そういえば、零達は今頃どうしているだろうか? 獅堂は、男性の司祭と先ほどのシスターを目の前にしてそんなことを思っていた。 はっきり言ってしまえば、もうこの会談に何の意義も期待できないと判断したからだ。 最初のほうは割りと気合を入れて会話をしていた。まず、魔女達がこの教会に出入りしているかどうか。その件に関しては予想していた通りに否と口答した。 だがしかしそんなことはありうるはずがないのだ。なぜならお嬢がそう言ったからだ。もちろん後ろにいる二人も同じ意見に違いない。だがしかし、まるで頭の固い老人のように、いない、と一点張りを通そうとしたので、話をずらした。 二番目に持ち出したのは、教会の立場についてだ。これについてはすこし話が長くなった。 魔女と鬼とでは、教会側は基本的には魔女につくと思われるが、それは世間一般的な話である。 この国では、古くから、いや、教会というシステムがこの国に伝わったときにはすでに僕たちのような鬼は全国で活動をしていた。しかし当時は今より大変ではなかった。妖怪や霊を相手にしていればよかったのだから比較的簡単迅速にことをなすことができたのだ。しかし、教会がこちらにきた。ということは、他国の文化が流れ着いたということだが、同時にいらないものまで流れ込んできたのはいささか迷惑な話だろう。だからこそ、教会は鬼と、もう一つの勢力に対して友好関係を申し込んできた。 もちろんそんな虫のいい話は、当然却下された。なぜなら当時は主に鬼が人外に対して積極的の度を越えた領域、まるで殺戮のようにやっており、もう一つの勢力はまるで興味ないといわんばかりの態度を示して自分たちの力を伸ばすことに切磋琢磨していた。 よって3つの力はお互いを支えあうことも協力しあうことも、敵対することもなくただひたすらに年月を延ばしてきた。 だからこの事態は結構深刻だ。この国で人外や普通ではないものを狩る鬼とある程度の均衡を保ってきた教会が、その鬼と敵対している魔女たちに加担すれば間違いなく鬼たちは教会を敵・・・狩られる側と判断し、その力や権利、立場など関係なく殺しつくしてしまうだろう。もともと立場など眼中にない鬼たちにとって国外からの来訪者などどうでもいいやつらだったのだから。 ようするに、虫のいい話をしてばかりの教会側の主張など獅堂たちにとっては、本当にどうでもいいつまらない話だったのだ。教会側の選択肢は二つ。 一つ、今までの関係を保つために魔女たちを差し出すこと。二つ、黙秘を通して鬼たちと敵対関係にするか。 「もう話はいいでしょう。そちら側の言い分はよくわかりました。失礼させていただきます。」 「お待ちください。先ほどから申しておりますように。こちらにあのような野蛮な輩などいるはずもありません。」 「まだお分かりにならないのですか?いいですか。こちらに魔女共がいようがいまいがそんなものは関係ないのです。あなた方が、今までどおりにするかどうかが問題なのですよ。」 「いえ、今この場では判断ができませんので、勝手に判断を迫られましてもこちらとしては到底無理なのでございます。」 教会側の意見はこうだった。敵対することはできない。しかし魔女たちとも敵対することもできない。しかし本国のほうへ問い合わせをしなければこの問題はこちらの独断では何も判断できない。 「そうですか。あなたがたの意見はよくわかりました。では、こうしましょう。3日待ちます。これで十分でしょう。」 獅堂は資料をまとめ、荷物をまとめた。それはもう話すことがないと同義だった。 「お待ちください」 ふいの言葉に手を止め、顔を上げると、そこには先ほど・・・最初から一言も話さず、座り続けていたシスターだった。 「君、よさないか」 「そちらの言い分はよくわかりました」 シスターは司祭のことなどまるで意にかけない姿勢で獅堂達を見ている。 そこで獅堂は感じた。本当に目の前の構造はあっているのかと。自分たちの相手は本当に目の前にいる人物であっているのか?そんな錯覚になった。だがここでいらぬ態度は見せてはならない。 「まだなにかあるのでしょうか?」 