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作品名:復讐者 作者:キョウ

第22回   間近
 一歩、また一歩と虚空の階段を下りていく。下界にいた金色の死者の消滅を確認。力が満ちていく。しかしまだ足りない。残りは少ない。あともう一押しといったところで完了することだろう。降りていく、堕ちていく。
 鬼無里紅葉は管理人。だが支配者ではない。本当の支配者は他にいる。ゆえに思案する。鬼達の存在理由を考えれば、あの支配者を本当に復活させていいものなのだろうか?否。断じて許してはいけない。
 本当にそうなのだろうか?そんな疑問が生まれる。もし現在の状況が良好に進み、あの方が復活すれば鬼達のシステムは完全となり、この国は救われる。呪い、恐怖といった負の感情を全で後世に残すことはなくなるだろう。もとより自分達とはそういう存在だ。世界の連鎖から外れたものを狩るために、世界が例外を生み出した。世界という日常、自然、環境が生み出した非日常、非常識な存在。それが鬼だ。悪を消すならば、悪をもっとも理解した存在でなければならない。正義では悪を倒すことはできても殺すことはできないのだ。
 今更決意した思いを再認識するのは具合がよくない。これでは再び迷いが生じる。この先に起こる事態を想定すれば、今は迷っているときではなく決断したことを実行することにある。
 まだ、あれは復活してはいけない。たとえ後々復活するとしても、できる限り先延ばしにしなければならない。それが今現在の私を通した世界の考えだ。人間の悪を飲み込む人外の悪、それが鬼。邪悪な存在。人間同士で憎むことがないように、憎しみを絶つ者。だが今復活したならば、否応なくこの国の人間社会を攻めてしまう気がしてならない。なぜならば、あの方は人の思いからなった化け物だからだ。

