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作品名:復讐者 作者:キョウ

第15回   入口
 センパイがあの四人組を何の迷いもなく追っていってしまった。無我夢中のようでもあった。それを力ずくでも止めようかと思ったけれど、光さんに止められてしまった。
私達の仕事はあくまで調査。あの四人組のことはものすごく気にはなる。威圧感のある存在、見るからに怪しい服装、そしてそのうちの一人である金髪の再生能力。どれもこれも通常なら見過ごさない事態だ。けれど、光さんは四人組とセンパイの動向よりもこの場所の方が重要だと判断した。
 まあ、四人組のことはセンパイが追ったし、お嬢に報告すればなんとかなるだろうとも思った。
 そして光さんはというと・・・。
「七!早く来い!」
「はい、たただいま」
 うっかり噛んでしまった。恥ずかしい。顔を赤くしながら声の方向をむくと、そこには隣の部屋に続く扉があった。一見普通の扉に見えて何か仕掛けあるのかと思って慎重にノブに手をかけた。
・・・。
 何もなかった。なんだ、大したことないじゃない・・・・私。
(うぅ、バカだぁ)
 
 コンクリートの壁だけが存在を発しているものはない部屋。そこには光さんと心さんだけだと思っていたけれど、他にも二人いた。
 その二人は左右対称になるように両壁際に座り込んでいた。
 左をみると、女性が膝をかかえ、口と手を含んだ体全体が震えていた。歯がうまくかみ合わないのか、ここまでカチカチとまるで歯軋りのような不快な音を発していた。
 視線の移動。
右側には男性が胡坐をかき、ある一点を凝視しながら座っている。左側の女性とはあからさまに態度が違う。男性の視線のさきを辿ると左側の女性にたどり着いた。
ふと、違和感を感じた。再び視線を左に戻す。
この女性は普通の人間だ。普通の能力、普通の顔、普通の体、どこをとっても人間の域をでるどころか、抜きん出ているところがない。無害な人間だ。
(あれ?おかしい)
再び違和感。いや、今回は不快感だと思う。どうして人間の女性に違和感を感じ取ったのか、その答えはいとも簡単に答えが導き出された。
人間に違和感を感じ取ったのならば、右側にいる男性は人間ではないということではないだろうか。
あれ?この男性は一体どんな生き物なのだろう?あれ?あれ?もしかして・・・。
「そう、こいつは人間じゃない。我々の同胞だ」
 私の心を読んだかのように光さんは言った。胸ポケットから取り出したピースを加える。指を弾くと、火花が散る。ピースはライターという科学の産物を使用せずに燃焼しだした。
 そうか、だからこの女性は怯えているんだ。鬼に見られて平気な人間は普通じゃないから。
「この男性が何故ここにいるか、それはわからない。だけど、さっきの4人組の内二人は僕達と同じ雰囲気をまとっていた」
 私にはあの一瞬で4人の違いなんかまるでわからなかったけれど、心さんの能力である“感覚”ならば容易にわかったのだろう。
 そして、その二人はダークコートの男性とスーツを着た女性だと心さんは言った。
「おい。お前は下位の林(リン)だな」
 男性のすぐ横で、見下し、蔑むように光さんは悪意を吐き出した。しかし、林と呼ばれた男性はピクリともしない。ただただ、震え怯える女性を見続けていた。
「ふん、どうでもいいか。まあ大体察しはついているさ。大方、力がほしかったのだろう」
 林の眉がかすかに動く。顔をゆっくりとあげて、黒い眼球を光さんに向ける。その眼には、敵意も悪意もない。そこには嫉妬心しかないように見えた。
「おまえに何がわかる」
 どこにでもありそうな二十代半ば声。そんなありふれ、どうでもいい存在に対して光さんはただ一言言い放つ。
「そうか」
 言い終わると同時に右腕を振るう。その手には何かを持っているように見えたけれど、何も見えはしなかった。そして・・・。
 ゴトリ。口を固く結び、威嚇している顔で、嫉妬心に燃える眼を維持したその頭は、床に転がった。
 殺した。殺してしまった。男性がただ一言喋っただけなのに、光さんにはその一言がこの世で最もどうでもいい言葉のかのようにあっさりと、殺した。まるで林と呼ばれた鬼の存在自体がどうでもいいといわんばかりに。
 私にはまるでわからない。理解できない納得できない。男性の言葉も、光さんの行動も何もかも・・・。
「きゃあぁぁぁあいやああぁぁぁ!」
 今の今まで鬼である男性の視線を受けてきただけでも、生理的に精神的に肉体的に限界だった全てが、死という非日常の出来事を目の当たりにしたばかりに女性は壊れた。
 絶叫。悲鳴。咆哮。
 口を開きすぎてまぶたが薄くなり、涙はない。しかし全力で引き裂くように体を手で掴んでいるせいで、爪が肉を抉り血が涙の代わりに流れ出た。
「七、もう少し我慢しろ。心、いけっ」
 気が付くと、呼吸が荒くなり、能力を発動して左手が包丁のようになっていた。
ああそうか、気が狂った人間を目の当たりにして興奮していたみたい。私もまだまだ力の制御ができていない。ということは、まだこの体に馴染んでいないのかもしれない。
 心さんの行動は迅速に行われた。
 女性の後頭部を軽く叩いて気を失わせ、抱き起こしてそのまま外に飛び出ていってしまった。きっと、他の鬼に引き渡すつもりなのだろう。記憶の隠蔽もあるけれど、あの女性はあくまで一般人。危害を加えてはいけないのだ。何もしていないし、何もできない無害な人間なのだから。
「では行こうか」
「どこに行くんですか?」
「天野のところに決っている。今日のあいつはいつもと違う。最近でも魔女の時とも違う。まるで最初に会ったときのようだ」
 最初に会ったときのセンパイ。思い出してみると合点がいく。
「じゃあ今は」
「そうだ。目的のある殺戮者。冷静に、慎重に相手を殺すただの化け物だ。まったく、最近は順調だったって言うのに」
 何が順調だったのかもすぐにわかってしまった。センパイの人格はたまにおかしい。これは私達のあいだでは有名な話だ。人間の部分と鬼の部分、これが同時に存在している。これはセンパイがある人の記憶を奪ったからだと聞いたけれど、経緯まではわからない。そうして自身の鬼の部分とはまた別に人間の部分を取り込んでいたのだ。でも本来なら私達のように、鬼と人間の部分は徐々に同調、つまり浸透していくのだけれど、センパイは両方が同時に成立していた。だから無神経で無感動で飽き性な所と、口が悪く意地が悪く時にはやさしい所があった。
 まあでも、私はそんなセンパイの不安定なところが一番最初に気に入った部分なのだ。
「じゃあ行くぞ、七。心はすぐ追いつくだろう」
 すでにフィルターぎりぎりまで吸ったピースを口から落として踏みつけた。そして、地を蹴り外に飛び出していってしまった。
 この後のことが終わり屋敷に戻ってお嬢に報告するまで、私はどこまで調査が進んでいるのか光さんに聞くことをすっかり忘れていた。
 あの不可解な吸血鬼事件と今調べていることは関連性があるのだろうか?
 それはまだわからない。後々のお楽しみにしておこう。

 さて、私も後に続かないと。
 まさかセンパイに向かって無中を使うことなんてないよね?
 もし使ったら、センパイを殺してしまう。
 それだけはいやだ!


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