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作品名:不能者 作者:キョウ

第2回   バック
初めて勝手な行動をし、初めて謹慎処分を食らった。謹慎中は普通の食事しかもらえず多少苦しかったが、あの時感じたすさまじい衝動を思い返せばどうってことはなかった。
しかしそんな事よりも退屈でしかたがなかったのだ。今までの5年間、普通の人間の生活を送ってきた俺にとってこの環境に必死で慣れ、自分が普通ではないと、特別な人間なのだと自分自身に言い聞かせるように、まるで作業のようにただひたすら標的を殺し続け、いつしか殺す事に生きがいを感じ始めていた。そして振り返れば、いくつもの屍の上にいるオレ自身が、昔から何も変わっていないことに気が付き、生まれながら何してすでに狂っているのだと気が付いたときはオレはすでにただの殺人鬼とかしていた。昔を思い返すたびにそんな自分がただ苦痛でしかたがなく、仕方がないと納得させてきた。そんなオレにはすでに殺す事しかやる事がないことに、ひどく落ち込み、歓喜した。
しばらくして謹慎は1週間ほどで解け、屋敷の外にでれるようになった。しかしまだ任務は廻って来ない。
 屋敷は大きく分けて、北館、西館、東館の3館で、南にはただひとつの門がある。西は男、東は女、そして北はお嬢達「管理人」が住んでいる。
 オレは屋敷に出られるようになるとすぐさま東館に向かった。
なにしろあれから一周間もたっているから元気になっているのは間違いない。外傷もほとんどなく、ただの力の暴走による内側のからの破壊が原因で弱っただけだ。
まあとにかく様子だけでも見てこようと思い、西と東を結ぶ庭を横切っていく。

