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作品名:不能者 作者:キョウ

第9回   ライト&ダーク
今宵は新月。普段夜空を支配している王者は眠りにつき、その椅子を空白にしている。もし、王者がいなくなったとき、その椅子に座るのは一体どういった存在だろうか?ウサギは消え、空には一面の星。神話を象徴し、語るために輝く星たちが瞬く。代表的な秋の四辺形であるペガスス座が初めに見えた。けれどオレは特に、フォーマルハウトの輝きがもっとも印象的だった。そんな、もうすっかり秋だと実感たらしめる夜だ。
 こんなにも夜空は星が瞬き、活気に満ち溢れているが、この場にいるオレ達は実に緊張感あふれていた。この場にいるのはオレを含め3人。オレ、七、そして神楽光だ。昼にあった出来事からか、さっきから二人はオレ達と一定距離を保ったままだった。
 さて、どうして獅堂と千早がいないのか?獅堂は前回の戦闘時の暴走をお嬢がとめたまではよかったけれど、核以外のほぼ全てを破壊&封印されたために今現在も治療中とのこと。そして千早は別の任務に行っている。
「どうして、あんたが?こんなこと初めてだろう」
 そう、オレも七も、神楽光とは普段から面識があったけれど、こうやって任務を共にしたことはない。今回も慎重だな。それもそうだろう。
「何、そちらの鬼手不足・・・人手不足の補充だ。そちらとこちらの上から言われてはさすがの私も何も言えんさ」
「今日はよろしくお願いします。」
 七は気合を入れて、挨拶を交わした。それもそうか、光とは所属が違ってはいるが、間違いなく七の先輩にあたり、光は東館で1・2を争う実力者だと聞いている。
「ところで、今回はよほど重大と見える。七、そうだろう?」
「ええ、何でも今晩に始まるだとか」
「なるほど、情報は持っているな?全く、あのお嬢様はこちらには何もよこさないのが頂けない。まあこっちの上があれじゃあ仕方のないことだが。」
 七と光はオレをおいて先行した。
 今回の重要任務。夕刻に戻ったオレと七は、さっそくお嬢の使いだというアロハ男に連れられた。そこで待っていたのは予想通りの仕事の話だった。お嬢は相変わらずの無表情で淡々と説明した。今晩の2時、ヴァルプルギスの夜の儀式が始まること。そしてその詳しい対処法と場所について。そして最後の一言。
「私欲に走らず、まず持ち帰りなさい」
とのことだ。チッ。釘を指された。まあいい、別にあれは手に入れてしまえば急ぐことではないからだ。
 カクカクシカジカ。


 オレ達がたどり着いた場所は、N県とはほぼ正反対に位置するY県の山の中にひそかに存在していた田舎村だった。さすがに村というだけあって、街灯やら店なんかは灯りすらつかず、辺りには家のあかりがちらほら見えるだけだった。さらに今宵は新月。月光がないためによけいに暗く見える。
 オレ達四人は、お嬢の言うとおりの場所へ向かうべく、漆黒に包まれた山道に足を投じた。
腕時計は11時を示している。アナログ。無論夜。
この場につくまでに実に2時間もかかってしまった。
山道とはいっても、実態はただの木々の隙間を走ってきただけだ。オレ達はここまで、走る手段を選んだ、というかそれしかなかった。まあそれでも、走るだけでも十分な速さだ。たぶん時速60kmくらいはでていたと思う。口裂け女と競争しても勝てる気がするね。もっとも人間時代からすればとてつもなく早く、次元が違う。けど、それほどの速さをもってしても、この中では遅い分類に入る。七はその能力ゆえに、オレ達の中でもっとも早いスピードを有しており、きっと高速道路じゃあ物足りない早さだろう。神楽はオレと同等の筋力のはずだが、ぐんぐんと木々が立ち並ぶ林のなかを何の苦もなく進んでいった。彼女はこの暗闇の中、まるで見えているかのように木をよけ、最短ルートを選んで走り続けていた。くるまでにわかったことだが、オレと神楽では、走法に違いがでているのがわかった。けどその違いをうまく説明することができない。ただ、違和感があるのだ。なんといえばいいのだろう、同じように走っているのだけど、走り方が違う。そうだ、オレは人間の体を前提としていているけど、神楽は生まれた瞬間からすでに人ではないのだ。だから基本的な体の構造が類似していても、扱い方はきっと違っている。だから、似て非なる行動しているため、オレには違和感がわかるだけで、はっきりとしたところまではわからない。ただまあ、わからないからこそ違和感なのだが・・・。
