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作品名:不能者 作者:キョウ

第6回   6
 門をくぐり、たどり着いた場所は、有名な祭りやら名所をある程度を知識で知っているだけのN県だった。だがこの時期はもう大きな行事は終了を向かえ、季節の変化に伴って人々の生活も平凡で安定したものに変わりつつあるようだ。平凡とは言ったものの、商店街と比べては失礼なほど、そこそこ大きな娯楽街が存在しているため、このN県は比較的賑わっているのだろう。だがそれも街の中だけに納まること。一歩外に出てしまえばそこは田舎同然の平地しかない。現在の位置は賑わっている街からおよそ5kmは離れている森の中、周囲はもちろん木々に囲まれていて明かりは月明かりのみ。こう月をじっくりと眺めていると、人間だったころをすこしだけ思い出すことができそうだ。
 だが、そんな月明かりもつい数分前の思い出に消え去り、今は雨が降り注ぐ天候に先刻には雷がおちるなんとも気分が盛り下がる環境下だった。
「・・・帰りてぇ」
ここでため息を一つ。いくらオレの能力でも物理的なものは吸収することはできない。まあ言ってしまえば、びしょ濡れである。実に憂鬱だ。それも、オレ以外の人(?)が仕事熱心なおかげだったりする。
「もうっ、天野さんもしっかりやってくださいよ」
「そうだそうだぁ」
「・・・メンド」
横から大破した木々が次々と倒れてくるが、それを女性二人が瞬く間に排除してくれているなか、オレはここでさらにため息を一つ。
だって仕方がない。いや、とりあえず今この状況を説明しよう。
オレ達4人は、約一時間前にN県にたどりついて、まっさきに街を通り抜け、森沿いにある線路の脇に整備された道路を通ってきたけれど、お嬢の「ここからいきましょう」なんて示した場所は、道なんてどこにもないただの森地帯だった。
だが、そこはさすがお嬢といったところで、すこし進んだところに獣道があっけなく目の前に広がっていた。そうしてオレ達がさらに奥へと進んでいくと、さらにお嬢の一言、「戦闘準備をしなさい」。言われるがままにオレ達は能力を発動した。オレは相変わらずの一芸である吸収。七は指を刃に変え、まるで虎のような肉食動物を思わせる風貌。千早は遠距離ように弓を構えた。さらに説明を加えると、千早は知っている構造、材料しか具現化することができないという制限がかかっているため、銃器等の複雑な武器を作り出すことはできないのだ。そうして、一瞬の間に準備を行った刹那、戦争が始まった。
雨に紛れて降りかかる氷の矢。風と共に襲い掛かる鎌鼬。地と同化した土の怒り。月夜を味方につけた死の光。
お嬢を除いた低能な三人組は、気づく間もなく、またたくまに魔女たちに囲まれてしまった。だが、有能な司令官のお陰でなんとかその初撃を防ぐこと成功したのだった。防いだ数と種類から、相手の数はざっと10人はいると見た。
そして現在。あの後も攻撃の手を緩めるどころか、休むそぶりも見せずにただひたすらに魔力量を浪費し続けていた。
氷の矢はただの雹に成り下がり、鎌鼬の疾風はそよ風に、土の怒りは寸前で静められ土われに、死の光は月光に掻き消されていった。時折木々を倒してオレ達を襲わせたり、未完成のなんの意味もないような攻撃から察するに、どうやらオレの能力を看破されているようだった。
もちろんたかが一端の魔女程度の未完成品を打ち付けられたところで、ここまで届くわけがないのだ。
