とある高校のグラウンド。足場がなければ障害物もない。だから両者は平等だ。照らすのは半月。対峙するのは人ではない二人。人間の住む場所で人間ではない生き物が会うとはどうなのだろうか。 オレは逃げている銀髪の誘いにのってここまでやってきた。もしかして4人全員を相手にするかと思ったけれど、予想外に銀髪は一人でオレと対峙していた。残りの三人は気が付いたときにはどこにもいなくて、奴は単独で行動していたのがすぐにわかった。 銀髪は紅いグローブを両手につけ、胸ポケットからタバコを取り出す。ライターを出してもいないのに、タバコは勝手に燃えだした。 「それで、お前達は何者なんだ?」 「んなことどうだっていいだろ」 銀髪が初めて声を発した。しかし質問は拒否され、奴は拳を握った。 「始めようか」 瞬間、奴の姿が消える。 (こっちか!) 突如右方向から現れ、ハイキックが飛び出す。かろうじてガードが間に合うが、こめかみを的確に狙った一撃。銀髪の口元がうれしそうに釣り上がった。 腹部、頭部、胸部、モモの順にパンチやキックがオレを襲う。 三ヶ月前、オレは魔法剣士アレイスと三度刃を交えた。それに比べれば速度はもちろんのこと、リーチがまるで違うからなんなく防御できた。 首筋に右拳、がこちらが左腕をあげると拳が開かれて腕を掴まれた。そしてそのまま空中に放り出された。 着地と同時に奴が目の前に現れる。膝をまげ、左手をアッパーのようにあげて奴の視界を遮る。そしてそのまま肩を使って奴に胸部に衝撃を与える。 綺麗にきまり、ドン!と鈍い音がした。さすがに骨には影響を及ぼすことはできなかったが、10m程度吹き飛ぶ。受身を知らないのか、地面で2、3回転がり、勢いにのったまま立ち上がるが、胸部を守るように手をあてた。口元には一滴の紅い液体が出ていた。 「はっはー!やるじゃねえか。そうこなくっちゃな」 再び飛ぶ。だがオレはもう飽き始めていた。きっと身体能力は同程度のはず。しかし経験値に雲泥の差が生じているのは明らかで、戦闘経験もそうだが、体の使い方がまるで違う。 奴の拳に合わせるように回し蹴りを放った。 (なに!?) 突如、やつの拳が炎に包まれた。体全体が危険を察知する。膝をたたんで拳との衝突を回避し、そのまま体全体で右に避けた。 ものすごい音とともに衝撃で体が持ってかれた。 なんとか足が地について体勢を整え、奴をみると、グラウンドは衝撃でへこんでいた。まるで隕石が落ちたよう。奴のだした炎がどれほど高温かわからないが、周囲の土がメラメラと燃えている。 「力が使えるのか」 「お前もだせよ、力をよぉ。一目見たときからビンビンきたぜ、お前は普通の人間じゃない。どちらかといえばこっちに近いやつだってな。さあ、やりあおうぜ」 スッと腕を前に突き出し、銃を見立てた指をこちらに向ける。そして指先が燃え出した。 「バン!」 ふざけた効果音と共に指を包んだ炎が打ち出される。弾丸の速度、ほどではない。いうなれば炎の矢。実際、避けた後ろには地面に炎の形をしたものが突き刺さっていた。やつのさっきの声はむかついていた。だって避けろと言ったとしか思えない効果音をだし、簡単に避けるようにしむけたからだ。 新たな炎が打ち出された。足を止めずに避ける、こうして動き続けていれば当たることはない。 飛び道具の攻撃対象は線。しかし命中範囲は点だ。よって線とは違う軸にいればその攻撃範囲は線から点に変化し、命中率は格段に低くなる。そうしてオレはやつとの距離を縮めていくはずだった。 気が付けば、空いた片方の手には、大きな炎球が作り出されている。バスケットボールほどの大きさ。先の拳に纏った炎の威力を考えれば、あの炎球の威力は計り知れない。当たればさすがのオレでもひとたまりもないだろう。 当たればな。 右手をコート内側の腰に回し、ホルダーにあるナイフに握る。まだナイフは見せない。 「おいおい、つまんねえぞ。やり返せよ、さっきみたくさ」 「・・・・」 「ちっ、期待して損したぜ」 腕を天に掲げると、炎球は一気に大きくなり、人一人なら簡単に飲み込めるほどの大きさにまで成長している。 