そうして、オレはこの二時間の間に、だいぶ遅れをとってしまった。ようするに、オレという鬼は、他の鬼と比べて身体能力では劣っているというわけだ。不甲斐ないな。
「ふう・・・やっと、追いついた」
目的の山が目前まで迫っていた。けれど、その一歩手前にあるトンネルの入り口で三人は立ち止まっていた。もしかして、オレを待っていたのか?十分ありうるから怖いな。
「センパイ、遅いですよ。1分の遅刻です」
「悪いな。で、どうした?あと少しだろ?」
七はともかく、神楽の表情は険しい。特に心は眉間にしわを寄せ、双瞼を閉じている。まるで何かを感じ取っているように。そんな心の横にいる光もまた、顔つきがよろしくない。
「やはり、そう簡単にはいかないか。あと30分を切ったか、さすがにまずいな。ん?やっときたか、天野」
「ああ、悪いな。で、どうしたんだ?」
「この先に、ちょっと面倒な結界がある」
結界?確かにこの先にオレ達がいけば、戦闘になることは必須。そして相手はあのアレイスとラックだ。ならこちらの存在があろうとなかろうと、何かしら準備がしてあるのは簡単に考えられた。
思案。
もし、ここで何らかのことができる魔女といえば・・・十中八九ラックだな。アレイスに、こんな複雑で大掛かりなことはできないはずだ。オレは二度、彼女と会っているが、二回とも力任せの行動しかしていなかった。そして、ラックは密かに、狡猾にこちらを狙ってくる。
けれど、心はよくここから先になにかがあるとわかったと思う。オレには違和感が感じられない。きっと、心の力とはそういった類なのだろう、と思う。
「それで、どうする?」
「・・・まあいい。とりあえず、進むしかなかろう」
オレの問いに光は、不満があるように言った。よく、わからない。どうでもいい。オレは早く進みたいのだ。
「じゃあ行こうか」
「待て待て、何も考えずに進むのは愚の骨頂だよ。私に考えがある。天野、ちょっとこい」


 零まで、残り25分を切った。
 オレ達四人は縦一列に並んでいる。順にオレ、神楽、七。
 神楽の作戦はいたってシンプルなものだった。ここから先に結界がはってあるのはすでにわかっている。もちろんその結界にどんな効果が練りこまれているか、まではさすがにわからない。しかし、魔力を用いた魔法で作り上げられた結界ならば、オレの出番。要するに、結界の源である魔法を吸収しながら進行する、というものだ。
 ただ、これには一つ。欠点がある。それは、隊列行動だった。オレたちは基本的にチームプレイなんてものはやらないし、やったことがない。だからこういった時、どうすればいいのか不安になる。ただここらはもう頂上まで上りきるだけで、走れば5分たらずでついてしまうだろう。そして、各個人の仕事としてオレは能力を行使する役目があり、他2名はオレの能力圏外からでるわけにはいかない。まあオレが先頭なのはその部分が大きい。後ろにつく神楽は、オレと七の間にはいって、はぐれないようにする役目。七は・・・がんばれ。こうして言葉にすると簡単そうに見えるが、実際どうだろうか。車と同等のスピードに人の小回りが同時に展開されると、さすがに苦しいことになるだろう。だからこの作戦の欠点はこの隊列にある。
 けれど、ここまできてしまっては関係のないことだ。上まで無事に、無傷で、そして時間内に上りきる方法があるならば、その方法を迷わずとるべきだ。面倒、困難、そんなものに縛られていてはいつまでたっても目的が達成されるなんてことはありえない。
「天野、時間がない。」
「わかっているさ」