はっきり言ってしまえば、数だけ揃えたところで、オレにはなんの興味も沸いてこない。それは、場所は察知できるが姿が見えない奴等の非力さもそうだが、オレのやる気のなさをカバーするように張り切ってくれている二人のおかげでオレはもう冬の厳しさのなか、炬燵に包まっているようなものだ。
「ねーねーセンパイ〜」
と欠伸をかみ殺し、七は障害物を何の苦もなく排除していた。
「どうした?」
「私もう疲れたよぉ、センパイ変わってくださいよ」
「お嬢もいつのまにかいなくなっているし、そうするか。でも二人とも大丈夫か?」
「この程度なら大丈夫だから、やっちゃってよ」
「任された」
オレは能力を解除すると、今まで無効化されていた魔法が次々と襲いかかる。オレは無視して駆ける。後ろでは、二人が魔力で精製された魔法を、力で彩られた力で粉砕している音が聞こえた。
さて、最近は負け続きだったから、すこしばかり張り切るとしよう。
魔女たちは、ついにこちらから仕掛けてきたことを知り、一人で向かっていくオレだけに的を絞る。再び吸収の能力を発動。混乱しているのか、いくつかはあらかた消し去り、そして中途半端な攻撃はナイフで蹴散らしていく。何回か通ったけれど腕などの上半身に当たる程度だったので、無視する。
雨も、獲物も、味方も、木々も、光弾もすべて無視して駆け抜ける。
ナイフに力を注ぎ込み、月光だけを奪い去る。今ここでオレの位置が把握できるのはオレ一人だけ、そして相手の位置を把握できているのもオレ一人だけ。
光の断絶。刃の逆行。空間の不実さ。どれもが魔女たちをパニックに陥る要素としては十二分に発揮した。
「あああ・・あ」
あー五月蝿い。全く、死ぬときくらい静かに死んでほしいもんだ。たかだか心臓を一突きしただけじゃあないか。次はもっとうまくやるとしよう。
そうしてオレは次の標的に足を運ぶ。
背後に忍び寄り、喉に一閃。口を塞ぐ。うん、これならなんとか声がもれない。
だが、声がもれない代わりに血飛沫があがる。そのせいで、正確にこちらの攻撃が襲い掛かる。オレはそれを避ける。ここで吸収してしまったなら、能力ゆえにこちらの場所が容易にわかってしまう。だからオレは必要最低限の動きをするために攻撃を避けたのだ。次の標的は決まった。こちらを攻撃してきた馬鹿にしよう。こちらを攻撃するのはわかる。でもそれではそちらの場所を教えているようなものじゃあないか。オレはなにも能力圏内にあるすべてを奪っているわけではない。取らなくてもいいものはとらないようにしている。
次の行き先がきまればすぐ行動するのが吉だろう。また存在を薄めて足をかけた。もちろん足音を消し去ることも容易だ。
ドサリ、と音を立てて1人の魔女が崩れ落ちる。魔刃のおかげでこの役立たずな足止め部隊など、一突きで仕留めることが可能だった。だが数が多いからこの殺法をとるのはしかたがない。遊んでいたらあちらの陣形を立て直す時間を与えてしまうことになるからだ・・・おっとまた一人脱落、と。
だがまあこれはこんなことが楽しいといえば嘘になる。けれどオレの目標には、一人殺すごとに一歩近づいているのだからやらなくてはいけないことだ。
とりあえずここはさっさと片付けてしまおう。
残りのやつらが残っているほうへ眼を向けると、残りの魔女が(5.6人)が七と千早を取り囲んでいた。

「千早ちゃん。どうしようか?」
「私も結構疲れていますから。ここは七ちゃんに任せましょう」
「任された」
「天野さんの真似ですか?うん、中々面白かったですけど、それじゃああとで口聞いてもらえませんよ」