「ええ、あなた達も私もこのような茶番は飽き飽きなのでしょう?ならそろそろ本題に入ろうと思いまして」 「本題?といいますと?」 「そちらの言い分は、よく存じております。もちろんこちらの言い分もわかっておいででしょう。なら視点を変えてみればよいのです。教会は魔女達についていて、そちらはこちらの関係を絶とうとしておられる。それは教会と敵対するのはあまりよくない、ということですわね。ならこうしてみてはどうでしょう。あなた達がこちらにくればよいと思いませんか?それこそが今日この場を用意した本当の理由・・・ねえ、あなた達もそう思わない?」 シスターが不適に笑みを浮かべた瞬間、部屋の壁のいたるところから光弾が打ち出された。 「ぐああぁぁあぁ!」 その光弾の一つに当たった司祭は、一瞬の間に氷漬けになり、崩れ去った。 いつのまにか、シスター服を着ていた女性はその服を脱ぎ、白いローブを着ていた。 「あら、さすがにこの程度では無理ですか」 「もちろん、察しはいいつもりだよ。」 獅堂達はあらかた状況を理解している。一言でいえば、これは自分たちを誘いこうための罠だということ。でもそんな自体も予想のうちに入っていたことだ。 「ならこんなくだらない話し合いはやめにして本題、よろしいかしら?」 「ああ、退屈していたんだ。二人とも!」 言い終わると同時に経若丸は、お万が壁を壊したところから外にでた。そこは先ほど攻撃があった場所だった。予想通り、敵がいた。二人は敵を観察した。ローブの色は青色、原色のようだ。そして二人は青色のローブをまとっている魔女を挟み込むようにして距離を保った。 「二人がかりですか、ですがあなた達はただの付き人でしょう?ワタシの相手になるの?」 「はん!あんた程度、二人で十分やねん」 「許容範囲」 「まあいいでしょう。ワタシは・・・」 「キャメル・B・エレイシア。シックスにおける、ブルーの原色の称号を持つ魔女」 経若丸は、魔女の言葉を塞ぐように言った。彼は、相手のことを知っていた。そして言い終わると同時に動いた。彼はいつのまにか刀を両手で持ち、魔女を切り裂いた。が、それは水で作られた偽者だった。 「ちっ、面倒だ。切られていればいいものを」 「噂通り狂暴極まりないのね。」 経若丸は振り向いた。さきほど彼がいた場所に魔女は立っていた。魔女は周囲に水をまるで渦巻きのようにまとっていた。 そして魔女の攻撃が始まった。魔女は氷のつぶてを無数に周囲に創りし、初撃のように打ち出した。 まるで荒々しい雹のごとくあたりに降り注いだ。教会の壁を壊し、木々を壊し、さらに瞬間のうちに氷漬けにしていく。 しかしそれを苦もなく打ち落とす二人。さすがお嬢の護衛をやっているだけあって、その程度の攻撃はまるで効果がない。 「やはりこの程度ではだめね」 魔女はそういうと、次々と新たに氷のつぶてを作り、さらに槍のような柱や、氷塊を作り出し、二人に打ち出した。 それは徐々に強く、早くなっていった。だがそれすらも二人はよけ、防いでいた。経若丸は刀で、お万は片腕だけで防いでいた。 「なぜ?あなた達程度の鬼の分際でこれほどの力を有しているの?」 「そうかい?じゃあなぜ「シックス」であろうあんたがこの程度なのか教えてほしいものだな」 「失望」 魔女は苦虫をかむ表情をして、右手を掲げた。 魔女キャメルにとって、眼前にある鬼の存在は意外にも予想を上回る戦闘能力だった。もちろんここが彼女は本来好んで戦う場所だったのならば、その力を十二分で発揮し、瞬く間にことをおわらしていたであろう。 しかしそうことはうまく運ばない。彼女は本来「液体」を自在に操ることができる魔女だ。しかしこのような場所では、空中に漂う水分を魔力によって「水」に変えなければならないし、さらに事前に持っているもので応戦しなければならなかった。 だがここでやらなければ、自分がやられてしまう。それだけは我慢ならない。だから彼女は右手を掲げた。 掲げた右手の甲には、模様のようなものが施され、それは輝きだした。 さらにその瞬間、雨が降り出した。 「ふふっ。天もワタシに味方してくれるみたいね。」 