 軽く跳躍。着地と同時に右足で力一杯地面を蹴り上げる。同時に能力の開放。風が、空気に冷気が孕んでいるのがはっきりとわかる。柄にもなく緊張しているのか、心臓のリズムが不規則だ。すぐにトンネルが背面に現れた。眼前の視界は暗黒。否。オレの能力圏内は確かに森に類似していた。木々はないが、足に伝わる感触から、雑草と落ち葉、そして小枝があることは確認できた。そして能力圏外。確かに色は黒で統一されている。ただ、様々な黒色が存在していた。言葉がおかしいのは百も承知だ、黒は黒でしかなく、違う色の黒なんてものは、ありえない。だが、オレが見ているものは確かに多種多様な黒色があった。どうしてそれがわかったのか。その空間が渦巻き、混ざり合い、反発しあっていたからだった。暗黒が暗黒を飲み込み、そこから新たな暗黒が生まれ、漆黒が広がっていった。
混沌。カオス。矛盾。
嫌な感じがする。ラックの魔力性質のせいなのかわからない。オレがこの結界を奪っているということは、間違いなくこの結界は本物であり、完成品だ。そして純度、レベル、試行錯誤がなされている点から、無警戒で足を踏み入れたらと思うとぞっとする。けれどこれがすでにおかしく、オレの嫌な感じが増すばかり。ラックは間違いなくオレの弱点を熟知している。例え、この面子にオレがいなかった場合を考慮したとしても、結界一つでなんとかなるものでもないのだ。その証拠に、オレの能力圏ギリギリのところで、不思議な光景があった。
先ほどの一言。木々がない。異常だろう。山の中で行動しているのに木が見えない、というのは、御幣がある。木がないのではなく、木が木でなくなっているだけだった。
オレの能力圏内は普通だ。能力圏外では自然界には存在しない世界が広がり、その境では、何らかが破壊される音がした。倒壊音、地鳴り、雨声、轟音、遠鳴り、雷鳴とあらゆる音が重なりあっていた。オレの能力では、力しか吸収できない、間違いない。けれど、木や、草などが一切ないということは、あの境界でなんらかの出来事が起こっている。
まあいいさ。安全に上ることができるのなら、甘えるとしよう。考えることが減って楽なことこの上ない。オレはただ、奪うだけ奪って殺すことだけ考えよう。
オレは顔で風を感じ、足で地を感じ、眼で現状を感じ、心で不安を感じていた。
もうすぐだ。もうすぐオレの願いが成就する。
人間ではない人を殺すことによって・・・。


 思ったとおり、五分足らずで頂上にたどりつくことができた。さすがに頂上では結界はなく、空気が澄んでいた。けれど、ここは自然界が作りだした、光のない純正の暗黒が広がっていた。月がなく、数刻前まで輝いていた星空も皆無。一体、本当の姿はどちらなのだろう。光と闇は、どちらが本来の姿なのだろうか。闇はいとも簡単に光に敗れ去る。けれど闇は光がなければ存在しないというが、この光景を一見すれば考えが変わると思うのだ。確かに光あるところに影が存在するだろう。だが、闇は広がらない。光がなくなればそこには闇しかない。だがその逆だけはどこにもありはしない。闇のあとに光が生まれることなんて、ない!もし、あるとするならば、それは新たに存在を始めた光だけだろう。目の前にある炎のように。
 漆黒の世界の下では、人が作り出した破壊と生の象徴たる火がその存在を主張していた。もちろん、人が求める光を作り出すことの代償としての犠牲によってだ。ここから眼をこらしても、一体何が燃えているのかわからない。ただ、木が割れるといった、焚き火特有の音はなかった。死で充満した天界にはない光が地上には存在し、生在るものたちをありありと立ち並ばせた。
 火という名の光を正面するのは白い騎士、漆黒の魔女、そして彼女達の間にいるのは表情からは何も感じることのできない少女聖。そのさまはまるで正無悪が立ち並ぶようにさえ思える。彼女たちからすれば、自分たちが悪いなんて微塵も思ってもいない。そして炎の位置から対象に立っているのは、天野達三人だ。
「やはり貴方でしたか。レイ」
最初に口を開いたのは白銀の騎士アレイスだった。その口調からは、敵意も悪意も感じられない、その口からは無念だけが感じられた。まるでこの場に着てほしくないかのようだ。
「全く、フィナーレには全員集まるのって好きじゃないのよね。まあいいわ。観客は多いほうが盛り上がるものよ」