なんて二人が軽口をたたいている間に魔女たちはそれぞれの攻撃態勢に入る。
「ふふん、遅いよ」
七は、爪のように変化させて手を横に薙いだ。爪の数だけ衝撃の線が魔女たちに襲い掛かる。何人かはそれを防ぐことができずに体を切り裂かれていく。だがそこで終わるわけではない。七は縦、袈裟、そして水平に空間を、敵を切り裂いていく。
「あははははっ」
一人、また一人と魔女たちが倒れていく中、七はまるで鬼・・・というかその鬼の内面をむき出しにしながら切り裂くことをやめない。緩める所かその回数と強さは向上し続けている。
気づけば、周囲に人の姿はなく、今も尚倒れていくのは木々だけであった。
「おーい七ちゃん。終わったよぉ」
七は千早の声でやっと我に返る。いつしか呼吸は乱れていた。
「あ〜あ、終わっちゃった。つまんない〜!」
「まあまあ。まだここがメインってわけじゃあないんですから。ほら天野さんも来ましたよ。お〜い」
「五月蝿いぞ」
オレはビシッと千早の頭部にチョップした。そこでなにかアクションがあると思ったけれど、思ってもみなかったことに、千早の目尻には水滴がついていた。そしてオレには恥がついた。
「ちょっとセンパイ!千早ちゃん泣かさないでくださいよ」
「・・・」
「聞いてますぅ?む・・・全くもう、本当に不器用なんですから。ほら千早ちゃーん、泣かない泣かない。」
オレが、どうしようか悩んでいる間に、七は幼児を相手にしているときと同じように千早をあやす。そんなことで沈められるのか?なんて思っていると、不思議にも千早は泣き止んだ。
「朝倉、そんな顔しても何もでないぞ・・・・いやまあ、貸し1でいいぞ」
勢いでなんとも軽い貸しを作ってしまった気がするけども、まあ千早がすこし機嫌を戻してくれたからこれはこれでよしとしよう。
すると、森の奥から巫女姿のお嬢が見えた。こちらをじっと見続けている。さっきは突然いなくなった心配したけれど、別行動を起こしたわけではなさそうだ。
ここで疑問が浮かび上がる。なぜ突然いなくなったのだろうか?さらにここで二つの予想を浮かんだ。一つ、魔女たちの出現による消失。二つ、他の意図によるための消失。こうして考えてみると、二つ目の考えが近そうだ、いや、一つ目と二つ目は連動しているのかもしれない。
まあいいだろう。こちらは特に怪我も死人もいないのだ。もちろん疲労も見られない。ならここは、事前に地形や状況を把握しているはずのお嬢についていくしかない。
「抱き合っているとこを悪いが二人とも、後ろでお嬢が待っている」
「なるほど、ここはダブルではなくトリプルですね?もう時代はトリプルベッドに!やっと私が時代に追いついた!」
それ逆じゃないか?
「それじゃあセンパイもいれてカルテットベッドでどうだぁ!語呂悪いけどここは先輩ももれなくついてくるZE」
それも違うし。いや、なぜオレもついてくる?むしろなんで二人ともそんなにテンション高いんだ?楽しそうではあるが・・・・はっきりいって邪魔極まりない。
「先、行ってるから」
「「ああん、待ってください〜」」
ダブルボイスを無視してお嬢のもとへ駆け寄った。まったく、どうしていつも二人揃うとこんなにもやかましいのだろう。片方だけなら制御しやすく、扱いやすいのに。
そしてオレがお嬢の元へたどりつくと、平地だった。何もないわけではない。建物がある。これは完全木造のようだ。ぼろいとはいいきれないが、新しいともいえない歴史を感じさせ、いたるところに窓ガラスが設置され、庭(?)には水呑場がある。まるで旧校舎というフレーズがしっくりくる建物だ。
