いつが出発点で、どこから気づいていたのか僕にははっきりとはわからない。でもいつの間にか僕の答えは決まっていて、僕自身もそのことに関して得に不満があったわけじゃなかった。それはきっと勘違いだったのかもしれない。うまくいくとも限らない選択だったし、こうやって考えている自分自身は逆にそのことを考えているだけで快活になっているのがはっきりわかっていた。だから僕はそれを受け入れ、感情で理性を押し付けた。そして僕にとって最後の学校生活が訪れた。 といっても周りは僕のことはおかまいなしに進んで行った。もちろんそれは当たり前のことだ。相変わらず・・・いや、最初の受験日まで残り少ないためラストスパートしているような人や、イブの後や初詣も遊んで過ごした奴が何人かいたらしく、そいつらは時折懇願するように叫んでいた。
時間がない! だけどその人達も目の前の目標に向かって一生懸命に頑張っている。僕自身にもそんな時があったが、今この瞬間、周りの人間と違う事をしている自分がはがゆい気持ちも少なからずあった。だからこそ僕にとっての学校生活は既に終わったと言ってもおかしくなかった。授業はほぼ受験関係ばかりだし、教師の話しもそんなのばかりだ。でもそんな事も言っていられない状況なのも確かだ。何故なら今一番苦しいのは進学希望のクラスメイトなのだから。 そう思い、僕は率先してプリントを運んでいた。 ドン! 「あっ」 「キャッ!」 階段から飛び出してきた子にぶつかり、プリントが廊下に散らばった。 はっきり言ってベタだ、ベタすぎる。ベターオブベター。 僕がこんなどうでもいい事を考えている間、ぶつかった子は懸命にプリントを拾っていた。 「すいません。ああ!あそこにも!もうっ私ったらボーッとして」 「あ、いえ」 とそこで手がピタッと止まる、彼女はゆっくりと顔をあげた。 言い訳をしよう。決して騙していたわけでも面白がっていたわけじゃない。ただ少しボーッとしていていうのが遅れただけだ。本当だよ?彼女は立ち上がり、プリントを僕に渡す。 「ありが」 「死ね」 つなげると「ありがしね」。善意と悪意の混じったすばらしくもくだらない言葉が誕生した。最後にみた光景は、言い終わる前に僕は彼女の俯いたままつきだした拳だ。 僕が覚えているのはここまで。
「あ・・・れ?」 気が付くと、保健室のベッドに寝ていた。あたりを見渡すと外は夕陽で赤く染まっていて、とっくに放課後だと悟る。この部屋は薬品の匂いで充満し、意識を取り戻したばかりの僕にとっては少々つらかった。 カーテンのおくから声が聞こえる。 「やっちゃん?ええ、気が付いたみたいだから取りに来て。ええわかってるわ、今度ね」 保護教諭のマコちゃん(やっちゃんの名付け親)はカチャ、と受話器を置いた。どうやら内線で担任に連絡していたみたい。 カーテンが閉まっているのに、僕が気が付いたことを察するのはすごく難しいことではないだろうか?と思案していると「珈琲あるわよ」といった。 「先生、すいません」 ベッドから降り、カーテンを開けると、マコちゃんは「いいのよ」といって椅子を回転させこちらに振り向いた。 「それでどうして倒れたか覚えてる?」 僕は思い出すような仕草をして「わかりません」と答えた。本当は知っていたけど何故か教えないほうが双方のためにいいような気がした。彼女なら絶対こんなことをしたなどと人に話すはずがないからだ。ましてや、恥ずかしさのあまり気絶さしたなどとは。 言いたくない雰囲気をまとった僕を察したマコちゃんは「そう」としか答えなかった。そしてその言葉が今日マコちゃんと交わした最後の言葉となった。 しばらくしてやっちゃんが来て、「連れて行くわね」と一言言って僕を連れ出した。やっちゃんにしては珍しく僕の荷物を全部持ってきてくれたのはすこし胸にきた。今日はまじめに教師やっているんだな。すでにHRは終わっていて、僕に対しての報告は特にないとのことらしく、帰るように言われた。 特に反論するきも、予定もないため、僕は荷物を受け取り昇降口に向かった。 「来週試験よ」 後ろから女の人の声が聞こえたが、声が聞こえないかのように無視して帰った。でもすぐわかった。彼女の受ける国立大学の試験があるということを。僕は彼女から一言もそのことについて教えてもらったことがなかったのは少々心苦しいことではある。 ならどうやって知ったか。僕、仮にも委員長だよ?それにその手の話題が大好きな子はどこにでもいると思うんだよね。
◇
今日は卒業式だといってもまだ始まってはおらず、卒業式の前の待機時間といったところだ。しかしほとんどの生徒はやり遂げた顔をしている者や、泣いているものなど、すでに様々な別れ方をしていた。気が早いと思った。僕はそれを図書室の片隅で眺めていた。もちろんこの部屋に生徒は僕しかいないし、仮にいたとしても僕の姿は見つけられないだろう、そんな場所に潜めていた。こうしてみんなを見ていると、不思議な感覚が襲う。ああ、僕も同じようになっているのだろうか。 スライド音がした。 「あら、こんにちは、こんな場所に何かよう?そう」 (起きている)司書さんの声がした。 本能が警告を知らせる。 デンジャー、デンジャー。 ここは危険だ。僕は逃げた、2m以上ある本棚を掻い潜るように、迷路を遠回りに攻略するように僕は早足で逃げた。 何故こんな場所に?こんな時間に? ・・・時間? ドカ! 僕は横に吹っ飛んだ。逃げる途中、本棚の影からの華麗なミドルキック。実にブリリアントな一撃。世界を狙える逸材だ。 「こんな場所で何をやっているのかしら?委員長さん?」 「何でもない、それより時間だろ?グッ!」 ぐりぐりと僕の腹を足で踏みつけている。だが土足と言うわけではない。足と腹の間に本挟んでいるため計画的に状況証拠の隠蔽をしているのだ。まあ本があるためそんなには痛くないが、その分本気で体重と力をかけているため僕は立ち上がることができないでいた。 「そう、時間よ。でもね、集合時間と言うのはその時間に着けばいいというものではないわ。時間までに集まりを終えなければならないの、そんなことも分からないで就職する気なの?っていうか死ぬ気?今から私が委員長になってあげましょうか?もちろん放送で流してあげるわよ、「三年三組の委員長は本日付で解雇です」ってね!」 「別にいいけど、今日で解雇はすでに決定しているって」 自分の失言を指摘されたから怒りが増したのか、それとも口答えしたから怒りが増したのか。どちらでもよくてどちらでもある理由なのかもしれない。 「じゃあこうしましょう。三年三組の椎名樹君は卒業式の悲しさのあまり自殺」 そんな馬鹿な話があってたまるものか。むしろそれだけは避けたい事件だと思う。 「わかった、今から行く。だからその足をどけろ、副委員長」 ふっと力が緩む隙を突いて僕は腕で彼女の足を払いのけると、彼女は足場を失った状態に陥り此方に倒れ掛かってきた。 「わ、わ!どけぇ」 言うとおりに僕は素早く体を転がせてどいた。彼女は何もない床に頭からぶつかり、のた打ち回っている。 「じゃあ集合時間に遅れにないようにね?副委員長さん」 僕は嫌味のように言い、卒業式の会場である体育館まで走った。後ろの図書室から怒声が聞こえ、図書室をでた廊下からは上履きの足音だけが聞こえてきていた。 (これでなんとか間に合うかな)
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