屋敷に入る前に色々と面倒な手続きを手早く済ませ、4階まで上がる。木の優しい匂いと、立地条件がいいのか、暖かい光が窓のカーテンを揺らす風とともに入り込み、オレ達の住んでいる西館とほぼ同じ作りのはずなのに何故か大分雰囲気が違っている事に気づき多少驚いた。ここに住んでいるのは異性だけということを思い出し、男と女の違いはこんなものかと思いもした。
昼時を狙ったので、部屋に着くまでに誰とも会わずにすんだことにほっと胸を撫で下ろした。オレは何の迷いもなくドアノブに手をかけてドアノブをひねようとした。しかし思い立ったように手を引っ込めた。
「一応礼儀はきちんとしないとな、そういえばあいつも女だし」
失礼極まりない事を口走りながらオレはノックし、コンコンと軽快な音がした。
「七、オレだけど、いるか?」
反応がない、やはり一周間も経てば回復したのだろう。オレは挨拶はまたこんどにしようと思い立ち去ろうとするが、やはり好奇心に負けて、ドアノブに手をかけた。
「開いてる?」
ドアノブを軽くひねるとキイと音を立ててドアは開いた。女なんだし戸締りくらいキチンとしろよなと呟くも、開けた勢いでドアはゆっくりと開いていった。
一言で言えば殺風景だった。窓際にあるベッドはまるで病院にあるような白いシーツでベッドメイクされていて、ほかにはクローゼットと、鏡と箱がおいてある小さな机しか物がなく、人間だった頃に一度だけ女の子の部屋にいったことがあるが、こんな殺風景な部屋は見たことがなかった。ふと気が付けば、ベッドは膨らんでいる事に気が付く。オレはゆっくりと、そしてなるべく足音を立てないように近づいていき、途中椅子を一つ持った。
できるだけ静かに椅子を下ろし、座る。
七がベッドで寝ていた。オレは獅堂から、七が目覚めるまで一日眠り続けていた事。そして目覚めても衰弱が目立っていたなど、謹慎中にある程度七の様子は聞いていたからそんなに驚かなかった。しかし自分の目で見てみるとやはり違いに驚く。頬は細くなり、肉つきもだいぶなくなっていて、痩せたというよりはやつれたと言った方が的確だ。しかしこれではまるで病人ではないか。
すこし、昔を思い出した。しかし振り払う。
少ししてカーテンが揺れ、風が微かに前髪を揺らした。オレは顔を上げカーテンの隙間から見える空を見上げた。なんだか久しぶりに空を見た気がした。何故かひどく、悲しくなった。
「センパイ?」
オレが部屋に入ったせいで起こしてしまったようだ。
「ああごめん、起こしちゃったか?」
「そんなことないです。来てくれてありがとうですよ」
体を起こそうとしたので、そのままでと言った。
変な日本語を使っているのはまだ本調子じゃないからかなと思ったが、そんなことはいつもの事かなと思いなおす。やはり本調子ではないようだ。こんな弱った七を見るのは初めての事だった。いや、弱った鬼を見たのが初めてだ。オレ達も力が弱まればこんなにも人間らしく振舞えるのかと思い、叶いもしない希望が頭をよぎる。
「それよりどうしたんですか?」
考え事をしていたのか手が暖かい事に気が付いた。見ればオレは七の手を握っていた。どうやらオレはいつの間にか手を握っていたようだ。だが不思議と嫌な感じがしなかった。嫌な感じがしないことがとてもおかしかった。いつものオレならば、人と接するのは毛嫌いしていたはずなのに・・・。
「なんでもないよ、調子はどうだ?」
「体の方はもうすっかりです。ただ、力がまだ」
そうか、オレは言ったが後に続く言葉がうまく見つけられなかった。七の能力は単純な肉体変化や強化だからオレの能力で様子を見ることはできない。だからオレはまたこういうしかない。そうか。そしてすこし手を強く握った。
「そんなことより本当にどうしたんですか?」
「何がだ?」
「センパイが私のことを気にかけてくれるなんて、珍しいにもほどがあります。」
「そんなことないぞ、ただいつもは疲れて相手にしないだけだ」
「う、それはそれで傷つきますね」
オレはハハッと笑ったが、うまく笑えているか心配だった。何故ならこいつをこんなめにあわせたのは自分自身だからだ。病院で調べた時にはすでに気づいていたんだ。敵は二人いるのだと。だがオレはそのことをあえてお嬢には報告しなかった。いや、すでに気が付いてはいたと思うが、オレが言わなかったからお嬢は何も言わなかったかもしれない。とにかくオレは全てを承知の上で七をあの場所へ行くのを同意し、病院にいるやつを見守っている奴をたたくために張っていた。しかしあちらの思わぬ保険のせいで全てがダメになってしまい、結果は無残にもあの少女は連れて行かれた。そしてこちらの犠牲だけが残った。
そして屋敷にもどったオレの状況をみたお嬢は、ため息と謹慎命令をだしただけだった。

「七、ごめんな」
本当に今日はおかしい。実は調子が悪いのはオレ自身ではないか?いつもなら、誰がどうなろうと知ったことではないと思うし、そう心がけている。だからこそオレはここまでやってこれた。こんな風に罪悪感を感じたのは実に5年ぶりのことで、オレはいつの間にか七のやせ細くなった頬に手を添えた。
そしてオレは罪悪感を覚えた自分に殺意を覚えた。何故今頃になって罪の意識を感じているのだろうか。先ほど昔の事を思い出したから?余計な犠牲をだしたから?自分には何の処分もないからか?たぶん今考えている事すべてがオレ自身を許せないのだろう。
ガシャン。
手を添えた瞬間、後ろから物音がしたので、オレはグルン!と首が一回転しそうな勢いで後ろをむく。
そこには眼鏡にポニーテールで、まだ子供っぽさが残っている女の子が立っていた。足元には割れた陶器のカケラや料理の原型をとどめていないものが落ちており、メニューはオムライスだとわかった。だが何故かメイド服なのがわからなかった。
 たしか名前はたしか・・・そう!朝倉千早だ。たしか彼女は・・・忘れた。まあいいさ、そのうち思い出すだろう。だが肝心なのはこの状況を見られたことにどう対処するかだ。
「ついに・・・ついに、七ちゃん!おめでとうぉ!」
「あっ」
遅かった。すでに彼女は部屋からものすごい勢いで出て行ってしまった。目じりに涙をうかべながらにやついていた顔は、まさに言いふらすき満々の顔だ。
「どうすっかな」
「なにがです?」
こいつ、さっきまで病人みたいな顔していたくせにいつのまにか嬉しそうな顔しやがって。ほおが緩んでいるぞ。
「そんなに嬉しいか?」
「それはもちろん!元気になったらどっかいきませんか?」
まったく、どうしてそんなに嬉しそうなんだ。
「ヤダネ」
他の奴が来る前に退散する事に決め込んだおれは、すばやく立ち上がり出ていこうとする。「え〜」と抗議しようする七をすこし睨むと、掛け布団で顔を半分隠した。
「また来る」
そういい残してオレは立ち去り、背中ごしから元気のいい声が聞こえた。つくづくオレも甘いなと思い、またこようと本気で思っていた。
オレは部屋のドアを静かに閉め、次の瞬間にはダッシュで館を出て行き、幸運なことに誰とも出会うことなく外に出ることができた。