ここで新たな疑問が浮上する。
「お嬢、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
今度は突然いなくなる前に言った。
「本当にここのところのあなたは馬鹿なのね」
「なんだと?」
さすがにバカにされては血管の一つもはじけるものだ。オレは悪意こそないが明確な殺意をもってお嬢を視認する。だからといって怖気づくような鬼ではない。否、怖気づいたことがあるかさえ不明な鬼だ。オレ程度の殺意はもうまるで意にかかないのだろう。実際まるで意にかいてはいないようにある一点を見続けている。
ピシッと、プから始まりドに終わるものに傷がついたような音が聞こえた気がした。
「だからあなたは堕ちたのね、納得だわ。やっと一つわからなかったことがわかりました。いいでしょう、ヒントだけ教えてあげます。どうしてこんな都会でも田舎でもない中途半端な場所の森にあれほどの魔女がいたのかしら?それに、本当にここにはなにも何もない、と言い切れる自信があって?もしあるなら教えてほしいところね。」
またヒントだけのようだ。前回の篭原や秋葉、さらにお嬢のような鬼としての歴史が古くなるほど、性格が悪くなっていくのだろうか?すこし自身の未来が心配になる。だがここで、従っておくのも一つの手だろう。
吸収する。
「魔女たちの残滓があるな。数は・・・・ざっと30はある。場所によって濃度がまるで違うことから、ここがあいつらの拠点、いや住処だったと思う。」
「そう、ここが彼女達の本拠地なのよ」
「彼女?まあいいか、それにしてもよくここがわかったな。あれほど血眼になって探していたのに見つからなかったのに、もう3年か。」
そう、もう3年だ。オレが魔女達を殺し始めてもう3年もたった。まあこの舞台に首を突っ込んだのは5年も前の話だから、そう変わらないといえば変わらない。
いや、ここでそんなどうでもいい昔話を思い出すなんてどうかしている。目標は・・・すでにここにはいないだろう。それはオレが一番わかっていることだ。だったらさっきのやつらは一体なんだ?ここに魔力の残滓が残っていたということは、もうここにあいつらいないということになる。オレ達の行動に気がついての逃走と考えるのが妥当ではないだろうか?だがそれならばあんな場所で迎え撃つのはどうかしている。なぜなら既に気がつかれない、という最低ラインはクリアしているじゃないか。ならなぜ・・・いや、ならばきっと他の理由があるのではない?
「・・・来るわよ、能力を」
七、千早、オレを含めた三人は首を傾げる。一応は準備を行う。だがなんの準備をすればいいというのだろうか?どこにいるのかも姿わかっていない相手にどのような相手を想定しての準備だというのか。いや、きっとオレの経験がたりないのかもしれない。
なんてオレが間の抜けた思案をしていると、空中に現れた。いきなり空に現れるとは恐れ入る。気がつけば空には、青々として青空が広がっていた。いつのまに雨が上がったのだろうか?気がつかなかった。
エサ・・・だ。数にして十数人。もう数えるのも面倒だ。
姿を観察する。それぞれが違う色のローブを着ているのはわかる。だがそのどれもがくすんでいたり、紫やら茶色といった淀んだ色だ。
なんとも拍子抜け。
「へえ、出し惜しみなし・・・ですか。」
「三人だけ?聞いていたとおりの人数。これじゃあ話にならないね」
と、一番前でしゃばっている魔女がいらぬ口をだす。
三人?四人じゃないのか?
