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作品名:不能者 作者:キョウ

第7回   マーダー
つい数分前、ちょっとしたトラブルがあったけれど、私たちの要求を呑んでくれた鬼たちは、帰っていった。
一体どうやって、この場所がわかったかはまるで検討がつかない。ここは教会の管理する土地で、霊的な要素はここには集まりはするけれど、近づくことはできないような場所だ。そしてこの一晩のうちにこの国にいる魔女は、5人を残すだけとなる。異例の魔法剣士アレイス、生粋の黒魔法使いのラック、ヴァルプルギスの夜の担い手である杉越聖、そしてこの場にいるマリーと私だけだ。
それにしても、キャメルはともかく、ローラまで殺されるとは思ってもみなかった。ローラは、電気の性質に特化している。さらに、彼女は教会出身の魔法使いだ。その技術はアレイス同様、他の魔法使いとは種類が違うことから我らシックスの中でも強い分類に入っていた。
とはいえ、シックスの中でまともな魔法使いといえばラックとキャメルだけだろう。アレイスとローラは近接戦闘を好む魔法使い。私は厳密にいえば魔法使いではなく、体に刻み込まれた刻印を媒体に精霊の力を使う精霊使いだ。そして横にいるマリーは魔法使いですらない。彼女は滅んだはずのゾロアスター魔術師だ。彼女はゾロアスター教の傾向の通り、火を扱う魔術師である。だがしかし、教えでは光・火を尊び拝火教とも呼ばれたゾロアスター教だったが、彼女は神聖なる炎を殺すことにしか使うことはできなかった。
破綻者だ。
彼女は教えを守らないどころか、暴走した魔術の研究のせいで故郷を離れ、国を追われる立場となった。そして、数年前にわれらの仲間となり、この地へ足を踏み入れている。
しかしすでに私も、マリーもこの国にとどまる必要はない。魔法使いの念願である「死者を蘇らせる」事象はすでに私たちでは成就することはできない。あの少女が鍵だということはわかっている。だがしかし、それだけではまるで足りない。本当の鍵、いや、あのアレイスと少女が重なって初めて本来の力を呼び起こすことができる。よってアレイスに裏切られた私たちは、もうどうすることもできない。
ワルパーギス・ナイト。
「マリー、これからどうしましょう?まず洋服でも買わない?さすがにこの服装では空港は無理ですものね」
「アネモイがそうしたいならそうしようよ」
本当にこの子は敵が居ないときに限って私に笑顔を見せてくれる。さて、早急にこの国をでることしましょう。多少なぞが残りますが、私も余分なことに首を突っ込んで命を落とすのはご勘弁願いたいものですので。
「あれは・・・」
あと少しで、森を抜けるといったところで、待ち伏せていたものが居た。
幼さがまだ残った顔つき、髪は後ろで束ねている。ジーンズに黒いシャツを着た少女。あれはたしか、先ほどの鬼のなかにいた一番若い鬼だったはずだ。名前まではわからない。
「再びあえてうれしいわ。アネモイ、マリー。自己紹介が遅れましたね。私は朝倉千早と申します」
彼女はこちらの考えていることがまるでわかっているかのように丁寧に、お辞儀をしながら自己紹介をした。だけど、私たちはとてもじゃないけれど、いい気分にはなれなかった。なぜなら彼女からは、禍々しいほどの殺意が、ひしひしと伝わってきている。
魔女と呼ばれる私たちには、眼力や魔眼といったものにある程度の耐性があるけれど、これはさらに原始的なものだ。ただ睨み付けている・・・いえ、値踏みするような目つきというのでしょうか。
しかしこれは一体どういうことでしょうか?彼女たちは私達を見逃すといったはずではないのでは?しかもほしいはずの情報はほぼすべて教えたはず。だったら彼女が私たちに抱く興味はすでに皆無だと思っていた。
「まさかまたお会いできるとは思ってもみなかったわ。それで?今度はどうしたの?」
「ええ、2・3忘れ物をしまして。」
「忘れ物?」
「そうなんですよ、聞きたい?」
千早は右手で顔を覆いつくし、ため息を一つついた。すこしの沈黙。左半分を手で覆いつくしながら右目だけでアネモイ達をにらみつける。このときだけはアネモイたちも驚くしかできなかった。にらみつけている眼は金色。髪や体は変化は見られないが、その眼の色だけでも十分な恐怖に足りえた。
「それはね・・・とある魔法使いの命、よ!」
