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作品名:不能者(外伝) 作者:キョウ

最終回   ハルの終わりの始まり(後編)
 オレはすでに日常に戻ってきている。ハルコがいないこの色あせた日常に。何を食べても味がしない。何を見ても感じない。何を聞いても理解できない。何をしていても、何をしているのかさえわからない。
 オレは、あの日を境に自分の中にある核みたいなものをごっそりと抜け落ちたらしいのだ。
 そんな抜け殻みたいな生活が、3日続いた。
 そして、オレはさらに深く、強く絶望した。なぜなら、オレはこのハルコがいない状況に慣れ始めていることに自覚してしまったからだった。次第に食欲が戻り、勉強をして、毎日学校に登校する。そんな毎日の一日一日をしっかりとした意識で過ごしていた。しかしオレは自分がより良い方向に進んでいることに関して蓋をした。
 そうしなければ、あの時絶望した自分がわからないのだ。そしてこうもあっさりと立ち直りつつある自分がとても憎い。
 オレは、気がつけば病院の前にいた。でも中には入ることができずにいる。足が震え、喉が渇ききり、指先がちりちりする。ああそうか、きっと怖いのか。そうだ、オレはまた今のことを再確認するのが怖いんだ。でも、更正していいのか、わからない。
オレは今もまだハルコに戻ってきてほしいと、切に願っているのだ。これは紛れもない真実だった。
 優柔不断な自分に歯噛みして、オレは病院に背を向ける。

