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作品名:アイツン期 作者:キョウ

第2回   イブマジック
 一週間が経ち、約束のテストを迎えた。今までとは遥かに違うピリピリした空気に僕は思わず体に電気が流れたようにゾクゾクして今年最後のテストを終えた。
 それからはあっという間の出来事だ。テスト返却をし、受験関係で慌ただしくも充実しているとは言い難しい時間が続いた。だからかもしれない、今年最後の授業があるその日まで僕は彼女と必要最低限の会話しかしなかった。

 ここ最近、僕はクラスから少し浮いていた。悪い意味じゃあない。理由はまあ二つほどある。このクラスで進学しないのは僕だけだったというのが一つ。委員長と言う立場もあって、なるべくみんなの邪魔にならないよう静かにと心がけて、なるべく雑用をこなすよう勤めていた。黒子の登場だ。これが二つ目。そのせいかあまり会話しなかったのは話しかけづらい理由として、やはりこの時期の受験生の意気込みはものすごいのがあった。となりの人は、先日の約束もあったため、下手に話しかけると邪魔になると思ったからそっとしておいた。
 だけど今年最後のHRが終わると、クラスのムードメーカー(?)のグループの連中が教壇に立った。元気がいいなぁ。
「みんな!とりあえず今年の学校がおわりおつかれ!でも今までずっと勉強で大変だったと思う。だからイブの日にみんなで遊ばないか!?もちろん断ってくれてかまわない」
 クラスがすこしざわついた。みんなはもちろんの事、前で喋ったやつもこの時期は大変なはずだ。でも、だからこそこいつ等は一日だけ遊ぼうと言っているのだ。あと、最後のかまわないは、もし人数が揃わなくても別の策があるという解釈でいいだろう。
 まあ遊ぶという提案はラストスパートに入る前に息抜きは必要だろう。そんな考えは間違っていなかったのか、ちらほらOKがでていた。それでも折角の冬休みを潰したくない、という奴もやはりいて、先ほどのグループはそいつらを説得するのにやっきになっている。
「どうするの?」
 ふいに横の席から声がかかった。珍しいこともある。オレの答えなんか知っているくせに。
「わかるだろ?」
 僕がそういうと彼女は「忘れてたわ」と言った。もう遊びに行くのを決めた女子の何人かが彼女に寄ってきた。
「友夏里〜どうするぅ?」
「まだ悩んでいるところよ。でもそうね、みんなが行くなら行ってもいいかな」
「またまたぁどうせ樹君が行くなら行くって意味でしょ?ねぇ樹君?」
こっちに降らないでくれ、折角無視してたのに。
「何聞いてるのよ!キモィからあっち行って」
「はいはい」
 自分から話してきたくせに、周囲に聞かれると邪魔者あつかいですか、そうですか。まあ、いいけど・・・いつものことですからね。
 僕は教室を見わたすと、まだ続くなと思い教室をでた。仕方がない、どこかに行こう。目的地がないまま彷徨っていると、気が付いたら中庭・・・と言っても焼却炉があるせいか人が全然いない広いところにたどり着いていた。自分のほかにいるとすれば、焼却炉付近を根城にしている猫と遊んでいる女子くらいだった。
「静かなだな」
 静かな場所で静かな感想をもらす。ここに来る途中、自動販売機で買ったジュースを飲みながら一服付いた。冬のすんだ空気のせいだろうか、心がやけに落ち着いている。冷たい空気に晒されたおかげで、すっかり思考はクリアになった。ここでこれからのことを色々と考えてみようかと思った。
 ・・・・。
「・・・・」
 どれくらい経ったかわからなかったが大分ここにいたと思う。気が付けば日が沈み始めていたくらいだし、すでに猫と戯れていた女子はさって誰もいなくなっていた。
 ふいに視界に人影が入り込む。校舎から誰かがでてきたみたいだ。人がたくさんいる場所だと、人一人くらいまったく意識しないのに、逆に誰もいないたった一人が、やっと一人に切り替わるのから不思議だ。人目でわかった。さっきイブの日に遊ぶ計画を立てていたグループ内の一人だった。そいつは肩で息をしながら言った。
「樹・・・やっと・・・ハア、見つけたぞ。とりあえず決まった。全員OKだってよ」
「そうか決まったか」
「だけどお前がいなくなってからすごかったぜ!あの瀬戸さんが折れてくれたおかげでクラスの男子が全員OKしやがってよ、それを見た女子どもも何故かしぶしぶOKがコールだよ!さすが瀬戸さんだよな!」
「ああ」
 僕はうなづいた。本当にすごい奴だ。
 彼女はクラスの誰からも一目置かれていたからそれも当然かもしれない。その点僕のような人間はみんなを一目置いてみているような人間だ。今は委員長なんてだいそれたことをやっているけれど、その理由も「誰も立候補しなかった」からにすぎない。
「じゃあイブの日に体育館の確保ヨロシク!」
「待て!オレはまだOKしてないぞ!」
「またまたぁお前の答えくらいわかってるのよ。それじゃあな」
 そして人の話を全く聞かないクラスメイトは走って校舎に消えていった。
(全く・・・さて、やっちゃんいるかな?)
 すこし愚痴った僕は職員室のある方向に足を向けた。ちなみにやっちゃんとは担任の女教師のことだ。