同時に、右手を横に薙いだ。アネモイは、それだけの動作ではまるでわからなかったけれど、マリーにはそれが何を意味しているのかがはっきりと、身に染みてわかった。そう、体が教えてくれたのだ。
ゴポッと口から赤い、紅い液体が滴り落ちる。
アネモイはマリーの胸から、あってはならないものを見た。剣だ。マリーの心臓がある部分から、剣が飛び出していた。刺さった向きは後ろから、一体どうやって?そんなことを考えているうちに、千早は次の行動に移る。そして、そんな考えを一瞬でも抱いてしまったことが、アネモイの人生最後の過ちとなる。
そのことにアネモイが気がつき、千早に視線を送る。
既に千早は金色の眼を光らせ、明確な殺意を持ち、アネモイに向かって弓を持ち、弦をはり、矢を放った。
「ノトス!」
矢はまっすぐアネモイの右目に向かって放たれたが、アネモイは何とか矢を暴風で進路をずらした。
先刻、マリーが殺されたことにより、自分たちのコンビネーションがもう崩されたことに歯噛みするが、それはただの甘えだ。もうここからは自身の力で対抗するしかない。幸運にも、先の一撃を何とか免れたため、防御の体制はある程度整った。
アネモイが司るのは「風」。むさぼりつくす風、ボレアス。荒ぶる破壊者、ノトス。不吉の象徴、エウロス。温和な自然、ゼピュロス。上記が主にアネモイが使役している風たちだ。さらに細かくいえばきりがないが、この風をアネモイはすべてを同時に召喚できた。それは、言葉を発する肺、口、脳を基盤に四肢すべてに召喚の媒体である刻印がびっしりと埋め尽くされているからだった。
そのすべてを同時に発動すれば、アネモイは風使いのなかではトップの分類にはいる。攻撃を担う風を二つ。サポートを一つ。防御の風を一つ、すべて使うことができる術士はそうはいない。
「まったく、どういうつもりかしらね?」
「さあ?特に理由はないよ。そうね、強いて言うなら冥土の土産よ。天野さんと七ちゃんはまだ人間の部分が残りすぎているからきっと私の考えは理解できないでしょうね。そう、二人はまだ「殺す」ことしか考えていない。でも私やあの獅堂さんまでいくとね、殺すことは調理と一緒。」
「悲しいわ、あなたはもう心も体も化け物なのね」
「まあ仕方ないのよ。私はこんな体になる前から心が化け物だったんですもの」
なんて、千早はすこしだけ過去を帰り見るようにして、言った。そして、左手を上から下に降り下ろす。そのとき、アネモネは気がついていなかった。千早の左目が、紅く光っていること。その輝きは、鬼骨と化した獅堂となんら変わらぬ光を宿していた。
ドサっ!アネモイはいつの間にか倒れていた。そのことにアネモイが気がついたときは、既に遅かったのだ。そう、すべてが遅かった。守りにはいるのも、攻撃タイミングも、千早と会話した時点ですべてが手遅れになった。本来ならアネモイは、ノトスだけでは足りなのだ。とエウロスとゼピュロスも出すべきだった。そして、千早に余分なことをさせないためにボレアスで動かさないようにしておくべきだった。
ノトスとは、嵐を運ぶもの。その力で、アネモイを守っていたけれど、それは、周囲だけだったのだ。嵐とは、この国でいえば台風。つまり、千早は台風の目を狙った一撃をだした。それは上空からの一撃、嵐の唯一の弱点であり盲点だった。
だが、今のアネモイにそこまで考える余裕はない。ただ、どうしてやられたのか?一体いつここまでの準備をしていたのか、それだけが知りたかった。
ドスッドスッと、倒れた体に槍が刺さる。
(ああそうか、槍が刺さったのね)
千早はまだ止めを刺していない。それではあまりにあっけないからだ。だが既に勝敗は決定している。そして、すでにアネモイの風はすでに死んでいるため、千早は容赦ない一撃をだす。両肩、足と、四肢に剣を投擲した。だがアネモイは激痛に耐えるばかりで、声を発することができなかった。最初の一撃は、アネモイの喉を正確に貫いていた。
「〜ぁ!ぅぅぁぁぉ」
それでもアネモイはなんとか痛みを逃すために必死に声をだす。これではまるで、虫の標本のようだ。アネモイの耳に、草を踏みつける音が聞こえてきた。死へのカウントダウン。だがそれも仕方がない、鬼を信用した私たちが悪いのだ・・・。
「そう、貴方たちが悪いのよ。知ってる?この国ではね、ひどい仕打ちされた人間はこぞってこう言うのよ「この鬼!」ってね。ふふっ、今の気持ちはどうかしら?文字通り鬼にひどい仕打ちを受けた気持ちは。ああそうだったわね、声を上げることすら叶わないのだった。まあ私がしたことだもの、許してちょうだい。お礼にいいものを見せてあげるわ」
