「さて、それで何のよう?」 振り向きながら今日一番冷たい声で答える。さっきみんなが出て行くなか、私だけが取り残された。一体私がなにをしたのだろう・・・?あ、いろいろやったな。まあいい、お嬢が私の邪魔をしたのは明らかなのだから。 「あなた、これからどうするつもり?」 お嬢は本を読みながら答えた。ブックカバーのせいで何を読んでいるのかわからない。 またか、お嬢の話は回りくどいというか、オブラートに包みすぎなのだ。この言い方のせいでこちらが思い出したくもない記憶を呼び出さなければ話が続かない。まあ、こうやって相手の出方を伺っているように見せかけて、考えを限定させるという先手をとるのがお嬢のやり方だ。いつもそうだ。みんなも気が付いているだろうけれど、お嬢との会話はほぼすべてお嬢がペースを握っている。だから私は二人だけでの会話をしたいとは思わない。 「どうって?私は何もしていません」 「そう、何もしていない。それが問題なの。」 ページがめくれる乾いた音がする。 「七」 「え!?」 いきなり名前を呼ばれたことよりも、初めて名前を呼ばれたことに驚いた。どうしていまさら名前で呼んだの?いつもは“あなた”とかフルネームで呼んでいるのに。 「あなたが三ヶ月前、一度死んでいることを上は全員承知しています。それでもなお放置されているのはあなたが“十二”のうちの一人だからです。けれど毎日怠惰な生活の挙句昨日の出来事。昨日のことはまだ知らないですが、せっかくの力を無駄に使っていると上は思っています。ですが、それは微々たること。もし使えない力だと判断されたらあなたはきっと消されるでしょう」 パタンと本を閉じる。眼が合った。一瞬悲しんでいるようにみえたけれど、いつもの無愛想な表情だった。けれど、心配してくれてることがすっごくわかった。 私はバカだ。センパイに助けてもらったこの命も、お嬢がくれたチャンスも全て台無しにしてしまっている。せっかく三ヶ月も時間もあったのに、私はセンパイの弱みにつけこむことしか頭になかった。 「お嬢・・・私」 お嬢は立ち上がり、近寄ってきた。凛とした姿勢に純粋な気持ちも持っていた。腕を伸ばせば届いてしまう距離になると、甘美な香りが私の頭を誘惑する。これならセンパイじゃなくても男なら誰でもなびいてしまいそうだ。それほどお嬢の存在は清らかだった。 ああ、そうだ。これの純真さはまるで新品のノートみたい。自分の名前を刻みこんで、自分の言葉で、文字で埋め尽くしてしまいたくなる。それこそぐちゃぐちゃにして、誰がみても自分のものだってわかるくらいに。でも、きっと誰も汚せはしないのだとも思った。それほどお嬢の存在は神聖に思えてしまった。 小夜子さんがどうしてあそこまでお嬢に尽くすのか、光さんがどうしてここまでお嬢にイラついているのか、ようやくわかった。 何も持っていないようで、全てをもつ資格を持っているからだ。 まだ、私はどちらでもない。
お嬢は右手を左腰にあてるような動作をした。すると、右手が、闇に飲み込まれる。そして闇からでてきたのは、一振りの刀だった。 刀身は黒色に赤いラインの入った鞘。鍔はシンプルなデザインだった。 「七、これを」 「私に?」 お嬢は小さな顎をこくんと頷いた。手渡された刀は、ずっしりと感じたけれど、すぐに重さになれた。刀身を鞘から引き抜くと、一瞬、電流が走ったかのように体と心がしびれた。 刃が白く、峰は黒く見えた。けれど、刃のあまりの輝きに、白色に見えただけだった。よく見れば、よくドラマに出てくる刀と形状は良く似ていた。それでも、すでに私にはこの刀に少なからず信頼というか、愛着がわいていたのだ。 「これは妖刀“ ”です」 「え?なんて言ったの?」 もう一度お嬢に名前を言ってもらったけれど、聞くことはできなかった。 「この刀は名前がないのです。」 「どういうことなの?」 「妖刀“ ”は、持ち主によってその力と形状が大きく左右されます。持ち主によっては特殊能力が付与されたり、形状が変化する場合もあります。しかし、それはこの刀自身が持ち主と認めない場合は、持つことすら許されません」 「ということは?」 今この刀は私の手の中にある。 「ええ、今あなたの所有物ですよ。七」 と、すこし口元が緩んだ。やばい、かわいい。 「まず、名前をつけなさい。全てはそれからです。」 名前?あ、そうか。“ ”の中に名前をつけてあげればいいのね。だから最初から名前がなかったのか。ならお嬢が名前をいうことができなかったのも納得できる。 さて、何がいいかな・・・。 「ななか」 ふいに声がでた。うんななか・・・無中だ。むちゅうとも呼ぶ。無い中、名前という中身が無い刀。けっこういいんじゃないのかな。人の名前っぽいし。私の名前も入っているしね。 「無中」 もう一度声に出して呼ぶ。 ・・・・。
