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作品名:復讐者 作者:キョウ

第2回   憂鬱
 草木も眠る牛三つ刻。
 オレはとある場所、とある学校に訪問している。理由はもちろん仕事だ。学校とは言っても、校内には入らない。誰もいないはずのグラウンドに佇んでいる。
 今宵は満月。日中ならば快晴に違いない。月明かりが、降り注ぐ。
 校舎は、光を反射して鮮明にその姿を表し、遊具が寂しく現れた。辺りを見渡すと、人影が二つ。オレだけだ。
 時計は2時を示した。
「来たか」
 人影を見る。だが影しかない。そう、影だけでそこに存在し、立っている。影には姿も形もないはずだが、確かにそこにいた。ふと、影の視線に気がつく。影には裏も表も前も後ろもないはずなのに、確かにこちらを向いている。
「■■■■」
 聴覚に直接働きかけてきた。だが何を言っているのか、何を伝えたいのかわからない。
 当たり前だ。オレもお前も元は同じだが、今は完全に違う在り方なのだから。
 影法師。地面や建物に残る影。現象。
 もちろんそれだけでは存在できない。ここまでに至る要素。
 面影。おもかげ。おも、影だ。面が思となり、現世に留まり、永い年月を経て、思いは募り、重くなった。重くなった思いは地面にのしかかり、映った。生前の思いが反転し、面影になり、影法師に・・・なった。実に哀れ、実に愚か。
「■■■■」
「お前、五月蝿いよ。どうしてそうなったかはわからない。だがそこまでして居続けるのはわからないを通りこして少し腹がたつ」
「■す■て」
「驚いた。現象に成り下がった奴はその事に気が付かないものだが、お前は自覚があるのか」
 気が付き自覚した時、こいつはさらに難しい存在になっている。人の思考をする現象。なるほど、確かにこいつはいらない無害だ。
「悪いが、オレはお前を助けることはできない。ただ、引き継ぐ事はできる。」
 ナイフを抜く。
 今までは、吸収した力を込めたが、今回は違う。オレ自身の力を込める。何も輝かない。当然だ。もうあの力は使い果たしている。ま、本来なら普通に存在している奴ならばこの使い方は間違いだ。他人の血を輸血しているようなものと思ってくれてかまわない。
 しかしこいつのような存在に限りオレの力は有害になる。
 不確実な存在、世界を媒介にして想いだけで存在する存在。そんな中途半端な存在に、生が確定した確実に完全な存在に敵う道理はどこにもありはしない。
「■■け■」
「たす■■」
 強い思い、想いを、叫びを抱き、声にならない言葉を発しながら近づいてくる。ゆっくりと確実に。瞬くごとに近づいてくるから、まるでコマ送りのように見える。ついに手が届く距離まで来た。この距離ならわかる。さすがにこんなに近くなら、オレでもわかる。否、オレ達のような者だからわかるのだろう。普通の人間なら、きっと見ることが限界だ。
「たすけて」
 懇願だろうか。泣いているように見えなくも、ない。けど、それは聞くことができない想いだ。
「いや、助けない。想いながら、消えろ」
 狙いは心の部位。スッとナイフを刺す。他者からしたら、影にナイフを重ねたようにしか見えない。影は・・・影法師は、 薄くなり、薄れて消えた。
 嘘だ。
 オレは影しか消せない。オレにも、誰にも想いを消すことはできない。できるのは本人だけだ。
 だから、影を失ったあいつは、世界に散った。人が思い続きる事ができるのは、身体があるからだ。そして、身体をなくしたあいつは想いを留め、影に込めた。
 だから言ったんだ、助けることはできない、と。
 オレには与えることは、きっと叶わない。それはこの能力が証明している。あの時得た力は一時的なものに過ぎない。
 祈ろう、あいつが世界の一部になることを。
 成仏。昇華。どちらでもいい。構わない。どちらにせよ、オレには祈る程度のことしかできないのだから…。
 ああ、憂鬱だ。