また、アネモイの気持ちを代弁するように千早は言う。千早は、刺さった槍を簡単に引き抜く。アネモイの声にならない言葉をはっしようと口を大きく上げる。だが声はすでに出るはずもない。だがこの痛みは本当に痛いのだ。差し込むよりも引き抜くほうが痛いのは、肉がもっていかれるからだった。全てを槍と剣を引き抜くと、力いっぱい蹴り上げる。
浮かび上がったアネモイの体は、そのまま二回転半。地に体がつくと、今度は仰向けになっていた。地面にたたきつけられたとき、体のいたるところの穴から血しぶきがあがり、千早の服や顔についた。千早はそれを指ですくってなめると、艶やかな笑みを浮かべた。
アネモイはその姿に背筋が凍る思いだった。これから自分がどんなことをされるかまるでわからない。しかしわからないからこそこれから身に起きる絶望に恐怖した。
「あらら、せっかく綺麗なドレスだったのにこんなに汚しちゃった。あ、そっか、色が所々違うから変なのかな。えい!」
と両手を振り上げる。すると、先ほど引き抜いた槍や剣が上空に浮かび上がる。そして振り上げた両手を下げると、再び穴のところに突き刺さった。
もうアネモイに、声を荒げる力はない。ただ、早く死にたい!そう思うことしかできないでいた。だが死ねない。槍や剣は急所をはずしてあり、その痛みで気絶することも叶わない。だが気絶ギリギリの痛みがさらにアネモイを苦しめる。口からは汚らしく唾液が流れ落ち、眼球は上を向きすぎてもはや白目同然。四肢を含めた全身は、まるで絶頂のようにビクンビクンと痙攣している。果たしてこんな状態にまでなっているアネモイは、人間といえるのだろうか?こんな死に方は人間の死に方ではない。こんな殺し方、まともな理性で行えるものではない。
だがしかし、それこそが化け物たる由縁。化け物は、たしかに人知超えた力を有して居るけれど、人を殺す場合、こう殺すのだ。
計算された理性と知性をもって殺しつくす。
だから、鬼という名の化け物としてこの場にいる千早は、もはや、完全に化け物にふさわしい存在だろう。
そして、より自分らしい殺し方をするために、千早は次の行動に出た。

「なんだ、真紅のドレスも似合うじゃない。もうそのままでいたらどう?」
すでにアネモイだった肉塊は答えない。答えられない。
「なんだ、つまんないなぁ」
千早は右手を振り上げる。その手には、槍に似ているが、その用途はまるで違っている。
銛だ。
千早は、なんの迷いなく、躊躇なく、遠慮なく肉塊の心を保っている部分。つまり心の臓めがけて突き落とす。
ビクンとアネモイの体が一度大きく跳ねる。だが、標本になっているため、すぐ抑え付けられた。千早は、そのままゆっくりと、慎重に引き抜いた。
「ほほ〜なかなかじゃん。ほら、どう?自分の心臓を直に見られるなんて人間は滅多にいないんだ。じっくり見なさいよ」
銛で突き刺したままアネモイの眼に無理やり心臓を押し付ける。見えるはずもない、もはや視覚に意識を向ける余裕すらないし、眼球は血で染まり、もう視界があるかさえ怪しい。
さすがにここまでやれば、もう反応はないと納得する。そうして納得してしまうと、次に来るのは行動だ。心臓のより新しい血液が流れ出ている部分を一度租借し、飽きたかのように、投げ捨てた。
「さて、心臓抜いちゃったからタイムリミットまであと三分か」
ヒュン!と右手首を回転させる。次の瞬間、刃が30cmもあるナイフを作りだした。
それを再びヒュンヒュン!と振り回して感触を確かめる。そして、ナイフを脳天に向け、一直線に、そして渾身の力で振り下ろした。

(さて、この子の頭は何味なんだろうな♪)
実は、アネモイはそこまで意識はあった。だが、すでに助かるなんて不可能な希望を持ち合わせてはいない。ただ、最後に自分を殺す存在を見ておきたかったのだ。
そして、その淡いブルーの瞳に移ったのは、まさしく鬼の形相をした、うら若き鬼の少女の顔だった。
しかし最後の一瞬だけは違った。脳裏をよぎったのは、はるか遠くの地に存在する故郷と、優しげな顔をした母の姿だった。


 日数にして今日でちょうど三日目。一体幾つの山を越えただろうか。もう足はパンパンにむくれ、痛い。現在は目的の山がある場所に向かって、ただひたすらに歩き続けていた。これまでの蓄えのおかげで、お金の心配は皆無。だが、慣れない体力を使っているため、さすがにこの運動量は体に答える。
