20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:アイツン期 作者:キョウ

第1回   口封じにはチョコレート
 外は雨が降っている。雨は僕の目の前で降り続けたが僕の上では降っていない。当たり前だ、僕は校舎の中にいるから。しかしいくら校舎にいても、僕の頭の上からはほぼ毎日のように違うものが降ってきている。今日はまだ来ていないがそろそろ降ってくる頃だろう。僕はそれが降ってくる原因も、降らせる人も知っているけど、それを避ける事はしない。僕が毎日降ってくるそれを避けない、避けたことがない。もしくは防がないのは、今までの3年間変わらないことに対して習慣付けられたのかもしれない。でも僕自身それを避けようとは一度も思ったことはなかったのだ。そう、初めからそんなことは考えたことはなかったんだ。何故かはわからないが本当にそんな気になったことがないのが不思議でしょうがなかった。
 雨を見ながらぼうっとしていた僕の手には使用していない箒とちり取りが足元に置いてあった、どうやら雨に当てられたようだ。気がつけば、ガラスの向こうは雨が降っていて、ガラスの反射で一人の女の子がこちらに向かってきているのがわかった。そんな僕に対して後ろからでもわかる殺気を放ちながら向かってくる奴は僕の知る限り一人存在せず、諦めるように、そしてタイミングを合わせるようにゆっくりと僕は振り返えった。
「何サボってんのよ!」
 振り向いた瞬間、僕の頭に箒の掃く部分がぶつかった。
「おわっ」
 痛くはなかったが地味に心に30のダメージ、ちょっとびっくりした。頭を手で軽くはたいて汚れをある程度とり、目の前の女の子を見た。見慣れすぎて特に感想もない顔立ち、彼女は3年間も同じクラスだからだった。でも僕は、彼女の怒った顔を見ると、すこし胸が軋んだ。
「別にサボってないだろ」
「またそんな屁理屈言って、あんた今日掃除当番でしょ!?今日あんたが外掃除だけど 雨が降っているから終わり、なんてことが通じると思ったら大間違いなのよ!」
「自分の部分は」
「うっさい死ね!」
 わき腹に鈍痛。(肉体に)50のダメージ。
 僕の言葉を死刑宣言で封じ「戻るよ」と言って彼女は振り返り教室に入って行った。死んだ方がいいのか、それとも生きて手伝った方がいいのか、と発言が矛盾している事対しておかしくなってしまった。でも今は言わぬが華なので、僕は何も言わず足もとにある道具を取り教室に入った。
 教室に入るなり、数名のクラスメイトの視線が僕に集中する。掃除中ということもあって、女子はジャージ姿に着替えていたが男子は制服のまま掃除をおり、みんなは手を止めていた。ある人は笑い、ある人は悲しそうな目でこちらを見るなりため息を着き、またある人は「別にいいのに」と言った。
 そして教室を見渡すとすでに掃除はほぼ終わっていて、後は集めたゴミを片付けと机と椅子を元の位置に戻すだけの作業が残っているだけだった。ならこの数人ですぐ終わると判断した僕は、掃除道具を教室の隅にあるロッカーにしまい教室からでようとした・・・が許してくれない人がまた来て、僕の襟首を引っ張り教室に引き戻した。
「逃げるなクズ」
 今度はクズですか。
「はぁ?もうあらかた終わっている、これならオレが入る余地なんてないだろ」
 目の前の子は「あんた馬鹿?」とでも言いたげな顔をするなり「あんた含め男子が残りを片付けている間、女子は着替えをすればみんなはほぼ同時に帰れて効率がいいと思わない?」と言った。きっと僕と彼女を知らない人が見ればこの会話についてはこう言うだろう、「瀬戸さん、それは不味いよ。さすがに後片付けを男子だけに任せて私達は着替えるなんて」・・・と。
 驚いたことに、ジャージ姿の・・・・村上という女子が寄ってきては、今の台詞を口走った。断じてジャージの胸元にある名前の刺繍を見たわけではない。