                     ◇
 あと半時間で3時だ。眠気はない。ただ、酷く気分が冴えない。憂鬱。
 これも全て・・・やめた。思い出すだけでも塞ぎこみそうだ。こんな時は寝るに限る。眠くないがな。
 それよりも報告だ。
(ああ、面倒だな。)
 なんて思いながら、北館に鉛のようぬ重い足を引きずるように運んだ。

 北館は相変わらずだった。何時でも明かりが燈り、清掃が行き届きすぎていて、新装よろしく清潔すぎていた。
「どうぞ、開いているわ」
 ノックをしてドアを開ける。そこには、部屋の主であるお嬢こと、鬼無里紅葉(きなさもみじ)がいるはずだった。しかし部屋に入ると中には誰もいなかった。
「おかしいな。確かに声が聞こえた気がしたけど」
 よく見ると、デスク後ろのカーテンが揺れていた。
「そこにいるのか?」
 返答はなし。無言の肯定だと思い、カーテンを開ける。
 半径3mくらいだろうか、広さも中々のいい感じの半円型をしたベランダだった。けど、何もない。ただそれだけだ。そんな、何もない空間にお嬢はいた。お嬢の格好も見慣れたものだ。シルクのパジャマに、肩甲骨まで伸びた髪を下ろしていた。
 お嬢はこちら見ず、夜空を見上げていた。もうそろそろ12月になろうとしているためか、星があちこちで瞬いている。お嬢の名は秋を象徴しているから、きっとこの夜空は格別だろうか。すこし、羨ましいと思った。
「お嬢、報告だ。」
 まだ沈黙を続けていた。だがこの距離だ、聞こえないわけがない。
「言われ通り始末してきた。」
 目の前で、髪がまるで重力を感じさせずに揺れる。
 こちらを向いたお嬢は、眼を少し細め、心なしか歯噛みしていた。それは、オレが初めて見るお嬢の悔しさが滲み出た表情だった。
「どうした?」
「何でもないわ。」
 そう、お嬢は俯いて言った。事情を知らないオレは、首を傾げるしかない。お嬢は、何故かオレの顔をじっと見ている。そしてかぶりを振ると、何かが吹っ切れたような表情になった。だが無表情。本当に愛想が壊滅的なご主人さまだ。
「天野零。あなた、何故任務を真っ当しないのかしら。もしかして、同族嫌悪?それとも同類哀れむと言った類い?」
 30分前の出来事。想いに縛られ、人でなくなった人影。一体、どんな想いかはわからないが、あれほどまで執着心がある想いは珍しい。故にわかってしまう。けれど、あれは結果として自身の想いの重さに耐え切れなかった。
 堪える事が、できなかった。
 確かに、似ていると言われれば、似ているのだろう。けど。
「そんなんじゃ・・・ない。それに、そんなことは、しない」
 哀れむとか、嫌悪なんて考えをもつのは失礼だ。どんなに愚かな想いで、間違いを犯しても、その想いは本物だ。他人のためではない。自分のために切実で、真剣ならばその想いは本物だ。
 お嬢の手が頬に触れ、偽りの温もりを感じた。
「ごめんなさい。少し、意地悪が過ぎましたね」
「別に構わない。気にしてないからな」
 気にしてなどいない。オレとあの人影は違うのだから。
「そう。なら今日はもう結構です。部屋に戻りなさい。」
「ああ、そうさせてもらう」
 手が離れる。オレは重たくなった身体と心と思考を引きずるように踵を返す。
「お疲れ様でした。ゼロ」
 ベランダから出る寸前。お嬢から労いの言葉を貰った。初めてかもしれない。今、振り返れば、お嬢の表情を垣間見る事ができるだろう。けれど、振り返らなかった、振り返るわけにはいかなかった。その労いの言葉はきっと、5年間を集約している。オレをその名で呼んだのだから。きっと。
「お休み。紅葉」
オレの言葉を最後に、お嬢との会話が終わりを迎えた。
静かにドアを閉めた。
お嬢が、秋の夜風と星空を楽しめるように・・・。


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