「なんのこっちゃ」 だが、経若丸はそれが失言だと悟った。今まで空気中から水を作り出していた魔女が、直接液体を使用することができれば、それは大いに脅威になる。 もちろんそれは現実のものとなった。 経若丸とお万は、眼を疑った。 空から降り注ぐ雨は本来、重力にしたがって垂直に落ちてくるものだ。しかし今は違う。雨は魔女キャメルの右手に吸い寄せられていた。右手の輝きはいまだに失われていない。集められた雨は、水となり塊となり、最後には形を整えられて水のムチになった。 「あはははっ」 魔女は高らかに声を上げながら、完成した死の脅威を振るう。一撃、また一撃と経若丸とお万はそれをよけていった。だがこんどは避けるしか手はない。経若丸は先ほど、水で作られたムチを避けると同時に、刀で切ろうとしたが、切ることができないどころかはじかれたのだった。それは凄まじい流れで作られていたからだった。水というものは、時に岩をも貫く剣となり、あらゆる衝撃から守る強固な鎧にもなる。この魔法で作られた鞭はまさにその両方を兼ね備えていた。 気がつけば、二人は押し切られようとしていた。最初のほうは、余裕とはいかないが、ある程度の余力を残しつつ相手の攻撃をやりきっていた。しかし時間がたつにつれ、魔法のムチは、一本、また一本と追加されていき、現在では10本近くに増えている。さすがの二人も限界を感じていた。 「お万、どないするんや?」 「許容範囲」 「まあそうやな」 教会に一筋の光が落ち、轟音が鳴り響き、勝負がきまったときのゴングのようでもあった。そのせいで魔女キャメルは、その会話を聞くことはなかった。相手にしている二人が、今まで自分たちを苦しめていた鬼達とは明らかに異なっていることはすでに理解していた。実際、この現状は完全に魔女の勝利に間違いはないのだろう。 お万は武器こそ持っていないが、単純な筋力に物を言わせてよけ、隙あるならば瓦礫等を投げつけてくるだけだ。一方経若丸は魔法にある程度の魔法耐性を持つ刀を所持してはいるが、他は凡庸そのものだ。 彼女にとって、不安要素など何一つないに等しかった。この鬼はこれまでの、特異な能力を保持していないただ身体能力だけが頼りな、ひ弱な鬼たちなのだから。だからこそかもしれない、魔女はすでに攻撃することだけに集中していた。 だがここで気がつくべきだった。最初から、魔女は殺意を向けられたことなど一度たりともないのだと。そして・・・。 「アイス・フィールド」 それは魔女キャメルが唱えた初めての呪文だった。 降り注ぐ雨の粒はそのまま氷つき、周囲も氷ついていった。二人は見渡すと、自分たちの周りはすべて氷ついていた。だがそれだけではない。降り注ぐ雨は雹に変わり、魔法により形状がナイフのように変化し、さきほどから猛威を振るっている鞭も健在だった。 「あははははっ、死んじゃえ」 死刑宣告がなされた。 刹那、周囲のすべてが二人を襲う。 「行けっ」 突如、この場のいる誰でもない声と同時に、魔女キャメルの魔法はすべて無効化された。氷のナイフは地面に突き刺さり。鞭はただの水に還り、地面に消えていった。 二人は、崩れかかった教会から獅堂が出てきた。 「大将。遅いでぇ」 「安堵」 しかし二人の安心した声に獅堂は反応を示さなかった。二人は、獅堂の姿を見ると、理解した。全身が血まみれだった。もちろん、獅堂の血ではないことは明らか。だが、それだけではない。体は服で隠れているが、左目から上がなくなっていて、頭蓋骨がはっきりと見えた。死んでいるわけではない、が死んでいてもおかしくない状態だ。にもかかわらず獅堂は何事もないかのように歩いていた。すでに獅堂の興味対象は魔女キャメルだけに集中していた。 二人は、これはもう自分たちの出番はないと思い、獅堂から距離をとった。鬼達は基本的には共闘などしない。あの12人になればなおさらそんなものは行わないことは知っていた。それは生まれ持った特性というか、本能に近いものがあるが、あの12人は意味合いがまるで違う。なぜなら共闘などしたら、邪魔にしかならないからだ。