一方のラックの口調は、歓迎と排除の意味しか孕んでいない。
「御託はいい。時間は十分ある。さっさと済ませようか」
弄ぶように笑うラックと、質実剛健の姿勢を崩さないアレイスの両者などまるで意にかけずに光はいう。そんな神楽の言葉に心も無言の肯定を示しているように思えるが、動く様子は一切見られない。
「あれがアレイスさんですか。さすがに強そうですね。・・・センパイ?」
少女とラックを殺すのは困難だと悟っている七はアレイスに標的を絞ろうと思っていたけれど、横に佇んでいる零は、先ほどから一歩も動いていない。零は、今までと同様にアレイスを殺すことだけを考えていた。さらに、この場でのアレイスは前回よりも力が増していたから、零の殺人衝動がそのことに比例していた。けれど、これで三回目ということもあり、零の思考も理性もだいぶ冷静だ。
気がつけば、七と零はアレイス、神楽はラックと対峙していた。
そして合図を待たずして、ラックの右手が黒色に輝いた。


 神楽は今この瞬間、初めて魔女と対峙していた。この世に生を受けて150年は経過している。鬼という種族全体からみればまだまだ若い年齢だ。けれど、人間からしてみればそれはどれほど膨大な時間だろう。一体、どれだけの思いを溜め込んでいるのだろう。人間では、本当に彼等の気持ちなど理解できないに違いない。もし、理解できる人が現れるものならば、それは、その人は、きっと人間の域から外れた人間。人の形をした別物だ。話を戻そう。この150年間のうちの100年間、神楽光は殺し続けていた。霊、妖怪、現象、時には人を殺し、喰らい続けるだけだった。
 けれど、魔女たちの相手をするのはこれが最初だ。神楽は自分たち鬼が魔女たちを標的にしていることはわかっていた。けれど、自分たちにその仕事が回ってくることは決してなかった。零達がせっせと魔女たちを殺している間、彼女は別の人外を相手につまらない仕事をこなしていた。それには、一つの事情があった。
 管理人の存在。
 鬼には稀に特異な能力を持った鬼が生まれ、その数は12人と決まっている。もちろん零や七といった者たちのことだ。そしてその鬼たちの上司的存在が、お嬢こと紅葉を含めた三人の「管理人」である。七、零、獅堂、千早の上司、つまりその四人の管理人がお嬢に当たる。そして、神楽の管理者はまた別にいるのだ。神楽はその管理者ことはよく知らない。ただ一ついえることは、ある目的のことしか頭にない、というものだった。
 だからこそ、魔女達の件は紅葉一人がほぼ全てを掌握していた。そういった理由から、彼女は最初にして最後の魔女との交戦を迎えている。実のところ、これも初めてだった。
触っても死なない獲物の存在
だからこそなのかもしれない。初めての魔女に対して闘争心と好奇心と、破壊衝動が止められない、止める術がない。否。止める気なんて微塵もない。
今、こうしてラックに手足を魔法で封じられているにも関わらず、笑いが止まっていない。
「何がおかしいの」
「いや、申し訳ない。ただね、うわさに聞くあんたらがどれほどなものか、楽しみなんだよ」
「だから何が?」
ラックは苛立ってしょうがないといった顔だ。この封印魔法は、前回七に対して使用したものと同等の強度を誇る。そして、この魔法は、ラックの初撃で使用するものだ。もっとも使用速度が早く、相手によっては一瞬で勝敗が分かれるからだ。そして、これが思ったよりも意外に簡単にかかってしまったにも関わらずに笑い続ける光に苛立たないわけがない。見た目で優劣がわかるのならば、圧倒的に有利なのはラックなのだから。
「楽しませてくれよ。ああ、勘違いしないでくれ。私の全力を受けきってくれるかどうか、それだけが楽しみだ」
そうして神楽光は歩き出した。手足の魔法はいつの間にか解かれていた。次に神楽を襲うのは結界。神楽の周辺を魔力が覆う。そのさまは牢屋のよう。
「砕け散りなさい」