「いいわ、やっちゃいましょう。こいつらの弱点はわかっているのです」
そうして、ほんの数分前に焼き直しのように、上空にいる。そして魔力の開放。詠唱の始動。気に入らない。それにしても戦闘回数が多くなっていくにしたがって、こちらのスタイルが徐々に看破されているのが気に食わない。たかが材料のくせに。気に入らない、気に入らない。ただの食料のくせに気に食わない。
「更科七、朝倉千早こちらへ。」
ここからでは聞こえない。
「なんですか?センパイったらあんなにキレちゃって、可愛い(はあと)」
「七ちゃん落ち着いて。で、何ですか?お嬢」
「視、交わしの合い魂。わが身魂の契約によりここに完。結にして決、すればここに視に司れ」
お嬢は二人を無視し、両手を合わしてなにやらつぶやいた。
「いいでしょう。ここはあなた方三人に任せます。よろしく頼みましたよ」
「サー・イエッサー」
「七チャン、ノリよすぎ・・・」
そうして、数分前と同じような状況ならば、そのような準備を行えばいいのだと思い、七は爪を刃に、千早は弓を構える。
いつのまにか、上空にある球状の物体が存在していた。それは太陽だもう一つできあがったようにさえ感じる。まさしくそのように錯覚してしまうのだ。球状の物体からはおびただしいほどのエネルギーが集約されていて、その集めすぎたエネルギー体を魔女たちは、完全に制御できてはいなかった。
それは、一息に地上に落とされた。
「まずい!みんな離れろ!」
その声は天野の声だった。いつもならば、そんなものは天野の能力ならばいとも簡単に暗い尽くすことができるが、もうそれは遠い昔の出来事。今こうしている間にも成長し続けている「未完成品」の魔法にはなんの対処もできないのが天野の能力の弱点だった。
もちろん魔女たちはそれを理解し、納得したうえでの攻撃だ。
だがここで計算外なのは、一撃で地べたをはいずっている鬼たちを一掃するために、仲間の魔力を総動員して作られた未完成品の魔球は、すでに自分たちの魔力を吸い続けるための装置にしか成り下がっていなかった。
未完成、それはつまるところの作っている最中なのだろう。もしここで作るのをやめてしまったら?魔女たちはそんなことを考えるとぞっとした。それは、ガソリンが外へ流れ続けた状態で、車を走らせているようなものだ。だからこそ、今ここで魔女たちはこの魔球を落とした。これだけのエネルギー量だ。鬼たちは一たまりもないだろう。すこしばかりこちらにも被害がでるだろが、それは必要な傷だと思えば軽傷にしか思えない。だからこそ、ここで鬼たちの殺すことができる状況をつくりだしただけでも上場だ。
いや、そうなるはずだった。
オレ達は、理解できないことを目の当たりにした。
上空にいる魔女たちが、次々と炎上していく光景が、広がっていった。
「ぎゃああああああ」
阿鼻叫喚。共鳴。悲鳴。咆哮。
それは生きたいと説に願った声の現われだった。
「一体・・・何がおきている?」
オレは、さすがにこの状況がわからなくなっていた。
何故ここにいるのか。どうしてあの魔女は味方を殺しているのか。そして、すぐ近くにいるお嬢の存在。
唯一つわかっているのは、理由もなくこの戦闘に身を投じているものなど誰一人としていないということ。だが、やはり行き当たりばったりの行動が続いているので、オレは一体なにを相手にしているのかがわからなくなってきている。ただまあ、向こうから殺されにやってきているのだ、存分に材料になってもらうさ。
さて、突然暴走を始めた魔女は、ようやく味方を焼き尽くしたようだ。
「マリー、だめじゃない。せっかくお越しくださった客人の前で汚らしい液体をながすなんてはしたないわ。」
さらに建物の奥からも一人の魔女が現れた。
その魔女は、他の魔女とは明らかに違っていた。それは、まず服装から異なっている。今までならローブを纏っていたが、彼女は淡いグリーンのドレスを着ていた。さらに、髪はおさげで、日傘を差し、顔を隠している。明らかに場違いな格好。