ある者の近くにいれば、能力が発動できない。ある者の近くにいれば、お互いの力が発揮できない。またある者の近くにいれば、巻き添えを食らうからだ。彼は、後者なのだろう。 一方の魔女キャメルは、驚きを隠せずにいた。もちろん、獅堂の相手をしていた魔女のことだ。キャメルはもちろんのこと、獅堂の相手をしていた魔女も「シックス」の一人、雷を操る魔女だった。同じ同胞として、彼女がやられたことに関して驚きもしたが、なにより、彼女のほうが実力的には自分より上だったからだ。 「あなた、ローラはどうしたの?」 獅堂は答えない。 そこで魔女キャメルは初めて獅堂の眼を見た。それでわかってしまった。自分ではあの化け物に勝利することなどできない、と。まさか自分たちが相手にしていた鬼がこれほどの相手だとは思いもよらなかったのだ。だとすれば、やることは一つ。とにかくこの場を去るしかない。 獅堂は魔女キャメルに向かって、右手を差し出した。
◇ (さて、どうしたものか・・・) 獅堂は、お万と経若丸を外の敵と戦わせ、自分は目の前の魔女と戦う状況を作り出した。結論からいえば、いくら2対1であっても、原色の魔女と戦うとなれば、さすがに勝ち目は薄い。だからこそなるべく早くこの魔女を倒して二人の助けに行きたいところだった。 しかし本当にどうしたものだろか。さきほどから、どんな風にやろうか、そんなことばかり考えている。もちろん、どういった感じで目の前のおもちゃを壊そうか、そういった類のものである。 基本的に獅堂は、鬼のなかでも比較的大人しい分類に入る性格をしているのは誰もが認めるところだろう。それでも悲しいかな、人と鬼の解釈はまるで異なっていた。例えば、大人しい、という単語一つとっても違う。人の場合はやはり穏やかである、が一般的だが、鬼の場合は、どう穏やかに敵を打ち負かすかなど、基本的に戦闘思考である。 「さきほどから、何を考えているのです?もしかして・・・怖いの?」 先ほどまでシスターであったはずの魔女は、鬼に対して哀れな笑みを浮かべ、体から強力とは程遠い電気を放出した。目標は鬼・・・、それを一体どのような力を使ったかはわからないが、電流を相殺した。 「まあ落ち着きましょう。まずあなたに一つ質問があるのですが、よろしいかな?」 魔女は面を食らったような表情を浮かべた。この魔女はいままで直接鬼との戦闘はない。だが話に聞いてはいた。幾人もの同胞を狩る存在。自分たちを付けねらう存在。人外にとっての死神。殺戮者。様々な情報が耳に入っていた。その中でもっとも興味深いことが二つ、鬼達は必ず単独で襲い掛かってくることと、正体を明かした瞬間、逃げ切らない限りは殺し合いをし続ける戦闘鬼。 実際、自分が魔女だということを明かした瞬間から、寒気と緊張感がまとわりついてはなれないのだ。 だからこそ、驚いた。話に聞いていたとおりの戦闘狂であることは間違いない。それは眼前の鬼から漂う殺意が物語っているが、やはり殺し合いの前に質問されるというのはどうなのだろうか?魔女達ならば、戦闘の前に自らの魔法名や自己紹介を名乗ることは多々ある。だが今の状況はうまく飲み込めなかった。 「なんでしょうか」 「君は何故、魔女という立場であるにもかかわらず神に仕えているのですか?」 「なんだそんなことですか。まああれですね。貴方達もそう頭が働かないようですね」 獅堂は沈黙を続けた。どうやらまじめに聞いているようだった。 「どちらでもあり、どちらでもある、と言ってわかります?そう、つまり私は二重スパイというのに分類されているのね」 「なるほど、君は魔女であり、聖職者でもある。でもそれは危険な行為だったね。今までうまくバランスがとれていたんだろう。だって、もしどちらかのバランスが少しでも壊れれば、文字通り君自身壊れていただろう。でもそれじゃあ答えになっていないね、僕は言ったはずだよ。どうして魔女なのに神に仕えているのか・・・」 「どこでこちらの情報が漏れたのかはわかりませんが、そちらの情報網を甘く見ていましたね。確かに私が本当に属しているのは魔女側です。