時計の針が真上をさし、空は黒く染まっていた。だが空に手を伸ばしているように見えなくもないビルが建ち並ぶ街は、一向に暗黒を迎える気がない。だがそれでも、それだからこそ街灯の届かないビルの隙間には深淵が広がっていた。 自分の呼吸音と胸の苦しみから、もうこれ以上走れないと悟る。 だけど今止まる訳にはいかない。すでに手足は痺れ、鉛のように重い。喉も渇ききっているし、思考も不安定。数秒前から感じる限界感からか、一瞬一瞬が途方もないほど長く感じた。 ゴクリ。と喉に纏わり付きそうな唾を飲み込んで、少し、頭をはっきりとさせた。ハイヒールの踵は折れ、卸したてのスーツもボロボロ。だけど記憶が正しければ目の前の曲がり角を曲がれば大通りにでるはずだ。まるでマラソンのゴールを見つけた時のように胸が弾み、足も軽くなった気がした。そう、気がしただけだった。 ニヤケた顔を自覚したまま、トップスピードで角を曲がる。曲がったと思った。曲がれると思った。やっと逃げきれると思った。嬉しさが滲み出ているのを自覚しながら、無意識に背後から迫りよる者から目を背けた。 衝撃と失速。 顔からぶつかり、視界が消えさる。一瞬何が起きたかわからなかったが、行く手を阻まれたと悟り、悲鳴より先に身体が後ろに下がる。だが一瞬だけわからないことが生じたせいか、腕を掴まれて引き戻される。その力は圧倒的だった。性別の違い程度どころの差ではない。人と獣でもない。身体の構造、性能差、生きる世界、どれも違う。そう、ただ次元が違った。 死ぬと分かっていても、せめてその姿だけでも見ようと顔をあげた。眼が、合った。 赤い・・・瞳。だけど、印象は黒だった。どこまでも、どうみても、果てしない程にその瞳にはあらゆる事が塗り潰されていた。 でも、この瞳は残酷なまでに美しいと、強く感じた。そしてこの感情と思いが、私にとって最後の想いだった。 悲鳴をあげる事と赤眼以外の部分を見ることは決して叶わなかった。 それほどまでにこの存在は大きすぎたのだろうか。
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