ありゃ?何も変化しない。何も始まらないじゃないか! 「なるほど」 そんな心の叫びを否定するかのようにお嬢は無中を見て一人納得していた。いったいどう言う事なのだろう?聞いてみることにした。 「何かわかった?」 「ええ。これは私の考えですが、名前とはつけるものではない。与えられるべくして与えられるものだと考えています。無中、無い中身という七がこめた意味。そして、刀が七に思いし意味は、七加(ななか)。七に加わるという意味です。言葉遊びのように聞こえますが、この国では昔からある物事、状態を言葉に変換してきました。だから力にあう言葉が付与されるものです。刀が七に加わる、わかりますね?」 昔のことはよくわからないけれど、ななかが私に対する思い(重い)は一番最初に感じていたからすぐにわかった。七に刀が加わる、イコールで“切”る。これがななかの力。刀を作る際にもっとも初めに思う力。断ち切る思い。 「切る力・・・か」 私の答えに満足したのか、お嬢に笑みがでた。本当にごくわずかだ。数年見てきた私でさえ一瞬感じ取れただけだから、他の人ではきっと笑ったことなんて気が付かないだろう。 「それと、もう一つ」 と、お嬢は刀の柄にお守りをつけた。まるでストラップみたい。 「七、以前渡した護符を」 三ヶ月使い古した護符を渡した。確かに一人に対して道具が複数なのはまずい。能力の弊害や暴走といったこともあるけれど、一番は体への負担だ。体に対する影響力が大きい分、負担も大きい。だからこそ、基本的に魔具は一人につく一つと決まっている。そういえば、渡した護符は半分になっている。あのときセンパイに半分持っていかれたから効果が半減していると思って心配していたけれど、私もセンパイも大層な任務が回ってこなかったから不満はなかった。とはいっても、今まで使っていたのは、力の暴走と外部の力の抑える“制御装置”の役割をしていたから、別段困るようなこともなかった。 「これで、いいわね。さて、更科七」 「え?あ・・・はい」 以前のお嬢の言葉に戻ってしまった。すこし残念に思えた。踵を返し、私から離れていく際、お嬢は一度髪を後ろに手で送ると、絹のような黒髪が舞った。デスクに座り、両手を組んだ。 「明日からの調査。よろしくおねがいします。調査の際、刀は置いていって構いません。あなたがつけた名前を呼べばいつでも取り出すことができますから」 そういえば、最初お嬢が無中を出したとき、闇の中から取り出していたっけ。ああいうことなのだろう。 「わかったわ。じゃあ・・・」 「そうでした。一つ。天野零には気をつけなさい」 「センパイ?どうして?今回の件は関係ないでしょう?」 「少しいうなれば、天野零ではなく、あれが持っている“魔刃”に気をつけなさい。あのナイフは特別な物。特別な物は特別な者を呼び寄せてしまう。だから今日も天野は正体不明な者を目撃したの。偶然という名の必然でね。」 私にはよくわからなかったけれど、一つこうしたいと思うことができた。 センパイが関わる前にこの件を終わらせることだ。お嬢の言うことが少しでもおきるなら、私達の解決が遅くなれば遅くなるほどセンパイが関わる確立が増えていくからだと思った。 そうして、私はお嬢におやすみの挨拶をして部屋をでた。 手には無中。私の新たな力とともにお嬢と、センパイのために戦おうと思った。
七が出て行った後、鬼無里紅葉は今日一番の盛大なため息がでた。 「もう、手遅れのようね」 何も無いベランダにでると、満月が良く見えた。確かにこの場所を狙うならば、北南よりも東西の方角から攻めたほうが利に敵っている。けれど、どうして今日、この時間にあれが来て、天野零がその場にいたのか。本当に偶然なのだろうか。呼び寄せ、引き寄せているかもしれない。しかし、違う観点からみると、一つの思惑が関わっているように思えた。 (前回の魔女の件でだいぶ進んだみたいだけど、今回もきっとあの人が一枚噛んでいるのでしょうね) 鬼しか知らない場所。吸血鬼。多数の行方不明の若者。 (私達はあの子達の管理者であるべき存在。しかしあの人は違う) 不意に眠気が襲った。きっと月の光のせいだ。月の光は終わりの始まり。他者の存在をまるで自分の力だと勘違いしているかもしれないが、それでもその力は絶対的なものだ。
(私は管理者。役目を果たすのが使命。たとえこの身が不実だとしても、十二の欠片は全てが帰る場所)
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