                       ◇
 25メートル。ちょうど半分くらい落ちたところで紅葉は歩みを中断した。目の前に暗黒が現れたからだった。鬼道によく似たその暗黒は渦を巻き、扉に見えなくもなかった。夜空に紛れた暗黒の扉。ああ、本当に良く似た魔法だ。これがあのときの吸血人、いや、吸血鬼の能力か。
 そうして、高さ2メートル程度まで広がったところで闇から良く見知った顔が出現した。
「おっと、高いな。よっと。おや?お嬢じゃないか、どうしたんだい?」
 最初の一人が闇から現れる。色を抜いて茶色になった髪を後ろで結い、いつものようにきちんとしたシャツとパンツ、そしてコートを羽織っているのは神楽光だ。彼女も紅葉同様何もない空間に立っている。きっと能力を駆使しているからだろう。彼女は今回街で起きている事件の解明を自らが指名した鬼。その実力と知性は申し分ないが、あまりある実力のせいで好敵手に出会ったことがないというのが彼女の欠点の一つだ。味方にいれば心強いが、もし敵に回せば厄介な相手になることは明らかだ。
紅葉は腰に手を当て、片方の手を水平に薙ぐ。紅葉の簡易壁を真横に現した。
「ああ、感謝する。ほら、来てもいいぞ」
 すると、闇から新たな人物が3人現れた。更科七、神楽心、そして・・・。
「おひさしぶりですね。命」
 最後に現れたのは命と呼ばれた吸血鬼だった。全て黒一色で染められた服装、そしてサングラス越しからでもわかる金色の両目。紅葉の声と姿を見るなり、急に膝をついた。命は現在吸血鬼だが、元はただの鬼だった。しかも下位と呼ばれる場所。気域より地下に広がる鬼達の住処の住人だ。下位とはつまり“怪”のこと。怪物の住む場所、落ちた場所、ゆえに下位と呼ばれた。そんな場所で通常の鬼達は育つ。そして成長すると共に外界に放たれて人間に紛れる。もちろん、一般的な仕事が与えられることはない。人間が恐れるため、鬼が人間を憎むため、基本的に人間と接触するような仕事が与えられるはずがない。しかも寿命がまるで違う。いつまでたっても変わらない容姿は自然と周囲を恐怖に陥れてしまう。命はそんな場所で生まれ、あんな場所で生きていたただの鬼だった。だから命は紅葉に屈服するという選択肢が生まれた。たとえ今は吸血鬼だとしても、類まれない能力を得たとしても、目の前にいる管理人という存在を前にすれば跪くしかない。それは血や細胞に刻まれた呪い。魂の上下関係。変えられない絶対的な事実。世界が定めた出来事。
「わたしはっ」
「もういいのです」
 紅葉は笑みを浮かべた。七たちは少なからず驚いた。たとえそれが作り物の笑顔だと理解していても、あのお嬢が自分より格下の相手に笑みを浮かべ、優しい言葉をかけることに驚いた。
 紅葉は跪く命に近付いて、震える肩に手を置いた。その瞬間、命の肩は反射的に硬直する。
「七達を此処まで連れてきてくれて感謝しています。さしずめあなたは自分達の過ちに気が付いたのですね?」
「はい。」
 命の一言には謝罪の全てがこめられていた。自身の抱いた幻想も、自身の抱いた復讐も、全てが無駄で、全てが無意味で、全てが奪われてしまう。だから命と呼ばれた吸血鬼は七たちを気域まで連れてきた。自身が身に着けた能力で、自身の生まれた場所を守るために動いた。
「では急ぎなさい。せめてあの人だけでも連れて帰してあげなさい。それがあなたの最後の任務です」
 最後の任務ではない。ましてや最初の任務でもない。紅葉が命に与えたのは後にも先にもただ一つだけの願い。そうして紅葉が下界を示した方向を見る。ふつうの人間にはわからないけれど、この場にいる全員はすぐにわかった。銀色の髪をした死者。まず銀髪の鬼はいないし、全員は見覚えがあったのだ。天野に傷つけられて、桐ヶ谷に致命傷を与えられた死者。吸血人、元人間だ。人間に戻れる方法はきっとどこにもないかもしれないけれど、それでも今は殺してしまうときではないと紅葉は判断したのだ。そんな銀髪の吸血人はどんな人がみても状況が手に取るようにわかる状況にあった。漆黒の服はボロボロに刻まれ、全身血だらけで、瀕死の状態にあった。
「リョウ!」
「お願いしますね」
 命は全身に風を纏う。さらに風を押さえつけるかのよう電流が流れ出た。風の鎧に雷の衣を装着すると、命は紅葉の力を借りずに宙に浮いた。そう、浮いたのだ。そうして自身の持ちうる能力を全力で発揮してリョウと呼んだ銀髪の吸血人の元へ文字通り飛んでいった。