ですがそれ以上は言えませんし言いたくありません。」 「そうですか。それではもういいでしょう。始めますよ、ローラ・L・ミョルニル。」 「ええ、同感だわ。獅堂暁君。」 ローラと呼ばれた白衣のローブを纏し魔女は、左手の甲に口付けをする。 一方獅堂は、メガネを外し、ジャケットのポケットにしまいこんだ。 「・・・行くぞっ」 魔女の左手の輝きと共に、周囲には夥しいほどの電流が流れ始めた。 鬼は見慣れない刀を手に、そんな状況に対してなんの迷いもなく向かっていった。 魔女は鬼に対して、電流を発し、さらに電気を圧縮、変化、放電等さまざまな方法で鬼に対して攻撃を繰り返す。だが鬼は回避し続けていた。一度たりとも止まることなく動き、走り回ってこれをかわしていた。いくら鬼といえど体の構造は基本的に人と同格である以上、身体への直接的な電気等の衝撃は危険だと思えた。これに魔女は、明らかな優勢を感じていた。だが一度たりとも命中しない。先ほど行ったとおり、鬼の身体構造は人間とそう変わらない。だとすれば、基本的な動きは人と変わらず、その動きは単純に人間の性能が向上していると思えばいいと予想できる。実際その考えは間違ってはいない。なのに先ほどからことごとく電流の一撃をかわし続けている。もちろん獅堂にすればそんなことは百も承知のことだ。だがそれだけではないのもまた間違いではない。部屋を駈けずり回る速さの尋常さもさながら、壁を飛び、天井に移動し、さらに一瞬の隙を突いて攻撃してくる。 魔女はいつしか歯噛みした。さきほどから来る攻撃などたいした恐怖ではない。鬼の持っている剣は蛇骨刀。その形状は多節棍の剣バージョンだと思えば容易だろう。だがその扱いはきわめて困難。否。困難ではない、人間が扱うことのできない空想上の武器だ。その形状、用途、歴史はこの国よりも、魔女の国のほうがはるかに深い、別名鞭剣(snake sword)と呼ばれる剣で、鞭とほぼ同一の扱いができ、中・遠距離に富んでは構造をしてはいるが、実は障害物や、刃同士の接触で刃こぼれや刃を戻したときに自身を傷つけてしまうなど、人では使用不可能な武器である。それをこの鬼はいとも簡単に振り回していた。だが魔女にとって、そんな武器は初めて目にする武器というだけで、対処はスパークと呼ばれる現象一つではじき返すことができる簡単なものであった。 なら、この鬼は一体どこに魔女の文字通り光速の一撃をかわすことができるのだろうか。未だそれがわからない魔女は、今も部屋中に電気を張り巡らし続けた。 「私の攻撃が当たらないなんて・・・一体どういうことなのでしょう」 「まだそんなこともわからないのか。当たらないのはお前のせいだろうに」 魔女側の中断とともに鬼も行動を中断した。気がつけば、部屋はまるで霧がかかったように白くなりつつあった。これは霧なんてものでは決してないといえた。 「あなた、何をしたの?」 「いまさら遅い」 鬼の殺意に満ちた発言をしたが、鬼は先ほどの目にも留まらぬスピードとは打って変わり、歩き出した。 「いい気にならないで!」 部屋に放出されていた電流は、収束、圧縮され、部屋の四隅からレーザーとなって鬼に向かって打ち出された。しかし・・・。 レーザー光は、鬼を避けるようにして、床に穴をあけた。その光はまるで意思を持っているかのようでもあった。 「もう終わりか?」 「くっ・・・」 今度は、天井から雷が次々と落下していった。だがこれも鬼を避けるように、電流はまがっていった。次々と魔女の攻撃が外れていくたびに、鬼の口元が釣りあがっていった。もちろん鬼はこの仕組みを魔女に教える気など微塵もない。今現在鬼が使用しているものは、この鬼の能力であり、能力をほぼ最大限に活用している技なのだから。 獅堂暁と呼ばれる鬼は、12人の中で5番目に古くから存在していた。その能力は自身を形作っている「骨」を基本とし、自身の骨ならば自在に操ることができた。さらに、ある能力を使用し、骨に強度を保つために金属の特性が付与されている。今獅堂が使用しているのは、自身の骨を粉末状にして自身を守っている。