 さらに4日後、あれから一週間が過ぎようとしていた。
 あの日以来、オレは体調がよくなるたびに、あの病院に足を運び、気持ちを落ち込ませた。まるでそうするのが罰のように、そうしなければならない罪のように・・・。
 学校。
 席につくと、二つ空席になっていることに気がついた。一人は・・・。もう一人はゼロか。確かにあいつもあの日からだいぶ気持ちが落ち込んではいた。けれどあいつの私生活は何も変わることがなかった。少なくても、オレにはそう見えた。
でもそうじゃなかったら?
「おい、雨宮」
 担任は、HRを初めるかと思いきや、オレに声をかけた。担任は、一週間前からオレのことを「ハルオ」と呼ばない。それはクラスメイトも同様だった。もし、「ハルオ」なんて呼ばれた瞬間、おれ自身どうなってしまうかわからない。だからこの気遣いは、結構助かっている。けれど、それだと、まるで「ハルコ」がいない存在と気づかされるときがあった。ハルオがいるのはハルコがいるから、ハルコがいるのはハルオがいるから、二人は二人の存在を確かめ合っていた。だから、その名で呼ばれないということは、その関係が崩れたという証明だった。でもオレは誰も責めれない。責めることができない。
「おい、聞いているのか?」
「え?ああ、はいはい聞いてますよ」
 担任は思考がぶっとんでいるのを注意もせず、一つため息をついた。
「まあいい。ついて来い」
 首をくいっと動かして、黒板に「自習」を書いて教室をでた。オレは首を傾げながらあとについていく。一体なにがあっというんだろう?今日は遅刻もしていないし、ここ最近は授業も聞き、宿題もだし、至極全うな高校生活を送っていると記憶しているため、この呼び出しの意味が理解できなかった。
 行き先を言わずに連れてこられた場所は、生徒指導室だった。生徒指導室、もうこの名前だけで生徒へのいやがらせだとしみじみとわかるこの言葉のとおり、この部屋に呼び出された生徒には、「問題児」のレッテルを貼られてしまう。そのためこの部屋に近づこうとする生徒は多くない。
 生徒指導室には、すでに人がテーブルを挟むようにいた。片方は、ソファーに座っている女性と後ろにはボディーガードよろしく黒スーツをまとった男女が立っていた。反対は見慣れた紳士の雰囲気を漂う老人はなんと校長だった。そしてその横にはいかにもサラリーマンといった感じの三十代半ばで眼鏡をかけた男性がいた。
「雨宮、座れ」
「ウィッス」
 担任を含めた6人に軽く会釈をして、あらかじめ用意してあったパイプイスに腰掛けた。校長達はどうでもいい、それよりも謎の三人組だ。断言してもいい、ソファーに座っている子はオレの人生で一番の美人だ。年はオレと同じくらいだと思う。外見は長い髪に切りそろえられた前髪。全てを飲み込み、獲物を魅了するような漆黒の眼。透き通るような白い肌を、強調するように黒のブレザーで身を包んでいた。後ろの二人も美形だった。男は高校生には無縁の金髪にサングラスをかけ、女も髪を結ってはいるがサングラスをかけていた。
「こちらが、雨宮晴さん?」
「はっはい!」
「そう、ありがとうございます」
 ソファーに座っている少女が担任に確認を取ると、担任は何故か不必要に驚いた。一体なにがそんなにオーバーリアクションをとったのかはわからないが、少女の担任への興味はすでに皆無だった。ふと、担任がいる後方から殺し損ねたため息が聞こえた。学校中の女性徒を合わせても敵わないほどの女の子だから緊張でもしているのだろうか。
「山村先生、下がって結構です」
「あ、はい。失礼しました」
 校長の丁寧な口調から退室命令が出され、担任はすごすごと部屋を出て行った。今頃は外で胸を撫で下ろしていると想像すると馬鹿らしく思えた。さて、この状況をどうにかしないと非常にまずいと思うのだ。なにしろ味方が誰一人としていないのだから。
「あの〜」
 恐る恐る手を上げると、場の目線がいっせいにこちらを向く。嫌な汗が額を塗らした。
「何かあったんですかね?」
「雨宮君と言ったね。単刀直入に聞こう」
部屋にいる全員に対しての質問は、校長が答えた。
「・・・はい」
「君は天野零という生徒と仲がいいそうじゃないか。それで、昨日・・・いや、ここ最近に何か変わったことは?」
「ゼロ・・・じゃなくて、天野ですか。確かにオレはあのクラスの中ではよくつるんでいました。そういえば、最近はさっぱりですね」
 ここは正直に答える。
「嘘をつくな!」
 大声をだし、テーブルを叩いたのはさきほどまで無言だったリーマン風の男性だった。
「あんなことがたった一人でできるわけがないだろう!きっとお前も」
 わけのわからないことで怒られてもこちらはなんの感情も返すことができない。しばらくこの説教が続くかと思うと、気が滅入りそうだった。しかし・・・。
 ドン!部屋が一瞬揺れる。
「それ以上はあかんなぁ。ちょい黙っとき。」
 こぶしを作った右手を壁に押し付けたまま、金髪サングラスは敵意を孕んだ声をリーマンに向ける。さらに威圧感を持たせるためか、片目だけみえるようにサングラスをずらす。
「ひっ!」
 たったそれだけのことでリーマンは今後の発言権を放棄するに値する声を発した。オレはたかが睨まれたくらいで、と思った。しかし、金髪の眼が赤く、燃え上がるような色をしていたためか、背筋に嫌な汗がどっとでた。腹の底から朝食が逆流しそうなほどの悪寒を感じ取る。
 何かが違う。この人の目の色が天然物だったり、カラーコンタクトだったとしても、この三人はきっと普通じゃない。オレの中の何かがそう警告していた。
「最近はさっぱりですか。なら、最後に行動を共にしたのはいつ?」
 女の子に話しかけられた。なんだ?これは、この容姿は間違いなく美少女・・・完璧だ。だからだろうか、この子から眼を離すことができない。それよりも、頭を鷲摑みされたような錯覚にさえ陥る。頭の奥にある理性と、心の奥にある本能が同時に警報の音をならす。
 嘘をつくな。騙されるな。正直に、正確に、的確に答えろ。これは不味い。余計なことを話してはいけない。言ったら、言ったら?
 わからない。それでもオレはこの子を警戒心を持つことすら許されないとさえ思った。ここは悪魔で慎重に、そして自然に振舞うべきだ。
 ふいに、蜘蛛の糸にかかった虫を連想した。
「あ、あの。い・・・いっ、いい一週間、ま、前」
 激しくドモる。動揺しか相手に伝わっていないように感じ、言い直すしかないと思った。
「あの・・・」
「そうですか、ありがとう。やはり、野村春さんの事件が原因でしたか。そうよね、ハルオ」
「・・・はあ」
 ふいに呼ばれたあだ名だったが、気づかず返答。オレがこのことに気が付いたのは三人が帰ったあとだった。