                   ◇
 ここからは更科七がお送りいたします。イエイッ!
 コホン。とりあえず現在の状況はここに戻ってくるさいに命さんからあらかた事情は聞いて把握しているつもりだ。
 さっきのやりとりの通り、命さんはこちらの味方についた。鬼道が封印されて途方にくれていた私たち。心さんからとある吸血鬼がビルの下にいると聞いて落ちてみるとそこにいたのが命さんだった。最初は私を含めた全員が疑っていたけれど、命さんは今回の事件に関して知っていることを全部話してくれたのだ。街で犠牲になっている住民と命さんたちが死者にしているやり方には大きな違いがあった。まず死者とは文字通り死んだ者をさし、ニュースで流れているよう犠牲者はただの生贄なのだという。ただ、一体なんの目的であのような事件が起きたのか、それは命さんにもわかっていない。
 けれど、さきほどのやりとりで確信を持てた。
「お嬢、話して」
 死者の死体で埋め尽くされている記域を無表情で眺めているお嬢は、風でまう髪を手でまとめながら口を開けた。
「今回の件に関して、あの死者達は巻き込まれただけにすぎません」
「何故なら今回の事件を引き起こしたのは“管理人”だからだろう?」
 そう答えたのは光さんだった。すこし前、命さんと戦おうとしていた光さんだったけれど、命さんから事情を聞いた瞬間、光さんの気持ちはなえてしまっていた。答えのわかっている問題をわざわざ真剣に答えるやつはただのバカだ。
 私はまだ理解できていない。管理人とはお嬢のことだろうか。いや、そうじゃないはずだ。新米の私でも管理人が三人いることくらいは知っている。しかし実際見たことがある管理人はお嬢だけなのだ。だから今話している管理人がお嬢なわけがなかった。
「神楽心、あなたはわかっていますね?」
 問いかける。
「大体は把握しているつもりです。僕達の管理人のことでしょうね」
 無言の肯定。つまり光りさん達の管理人が今回の事件を引き起こしたのだろうか?
「七、それは違う。これは事件じゃない、儀式だ。復活の儀式。ここはどこだ?」
光さんは私の思考を読み取る能力はないけれど、表情や動きを察知して私の疑問に正確に答えてくれた。思案する必要はない。鬼に成った瞬間、細胞に、脳に直接刷り込まれた知識。
「気域。この場所だけに鬼が生まれ、回る場所。」
「正解だ。つまりこの場所で」
「ここで行われているのはある鬼を誕生、または復活させるために設けられた式でしかない。」
 お嬢は光さんの言葉を上書きした。腕を組み、無表情のまま嫌悪という名の重圧を否応なく周囲に撒き散らす。
「神楽光、神楽心、村上愁治、そして桜井小夜子の4人の管理人がとある事象を引き起こすために今回周囲を巻き込んだのです。
まず初めに吸血鬼が街を襲ったかのように見せかけました。もちろん実際に吸血鬼を造ったのもあの方でしょう。その中で吸血人と吸血鬼の二種類が生まれました。吸血人は人間を襲い死者を生み出し。吸血鬼は復讐鬼となりこの場所を襲いに来る。そうしこの場所に死者達をおびき寄せることに成功したのです。」
 人間から吸血人となった存在は、人間を超えたと勘違いしたばかりに人間を襲いはじめた。人間から堕ちたとも知らずにだ。そうして着々と吸血人たちは死者を増やしていった。
 吸血鬼。人間社会に紛れ込んだ下位出身の鬼達が少なからず思っている共通感覚、それは劣等感だ。個としての生命力が強いからか、鬼の精神力は並大抵のことではない。自身の欲望がとてもつよく、醜い。悪意に繋がる想い。
 他者より上へ。
 自分だけが特別。
 自身のみが上ることができる階段。
 そういった欲望がとても強い。だがそれは下位に住んでいる鬼達だけの話だ。そしてその欲望から滲み出した悪意は私たち12人に注がれていった。実際この世界に入ったばかりのころ、私を見る眼がとても冷たいものだった。違う。偽りの暖かさで迎えられていた。
 唯一無二の能力を持った鬼。特別な鬼。だから妬まれた。裏切られた。復讐しようと企んだ。そうした気持ちを、自分に忠実すぎるほど歪んだ想いを抱いている。その気持ちを光さんたちの管理人は利用したのだという。
「吸血人に襲われた人間は例外なく死者になります。ゆえに報道されている被害者、未だ発見されていない被害者、そして完全に消された被害者の全ては生者の被害者。そしてこの場所に集められたのは死者の被害者。生者と死者。生と死。正と負。この相反することを同時に取り込んで始めて生まれ、復活が完了します。」
「で、結局一体だれが蘇るんです?話の流れだと光さんたちの管理人は生きているみたいに聞こえてますけど」
「ええ、あの方は健在ですよ。身も心も全てが完全。」
「え〜と、管理人は三人だったよね。お嬢とその人がいるということは」
「そう、最後の管理人。私たちの支配者であり、私たちの管理人です」
 私たちの管理人という言葉が引っかかった。けれど私の疑問はお嬢に問うことはなかった。お嬢が腕組みを解くと足元にあった壁が解けた。
 私たちは堕ちていく。お嬢共に、お嬢に連れられて落ちていく。
 生者の器を満たした次の生贄は死者になった。生とは死を内包し、死とは生の終着点だ。
 生が過程で死が結果。過程を奪い、死を食らう。

 残る死者は三人。
 たった三人で式は完成し、復活が完了する。
 あの方とは一体・・・。


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