すぐに炎球は打ち出さず、炎の矢を打ち出した。 地を駆け、空を切る。 反復横とびのように左右に動き、一気に距離を詰めようとした。奴は待ってましたといわんばかりにその成長しすぎた小太陽をオレに向かって落とす。 奴との距離は2、3mといったところ。この距離ではさすがに避けても衝撃でまた距離を取らされることだろう。 ならば、奪えばいい。 左手を突き出す。手のひらにどんどん吸い込まれていく炎。まるで水を吸収するスポンジのよう。奪った炎力はそのまま左手に保持。 「んだそりゃぁ!」 奴が初めて驚きの声を上げる。構わず腰に回し続けた右手の出番がやってきた。ナイフを逆手もつ。狙いは頚動脈。速度を落とさずに、一閃。
手ごたえはあった。切った感触も確かにあった。しかし、“切り落とした”感触はなかった。 見れば、ナイフは奴の腕の骨の部分で止められていた。腕は真っ赤に燃えている。否。腕に薄い炎の膜を纏っていた。そのせいなのか、この一撃を防いだ。 渾身のガードだったのか、腕には相当力がはいっていて、歯を思いっきり食いしばっていた。 ナイフの一撃を防がれたといっても、まだ終わりじゃない。一瞬生まれた隙をついてすかさず左拳を振るう。まだ拳にはさっき奪った炎の力が蓄積されている。 こちらの動きに気がついたやつは、反射で腕を上げた。ガードに使う腕にも炎が纏っている。普通に殴ればこの炎で攻撃したこちらが負傷を得るはずだ。しかしこの拳にも同等の力がこめられている。だから、力は相殺。 メキリ、と手首の折れる音がかすかに聞こえた。オレの攻撃はガードされたが、そのまま吹き飛ばす。 オレの拳から蒸気があがる。どうも体が勝手に熱放出しているらしい。 砂埃がグラウンドに舞う。奴が吹き飛び、オレは笑った。 「飽きたな」 奴はまだ動けるらしい。手をつき、膝を震わせながら立ち上がった。服は砂まみれになり、顔は傷つき、腕からは血が滴り落ちている。全体にダメージが見られるのは当然のことで、ここまでくれば勝敗は決したのも同然だった。 「てめぇ、何しやがった」 「別になにも。どうでもいいことだ」 「よかねぇよ。俺の炎を消すなんてありえない。どんな魔法を使ったかは知らねぇが、ただじゃおかねぇ」 魔法か・・・懐かしい言葉だ。もうこの国にそんな神秘があるとは思えない。まあ知らないやつからすればこれも魔法なのかもしれないな。 ふと、奴のサングラスが片方壊れていることに気が付いた。 黒目がないのだ。片方だけないのか、それとも両目がないのか。わからない。もしかしたら、黒目がないのではなく、黒目が白目に変化しているかもしれない。オレ達の眼の色が変わることにも意味はある。眼は外の情報のほとんどを採取している。だから、眼の色が変化するということは、外の情報を受け取り方が変わってしまうということに繋がる。しかし、本当はその解釈は逆だ。普通の考え方が変わってしまうから、化け物に近づくから、目の色が変わってしまうのだ。それは能力であったり、本性をさらけ出すときだったりする。オレも例外じゃない。ただ、他の奴とは眼の色が違っているからあんまり言いたくないだけなのだ。 すると、奴は一体なにものだろうか?そんな疑問が頭をよぎる。こいつの仲間の女は確か“死者”といっていた。死者とは一体どういうことを示すのか。亡者とはどこが違うのだろうか。わからないな。 そういえば、オレはあれとこいつらを同じものと見ていた。だからこの銀髪も“死者”なのか?いや、違う。血が落ちるということは流れている、つまり生きている証拠だ。 まあいい。手足を破壊し、お嬢への土産としよう。 「自分も混ぜろ」 後方から聞いたことのある声がした。全身からどっと汗が吹き出て、足が地面から離れない。前髪からは汗が落ち、動機も早い。オレに興味を持っているのではなく、邪魔なオレを敵視している。 まさか、と思いながら、上半身だけをゆっくりとひねる。 そこには、二度と見たくない鬼が赤いコート、紅い眼、朱い刃の鎌を手に持ち、木にもたれかかっていた。
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