「あの、校長先生。あの人たちは?」
 それからしばらくして、オレと校長は精神が疲労のピークに達したのか、その場に座り続けていた。
 校長もわけがわからないといった感じでかぶりをふる。
「私も、わからないのだよ。ただ、なにやら大きな組織だということはわかったよ。昨日、警察署長と県知事から連絡があったからね」
 警察と政府の両方が気を使うほどの人たち・・・一体どれほどの大事なのだろうか。オレには検討も付かなかった。

 放課後までこの出来事が忘れられないのか、嫌な汗の感触が最後まで張り付いて離れなかった。
 唯一つ、思い続けたことがある。
 ・・・助かった。
                    ◇
 夕暮れ。日が終わることを意味した言葉は、今のオレにピッタリではないだろうか。ハルコは意識不明でゼロは消息不明。ああ、オレも○○不明になりたい。そう思った帰り道だった。最近は、受験シーズン真っ只中のせいでオレの友好関係は皆無だった。教室でもほとんど話さないし、部活はもう終わったから部活の仲間ともつるんでいない。まあ仕方がないのだ。他人にかまって自身の人生がめちゃくちゃになるのは誰だって避けたい。それが普通である当たり前のこと。誰も悪くない、間違ってもいない。だから、間違いで悪いのはオレだけなのかもしれない。
 そんなネガティブな思考をしながら帰路についていると、足元に一つの影があった。
 顔を上げる。太陽の光でうまく顔がみえない。
「・・・天野」
 何故かオレの家の前で立っていた。オレの方を向いているということは、オレを待っていたということだろうか。
 途中で歩みが止まる。違和感だ。天野の後ろにいる三人は見たことがある。そう、今日あった三人だ。人形のように精巧つくられたと思えるほど均整のとれすぎた少女、そして黒い服をまとった護衛達。でもそんなことはどうでもいいとさえおもった。自分を知っている人間に出会えたのだ。
 人は自分だけでは何も生み出せない。感情も、表情も、意識も、不安も、希望も、なにもかもが他者によって生み出される。だからこそ、オレはひさしぶりに体と心の歯車がかみ合ったように思った。
「どこいってたんだよぉ!ゼロー!」
 感情が抑えきれずに駆け寄った。まるで子供だ。
(な!!)
 ローファーとコンクリがこすれる音がする。オレは近寄るのをやめた、やめるしかなかった。
 一体どういうことだ?いつもの天野と雰囲気がぜんぜん違う。雰囲気だけじゃない、一体どこが変わっているかなんてわからない。でも今までとは明らかに変化しているのだけははっきりと理解した。
 警戒しながら、歩みよる。徐々に体にかかる負荷と、緊張が募っていった。
「そこで止まれ」
「なんだよ」
 残り数メートルのところで初めて天野が言葉を発した。オレはただ、その言葉だけで恐怖心がより一層高まった。
「これからお前に2つ聞きたいことがある。」
「その前にお前、今までどこでなにやっていた?」
「一つ、これからどうするつもりだ?」
 無視か。ゼロの癖に生意気だ。でも、オレの中ではまだ警報がなり続けている。
 逃げろ!その言葉が絶えず頭のなかで反芻し続けていた。しかし、人は必ず慣れてしまう生き物だ。
 舌打ち。
「どうもしない。これからのことなんてまるでわからない。ただ、思うように生きていくさ、受験もあるしな」
「だからお前はいつまで経っても馬鹿なんだ」
「なんだと!」
 啖呵を切ったものの、オレはどうしてもこの先に足を運ぶ気にはなれなかった。まるで天野の指示したこの距離が境界線のように思えた。
「これからは、一人で生きていくつもりか?ハルコはどうする?今までのお前の人生の基点はずっとハルコだった。そのハルコがいなくなった今、どうやって生きていくつもりだ?それはこの一週間が証明しているだろ。お前のような依存者がどうやって自立できる。言ってみろ」
 何故だ!?何故答えられない!確かに天野の言葉のほとんどが自身の痛い部分を付いていたことは認めよう。ハルコに依存していたことも認めるし、今のオレはどう見てもただの抜け殻にしか見えないってことも認めよう。しかし、たったそれだけで、その要素だけでこれからの人生を決定してしまうのはあまりに安易な考えじゃないのか?
「何が言いたい?」
「なるほど、じゃあ二つ目。さっきも言ったが、ハルコはどうするつもりだ?」
「どうにもできないだろ。オレにできることといったら、待つしかない」
「もし、一生あの状態でもか?」
「もちろんだ」
 力強く頷いた。オレがこの一週間、空っぽ同然の頭で導きだした精一杯の意思表示。他に案がないわけじゃあないが、今のオレには到底無理な話だ。だって仕方ないだろう。植物人間・・・そうじゃない。意識不明になってしまった人間をただの高校生がどうこうできる問題じゃない。治療は医者を、検査は専門医が、そうやって各分野で活躍できる人がその分野でがんばるしかない。だから、オレの分野は待つことだけだと思ったんだ。一体ほかになにがあるっていうんだ!
「・・・そうか」
 オレの答えに満足したのか、天野はこちらに歩み寄ってくる。一歩、また一歩と近寄るたびに、オレの中の警報の激しさは増すばかり。
(ゼロごときに、なんで!)
 