そして結界が収縮する。が、収縮と同時に結界が砕け散る。ラックは驚かない。この程度は予想通り、先ほどはあくまで時間稼ぎ。こちらが仕掛けるということは、相手は防御に打って出るしかない。見たところ、神楽の体は他の鬼とそう変わらない。神楽の能力が身体系でないのならば、神楽は向けられた魔法を打って出るしか道はない。先の囮を使用して放たれた魔法が、神楽とラックを暗黒が支配する。
パフュライム・セレモニー。
結界とは本来、自身を閉じ込めるために用いられている。現在では、相手を封じ込めたり、災いを表へださないために使われるが、これでは不十分。結界の本当の扱い方。それは、他者の介入を許さないことにある。
この結界は、その性質を忠実に再現している。他者の侵入を許さない領域。自分だけの世界を作り出す。聖域。この結界内こそが、ラックの世界でありラック自身だ。今この時だけは、結界内は外の世界と断絶されているだろう。きっと、アレイスや零達には消えたようにさえ見えることだと思う。本当の魔法。異次元魔法。それがこの結界魔法の性質だ。
「素晴らしい。これこそまさに魔法の領域」
神楽はこの状況を楽しむようにいった。
「だが、仕掛けが大掛かりなのが欠点だな。これでは不十分」
ラックは眼を疑う。結界内では、自身の魔力で満たされているはずだ。そうすることにより、優劣を明確にでき、相手の出方や、こちらの行動に大きな差が生まれる。しかし、神楽の周囲は光で包まれていた。否。神楽の周囲には魔力が到達できていない。この中ではラックの魔力は色濃く表立っている。色は漆黒。どんな色も、性質も飲み込むその特性は、まさにブラック。だけど、神楽の周囲にだけは何故か魔力が届かない。だからこそ神楽が輝いてみた。辺りが暗いというだけで、こんなにも明るく見えてしまうのだろうか。ラック自身には、神楽自身が本当に発光しているように見えていた。本当は発光なんてしていないと頭でわかっていても、だ。
神楽はラックに向かって歩を進める。闇を押し退け、消し去りながら近づく、鬼。
方法はわかっていないが、自慢の結界をいとも簡単に攻略されてもなお、ラックは冷静だった。神楽には結界の影響が出ていないのは明白だが、結界は十分に発揮している。すなわち、こちらの魔法のブースターの役割は十二分といったところ。
無造作に何もないところに手で鷲摑む。ボーリングの玉と同等の大きさが現れた。ラックの魔力特性は闇。魔女といっても所詮は人間。人が持ちうる欲望、嫉妬、憎悪といった負の感情は全て備わっている。彼女の魔力の源は、そういった感情が生み出す虚数魔法。特性上、相手がいればその威力は増すばかり、ただし、ラック自身の心と体を魔法の威力に反比例して弱っていく。実際、ラックの体はこの山の頂上に来るまでにほとんど使用している。残りは数にして約20%。戦闘一回分しか残されておらず、本当に使い切るつもりでいた。そう、彼女は生き残ることなど考えていなかった。目的はただ一つ。脅威を取り除くことだけ。そして、今目の前にいる鬼は、彼女が眼にしてきた鬼の中でも一・二を争うほどの実力。自身の敗北はこの鬼と対峙した瞬間に決まっていた。
「死ぬ覚悟はできているようだ。楽しませてくれよ」
「まさか、手加減でもしてくれるのかしら?」
「冗談。それでは楽しめない」
ラックの両手が輝く。魔球が動作なしで神楽に向かって打ち出される。ラックの手は舞真上に向かって開いたままだ。その手のひらに次々と魔球が出現、放出されていく。その一つ一つには、ラックが溜め込んだ、ストレス、憎悪、苦悩や、自然界に漂う呪いのような想いが乗せられている。
しかし魔球は、一度たりとも神楽に届くことはなかった。避けられたわけではない。その魔球が魔法であるならば、避ける行為は無意味。避けてもなお襲い続けることなど容易。だからこそ、神楽は回避など行ってはいない。ただ、愚直なまでにまっすぐに、ラックに向かって歩行し続けていた。
「覚悟はいいな?ブラック・D・リントン」
それが、神楽がラックへ向けた最後の言葉だった。


ラックと神楽が闇に飲み込まれ、残ったのは零、七、アレイスそして聖の四人。零と七はアレイスと対峙する最中、聖は燃え上がる炎に対して祈りを捧げていた。
「ようやく決着か」
一歩踏み込む。
「ええ、全力でかかってきなさい」