 オレは急いで自分の部屋に戻ると、すぐさま着替えを始めた。実はさっき七の部屋にいったときから今日行きたい場所ができていた。そこはひさしぶりに顔を出すところで、本当はちょくちょく様子を見に行かなければならなかったのだろう。しかしオレは行かなかった。行かなくなってからすでに5年もの月日が流れていたということもあるが、それよりもオレはあの現実を目の当たりにするのが怖かったのかもしれない。オレ達鬼は滅多なことがないかぎりは他人には深入りしないような種族で、そのなかでもオレはかなり消極的だと思うが、やはりオレ達鬼も生き物なのだろう。そう、親族だけはどうしても思わずにはいられなかった。
 着替えを済ませ、特に荷物はないが財布と携帯電話を鞄に入れて、立ち鏡の前で服装のチェックをする。もう暑いから上着は着ず、白いシャツに黒のズボン、そしてすこし柄の入った黒いネクタイを身につけ、要はリクルートスーツを想像してもらえれば結構だ。そしてこれが外出用の服装だ。よし。と軽く勢いつけてドアを開いた。
 
屋敷を出て、南に向かって歩き出す。しばらくすると大きな門が見え始めた。これはオレ達が外に出るために必ず通らなければならない門で、名は「羅城門」という。門にたどり着くと、門の手前に小さな小屋があった。
「ガイさん。いいかい」
小屋の窓口にいる通称ガイさんに声を掛けた。ガイさんはすでに数百年とこの小屋をまもってきている鬼の仲間だ。見た目はおっさん、中身もおっさんの由緒正しきおっさんだ。
そして門の管理人であるガイさんだけがこの門の使用許可をだせる。
「おう、坊主か。ほらよ」
ガイさんから一枚の紙を渡される。これは外出するために記入しなければならないものだ。もちろん無視すれば外にでることはできない。オレは、必要事項である地名や本人証明など、少なくても重要なことを書いていった。
「ほら、これでいいか?」
「まあいいだろう。ところで坊主、謹慎明けに何しに行くんだ?」
「ガイさん。坊主はやめてくれよ。ただまあ気晴らしに墓参りだよ」
そう、ガイさんはオレのことを「坊主」と呼ぶ。ただの人間から見ればオレはれっきとした大人なのだろうが、ガイさんのような人からしてみればまだまだ殻のついたひよっこのようだ。
そしてガイさんは墓参り、と言う単語を聞き、そうかと答えてそれっきり黙ってしまった。オレはお礼をいい門の中にはいった。
 門と言っても、通り抜ければいきなり外に出られるわけではない。門のなかは最初は闇につつまれていて、足元もよく見えないほどだ。しかしそのまま進んでいくと、12の扉があり、それを「鬼道」と言う。何故12もあるのかと言えば、お嬢たち管理人に管理されている鬼は12人いる。つまりこの扉の数と同じだ。それがどういうことを示すのか。察してほしい。オレは八と書かれた扉をあける。これがオレの数字で、他の扉はあけない。いや、開けられない。扉の中はなんともいえないようなものが渦巻き、うごめいている。その姿はブラックホールのようにさえ思える。
かまわず中にはいると、オレは闇に包まれていった。