 そして手が届く距離までやってくると
「オレには必要ないけど、お前にはハルコが必要だ。これからお前を縛るのはハルコだけ、そしてオレは二人を戒めに生きていこう」
 ふと、胸に違和感があった。天野の手がオレの胸に向かって伸ばされ、その手には高校生は普通もっていない物が握られていた。
ナイフだ。なぜオレは殺されてしまうのだろうか?なぜこんなやつにこんなところでこんなことを・・・。でも、痛みは全くなかった。ただ、体から力が抜けるように思えた。
「ゼロ、どういうこと・・・・だ・・・・」
 オレの言葉は最後まで発することなく朽ち、全身が言うことを聞かずに倒れた。
「ハルオ、お前は思い出だけ持っていろ。」
 これが、オレとやつとの最後の出会いで、最後の会話だった。別れもせず、意思の疎通もない。ただ、やつの泣きそうな顔と、無情なほどにまで綺麗なナイフだけがオレの視界にはいっていた。
「ハルコは、オレが必ずお前のもとに返してやるから。お前達は、二人で一人だ」

                   ◇
 いつか見た夢の再現。
 僕はまた走っていた。後ろには二人の存在がはっきりと感じている。後ろを向くと、一人は立ち止まったハルコ。もう一人は・・・だめだ、違う方向にむかって歩いているから顔が見えない。あれは一体だれだ?見たことがあるけれど、思い出せない。
 次第に、二人の姿が遠ざかっていく。これも知っている。どうしようもないことだ。知っているからこそ、僕はまた悲しくなった。僕の力ではどうしようもないほどにこれは決定的なことだから。
 もう眼を覚ましたい。いつかのように、三人でまた・・・三人?僕とハルコと、あと一人は誰だ?思い出せない、わからない。
 苦しいのは嫌だ、悲しいのも嫌だ。でも、さびしいのが一番嫌だ。
 僕を置いていかないで!

               ヒトリハイヤダ。

 眼を開けると、そこには一面の白が広がっていた。
 ここはどこだろう?辺りを見渡すと、花瓶やベッドに清潔そうなカーテン、そしてこの匂い、僕はすぐに理解できた。病院か。でもどうしてこんな場所にいるのだろう?どうして病院なのだろう?
「雨宮さん?」
 廊下にいる看護婦さんが僕の苗字を呼ぶ。
「どうしました?」
 それに答えると、なぜか慌ててどこかに行ってしまった。不思議だ。

