目に付く者を破壊しろ。動く者を捕捉しろ。力を奪え、力を暴け、力を与えろ。 もうすぐ晴れる。もうすぐ春だ。しかしもうハルはいない。 春に晴れて春が来て、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12。然らば春は去っている。 意義はなくても意味はある。 1は重。2は月。3は実。4は血。5は骨。6は無。7は化。8は異。9は幻。10は嘘。11は具。12は成。自然幻想身体。 こちらが守り、こちらが守られる。 オレは異。異なる異例。異なる異力。 (さあ、はじめよう) 体の中は、いろいろなものが、ことが、あれに、それに、これが混ざり合って気持ち悪い。グチャグチャで、メチャクチャで、混沌としている。けれど、同時に存在するがが、同じ存在になることは決していない。 痛烈な吐き気が襲い、オレは周囲を襲う。 側面には、赤い刀をもった鬼。血刀を振るう狂った鬼だ。 ナイフを逆手に持ち、一閃。20mくらい離れていたけれど、それで奴の血刀は二つに分かれる。 「唸れ射火事薙!」 後方から、雷鳴が轟く。 奪ってしまえ、奪ってやろう。奪え、握れ、支配権を奪い取れ! 後方から襲い掛かる雷はオレを通りこし、血鬼を襲い、反射して吸血人を襲う。血鬼の血を奪う。流れはオレのもの。戦いの流れはオレの物。血を飛ばし、雷を操り、この場にいる全員を襲わせる。 「はやくこい!」 正面を見据えると懐かしき同胞が三人。思考は冷静、力は暴走。光の断絶、振動の拒絶、熱の途絶。三人に向かって無意識にナイフを振るった。しかしナイフは腕を伸ばせば届く距離で止まってしまった。ここより先へはいけないな。肘に違和感が生じる。どうやら痛めたらしい。 オレ以外は、見えない、聞こえない、感じない。 血鬼と同じくらい離れているけれど、ためらうことなくナイフを振るう。 切る。見据えて切る。見ているものを、視認しているものを切る動作。よって切る動作が自動であそこまで飛んでいく。 再び避けられた。だから再びナイフを振るった。幾度も、幾度もナイフを宙で走らせる。支配権の移った雷と血は勝手に動いていく。自動的に襲っていく。一直線に、直角に曲がりあいつらを襲う。 屈折と反射。新たな力。奪われた力。奪った力。 まだ、まだ誰も死なない。どうしてだ?どうしても?どうかしているのか?どうだっていいんじゃないのか? 我慢の拒絶。ナイフを持った右手を振るう。何度も何度も何度も何度も! 今まで溜め込んできた魔力が刃から次々と放出され、屈折し、反射する。 ビキリ、と腕から何かが千切れる音が耳に侵入。無視無私無死! 殺して殺そう殺してしまえ!死なせて死して死亡しろ! 腕が逝ってしまいそうになるほど何回も、幾度も、有限に振い、無限に振るう。まるで限界のないギアのように次々と腕の速度が向上していく。数はあるけれど数えることなどできはしない。沢山一杯向上していく。 「はははははっ!」 さあっ、血よ、雷よ、魔よ、力よ!屈折しろ、反射しろ、発射しろ、連射しろ、分裂しろ。そして盗んで奪え!碧い光景、青い物体、蒼い視界。どれもこれもがわからない。 ふと、青くない者がいた。それはフワフワと宙を彷徨っている。アレは何だ?アレは誰だ?アレは一体? 長い髪に白装束。綺麗な顔に清い心。覚えているのに思い出せない。 白いイメージのそれは、指で星を描く。 「お嬢、遅いです〜」 「まさかあれが!?」 「天地の理。水、火、金、木、土、五行相剋。結し結べ、封鬼星。」 一瞬にして足元に描いたとおりの星ができる。どこかで見たことがある。あれはいつだっただろう?わからない。とりあえず奪っておこう。 吸収する。 吸えない、収めることができない。どうしてだ?ああそうか、完成していないのか。 あれ前はたしかにこれで・・・・。 いつしか、天野零の足元、正面、右側面、左側面、背面、平面と、全ての面の全ての次元に五行星が浮かび上がっていた。 「鎮まりなさい」 そうして、天野零は管理された。
◇ 「お嬢、助かりましたよ〜」 七は小走りでお嬢に駆け寄り、手をぎゅっと握った。 (もうちょっと速く着てよね!面倒なんだから) 「七、体から言いたいことがあふれているぞ」 「え?なにがです〜?」 と、ズザザザ〜っと急激な勢いでお嬢と距離をとった。もちろんそれを指摘したのは光だ。七、光、心の三人は、全くの無傷だった。それもそのはず、今の今まで、光の能力によって、自分達の周囲を“無”して暴走の影響を遮断していたからだった。 「それにしても、ひどい有様ですね」 紅葉はあたりを見渡してそういった。血だらけの地面。雷で抉られた地面。魔力が充満する空気。まるで異界のようでもある。それもこれも全て天野が原因だ。 すでにこの場には紅葉、光、心、七の4人しか存在していなかった。では残りはどうなったのか? 「そういえば、他はどこいったんでしょうね」 「あのビルにいたやつらは霧になっていったぞ。あと桐ヶ谷のバカは予備の血を持っていたからすぐさま逃げ出しやがった」 「光さん、桐ヶ谷さんって?」 「七は知らないのか。桐ヶ谷冬至。血を操る鬼だ。能力のせいかはわからんが、あいつの殺人衝動はわれわれの中で最も高い危険な男だ。まあ、危険であって脅威ではない。しかし今のお前では確実に殺される」 「殺されるって!?」 「知っての通り、私達はただの人間を殺すことはできない。だからあいつは鬼であろうとなんであろうと“殺してもいい”、なんて判断したら真っ先に殺しにかかるようなやつさ」 神楽光はようやく一安心したのか、ピースを咥え、火をつける。 「まあそれはそれとして、神楽光。この場の報告を」 「ああ、わかったよ」 口にためた副流煙を一気に吐き出す。 「天野零の暴走結果だが、新たなステップへの移行を確認。今までの吸収に加え、反射、屈折、分解をやってのけた。暴走の原因は、精神の不安定からと思われる。ただ、一つ気にかかるところがある」 「いえ、それは館に戻ってからにしましょう。今は天野零についての報告だけで結構です」 と、腕を組んでいった。とりあえず、館にもどることが決定したため、光と心は自分たちが通った鬼道まで戻っていく。七と紅葉がすれ違うとき、お嬢はポツリといった。 「無中を使わなかったのね。助かったわ」 「!!」 お嬢から初めてそんなことを言われたせいか、七は思わず泣きそうになった。
荒れ果てた地にしばらく立ちすくむ人影が一つ。 鬼無里紅葉(きなさもみじ)。彼女は、笑っていた。誰もいないこの場所で、笑っていた。誰もいないのこの場所で、口元を隠しながら・・・。
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