踏み込みは一歩で止まる。アレイスの向けた剣先が心理的な壁を感じさせ、距離はまだ十分すぎるほどあるが、これ以上進むことを躊躇した。
(殺せ)
ああ、分かっている。
もう堪える必要もない。お嬢からの命令なんてもう関係ない。ただ、オレは殺したいやつを殺すだけだ。
地を駆ける。同時に能力の開放。熱を吸収し、ヒートモードに移行。周囲の温度の低下と共に思考もクリアになっていく。今回は光源には干渉しない。前回の戦闘で意味がないことは立証ずみだった。
アレイスの間合いに何の迷いなく突入する。そして、躊躇なく的確に首筋を狙った線撃をコマのように回転。同時に腕に蹴りが決まった。だが、篭手に阻まれた。さすがに剣を落とすなんてラッキーは起こらない。魔力の重圧を感じ、瞬間、波動が襲う。間合いから遠ざけられる前に無効化。未だに、体勢が崩れている隙をつき、ナイフを走らせる。
「はあ!」
魔力の放出を利用して無理やりオレの攻撃を粉砕。ナイフが地に刺さる。あやうく肩が外れたかと思うほどの一撃だった。ここでモーションが終わってはこちらの命が終わってしまう。剣を台にして一度間合いをはずす。
(さすがに強い)
オレが余裕をかました感想を抱いた瞬間。横を疾風が通り過ぎる。
金属音。七とアレイスの激突。七の手刀をアレイスが苦もなく受けきる。もちろん七は素手だ、しかしその腕や手は自慢の能力で金属に負けないほどの硬度を持っている。これは七の能力の特徴の一つといえよう。元は人間と同等の細胞を鬼の力によって変化させている。この非自然現象の効果から、脆性、つまり金属がもつ脆い性質がまったくない。
例えば、硬度10を持つダイヤがハンマーでいとも簡単に砕かれてしまうケースがあるが、こんなものは金属界で珍しいことではない。
戻そう。
左は爪の強化。指全体を刃そのものに変化させ、ライオンを思わせる爪を有している。そして右は左と似たような形だが、構造は槍。相手が線ならばこちらは点を交えた攻撃パターンを交えたのだろう。
両者の戦いはほぼ互角といってもよかった。左右違う武器と持った七だが、元は手のため、武器の扱いという概念は存在しない。その能力を十分に発揮し、五指の刃と一本の槍を用い、アレイスを追い詰めていった。けれど、そこ止まりだった。たしかに押しているように見える。けれど、実際は押し切れていなかった。変幻自在な攻撃をアレイスは剣一本で防ぎきっていた。七は能力故の暴力で猛然と襲い、アレイスは魔力と剣技でそれに答えた。
「ディ・エイト」
槍を受けた剣に光を纏わせ、そのまま七を光に巻きこんだ。オレは、危険を察知し、放たれた光を吸収する。消え去った光から出てきた七は無傷だった。オレは肝が冷えたと思う。まさか七がここまで強いとは思わなかったからだ。もしや近接戦ではオレはけっこう弱いのかもしれない。
とは言ったものの、苦戦していることは事実だ。あの時最後のような力をまだ隠し持っているため、こちらもまだ手の内を全てさらすことはできない。とはいってもあの手を労したといってもアレイスの隠れた力の前では何の意味もなさないと思うのだ。
はっきり言おう。オレ達鬼は戦闘狂じゃない。ただ、殺し、奪うだけの存在だ。だからアレイスとの戦闘が長引かせる、なんて考えが浮かばない。しかし、こちらの手がつまるということは結果として戦闘時間が長くなっていることに直結している。殺すなら一撃で、戦うなら一瞬で、それが基本的なスタイル。別に互いに高めあうなんてものはどうでもいいのだ。そんなものこそ人間同士で勝手にやっていろ。
「あ〜あ、面倒だ」
「何か言いました?」
(殺せ)
「ああ、オレはもう我慢できないんだよ。ただ、殺したくて、殺したくて。それだけが、望み」
地面が爆ぜた。オレはまっすぐに標的に向かった。
目標は炎という光に祈りを捧げている少女。
炎は古から破壊の象徴とされてきた。そして生の象徴は水だ。しかしそれはどうかと思うのだ。炎は二重の特性を併せ持つ。それは破壊と創造だ。
だからあの行為はきっと正しい。
そうだ。さっきからオレの中のオレじゃないオレが五月蝿くてしょうがない。
(殺せ!殺せ!あの子を早く血祭りに!)