                  ◇
「行くか」
 僕は私服の中で一番気に入っている服を着て、コートを羽織って家をでた。
 今日は予定してあったイブの日。
 実はあの後かなり大変だったのだ。すぐに必要書類をそろえた僕はまだ残っていた生徒に声をかけ、公共の場を管理しているいわゆる学務課と呼ばれるところへ出向いてもらい足止めを頼んだ。僕はその間、学年主任の先生にかけって了承を得た(担任の許可をもらったと嘘をつき)。
 その許可書を持って足止めをしてもらっておいた学務課に出向き、学校公認の許可書を受け取った。最後に(運よく)宿直のやっちゃんを捕らえて任務完了。もちろんやっちゃんもイブは参加してもらわないと、全てが水の泡になる。そこで、僕がどうしたか・・・、まあいい。本当は最初にやっちゃんのところに行くべきだったが、やっちゃんの行動パターンは理解できない、したくない。そして最後に手伝ってくれた生徒にジュースをおごると全ての準備を整えた。
 う〜ん、一つクラスメイトには嘘ができてしまった。担任である女教師の参加の理由。気になる男を誘ったと言って丸め込んだ事・・・・これがさすがに伏せておくべきだろう。まあもちろんその男性も誘っておいた(その男性がイブの日フリーだと言うのはリサーチ済みだった)。
 腕時計をちらりと見ると、開始時刻までのこり10分。予定通りに学校に着くとそこにはみんなが集まっており、すでに騒ぎまくっていた。
 体育館内はもう料理などが運ばれていて準備はほぼ完了していた。館内に声が響く、ステージの司会の奴がマイクテストをしていた。これは遅い。場がある程度収まりつつあったので、僕はみんなよりすこし離れた位置に移動した。壁にもたれながらジュースを飲んでいると、時折中の氷を「カラカラ」と音を立てた。
 周りのみんなはシャンパンなどの洒落た飲み物を飲んでいて実に楽しそうだ。でも僕はそんな気分にはなれなかった。すると僕が一人で休んでいるのを見かねたのか、3人の女子が近づいてきた。
「樹君楽しんでる?」
 その中の一人が言った。
「ああ、でもちょっと休憩だ」
「ふ〜ん、あ、でもユカは?」
 ユカとは彼女の事だ。彼女は女の子の間では「ユカ」、もしくは本名で呼ばれている。
「知らないよ、どこかで遊んでいるんじゃないか?」
「ねえ樹君、どうやったの?」
 と別の子が話を変えてきた。今度は僕のことについてみたいだ。顔をあげてみると、その子は村上だった。村上はもじもじとお腹の前で手を組んでいた。今時の女子高校生にしては憂い仕草だなと素直な感想を抱く。
「何が?」
「とぼけないでよ、このパーティーって急な話だったじゃない?でも体育館や夜での活動の許可とこれだけの準備をそろえることができるのなんて樹君くらいだとあたしは思ってるの・・・」
 他の女子もそーそーすごいよねぇ、と言った。
「オレがやったのは許可だけだよ、残りはほら」
 僕はそんな大物ではない。ただのしがない一高校生なのだから。これ以上評価が上がってしまうと、今後の行動に差し支えるかも知れないと思い、謙虚な行動を示す。村上たちの興味をはずために、体育館の壁際を指差すと男女が手にシャンパン(ノンアルコールのはず)を手に持ち楽しくおしゃべりしていた。片方の女性は、よくクラスでみかけたことがあるけれど、服装の気合がぜんぜん違う。その様子をみた女子は「キャー」といいながら去っていってしまった。しかし全員ではない事に気が付いた。まだ村上が残っていた。
「い、樹君も一緒に行こう?」
 身長差のせいか上目遣いでこちらを見ておりその顔は赤かった。でもパーティーではしゃいでいたせいかもしれない。ここで変な勘違いしてはいけない、僕は委員長なのだから。
「ありがとう、でもオレはもう少しだけ」
 僕はジュースの入ったコップに目線を移すと村上は「そう」と言って名残惜しそうに背を向けた。前から「ほら村上も早く!」と女子の声と小さくなっていく足音が聞こえた。
 気が付くとコップの中身はジュースだけになっていた。目線はコップだったが実際は見ていなかったようだ。僕はそれを一気に飲み干すとまた新たにジュースを取りにいった。