 しばらくして、華霧と呼ばれる医者がやってきた。僕の主治医だそうだ。彼はいくつかの質問をした。自分の名前、ハルコのこと、今までの記憶とありきたりで日常のことばかりだったけれど、「天野零」という人物のことだけは答えることができなかった。どうやら僕は丸一日眠っていたらしい。その日はこの質問だけで終わったけれど、次の日からは結構大変だった。昨日とは違う質問や機械を使った検査に身体チェックなどなど。僕自身にはまるで異変などないと思っていた通り、結果はノープログレム。モーマンタイだ。結局、異常がないことが医学上証明されたため、僕は次の日に退院した。
病院を出る前、ハルコの部屋に立ち寄った。今まではどうあっても部屋の前で立ち止まってしまったけれど、この時だけはすんなりと入室できた。
(変わらない)
 それがここでの第一印象。何の確証もないけれど、きっとこの先も変わらないように思えた。毎日水を変えてあると簡単に予想できる花瓶に、高そうだけど仕方がないと思う医療機器。そしてあの日から何も変わらぬ寝顔のハルコがいた。
ふと、あの日からまだ10日程度しか経っていないことに気が付くと、変わってしまったのは僕自身だと気が付いた。一体僕の何が変わってしまったのか?わからない。でもそう思ったのだから、僕はきっとあの日からずいぶんと変わったのだろう。前向きか後ろ向きか、変化の方向は別として、だ。
 ベッド脇にあるテーブルに眼をやると、そこには一冊の本があった。「我が家」という家の間取りを自身で考える本がそこにはあった。手に取ると、ページのところどころがおってあったり付箋がついていた。表紙はまだ綺麗に見えるけれど、一度開くと、よく読まれた形跡がたくさん見られた。
 カサ。本から一つの紙が零れ落ち、拾い上げる。
(そうか、これだ)
 一つ、閃いたことがある。この時、止まっていた歯車は確かに動き出した。卒業後の人生の選択肢はきまった。内容は言わない。もし、ハルコが戻ってくるときがあるとするならば、必ず驚かせてみせる。僕の決意が固まった。
 密かで壮大な計画を胸に秘め、ハルコに挨拶をして病室をでた。
「楽しみにして待ってろよ」
 一体いつになるのかわからない。僕が先か、それともハルコ先か・・・。
 ハルコを背にリノリウムでできた廊下をしっかりとした足取りで歩む。しかし、決して置いていくわけじゃない。彼女が寝ている間、ちょっとした野暮用を済ませるだけなのだ。
 さあ、楽しい未来にしてみせよう!

                   ◇
 それからあっという間だった。突然僕が進学先を変えたことに担任は非常に驚いていたけれど、何かを察したのか、すんなりと了承してくれた。
 そして、時は流れ、僕は念願の大学に入学した。そこでの4年間は決して楽なものじゃなかったけれど、しっかりとした目的意欲と信念は4年間で色あせることなかった。
新しい友人が何人かできた。その友人とは、大学を卒業しても連絡が途絶えることはなく、とある建築会社に入社した今でもたまに会っている。そうそう、この会社はすぐ隣の県に設立され、僕はその本社にいる。事務所の大きさや、社寮の設備からこの会社の安定性が伺えた。
 ふと、振り返るときがある。仕事が終わり、誰もいない家の明かりをつけるとき、朝目覚めて歯を磨くとき、休日の間ずっと、僕はハルコを思い出していた。
 友達と話しているときの笑顔。本を読んでいるときの熱心な顔。僕に振り回されてあきれる顔。苦しくても頑張っているときの強い顔。そして、遊んでいるときの楽しそうな顔。どれもこれもが、僕の全てを支えてくれていた。
 まるで半身だ。僕はハルコのために生き、そして死んでいくだろう。他人からみればきっと独りよがりだとか、引きずりすぎているだとかそんな風に言うだろう。でも、その言葉のすべてに僕は、逃げるための口実にしか聞こえなかったのだ。だから僕はこのさきもこうして生きていくだろう。たとえ、死ぬまでハルコが戻らなかったとしても、僕は信じて作って待たなければならない。いや、そうじゃない、待ちたいんだ。強制でも使命感でもなんでもない、ただそうしたかっただけだ。そこに理屈はない。
 たまに苦しくなるときがあるけれど、なんとか耐えていた。どうしてだろう。耐える要素なんて一つもないのだけど、ハルコの件のすぐあと・・・そう、病院で目覚める前に僕の身になにかがあった。そのことが、僕をあの日の悲しみから救ってくれていた。何も覚えてないけれど、僕はたしかに大切なものをもらった気がするんだ。

 まだまだ人生は長い。今の僕には、膨大すぎるほどの時間が目の前に広がっている。一体どこまでいけて、どこまでできるかさっぱりわからないが、これだけは離さずにもっていこうと思う。
 そう、この思い出だけはきっと、忘れない。
人は、思い出しかもてないのだから。

ハルオとハルコ、二人で春だ。
 そうだろう?天の神様?あなたはそこにいて、そこにはいない。0だけど0じゃない。僕は、そう信じているから。
 僕は、大丈夫だよ。


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