 だがここで疲れた顔をしてはいられない。今わたしが手を引いている女の子が汗をかきながらこんなにもがんばっているのに、どうして私が先に努力を放棄しないといけないのか。
「ねーレイ〜休もうよ」
「もう!どうしてあなたはそう根性がないのです!この子がこんなにもがんばっているっていうのに、あなたは何も感じないのですか?」
「だってさぁ、疲れたものは疲れたんだよ。そうだよね〜聖ちゃん?」
私の叱咤をよそに聖にデレまくるこの魔女ラック・・・いえ、悪女ラック。それにしても彼女にこんな一面があるだなんて思いもよらなかった。いつも・・・というか魔女同士のときは、いつも無表情で、自由気ままな行動ばかりしていたラックだったが、聖と会ってからというもの、この豹変ぶりは目を見張るものがある。
 隙を見ては抱きつき、機会があれば買い与え、そして時間的余裕があるときは聖と一緒に遊んでいる。
 まあ聖も嫌な顔をするどころか、うれしそうな顔をしているときがあるので、私としても安心できる。だけど、聖は極度の無表情な顔つきだ。とても10歳には見えない。私が10歳のときといえば、・・・いつも剣の修行に明け暮れていた気がする。けれど、嫌だとかつまらないとかそんなことを思ったことは一度たりともない。ただ、日々上達していく自分が誇らしくて、そしてそんな自分と一緒に剣の腕前が上達していく仲間といるのが楽しかったことをよく覚えている。やはりこうして同じ時間を共有すればするほど、聖の無表情さがとても心配だ。
 朝起きたとき、ご飯を食べるとき、ラックと遊ぶとき、今こうしているように苦しい思いをしているとき、そして夜に眠くなったときなど、一日のなかで表情が変化する機会などそれこそ山のようにあるはずなのに、聖の表情はまるで変わらない。
 けれど、先日ラックは言った。「少しずつではあるが、表情豊かになっている」と。あのラックがいうのだから間違いはないだろう。
 でも、だからこそ私は思うのだ。どうしてこんなにも心を閉ざしているのか。だが私もラックもそのことに関しては一度たりとも触れたことはない。触れてはいけないようなきがするし、きっとそれは当たっている。
「レイ?そんな難しい顔ばかりしていると、眉間にシワが残るわよ」
「私の皮膚を甘く見ないでください。こんな顔くらい一日や二日程度続けたところ問題はありません。」
「なに?レイったらそんなにしわ寄せ続けて疲れない?」
「そんなわけないでしょー!」
つい怒鳴ってしまった私から逃げるようにラックは聖の手を取って離れていく。あ、これは逃げるようにじゃなくて、逃げているのね。
「コホン。悪ふざけはここまでにしましょう。水分補給をしましょう。今日もまた暑いですからね」
 私は腰につけた水筒をとりだす。その大きさはコップ程度しかないが、ラックの魔法によってプールとおなじ容量が入っている。まあ魔法使いだからこれくらいはやる。
 ラックは封印・束縛・黒魔法に長けた魔女だ。だからこの程度の魔法は朝飯前、さらに私が身につけているポーチにもさまざまな収納グッズが取り付いている。そして・・・私は荷物係り。まあ適材適所といえばそうなのだが、さすがにずっと荷物かかりというのは億劫になってくる。だが、他に持つ体力を備えているものはいない。こんなことならば、一人くらい付き人くらい連れてくるべきだった。
「それにしても、やはり移動魔法は行わないのですか?」
「だから何度も言っているじゃない。もし移動した場所に建物、木、人などなどがあったらどうする気?レイ、あなたもしかして聖ちゃんを殺す気?冗談じゃないわ!」
「あなたは聖の心配しかしないのかしら?」
「当たり前じゃない!だってほら、こんなに可愛いのよ!」
と、聖に頬擦りをするラック。ああ、こんな姿を本国の連中に見せたらきっと殺到するにちがいない。
だがまあ、ラックの言い分はわかる。たしかに瞬時に行きたい場所に行くことができる魔法、つまりワープ魔法だ。これができればこんな苦労はない。だがそれには条件があり、それは「到着点に障害物がない」ことだった。移動中は魔法によって物理法則、世界の抑止力が働かない。けれど、いざ目的地点にたどり着いた場所が木々の中で、自分と木のポイントが重なっていたらどうなる?