「たしかに」
 僕がうなずくと村上はほっとしたのか胸を撫で下ろす。
「じゃあオレ達だけでやるか、もちろん委員長命令で」
 僕はやる気のないクラスメイトの男子を自分の立場と状況を利用して言い伏せた。もちろんその状況と言うのは自分の机でのんびりと雲と水を眺めている担任の女教師のことだ。
「え?・・え?」
 完全に混乱状態に陥っている村上を先ほどまでいた彼女は「さ、行きましょう」と満面の笑みで村上の腕を引っ張り教室から出て行くと、僕は出て行くのを確認し、残りの男子に合図をかけ、片付けを再会すると諦めたように残りの女子も教室から出て行った。
「あいつらやっぱり付き合っているのか?」
「あれで付き合っているなら他のカップルはすでに夫婦の域だぜ」
「だがクラスメイトのオレ達でさえあの会話はビビルよな」
「何かあれば死ね、クズ、消えろ、の呪いの言葉だし」
「でも樹と話してないときの瀬戸の笑顔は」
「「最高だな」」と複数の男子の声が教室中に聞こえた
 掃除を黙々と進めていく中、他の男子は何か喋っていたが僕はそれ無視して片付けていく。そして片づけが終了したとほぼ同時に女子たちがぞろぞろと元の制服に着替えて戻ってきた。
「それでは先生、私が鍵を返しに行きますので職員室まで一緒にせん?」
「あら送ってくれるの?優しいのね、瀬戸さんは」
 女教師はちらっと横目で教室を見渡し掃除の終了を確認し、「それじゃあみんな、おつかれさま」今日の掃除当番にねぎらいの言葉をかけ「あ〜肩凝った、瀬戸さん肩揉んでぇ」とあくびをしながら肩を鳴らし教室に出て行った。その仕草はまるでおばさんだが実年齢はまだ24だというのが驚きだ。
 僕は二人を気づかれないように見た。盗み見るような真似に関しては特意味はない、でも姿についていく瀬戸の顔は歳相応の笑顔は、気づかれないように見なければいけないように思えた。なぜならこの三年間、僕に対しての瀬戸の笑顔というはまだ一度も見せた事のないただ一つの表情だったから。
 僕はすこし呆けていると「い〜つき!」と後ろから体重をかけられ後ろを振り向くと、さきほどの男子が数人いた。
「なあ樹、これからどっかよっていかねぇ?」
「どこ行くつもりだ?」
「とりあえずボーリングなんてどうよ?後はまあカラオケだな」
「まずボーリングの前に寄る所がある」
 揃ってどこだ?と質問してきたので僕は期待に答えてやった
「雨と制服と女の子の関係についてだ」
 そこで高らかに「オオォ〜!」と歓声が上がると僕を(何故か)先頭に教室を出て行く。ただ、オレにも美学や信念というものも少なからずあり、それも伝えなければやってはいけない。そして「だがカラオケはパスだ」と付け加えた。

                   ◇
 考えなくてもいい時間がやってきた。僕はこの時間が大好きだった。教室に響き渡る人間の声は・・・どうでもいいけど。それでも周囲の紙の上で踊るシャープペンの音や、たまに一斉に教科書をめくる時の耳にぞくっとくる軽やかな音と、周りの一生懸命に「勉強」している空気が漂うこの空間が僕にとってたまらなく心地よかった。ただ、自分の勉強に対する意欲はないに等しい。前で話している内容はとてもつまらなく、特に気になる、という訳でもない。つまりどうでもいいのだ。
 学校で習う勉強は別にそこまで頭に入れる必要のないものばかりだと思う。授業とは、テストで出る範囲の内容を頭に叩き込むだけの作業で、特に知恵が必要なわけではない。だからこそ僕はこの時間が好きだった、こんなつまらない環境が生み出す心地よい空間が。
 しばらくしてチャイムが鳴り、話をしている教師が「今日はここまで」と言うと教材を素早くまとめ教室から出て行った。
 そこで教室に張り詰めていた空気が散り、僕は内心(あ〜あ)とすこし残念がった。ふと横から来る視(死)線に気が付き横を向くと彼女がジト目こちらを見ていた。