そして金属の特性上、電気の伝達性はよい、だからこそそこをうまく活用していた。もちろんこれは守りだけではなく、攻撃にもそのまま使用できた。だが今回の相手はこの骨は守りにしか使用出来ない。それは魔女も電気を同じように使用しているからだった。もし、粉末状の骨を相手にぶつければ、骨ごと相手に持っていかれるのは明白だ。だが、いや、だからこそ、この相手はそう簡単勝負をつけてしまっては面白くない。なぜならここ数十年、教会の恩恵を受けた魂を食らったことがないからだ。 魔女だろうが、聖職者だろうが関係はない、神の加護がほんのわずかでもあればそれでいい、それだけでおいしくなっていることは間違いない。 ふと、自分の口もとが釣りあがっているのに気がついた。まあ無理もない、今回はメガネをはずしているということもある。 「これならどう?」 魔女の手がより強く輝きだした。魔女は胸の前に手を掲げると、そこへ光が集まる。もうバスケットボールほどにまで大きくなっている。獅堂もあそこまでの高エネルギーをみたことがない。どうやら、あの電気の収束にもかかわらず、熱を発してはないらしい。そこはやはり魔法使いにふさわしい所業といえる。物理をすこしかじればわかることだ。光だろうと、風だろうと水だろうと、そこに運動、力、移動が加われば何かしらの熱が発生し、発生した熱によってある程度のエネルギーが熱によって持っていかれてしまう。だがあのエネルギー体はそれがまったくといっていいほどない。 気がつけば、半径1mにまで肥大していた。とはいっても、あそこに存在しているのは、電気であり、光だ。質量はあるが重量はない。しかも打ち出せば、文字通り光速の速さで襲い掛かってくるだろう。 そして予想どおり、魔女はなんの迷いもなく鬼に向かって魔法弾を打ち出した。 音も衝撃も皆無。ただ、壁が熱で解け、今まで教会だった部分がごっそりと溶け出していた。あたりは瓦礫、人の姿は魔女ローラの姿しかなく、残ったのは、先ほどまで戦闘を行っていたであろう鬼の人骨が、理科室にある人骨模型が案山子のように立っていた。 「ふふふ、さすがにあれをまともに受けては生きてはいないようですね。でも骨が溶けないだけでも賞賛に値するわ。さて、キャメルの加勢でもしてこようかしら」 魔女は、くるりと踵を返し、最初に鬼たちが壊していった。穴に向かって歩き出した。 「まだ終わっていないのに逃げるなんて悲しいなぁ」 魔女の足がとまる。当たり前だ。なぜ骨だけの存在に声をかけなければならないのか。これじゃあホラー映画のほうがまだましに感じる。いや、本当はさっきの骨は幻のたぐいではないだろうか?そうだ、きっと幻だ。そうじゃないと、今までの攻撃が避けられたことも、電流が自然に避けたことも、先ほどの声もどれも本当になってしまうではないか。 鬼が先ほどの一撃が避けたことに関して納得はいかないけれど、きっとなんらかの術があるはずだ。 そう、自分に言い聞かせながら魔女はゆっくりと振り返る。 だが、そこには、期待を裏切ることだった。 目の前に起こった惨劇は、未だ変わらずに存在していた。解けた壁、崩れ落ちた天井、壁の向こうは森ではなく、天が見えていた。そう、もりの木々までも溶けつくしていたのだ。もちろん、鬼の骨で作られた人骨模型も健在だ。 あれはどうみても生きているようには思えないし、思いたくもない。もしあれで生きているというならば、もはや魔法の域を超えているのではないだろうか・・・。 だが次の瞬間、魔女はさらに驚愕をあらわにした。 骨が・・・動き出した。 魔女はこんなことは起こるはずがないと思った。魔女も骨や、人形を道具のように動かしたりはするが、それは外的要因がなければ動かない。魔法による行動、何らかの神秘的要因による亡者の行動などでなければならない。だとすれば、自発的に骨自身が動くことなどありはしないのだ。 「あなたは、一体」 「ああこれ?僕の能力はね、骨・・・なんだよ。つまり骨さえあればいいわけ。ぶっちゃけ臓器とか肉も必要といえば必要だけど、まあなくても問題もないんだよね」 なんて、眼前の生きた死体はかくかくと笑った。