狭い路地裏。広い公園。さびしいビル。賑わう街並み。どんな場所でも、どんなときでもそこに人がいれば必ずそれをやってしまう。老若男女問わずに・・・だ。 告白しよう。私は今、爆弾を抱え込んでしまった。それもとびっきり大きくて、邪悪で、強力な爆弾。これはきっと爆弾処理班でも解体できはしない。 「くそっ、なんで何もない!」 「きゃっ」 ドン!と鈍い音が路地裏に響き渡る。視線を向ければ、音源である場所には拳ほどの穴が開き、穴を中心に壁一面にヒビが入っていた。 公共物破損の疑いが幾重にもある犯人の神楽光さんは、イライラを隠すことなくただ怒り狂おうとしていた。 「もう一週間だぞ、一週間!天野の奴の暴走以来何もつかめていない。そればかりか被害者は確実にこの“街”で増え続けている!」 一週間という単語が頭に響いた。私達三人は、お嬢から任務を言い渡されてからずっと収穫とよべる収穫を得ていなかった。 センパイの一件で知ったあの四人組みがこの事件の首謀者だと思い、捜査し続けていた。初めから、この事件は、街の中でしか起こっていない。つまり、私たちのいるこの“街”自体がターゲットにされていたのは明白だった。それは、ニュースでもやっていた通り、人間達も気が付いていたことだったのだ。だから今現在もこうして地道に歩き回っている。人が多いところ、この路地裏のように死角と呼べるような人がこない場所など、様々な場所を這いずり回るようにして捜査し続けた。しかし、結果はこの通りだ。再びあの四人組を見つけるどころか、あのビルにいたような死者達すら見つけることができずにいた。 「もういい!二人とも、戻るぞ」 人気がないからなのか、いつものような余裕を欠片も感じさせない光さんだ。一方心さんはというと・・・。 「・・・・」 ずっと黙りっぱなしだ。腕を組み、何か考えているようだけれど実は何も考えていないのではないだろうか。
そうして、私達三人は通ってきた鬼道に戻った。
「姉さん、止まって」 とあるビルの屋上。そこの給水塔の影に、直径2mもある闇が広がっている。これが私たちの通ってきた鬼道だった。しかし、光さんが鬼道に触れようとしたところで心さんが珍しく口を開いた。 「なんだ」 「触れないほうがいい。どうやら封印されているみたいだよ」 その言葉を聴いた瞬間。光さんの目が大きく見開いた。そして、いつものように胸ポケットからタバコを取り出した。 「心。原因はわかるな?話せ」 心さんは、待ってましたといわんばかりに饒舌に話し出した。 「昨日から異変は起こっていた。今まで見つけられなかったけれど、存在感だけは街にこびりついていたあの死者達の気配が昨日から途絶えていたんだ。そして今日、僕の感覚が正しければ、この街に残っているやつはただ一人。それはきっとビルの下で待っているはず。残りはこの鬼道の向こう側にいるのが妥当だね」 「ちょっとまってください」 「何だ七。今頃慌てて」 「慌てもします。どうしてあいつらが“あの場所”に向かったんですか!?」 「別に考えるまでもないだろう。死者の内二人以上は私たちのような鬼だ。だがどうして鬼という人外が、死者なんて鬼にも劣る人外の味方をするのか・・・。答えは簡単だ。同じ種族を憎んでいるからさ」 私にはその感情が理解できない。殺したいほど興味を持つことはできても、明確な悪意をもって不の感情が出たことはないから。どうして憎むのだろう?仲間なのに?どうして? 「でもそれだったら、わざわざ鬼のままでもできたんじゃ」 「それこそ間違い。私たち12人の存在を思え」 「あ」 そこでようやく私もわかりかけてきた。お嬢のような管理人を別とすれば、私たちのような“能力”を付与されている鬼は12人ときまっている。理由は知らないけれど、後にも先にも12人と決定していることは確かだ。その証拠に記憶には私達以外に能力を持っている鬼を知らない。さっき光さんの言った憎しみ・・・復讐が目的ならば、通常の鬼ではまず目的が叶うことはない。 ただの鬼に興味ありません。 そうして、私の頭のなかにあった断片的な記憶という名の記録がパズルのピースのようにつながっていった。 血を奪った犯人。鬼を捨てた鬼。封印された鬼道。何かが起こっている帰るべき場所。街から消え去った死者の群れ。 「そうだ。これは詰まるところの“仲間割れ”というやつかな」 とタバコの煙を噴出しながら光さんがいった。 「死者になって、特別な力を持った鬼が一体どれくらいいるかはわからないけど、それでも僕達には勝てないな」 と、口を一直線に曲げて心さんはつぶやいた。私にはわかった。心さんも結局鬼だ。今この瞬間にも、“殺してもいい”相手をしった心さんと光さんは楽しくてたまらないのだろう。心さんの口元はきっと笑みを我慢している証拠だ。光さんは顔にはでないタイプだけれど、内心はもうたまらないのだろう。 「でもどうして死者になったくらいじゃだめなんです?だって私たちにはない特別な能力を持っているんでしょう?」 「七.私たちの能力は鬼の中では一般的だが、他者から見ればこれほど稀有な存在はない。前回の魔女を覚えているか?」 「はい・・・まあ・・・一応は。あんまりですけどね」 魔女か。あのとき一回殺されたせいかはわからないけれど、細部の記憶が曖昧になっていた詳しいことはわからないでいる。 魔法。魔を使用するための方法。術式ではなく方法。通常では起こりえないことをなす人間。そういった世界の理に反する方法を扱うものを、魔法使い・・・魔女と呼んだ。 現在、この国に残っている魔女のほとんどは、あの時までの3年間で殲滅してしまったのだから。 「魔女達は、人間という世界の輪廻でしか生きられない生き物だ。だが、その輪廻からはずれた出来事を起こす神秘に近づきすぎた人間が魔女だ。だが私たちは・・・いや、やめておこう」 「ここまで話しておいてやめないでくださいよぉ」 頬を膨らまして抗議したけれど 「私たちは例外から生み出された通常だ。そこから先はのちのち教えてくれるさ」 「誰かが教えてくれるんですか?」 「ああそうだ。きっとわかる日がくる。じゃあ行くか」 光さんは、タバコを口から落として靴で踏みつけた。給水塔から飛び降りて、屋上のドアに手をかける。 「どこ行くんすかぁ?」 「きまっている。下で待っていてくれている客人のところだ。」 ガチャリとドアノブをひねって屋上からさっさと去ってしまった。 「七さん。僕達も行きましょう」 にっこりと笑う心さん。ああそうか。心さんも早く殺しに行きたいのね。まあわからなくもないかな。 「そうだね。じゃあ私は降りていくから。後から付いてきてね」 と、私はビルから飛び降りた。 十階建ての平凡なビルの屋上だからそう高くはない。 飛び降りたのは別に階段が面倒になったからではない。不安だったからだ。鬼道が封印されていると知ったときから、この事件に関してのだいたいを理解したときからずっと感じていた。センパイはまだ治っていないのだ。だから今日もまだベッドの上にいることだろう。 ふと、昔センパイに言われた言葉を思いだした。
思い出だけ持って生きている。
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