 僕は「何?」とほおに手を付いて言った。きっと彼女からはとぼけているように見えただろう。実際その通りだ。
「あんた今回の期末どうなのよ?」
「どうって?」
 瀬戸の表情はさらに険しくなる。
「決まっているでしょ?前回よりも点数を上げられるかどうかよ」
 なんだそんなことか。僕はもっと面白いことなのかと思って心の中では期待していたが興が削がれてしまい、教科書類を机にしまうと、後10分後に始まる授業の教材を取り出しながらこういった。
「その時までにテスト範囲を覚えていられたら前回より上がるよ」
 そこで瀬戸もつまらなさそうな顔をし、次の教材を机の上に並べ始めた。
「あんたっていつもそう。言われた事しかやらないのよね。本当は自分で考えることができるくせに「それを考えるのはオレじゃない」ってはぐらかす。今までのテストにしたってそう、「テスト範囲を覚えれば100点取れるよ」って言って本当にテスト範囲しか勉強しないのだもの」
 おいおい愚痴じゃなくなってるぞ。それは文句といいます。F○では武道家のことをモンクともいう。おっと、気持ちが脱線。
「しかもあんたが毎回満点じゃないのはただの凡ミスだけでしょ?全く信じられない、周りがこんなにも努力しているって言うのにあんたはそれを軽々超えていく」
 ここまでは授業の準備をしながらだったせいか最初は愚痴だったが、いつしか文句に摩り替わっていた。まあ別に文句を聞く分には特に気にはなってなかったため、油断していた。
「本当にあんたって」
 そこで準備が終わり再びこちらに向くとまるで害虫を見るような目でいった。
「死ねばいいのに」
 凍った・・・僕の表情が凍ったわけでも、周囲の人達が凍ったわけでもない。この教室全体の空気が凍った、僕と言う例外を除いては。そう、今までの会話はすでにクラス全員に聞こえていたというか、クラス全員が今の会話に聞き耳を立てていたのだ。もちろん先ほどの会話(?)が始まると同時にクラスの会話が途絶えていた事を僕は知っていて、この僕と彼女の会話がすでにクラスの名物化としていたのも知っていた。さらにこの会話の事を「下克上」とか「副委員長の委員長死刑宣言」や、しまいには「絶対零度」なんて名づけられていることも知っていた。
 僕はポケットからチョコを取り出し一つ口にいれると、「善処しますよ」と手をひらひらさせて言った。
「ちょっと何食べて!むぐぅ!?」
 さすがにこの空気では僕の気が持たないので、もう一つチョコを取り出し瀬戸の口に無理矢理ねじ込んだ。すると瀬戸は「あまぁぁい」と至福の時を楽しんだ、もちろん満面の笑みだ。彼女がこの顔をするときは大抵甘いものか、自分の思うように物事が進んだときであって、断じて僕のせいで笑う、といったわけではない。つまり、僕がこいつの思ったとおりに行動したためしがないということだ。まあ僕自身にその自覚はない。
授業のチャイムが鳴ると、別の教師が入ってきた。教壇にたち僕は「起立、礼、着席!」とお決まりの号令を掛けた。
「え〜それでは前回は・・・」
 授業が始まると横に座っている子の顔から笑顔が消えた。僕はチョコを隣りの机にそっと置くと彼女は教師が黒板を見た瞬間にそれを掴み、「カツ!カツ!」とチョークと黒板のお決まりの音が鳴り響くその瞬間を狙い、包装と解き、またしばらく至福の時間を堪能していた。それから放課後まで僕は静かな授業を過ごしていたのは言うまでもないことかもしれない。

                  ◇
 コツン。
 頭に何かが当たる感触で目が覚めると、目の前には誰もいないから勘違いかな。と思ったら後ろに瀬戸がいて、ゴン!と今度は肩を手に持っていた文庫本の固い部分で叩いた。
「痛いよ」
「そうでしょうね、痛いようにしたんだから。でもいくら図書室だからってまだ12月だから寝てたら風邪引くわよ、感謝しなさい」