「なんだ、アネモイか。いいじゃん、もう終わったんだしさ」
キャハハと高笑いをしたのはさきほど味方を焼き尽くした魔女だった。この二人は確かに今までの魔女たちとはレベルが違うのは明白だ。それは彼女たちからあふれ出ている魔力量を測れば一目瞭然だろう。となれば、実力からさっするに原色の色の服を着ているはずだ。だが二人とも原色ではないのも一目瞭然だ。アネモイと呼ばれた魔女は淡いグリーのドレスを、マリーと呼ばれた魔女はくすんだ赤衣を身にまとっている。
「マリー少し黙っていなさい。申し送れました。私はシックス所属のグリーンの称号を持つ魔女、アネモイ・A・ウェンティと申します。どうかアネモイとお呼びください。
ほらマリー、自己紹介しなさい」
「しょうがないな、一度しか言わないからな。レッドのマリー・D・ブラッディだ。マリーでいいよ、よろしく」
そして二人は礼儀正しく、折り目正しく控えめにお辞儀をした。
その姿に天野達は戸惑っていた。
なにせ自分たちは、ただ殺すためだけにこの場所にやってきて、そこに予想通りに魔女たちがいたから迷いなく躊躇なく殺してしまった。もちろん非があるとは微塵も思ってはいない。だが第3者から見れば、悪いのは明らかに鬼である天野達だ。
ただまあ、非があるとは微塵も思っていないことから、何故戸惑うことがあるかといえば、何故同族殺しをしたかということだった。寿命が長いといっても、もともと繁殖能力低い鬼たちは、同族を何より大切にする種族だ。中には例外もいて、人間の世界に入り込む鬼や、辺境の地で誰にも頼らず生きていく変わり者もいるが、基本的には家族のような絆が絶えず存在しているのだ。だからこそ仲間を討つ行為に少なからず面を食らったこと+今までの魔女と違う部分に戸惑ってしまった。
「な〜アネモイ、もういいだろ?もういいだろ?もういいよな?もういいにしようよ?もうやるしかないよな?もうやろうよ!やっちまおうぜ!キャハハハ!」
「ファウォーニウス」
先ほどまでおとなしかったマリーが突然戦闘態勢に入るが、それをアネモイが魔法で押しとどめる。すると、マリーは火のないろうそくのようにおとなしくなった。
「アネモイとかいったな?これはいったいどういうことだ?」
「どうもこうもありませんわ。私たちがせっかく助けてあげたというのにそれを下になさるなんてあんまりだわ。そうは思いません?レイ様?」
天野達は身構える。たしかに先ほど殺された魔女たちの力は天野が奪えるだけ奪った。だがそれは魔女たちが勝手にやったことだと思っており、まさかこちらの手助けを行うなど夢にも思わないことだ。
「なぜオレの名前を?ああ、たしかアレイスに教えたっけな。まあいい、で?なにが目的だ?」
「ちょっと天野さん!なんで敵に名前教えてやがるんですかぁ!」
「まあまあ千早ちゃん落ち着いて。私が後でお仕置きしとくからさ」
なんて七は舌をぺろりとして言った。七、さすがにそれはどうかと思う。悪いがオレは全力で逃げるぞ。
「七ちゃん。さすがにそれは・・・だめだよ」
うんうん。そうだな。さすがに、千早はある程度(たぶん七より)の常識人だったようで安心した。
「天野さんのお仕置きなら私も呼んでね?」
にっこりとオレに死刑宣告をする朝倉千早。前言撤回。こいつに常識なんてない。さて、すっかり七と意気投合してしまった(オレの拷問よろしくのお仕置きについて)から、なんとかごまかさなければならない。もちろんそれだけでもない。この魔女たちも何を考えているのかわからないからだ。日本人だったのならあいまいな返事をしている時点で腹のなかではNOといっているのがすぐわかるが、こいつらはこの国の人間ではないのだ。油断はできない。
「もう一度聞こう。どうしてオレ達を助けた?」