「ふう」
辺りを見回せば、便器が一つあった。どこかのトイレだろう。今回はこのような場所だったが、いつもこんな場所ではない、山だったり、路地裏だったりと人目がつかない、もしくは着きにくい場所に転送される。とにかくどこに飛ばされたのかわからないので、一先ずトイレからでたオレはこの場所を記憶した。
湿気と土の匂いとむせ返るような熱気がオレを襲った。それもそうか、来週でもう8月になる。オレは本格的な夏がもう目の前だと感じた。
道路には車、道には人が気持ち悪いほど存在し、それこそ沸いてでてくるようにさえ思える。周囲を見れば、どの方向に人が集まっていくのかがわかり、オレもそちらに脚を向けた。違和感を、感じた。
しばらくして、見覚えがある場所にたどり着いた。駅だ。ここからならもう目的地まで難なく行くことができるだろう。駅と言っても、今も昔も交通手段が一つにまとまるのは当然の話で、オレは駅にはいることなくバス停の前で立ち止まる。これから行くところはもうこのバスに乗れば簡単に行く事ができる場所だ。また背後からだ。

(ここも5年ぶりか)
オレはとある病院のまえで多少感傷に浸っていた。この白い建物、緑が生い茂る木々。生きたいという気持ちの中に諦めが混じった人のしぶとさが見事に漂い、さらに死気が充満した空気、オレ達鬼にとってここは楽園という名の地獄だ。でもまあ、今回は我慢するとしよう。オレのような半端な鬼なら我慢くらいなんとかできる。空腹時にステーキを目の前にしてお預けを食らったようなものだ。別にたいした事ない。
別にやましいこともないから堂々と正面突破を試みる。
機械らしい耳障りな音と共に自動ドアが開いた。冷房のかかった空気がオレを纏うが、しばらくして体温にほどよい温度だとわかる。だがオレは病院にくるたびに思うことがあった。この薬品の臭いと、胡散臭い笑顔の仮面を被った看護婦はいただけないな・・・と。
まあどうでもいいさ。薬品はともかく、看護婦は今度見かけたら殺してやる事にしよう。うん。


「病室も変わってないのか」
5年前から部屋が変わってないことにはさすがに驚いた。余計な事を考える事をやめ、扉を開ける。
そこには世界から取り残され、ベッドの上で密かに死んでいく人間がいた。
「お袋」
死人はゆっくりと振り向いた。髪はすでに真っ白で、肌は水分がないようにぼろぼろで、生命力はそこをつきかけているのが分かり、いつ死んでも納得しそうな体だった。本来ならば、こういった人間は、見た瞬簡に殺したくなるような標的だが、不思議と殺意は覚えないし、覚えないことに関しては特に思うことはなかった。
名前を呼んでもこちらに振り向くだけで、反応はなく、オレはベッドのそばにある椅子に腰を掛けた。
「オレだ、わかるか?零だよ。」
「れ・・・・い?」
「ああそうだ、あんたの息子だよ」
「れ、れ・・い。れい・・・れい。零、れいぃ!」
叫ぶように、懇願するように、そして貶めるように俺の名をよぶ母の声が病室中に響き渡った。そして未だにオレの名前を叫びながらも、まだ50代の老婆ばその枝のような手でオレの腕をまるで引きちぎるようにして握った。だがその力はもう赤子のそれと大差なかった。
ああ、やっとオレの存在を認めてくれたようだ、まだ自分の事を覚えてくれることに少なからず安堵した。

しばらくして声はやんだけど、泣き声が聞こえてきた。そして母の手は俺の腕を掴んではなそうとしなかった。今度は後ろから勢いよく開いたドアはガタン!という音がした。
腕は捕まれていて身動きがとれないからオレは首だけをまわす。そこにはいかにもサラリーマンの格好をした見覚えのある中年の男性がいた。

