が正しければやつは男性の鬼の中では最強だろう。オレ達は味方同士で戦うなんてことは基本的には行わないので実際、一番強い奴がだれなのかはわからない。けれど、見ただけでわかってしまうのだ。獅堂よりも、桐ヶ谷よりも、もちろんオレよりも。オレが見たことがある男性の鬼のなかで籠原が纏う気がもっとも濃いと感じていた。
 そんな最強の部類にわけれられる鬼と対峙するのは、これも見たことのあるやつだった。知らない名前の吸血人。光沢こそないけれど、完全な銀色の髪。フードに銀のファーが付いているジャケットを着こなし、サングラスをしている男がいた。だがすでに勝敗はついているように思えた。銀髪の服は切り刻まれ、血が滴り落ちている。どう見ても痛めつけられようなダメージが見て取れていた。一方の籠原は無傷を保っていた。
 当たり前だ。桐ヶ谷という邪魔者が乱入したと言っても、すでにあの時点でオレの勝利は揺ぎ無いものになっていたのだ。そんなやつがオレよりも数段強いやつに勝てるはずがないのだ。確率とか、そういったことでひっくりかえるような状況じゃあない。挑んだ時点ですでに負けている。
 いとも簡単に数分先の未来が見えてしまうそうな状況。銀髪はきっと自身がいつ殺されかわかっているのだろう。それでも銀髪は立ち上がる。たとえ結果が見えていたとしても、過程は変えることができるから。蔑まれて殺されるか、全力を持って殺されるか、望むのなら後者だろう。きっとあいつならば後者を選ぶ。前回拳を交えたからこそそう思えたのだ。苦しくても現状から逃げ出そうとも、自身からは決して逃げようとはしない。そんな人間くさい部分が大量に残っている人間もどきがそこにいた。
 距離と、目の前にある窓のせいでわからないけれど、銀髪が叫んだ。
 同時に籠原と銀髪の周囲にはおびただしいほどの炎が展開された。まるで炎のリングのよう。次に両手を前に突き出すと、十指から炎が飛び出す。前回見せた炎の矢。命中力はさほど高くないけれど、殺傷力を上げた炎。それを大量に打ち出した。下手な鉄砲数撃ちゃあなんとやら・・だ。
 今まで思ってきたことだけれど、籠原の能力は身体系ではない。それは常々思っていたことだ。きっと自然系だろう。なぜならば、あいつの力は標的を選ばない、それこそ敵味方の区別なくだ。あまりの強大な能力故に細かな制御ができないのか、それとも単にそういった能力なのだろうか。オレには詳しいことはわからないけれど、籠原の能力は他者を圧倒する。押しつぶす。
 銀髪が攻撃を仕掛けてきたというのに籠原は動かない。けれど、炎は標的に届く前に消滅してしまった。銀髪には驚きの表情が浮かんでこない。ということはすでにこういった事態を経験しているのだろう。だがそれでも銀髪は攻撃の手を緩めはしない。十、百、いや、すでに万もの炎を矢を打ち出し続けている。マシンガンのように、必死に、全力で攻撃し続けていた。負けている勝負を長引かせているようにさえ思えた。仲間なんてもういないはずなのにな。
 籠原は動かない。銀髪はあきらめない。炎の矢が消されたとしても、小太陽が砕かれたとしても、腕を上げるのが精一杯だとしても、奴はあきらめない。
「その苦しみから解放してやろう」
 聞こえない。
 籠原がようやく稼動する。機械的に手にもった大剣を高々と上げ、回転させる。瞬間、オレは違和感を感じた。奴の持っている剣は2mに届きそうで、長くて、重いはずだ。だがそれを軽々と・・・いや、重さを感じさせない動きで回転させ始めた。回転の初速もありえない。初速と速度が同等なんてありえない。少なからず高校に通っていたオレからしてみればこの行為のすさまじさに、非常識さに圧倒してしまった。
 そして籠原は剣を天に向かって投げつける。
 腕を振り下ろし、銀髪が倒れこんだ。動かない。
 オレの視点よりも高く投げつけられた剣はどこまでも上昇していく。あまりの回転のため、円に見えている。視界に人影が移ったように見えた。気がしただけだった。
見上げると、空には真円が二つ。金色の月に鋼鉄の月。まるで王者が下界に対して行う罰のようだ。天罰。
 ようやく剣は堕ちてきた、とどまることを知らない回転速度を保ちながら・・・。
銀髪は動ごかない。あの剣によって自身の息の根が止められてしまうという未来が決定しているからあきらめているのか、それとも籠原のせいで動けないのか、わからない。だがどちらにせよ銀髪の命運はここで尽きたと確信した。
 雷が鳴る。風が暴れる。水で操る。闇が現れた。
 残り二つがそろったならばきっと6つになっていたことだろう。
 シックス。
 オレは殺風景な景色に背を向ける。
 着替えの最中、オレの眼が変化していることに気が付いて。思わず笑みがこぼれる。
 金色の左目。青色の右目。
 また一歩鬼に近付いた証拠を見た。
 鬼の目で。


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