「あら、せっかく助けてあげましたのに残念」
「別に頼んでないだろ。それでどうする?返答しだいでは、食うぞ」
オレは魔女にナイフをむけ、明確な悪意をもっての視認。だが、まるでおびえる様子もなく、ため息を一つついた。
「話には聞いていましたけど、話どおり野蛮なのね。そうね、さっきのは謝るわ。ごめんなさい。助けたのではなくて、助けてほしいのよ。だからさっきのはその前渡しだと思ってくれて構わないわ。だから、私たちの話を聞いて頂戴」
 一体どういうわけかはわからない。が、ここは話を聞いたほうがいいのではないだろうか?オレは後ろの三人の反応が見たくて振り向くと、全員頷いた。どうやら話はスムーズに進みそうだった。まあ、この後の会話はスムーズに進んだといっても過言ではないだろう。
 魔女たちの本当の目的の一つであるヴァルプルギスの夜という現象のこと。その現象の担い手である少女、杉越聖の存在。さらに、その少女を連れて逃亡したアレイスとラック。そうして、アネモイと呼ばれる魔女は、こちらが有利に働く情報をぺらぺらとしゃべった。
 そうこうしているうちに、夜空はもうすっかりと晴れ、月がはっきりと見えた。まあ、もうこんなことは飽きているのだということだ。薄々は感じていたことだった。あの少女がオレの捜し求めていたことを成就させてくれる存在ということ。さらに、アレイスまで出てくる始末。なんという幸運、なんという偶然。いや、これはもう偶然という名の必然ではないだろうか。
ヴァルプルギスの夜。それはこの世とあの世の境界が薄くなることを指す。とある地方では、復活祭の係り火で扱われている。そしてそれは、オレが5年間もの歳月をかけて探し求めていたものだ。それはお嬢も同じだろう。
 なるほど、お嬢はきっとこのことを見越してこの場に同伴している。ならばこの異例の事態も納得できる。オレは、ある意味このためだけにこの世界に首を突っ込んだようなものだが、お嬢はオレより長い年月をかけてあの少女を探してきたに違いない。
 はてさて、さてはて。
「大体事情はわかった。つまり、アレイス達が向かったであろう場所を教える代わりに、見逃してほしい・・と」
「ええ、アレイスが逆らった時点で、私とこの子はもうこの国にはとどまる理由もありません。早急に故郷に帰ります」
「故郷ねぇ・・・」
(!!)
どこからか、とても強い力を感じた。なんだ?東の方向から何かが近づいてきている。それもすごい早さだ。数は・・・たった一匹。だけどこの力はどこかで感じた気がする。
「天野零。魔女たちをこちらに誘導しなさい」
気がつくと、お嬢はオレの前に立っていて、そう命令した。
「あれは・・・」
「早くしなさい!」
お嬢の鬼声が響く。どうやら迷っている暇はなさそうだ。
「ああ、おいそこの魔女二人!こっちにこい!お前たちも気がついているのだろう?」
さすがの魔女たちもあの存在の正体はつかめていないらしい。だがおかしい。魔女たちもわからないのはわかるが、オレは少なからず感じるものがあった。それは、オレ達に近い存在ということだった。
ふと、お嬢に眼がいった。地に手を向け、眼を天へ向ける。そしてオレには聞いたことがないことばで、聞くことができない速さでなにかを喋る。
そして次の瞬間。草むらから、一匹の獣が舞い降りる。それは、オレ達がよく知る顔をしていた。
「お前は・・・獅堂!」
「天野さん。よく見てください!」
なんだあれは?たしかに顔は獅堂だ。けれど、顔半分の肉が消えて、その骨がむき出しになっている。さらに服の先に飛び出しているのは右腕の・・・骨だ!
 あいつの能力は骨だということは知っているけれど、その力は、自身の骨を武器に使う程度だと認識していた。だがあの状態でも動いているとなると話が違う。肉も皮膚もない状態で動いているとうは一体どういうことだろうか?