だが逆に考えてみれば、獅堂は大変危険な発言をした。骨だけあればいい、それは骨がなければ生きてはいられないといった。しかし魔女にとって、先の一撃を耐え抜いたどころか、傷一つもない骨にどう対処していいのかまるでわからない。なにより、あれがどのように動いているかなんてまるで検討もつかなかった。 「あなた・・・その力は強大すぎる。」 「ふん。君こそ、人一人を簡単に、跡形もなく消しさることができる魔法を使える魔女なんてそうそういるものじゃあない。魔法使いならいざ知らず、魔術師なら、まあ十中八九無理だろうね。」 「お世辞はいりません。しかし、このような力を見せられてはあなたを見逃すことはできません。」 魔女は白衣のローブを脱ぎ捨てた。骨の姿ではあるが、獅堂は初めて、彼女の姿をみた。鋭いようでいて、穏やかで均整のとれた顔立ち。肩まで伸びたブロンドに、教会仕様の戦闘服と思われる、やや黒がかったシスター服を着用している。そしてその腕には、鉄製の腕輪がはめられていた。 獅堂には、その腕輪がなんなのかはわからないが、教会の技術と魔女の力を有していることだけははっきりとわかった。 「我の名は、シックスの一員にしてミョルニル家の長女ローラ。雷神トールの名の下に誓いを立てる。」 またも右手を上へ掲げ、左手を胸のところに、トンっと置いた。すると、一筋の雷光が魔女に落ちた。そして、雷は右手から左手へ伝達し、次第に体全体へと行き渡る。天から受けた雷を自らに帯電させるなんて芸当は、電気を操る魔女だけあってその扱いはさすがというしかない。 戦闘準備が終わったのだろう。体全体から電力を放出し、留め、流動させている。それは、完全に雷と同調しているといっても過言ではない。 獅堂は、さきほどから驚かされているばかりである。教会と魔女の力だけでない。あの状態を見れば近接戦闘を行うのは一目瞭然だ。このような戦いをする魔法使いは先日、天野から聞いた白い騎士だけだと思っていたけれど、他にもいたとは驚きだ。しかもその騎士と力はほぼ同等ではないだろうか。 獅堂は自分でも気がつかないうちに、戦いにおける喜びが沸きあがっていた。魔法使いと近距離戦闘、彼にとって、これは予想以上に喜ばしいものである。なぜなら、彼はここ数十年間、これほどの相手に出会う機会が皆無だったからだ。 気がつけば、目の前の魔女は腰を深く落としていた。 「いざっ!」 ダンッ!と地面を蹴り上げて、一直線にこちらに向かってきた。左拳が繰り出された。それを紙一重でよける。今までより反応速度が著しく向上している。これも電気を帯電させている恩恵だろう。本来ならば、この電力だけ、相手をねじ伏せてしまうだろうが、生憎と骨には痛覚と呼ばれるものが備わっていないし、痛いと思う脳もない。だから今この場での脅威は二つ。まずこの速さ、そしてなんらかのマジックアイテムであろう腕輪の存在だ。これはまず間違いないと思われる。だが、これだけでも十分敗北の条件につながっている。現にいまは防戦一方だ。拳、肘、膝など多種多様なコンビネーションで次々と打ち出されていく。打撃の一撃一撃はさほどダメージは残らないだろう。だが、それを何発、何十発と食らうわけには行かない。 鬼は、指の十指全てを細い刃状に変化させ、一閃。 しかし変化の一瞬の隙をつかれ、一撃を浴びせられ、こちらの射程距離外に離れられてしまった。どうも肋骨にヒビが入ったらしい。もちろん、その程度ではなんの意味もなさない。それはあちらもわかっているはずだ。 距離を保ったところで、鬼骨となった獅堂は、生身よりもさらに早い動きで魔女に近づいた。 次は、魔女が防戦を強いられた。先ほど変化させた十の刃を用いて、鬼骨は攻撃を続けた。それも息着く暇をあたえないくらいに。魔女がどんなことをして反応速度を向上したところで、所詮肉体は人間のもの。予想通り、腕輪に付与していたなんらかの効果で、鬼骨の攻撃を防いでいた。幾度か攻撃したところで、腕輪の能力に気がついた。どうもあれは腕を保護する役割を担っているらしい。しかし、衝突音が金属音に近いことから、単に見えないだけかもしれない。