「親父か、ひさしぶり」
オレの声は聞こえているはずだが、無視してこちらに近づくと、殴られた。別に痛くもなんともなかった。そしてまだ腕にしがみついている死人がすこし、ウザいと思った。
「今まで、どこに行っていたんだ!」
「仕事だよ、あの時そういっただろう?」
「お前の口からは何も聞いてない!あの時急に体が悪くなった母さんをおいてなぜ黙って出て行った!?」
「だから仕事だよ、お金振り込まれてない?」
オレ達の仕事は常に死と隣り合わせの上に、補充が利かない。だからこそ、任務成功のたびに多額の給料が振り込まれ、オレはそのほとんどをこいつらに与えていた。しかし親父は淡々と話すオレが気に食わないらしい。
「お金は振り込まれている。どうしてあんな大金を稼いでいるかは知らないし詮索もしない。だが何故連絡の一つもしないまま行方をくらませたんだ?」声が変わる。「お前ならあの時の母さんの体がどれほど弱っていたか知っていただろう?どれだけ母さんが苦しんでいたか知っていただろう?そのおかげでオレは・・・」
今度はオレの肩に親父が額をつけ、震え始めた。
わかっていた。知っていた。俺が鬼になったあの日。お袋は鬼に呪われた。そしてオレ達家族は鬼に食われたのだ。お袋は健康な体を失い、親父は働き口を失い、さらに息子を失った。そして毎月多額のお金が振り込まれる毎日が続き、お袋は入院し、親父はオレの金で生活を続けた。このことは最初の一年は調べてもらい分かっていた事だが、それからは仕事に専念することにした。本当に今日、七に会うまで二人の存在を忘れていたのだ。 そうしてオレは、いや、オレ達家族は鬼によって生活を支えられ、鬼によって全てを壊された。

どれくらい経っただろう。10分かもしれないし10秒かもしれない。そのどちらにしてもものすごい時間が流れていった。
そしてしばらくして親父が顔をあげた。
「零、これからは家族三人で暮らそう、零がもどってくれば母さんもきっと。」
それより先の言葉をさえぎるようにオレは首を横に降った。
「親父、今日だけだ。今日だけなんだ」
「どういうことだ?」
「家族がそろうのは今日だけだよ。」
オレは唐突に、何の迷いもなく別れの言葉を口にしていた。
だが後悔も反省もない。唯一つ、気持ちが楽になっていく感覚だけが腹のそこから湧き上がってくる。
「悪いな、今日立ち寄ったのはたまたまなんだ。じゃあな」
立ち上がろうとするが、未だにこの死人はオレの腕を放そうとはしなかった。
「零、まっておくれ。残された私はどうなるの?おまえがいってしまったら私は」
「離してくれ」
すこし、睨みつけた。だがそれでも離そうとはしない。仕方がない・・・。
「離せ」
本気で殺意を抱き睨みつける。とたんに腕を引っ込めた。それはまるで熱湯に手をつけたときと同じだ。
「あ」
死人が気付いた時にはもう遅い。この時オレは親子の絆の脆さ、そして薄っぺらさにすこし落胆した。
「もう来る事はないだろう。邪魔したな」
立ち上がり、部屋から出て行こうとドアを開けたとき
「零、お前は一体」
親父は最後の質問をしてきた
「オレはオレだよ。ただ、5年前を境に人ではなくなっただけさ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ」
そう答えると、オレはドアを閉め。
「お金は今まで通りだ。心配するな」
この言葉がオレと両親の最後の会話になった。実にあっけないものだった。
そうしてオレは独りになった。