その後も色々やったと思うが僕自身、あまり鮮明には思い出すことができなかった。だって久しぶりに遊べた事もあり、すこしはめを外しすぎたのかもしれない。パーティーが終わるとみんなは二次会というものに向かっていった。元気がいいなぁ。やっちゃんもいつの間にか男性と一緒にいなくなっていた。
「帰るか」
 僕はもう十分楽しんだから帰ろうと思い、みんなが向かっていった方向とは逆の方向に足を向ける。
「お?」
 帰ろうとする僕のひざが自分の意思とは反して両足共曲がり、僕はひざをつく。上半身だけ振り向くと彼女がいた。今日の彼女は普段より大人びて見えた。膝まである黒のスカートに白のセーターの上から紅いダッフルコート着ており、その首からは十字架のネックレスが見えた。夜のせいでよく見えないけど、化粧もいつもより気合が入っているように見える。
 僕は驚いた。だって彼女も二次会とやらにいったのばかり思っていたから。
「何だ?」
 僕は立ち上がりながら彼女の方を向いた。
「あんた行かないの?二次会ってのは」
「友夏里こそ行かないのか?今日の主役みたいなものだっただろ?」
 このパーティーを決め、司会や幹事を務めたのは確かにあのグループだった。けど、全員参加を決めたのは彼女の存在だった。証拠にパーティーの最中、大体のイベントや会話の流れには大抵彼女がいた。僕はそれを遠巻きに見ていただけにすぎない。
「まさか、だって遊ぶのは今日でしょ?明日まで延ばす事なんてないわ、私達は受験生なんだから」
 それに・・・と何かを言いたげだったが彼女は口を閉じ、「帰りましょうか」と言った。強固な決意に純粋で前向きな考えは感服せざる得まい。僕はこの真面目人間瀬戸を敬うため「送るよ」と答えた。すでに夜の11時を回っており、冬の夜は寒いし、なにより・・・。
 帰り道、僕達は他愛ない会話をした、パーティー中こんな話がでたとか、あの子が片思いがあの人だったとか、実はクラスの中にカップルがいたとか、やっちゃんがいつ消えたのかとか様々な話を、だ。ほとんど相槌をつくばかりだった。もう突きまくり!相変わらず彼女が僕に対して使う口調はあまりにもひどいですからね。
 そして彼女の家の前で「よいお年を」と今年最後の別れの言葉を交わし僕は帰路についた。

 次の年になり、学校が始まるまで僕はクラスメイトの誰とも会わなかった。一応初詣に家族で行った時に何人かの知り合いはいたけれど、それだけだ。実際僕は僕で、仕事が決まっていたため、その準備で忙しかった。だから誰とも会わなかったのはいいことだったのかもしれない。でも僕は何故か落ち込んでいた。理由もなんとなくわかっている。それは後になるまで思い出せなかった・・・いや、思い出したくなかったのかもしれない。イブの後の日から年末にかけての普段の生活で、自身の歪みが手に取るようにわかった。昼間の散歩の時にすれ違う女子高生を見ると眼が自然と向いたときがあった。就職後のアパートの下見に行った時は電車に乗っている同年代の女の子や、各駅で停車するたびにホームを見渡したりもした。夕方にちょっとコンビ二まで買い物に行った時は、横にいる人などいろいろな所で僕は女の人を見るたびに心が激しく動揺した。こんなあからさまな動揺を自分自身では気が付いていないフリをし、ずっと自分に嘘をついていた。ここにいるはずがないと僕は僕に言い続けた。それでも僕は気が付くと探し続けていた。
 服装が似ているだけで、髪型が似ているだけで、声が似ているだけで、僕はいつの間にか願い続けていた。君がいるのだと勘違いした。
 こんな所にいるはずないのに。
 年が明けてもずっとこんな調子でいたから家族にも心配された。
 でも僕は「大丈夫だよ」と嘘をつくしかなかった。


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