そこで、鬼骨は攻撃スピードと攻撃回数をさらに早め、増やした。きっと魔女の耳には風を切り裂く音が幾度となく届いていることだろう。さらに動きを早める。肺や、筋肉がないため、疲労なんてものは感じないからか、鬼骨はどんどん自己のエンジンのギアを高めていく。 「ぐっ!」 魔女は電力放出を強め、一気に距離を保った。 床に血の染みが、いくつかできた。魔女は苦しげな表情を浮かべ、右ひじを抑えている。 「ははっ。拍子抜けもいいところだよ。もっと楽しませてくれよ。雷の魔法使いさん」 「まだまだこれからですよ。」 「といいたいところだけど。これで終いにしましょう。」 鬼骨は左右の刃を交差している構えをとった。 「実はもう苛立ってしょうがないんだよ。さっきからそちらに合わせていたけれど、根本が違いすぎる。互いの刃を交えたならば、何があろうと殺し尽くさねばならない。本来の戦とはこういうものだろう?」 刹那、鬼骨の眼球が存在する場所が紅く、怪しく光る。鬼骨は、交差させた刃を振りぬいた。魔女は鬼骨の動作にあわせるように、電力、魔力共に多大に放出し、腕で衝撃波を受けきる。がそれだけで終わるはずもない。魔女は、鬼骨による直接攻撃を紙一重で交わすと、髪の一部が宙に舞う。さらに側面からの骨の投擲、しかも意思があるように的確に、自在にこちらを射貫かんばかりに襲い掛かるが、これを全力の攻撃をもって粉砕。もちろん魔女はこれで終わるとは思っていない。さらにいえば、この程度の連続攻撃で終わるはずがないとさえ思っている。相手は、持久戦、水中、真空とうの条件をほぼすべて無視し、こちらが死に逝くまで死に恐怖を与え続けることができる存在。死の代弁者。まさに死神。 そうして、魔女は次々と襲い掛かる攻撃を、さらに上回る攻撃ではじき返し、鬼骨のすがたはいつしか頭蓋骨だけが、数歩離れたところで宙を漂っている。 「くっ・・・このままじゃあ」 押し切られる。さらに、力を増大させる。口からは荒々しい呼吸が行われ、肺は酸素を欲求している。さらに腕もすでに限界が見え、1分と持たずに体勢は崩されることだろう。さらに魔力と電力の貯蔵も限界に近づいている。これ以上の魔力放出はまずいと踏み、一気に勝負にでる。体に残された魔力をすべて使い切るつもりで瞬時に力を使用する。体中から魔力を電力に変化させ、神経系の伝達スピードの向上、さらに空気中の電気の吸収、圧縮、放出。纏わり着いていた、骨を渾身のスパークではじき返す。すれば鬼の本体ともいえる頭蓋骨が目の前に見えた。 (勝った!) そう思い、全身の力を右拳に集約させて、放った。 ・・・が、残り半歩といったところで、魔女ローラは倒れた。 一体どういうこと?魔女は倒れた跡に、自身が敗れ去ったことに気がついた。そうして今の現状に気がつくと、胸から、あってはならないものが飛び出ていた。 骨だ。 これは自身の骨ではない。鬼の骨だ。たちまち、思考が鈍くなっていき、呼吸もだんだんと静かになっていった。 「君にしては頑張ったほうじゃないか。褒めてあげるよ。すばらしい」 「お世辞は要らないといったはずです。ただ、最後に教えてください。どうやって仕留め・・・たのか」 ゴプッと口から血が流れた。残された時間はあとわずか。 「そんなものは、オレの中で考えな」 そうして、獅堂は胸に刺さった骨を取り出した。骨にはついさっきまで生きていた魔女の心臓が刺さっていた。が、まだ心臓はドクンと脈をうつように動き続けている。 この殺し合いを制した鬼は、動き続ける心臓に噛り付いた。咀嚼。また咀嚼。一口一口ごとに、血が顔にこびりつく。 「うまい、これはまた極上の一品だね。これほどの力は稀だね。ただ、遊びすぎたのがいけなかったか、本当においしく頂くなら、力を使わせてはいけなかった」 獅堂はすこし反省の色をうかがわせた。手にとっていた、心臓既になく、獅堂は心の臓を失った本体の調理を始め、すでに廃墟と化した教会に、高らかな笑い声が鳴り響いた。
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