そうしてオレはアレイスなんかもうどうでもよくなって、あの少女に向かって駆けている。最初はあの少女の前にアレイスとの決着をつけたかった。だがもうどうでもいい。もう軽く飽きつつあった。そんなオレの標的はあの少女だ。
「!!」
とっさに頭を下げ、勢いよく前方に転がった。髪が何本かいった。後ろを確認するまでもない、アレイスだろう。だが・・・。
「お前はもういいよ。あっちいってな」
振り向かずに、腕だけを使ってナイフで力一杯横に薙いだ。一筋の光の刃がアレイスを襲う。それはさきほどからアレイスが放出し続けた魔力の塊。オレは奪い続けた魔力をナイフに仕込んで放出させた。自身の魔力を直撃したアレイスは自身がいた場所に戻された。1ターン休んでな。
ようやく、少女の下へたどり着く。が、どうも結界が張ってあるようだ。後ろからなにやら叫び声が聞こえた。きっとアレイスだろう。振り返ることはない。背後から再び轟音が鳴り響く。七め、いい仕事してるじゃねぇか。
「いまさら遊ぶ気もないな」
ナイフを刃を持った。指の隙間から血が滴り落ち、土を湿らす。が、そんなことはどうでもいいのだ。このナイフ、魔刃はオレの能力と酷似している。オレのナイフは吸収。そしてその力をナイフに注ぎ込んでいる。しかしオレの力ではどう足掻いてもナイフに力なんぞこめることはできない。そんな欠点をこのナイフはいとも簡単に解決した。魔刃の刃は力の放出、握りの部分は力の吸収の性質を持っている。陰と陽。得と与。まるで磁石のようだ。そうして、オレは握りの部分を結界に当てる。すると、結界に魔方陣が浮かび、次に術式が浮かび上がると、崩しゲームのように次々に崩れ去り、解体されていき最後には、全て魔刃に収められた。本当にこの魔刃はすばらしいの一言だ。オレの半端な能力とは違い、このナイフの吸収能力は常軌逸している。なんでも奪い、なんでも与えるのだから。けれど、いろいろと制限がかかっているのが難点だ。例えば、力を奪うことができるのは握りの部分だけ、とかな。

タイムリミットまで残り10分。

結界を無事に消去することに成功したオレは、いとも簡単に少女の元へたどり着いた。
「おい」
振り向いた少女は答えない。表情も変えない。これから起こる事態を予想するのはいとも簡単だろうに。オレは自身の欲望に忠実に努めている。
「今から、お前を殺すわけだが。一つ、質問がある」
少女は答えない、沈黙を続けている。だがおかしい。この少女は一体なんだ?オレ達の存在を目の前にしてこの余裕。これから起こることを知らないわけではないだろう。
ナイフを逆手に構える。
少女は無反応。
チッ、まあいい。こいつを殺せばオレの願いはようやく叶う。殺人?罪?悪?はっ!オレはもう人ではない、鬼だ!殺人はいけません、なんて人の概念はもはや通用しない。これは至極当然のことだ。だが、未だにオレの人間が呻く。それもわかりきっているのだ。同種の生物を殺すことは、生物の中ではそう珍しいことではないけれど、人間の中ではご法度になっているだろう。それもこの国での生ぬるい考えに基づいてはいた。
だがそんなぬるま湯のような考えなど、今の殺戮衝動に敵うはずがく、オレはまるでこちらに意をかさない少女の首筋に向かって魔刃を走らせた。
もうすぐだ。もうすぐ、あの子あいつの元にかえることができる。
これで・・・・最後だ。


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