病院からでると急に気が重くなり、もう帰ろうと思った。駅方面のバスに乗り、駅に着いたオレはまずやるべき事があったことを思い出し後ろを振り向いた。それはこの地にたどり着いてからすこししてから違和感に気が付いたことで、すこし調べたところ簡単にその違和感を看破した。しかしそれがどうという事でもないことで、今日一日ストーキングさせればこれ以上は何もしないだろうと思い放っておいたのだ。だが遊びもここまで、すぐそこの柱の後ろに隠れている馬鹿に一発殴る事にした。
オレは、真後ろにある柱の真正面に立ち、人目があるのであまり力はだせないが、ある程度の速さで後ろに回りんでそこにいた人物の脳天にグーで殴った。
「いったーい!もう、何するんですかぁ」
そこにいたのは、昼に七の部屋に偶然にもやってきた朝倉千早だった。
「それはオレの質問に答えてからにしてもらおうか?」
「え?なのことですか?私はただ今日ちょっと暇だったので買い物にきただけですよ?」
何がだけですよ?だ。思いっきり視線そらしているし、声もだんだんと小さくなっているぞ。
「ほう、オレの事を着けていたやつが何をいけしゃあしゃあと。」
「う・・・バレてました?」
「当たり前だ、ばか。どうせお前の事だ、オレに他の女がいないかどうか調べるためについてきたんだろう?」
「どどど、どうしてそれを!?っていうかなぜにわかるのですか!!ってはっ!」
わかりやすい。わかりやすすぎるぞ朝倉。これなら七のほうがまだまともだ。それにしてもこいつはなんていうか・・・いじりやすいな。
「まあいい、今日はもう帰るところだ。お前はどうする?」
すでに痛みはないのか、立ち上がって口に指をそえた。何故かこいつがやると色々な仕草が子供っぽくみえてしまうのがダメだな。まあこいつはオレや七とは違って鬼になったのが高校生というかなり早い段階でなったのでしょうがないといえばしょうがない。しかも朝倉は、オレ達12人の中でも最年少でキャリアも最も短い。悪い言い方をすれば経験不足。良い言い方をすればもっとも人間に近い存在だ。
どうしてこんなにも早い年齢で鬼になるのか。それは鬼のなり方に依存する。
一つは親が鬼、もしくは鬼の家系であること。これは生まれたときからすでに鬼になっている存在だ。
二つ目は、人間を鬼にする方法だ。基本的に鬼というのは繁殖力が低い生き物で。つまり身内だけでは血が濃くなってしまうから、腹の中にいる赤子に鬼の呪いを授け、体が成人するとともにのろいが発動して鬼になるケース。
そして最後は、偶発的に鬼になるケースだ。これは極めて稀なケースで、鬼の歴史のなかでも3人といなかったようだ。そして3人のなかにオレも含まれている。
さて、話を戻そうか。
ともあれ、こいつのストーキング自体は別にたいした事じゃないからオレ達はすでに帰路についていた。そして今日はもう屋敷に帰って寝るだけだと、俺も千早もそう思っていた。しかし現実は常に非常なものだった。
そう、今日の本題はこれからなる携帯電話がほったんだ。
♪〜と、どこかで聞いた事のある映画の主題歌が流れる。俺の携帯電話の着信音だ。
「へ〜天野さんの着信音ってそれですかぁ」
ふんふんとうなずく千早だが、千早はオレのことを「天野さん」と呼ぶ。七はセンパイなのに、何が違うと言うのだろうか?
まあいいだろう、今は電話が優先だ。何しろあのお嬢からなのだ。油断はできない。
「はい、今から?ええ、わかりました。場所と時間はメールでお願いします。」
とても簡単なないような電話だった。それは実に要領しかないからだ。けれど女の子と電話なのに色っぽさがないのはオレ達が人外だからだろうか?そんなことを思いながらオレは携帯を閉じる。もうなにもかも面倒になり、ため息がでた。
「どうしました?」
「お嬢から、依頼だとさ」
「へー、お仕事頑張ってくださいね」
千早の嬉しそうな顔をみたらイラついてきたから現実を見せることにした。まあ元々そのつもりだった。
「ああ、お互い頑張らないとな」
「お互い?」
首を傾げ、理解できなかったようだ。
「残念だがお前と二人での任務だ。まあ気にするな」
「ちょっとなんで私も含まれてんですか?あれですか、道連れですか?」
「別にいいだろ?どうせ暇だし」
「暇じゃありません!これから用事が・・・」
「眼を反らすな。おい、用事って何だ?」
「な、なんでもいいじゃないですか!それよりも何で私なんです?そしてお嬢はなんで知っているんですかね?」
 ピリリ!と携帯音がなる。しかし音源は二つだ。
 来たかと思い、携帯を開いた。伝えた通りメールで、そこには先程の任務の詳細がかかれていた。
「分かったな。行くぞ」
 指定の時間までまだ時間があり、オレは特にいくあてもないまま脚を動かした。
 そして後ろからは、不幸だ!とか、何で私が!など、わかりやすい単語が度々聞こえた。


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