考えただけでもぞっとする。そんなことをするならば私が行き先までの道のりを破壊しつくし、その先まで飛んでいくというほうが安全・安心だ。けど、魔力の非効率な使い方は魔法使いである時点でそんな無駄なことを行ったりはしないのだ。さらにそんなことを行ってしまえば、近隣の住民に見られる可能性も出てきてしまう。
「あ」と聖が今日6回目の言葉を発した。まるで親ばかのような発言だけど、決してそうではない。頬っておけば、聖が喋る回数は8回と決まっている。それは朝の「おはようございます」〜寝る前の「おやすみなさい」と、間に食事を挟んで8回しか話さない。ここまで話せば聖の今の発言の貴重さがわかってくれると思うのだ。
「どうしたの?」
「・・・あそこ」
聖が指をさした場所は、一際大きな山だった。どうやらあそこが目的の山みたい。距離にして、残り10近くの山を越える必要がありそうだった。しかしやっと、聖の案内が功をなした。ここまで、聖の方向感覚だけで進んできたため、こうやって肉眼で見ることができる場所までたどり着いたのは精神的にかなり楽になる。
 それもこれも、ヴァルプルギスの夜を行える場所は、年々変化し、それを把握できるのは世界でただ一人。この聖だけだ。
「そうですか、あれが・・・ついにここまでやってきたのですね」
「よし、それじゃあ今日二回目だけど。あれやるよ」
「大丈夫?結構きついのでは?私の魔力使いますか?」
「それは却下ね。私はあくまであなたたちに着いていっているおまけだもの。そんな貴重な魔力を使う気はないわ。それに、どうせ片道切符なのだから、どうせ使うならきっかり使い果たして見せるわよ」
 そして、ラックは呪文を唱える。
「ルート・ムーブ。マナ、セットオン。方向よし、距離よし、魔力よし!完璧ね」
そう言いながらも、ラックの腕は力なく下がり、額には玉のような汗がでている。それを察した聖は、ラックにハンカチを指しだした。
「優しいのね、ありがとう。さあ、ここで一気に距離を縮めましょう。」
 言い終わると、私たちの足元に黒い道ができ、私たちは反動も重力もなにも感じるものがないままスムーズに進み始めた。それは、山道にそって、どこまでも伸びていた。横を眺めると、ビュンビュンと木を通り越していく。きっと自動車くらいの速度がでているのだろう。これで本当にだいぶ距離がかせげるだろう。ただ、この魔法を行うときは誰一人として言葉を発しない。
 私の横で、聖はラックの手を握っている。ラックは、前方を見続けたまま集中していた。
それも仕方がない。この魔法はある意味ワープより精神、魔力を膨大に使用する。ワープは距離までの魔力量だけで事足りる。けれどこの移動魔法は、大気の流れから自動設定されたルートにそって、移動し続けるものだ。実はこれも一度の魔力でどうにかなるものだが、それではもし何かあったとき、発動者のラック自身も止めるすべがない。だからこそ、こうして私たちを直に運んでいるのだ。ここで忘れてはならないことがある。それは世界の抑止力だ。ラックの魔法は他の魔法使いと一線を画するところがある。他の魔法使いは、水や風といった自然であるこの世界の力の援助や恩恵を受けて本来ありえない事象を可能とする。だが、ラックの属性は闇。心の闇の具現化を主とする。これは本来心の内面に存在するものを表面へ浮き立たせている。だからこそ多大な魔力の消費に、世界に存在するべきでない事象を映し出すため、世界自身がラックの魔法を止めにかかっている。だから、ラックがこういった時間に関係する魔法を使うときは、自身と世界の両方に気を使わなければならないのだ。
「聖、ラックなら大丈夫」
 私は、聖のあいている手を握る。そうして、私と聖とラックの三人は、短くも世紀の大偉業にむけてのたびに終止符を打つため。木々に囲まれた山を、エスカレーターのように進んでいった。
けれど、誰も口にしないことが唯一つあった。それは、この先、一体なにが起きて、その後なにをするべきなのかを話し合っていなかった。
 だけど、私は一つだけ聖に謝りたいことがあったのだ。
「巻き込んですまない、と」
きっと、ラックもそう思っているのだと思った。
祈ろう、せめて邪魔だけははいらないことを・・・。


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