 この学校は公共の場にはエアコンが設置されている、もちろん教室にはない。公共の場といえばここ図書室もそうだ。室内温度は25℃、実にすごしやすい。
「それで?まさか何もない、なんて事はないだろう?」
 そこで気付く、外はすでに暗くなっており、時間を確認すると17時を回っていて、図書室はすでに閉館時刻を過ぎていた 。どうりで、隙間風が冷たいと思った。これなら瀬戸のいうとおり風邪を引いてしまう。
「それで?あんたは何していたの?」
「寝てた」
 瀬戸から殺気が漂ってきたのを感じて訂正する 。
 僕は今日、掃除当番ではないが、テスト1週間前という事もあって大抵の生徒は帰宅している。図書室にこんな時間までいる生徒はほとんどいない。机には鞄が置いてあるだけで何もないから勉強していないのが一目瞭然だ。よって自然と「何かあったから図書室にいた」という結論に至ったのだろう。そう思った彼女に対して嘘は通じないことは知っているけど、なにより彼女は嘘をつかれる事を嫌っていた。
「放課後、2年生の女子に告白された」
 殺気がグン!とはねあがるがすぐさま収まりため息をつく。
「それでここまで逃げてきたと」
「ああ・・・って怒らないのか?」
「はあ?当たり前でしょ、私を何だと思ってるのよ。どうせあんたの事だから「こんな時に告白ね、じゃあな」とかなんとか言ってここに来たって所じゃないかしら?」
 すごかった、一字一句間違わずに断ったセリフと状況を言い当てたからだ。だが別に悪いとは思っていない。自分たちは今年受験や就職活動で忙しく、さらに来週には今年最後の期末試験があるのに告白だなんて非常織にも程度がある。と言っても僕はすでに就職が決まっていて、次と三学期のテストで僕の最後の学生生活は終わりを迎える予定だ。
 彼女は帰りましょうかと言い、僕は送るよと答えた。 (眠れる)司書の人に挨拶を済ませ図書室をでる。校舎から出た所で彼女は歩きながら話しを始めた。
「私は教師になりたいのよ、だから今一生懸命勉強してるの」
彼女は言った、目標があるから頑張るのだと。
「でも今は受験は二の次、今はあなたよ」とニヤリと口元を釣り上げ言った。
 僕は「そう」としか答えないと彼女は「驚かないのね」と少し不機嫌になったようでそっぽを向いた。僕は知っていた。
 この三年間同じクラスで、出席番号で並べば横にいるのが彼女で、そして教室で出席番号順の席にするとこれまた彼女が横にいた。あれ?言葉が重複している?まあいい。
 興味がなくても見えてしまう事があった。委員に所属し、部活に励み、授業も真剣に受けていた。彼女は人に自分の意見を強制することをしないのを知ってるし、負けず嫌いな所も知っている。それでも僕にテストで勝った事がないため僕にたいして敵対心を抱いている事も知っていたがあえて無視していた。
「あんたはこの三年間なにがしたいのか私にはさっぱりだったわ。けれど進学しないで就職活動始めて秋には内定もらう始末。ねえ、何であの会社を受けたの?」
 僕の就職先は誰にも言っていないし教師にも口止めをしていたからどこで情報を得たのか不思議に思った、が既に知られているからしょうがないと思う。
「誰にもいわない?」
もったいつけてしまった。
「もちろん」
「ヤダね、言わない」
「何でよ!言わないとなぐるよ?」
 とかいいつつ「何でよ」の部分で既に僕の脇腹に大きなダメージが与えられ、僕は呼吸を安定させる事に必死だった。
 僕はしょうがないなと言い、「友夏里が大学に受かったら教えてあげるよ」と答えた。彼女は「約束よ」と言い黙った。僕は特に話せる話題も思い付かず、彼女の家の前で「また明日」と別れるまで一言も話さなかった。彼女も家まで一言も話そうとしなかったのがせめてもの救いだった。いや、もしかすると僕も彼女もおしゃべりな方ではないかも、そんな思いが生まれた。


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1069