「レイ様。あれは一体どういうことかしら?」
「ヒヒッ。あの鬼、暴走してるじゃんか。」
「天野零。魔女たちに伝えなさい。死にたくなければ魔法は使うな、と。」
「ちっ。わかったよ。おいそこの二人、死にたくなければ魔法は使わないほうがいい」
すると、二人は素直にうなづいた。さすがにこの事態は察しているのだろう。さらにいえば、先ほどの会話から、もう戦闘の意欲がないからだろう。つまり余分な戦闘で命を落とすほど愚かではないということだろう。
「それで?オレ達はどうすればいいのかい?」
「あなたたちもそこで黙って魔女たちでも庇っていればいいわ。もちろん、死にたくなければね」
そう、こちらを見ないでいった。ここはおとなしく従ったほうがよさそうだ。なぜならお嬢の戦闘が見られる絶好の機会だからだ。
「・・・わかったよ」
だが天野、朝倉、七の三人は一つ勘違いをしていた。それは獅堂が魔女たちを殺してしまうことではなく、天野達に襲い掛かる危険性を考慮してだということだ。人外である存在を食らう鬼、つまり人外であるはずの鬼もまた、例外ではないのだということを。
そして、月の光が、始まりの合図になった。
既に理性を失っている獅堂は、あるはずがない右目部分を、怪しく光りながらお嬢に突進する。
右腕の骨を刃にさせ、袈裟切り。それを、手刀ではらう。さらに的確に急所を狙って飛んできた肋骨は、なにかの力が作用したように直角に落ちた。
気がつけば、獅堂は、体からあらゆる骨を抜き出し、お嬢を攻撃し続ける。その速さは上限を知らないかのように加速し続ける。まさに鬼のような一撃をもってお嬢を襲い掛かる。だが、さらにその速度を上回る速度をもってお嬢ははじく。徐々にスピードが上がっていくその姿は、次第に眼で追いきれなくなっていた。かろうじて見えるのは、激突時に光る火花と、お嬢の巫女服だけだった。そして、鬼であるはずの三人も、その姿は次第に残像だけしか捉えられないでいた。
天野達は驚愕を隠せない。自分たちと同族であるはずの鬼があれほどの力を有しているなどとは思っても見なかったことだ。だが、やはり一番はお嬢だろう。まだ見た目は高校生とそう変わらないけれど、さすが管理人の一人だ。その身体能力は凄まじく、今現在でさえ、その速度はまだ向上している。いつしか、お嬢たちの攻防は逆転していた。
獅堂の体からはなれ、独立行動していた各骨は、今ではお嬢の攻撃から身を守るためだけに動いている。そして・・・。
ポキッと音が聞こえた。地面には真っ二つに折れた骨が転がっている。さらに一本、また一本とお嬢の一撃に耐え切れなくなった骨は、次々と破壊されていった。
獅堂は細かな骨がすべて破壊されたと同時に、距離をとる。が、ここで勝負は決した。
「天地の理。水、火、金、木、土、五行相剋。結し結べ、封鬼星。」
お嬢は、獅堂が距離をとった瞬間。指ですばやく五行を水、火、金、木、土の順になぞる。
シュンと獅堂の周りに五行星が出来上がると、そこで獅堂の動きが止まる。どうやら完全に沈黙したようだった。
「すごい・・・」
戦闘が終わったあと、すこしの間だれも声を出さなかったけれど、七は我慢できずに一言いった。
そして、沈黙が破られると。七と千早はお嬢の元へかけていった。
袖を引っ張られる。振り向くと魔女たちが不思議そうな顔をしていた。
「アレは一体どういうことですの?」
あれ?といえばさっきの戦闘のことだろうか?それとも同族同士でやりあったことだろうか?俺には首を傾げることしかできなかった。
「さっきの半分が骨できていたの・・・あれ、お仲間の鬼ですわよね?」
「ああそうだ。驚かせたかな」
アネモイは、胸の前で手を合わせ、本当に驚いた顔をした。
「驚きましたとも。でも一つよろしい?なぜ、あの鬼は一人で暴れて、一人で自滅したの?」
「え?」
オレの心のなかで、一つ。中かがかみ合った音が聞こえた気がした。今日の出来事を振り返る。突然いなくなるお嬢。四人いるはずが三人といった魔女。そしてこいつらもオレ達が三人だといった。そしてなぜかオレを中継にとっていたお嬢のなぞの会話。そしてそして、アネモイの最後のことば・・・・「一人」という単語が脳裏に焼きついた。
「お嬢・・・お前は一体何者なんだ?」
オレは再び困惑するしかない。この状況と、お嬢の存在と。自分の立場に・・・。
もうわけがわからなくなり、夜空に浮かぶ月を見上げる。そこには、今までと寸分変わらず存在している夜空の王者の姿があった。
ああ、オレはお前がうらやましいよ。


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