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作品名:不能者 作者:キョウ

第11回   コンマ
 いつしか、風がやみ、地表は静まりかえっていた。ヴァルプルギスの夜の完成は止められなかった。否。止めるなんてありえない。元々あちらが発動したのを横から奪う作戦だったのだろう。神楽はともかくオレと七はそんな風に使われていたなんて思ってもみなかった。これも全てお嬢の計画とおりなのだろうか、すればきっとお嬢は館で本を読みながらオレの帰りを待ちわびているのだろう。犠牲になった七も、必死につかんだこの力も、オレ達に力を貸してくれた神楽も、ここにいる全てのもの達の行動はお嬢の計画通りに進んでいると思うと、お嬢の恐ろしさを改めて思い知った。
 さて、結論から言えば、オレは今もこうして生きている。顔に硬い感触があるし、右手はどうも生暖かい。視界は白銀で思考は混沌。
 残りわずかな力を振り絞り、右手を引き抜くと、勢い余って魔刃が地面に突き刺さった。その反動か、尻餅をついた。
「あれ・・・?」
 ふと、腹に違和感を感じた。触ってみると内臓の半分が持っていかれ、胸には大きくえぐられた跡があり、触った手の全体が血で紅く染まっていた。
「ぐっ!」
 急に半分しかない腹の奥から嘔吐感に襲われ、吐洒物を吐き出すと出したものも全て真っ赤だった。不幸中の幸いか、重傷を負ったが致命傷を避けたのか体が生きようと稼動し続けていた。
「間に合ったようだな」
 頭上から見慣れた声が聞こえた。見上げると、そこには神楽がいた。一体いつ現れたかわからないが、どうもオレを助けたのは神楽だったらしい。その言葉通りならば、オレはヴァルプルギスの夜と化したアレイスに返り討ちにあったということになる。なら・・・。
「え!?」
  そこには、両手を真っ赤に染め上げたまま笑みのまま固まっているアレイスの姿があった。微動だにしない。しかし、その心臓の部分はぽっかりと大きな穴が空いていた。てっきり向こうは無傷だとばかり思っていたけれど、なんとか成功していたようだ。
 しかし、わからないこともあった。
「神楽、オレはどうして生きている?」
 何をいまさらというような目つきでオレをみた。
「何をいまさら。生きているならそれでいいじゃないか。それとも死にたかったのか?また人間に戻りたいとか淡い期待とか持っていたのか?それは真に残念だ。私はどうでもいいが上が私達の欠落を許すはずがない。せっかく揃ったのに・・・もったいないじゃないか」
 すこし、感傷的になっているのか、言葉に覇気がない。だが、オレを助けた原因を話しても助け方については話してもらえそうになかった。
「天野、そろそろだ」
 立ち上がり、ヴァルプルギスの夜に近づいた。
 心臓に大きな穴が空いている。もちろんやったのはオレだ。アレイスの姿をかたどったそれは、無表情で動かなくて、どこかの人形を思わせた。それともホルマリン漬けの実験体かピンで動けなくなった虫か。
 まあいい。
 ぽっかりと空いた穴に手を入れ、引き抜く。右手には金色と白色が交じり合うことなく一緒になった命の現物がある。
 人は、どうして動いているのか?人間時代にそんな科学を超越した疑問を抱いたことがあった。外見を形作る体に流れる血は生きるためのものではなく、生き続けるための液体。眼は現象を視認、手は物を動かし、足は行動を起こし、頭は行きぬくために考え、口はコミュニケーションをとるために声を発し、肌は感情を感じ、舌は好みを選び取る、そしてわけのわからない第六感で何かを感じ取っていた。だが、それらの動力源がわからなかった。機械のように電力もなければ動静のスイッチもない。だから、人間の動く理由が知りたかった。
 それがわかったのは人間をやめたときだった。そしてこれが、この魂の存在。科学的に、物理的に存在だけは世界中で知られているが証明も立証もされていない人の未知の部分。人でなくなったすぐ後に、人を学んだ。皮肉なもんだと思った。人をやめなければ人を知ることができなかったのだ。まさに灯台下暮らし。
 魔刃の刃をもち、ヴァルプルギスの夜を埋め込んだ。
変化はない。ただ、色のない光を発しているだけ、。
 これで、やることは終わった。
 だが・・・、やりたいことが残っていた。
 それの下に歩みよる。七の死体だった。すこし嫉妬した。オレより後にこの世界に足をいれ、オレより先に抜け出してしまった。人の形をした限りなく人ではない何か。だが、そんな死体にいつまでも思い続けることができない。
しかし、だけど、だからこそ、その一時の感情が、頬の上にある玉から水を漏らした。
涙。
 反射的に離れようとしたが、オレは振り返ることはおろか動くことすらできなかった。
「いいのか?」
 神楽はタバコをくわえていった。なるほど、つまり神楽のせいでおれは行動を制限されているわけか。
「いいのか?今だけだぞ?あと数分もすればお嬢の手がいたるところで回る。だから、今だけだ」
「何を言っている。お前がいるだろうが」
「生憎と、私はお嬢の配下じゃない」
 と、副流煙吐き出す、どこかため息にも聞こえた。
 たしかに、今だけかもしれない。オレはもう限界だった。死体になった七を見るのがつらすぎた。こうして、少なくても仲間と思えた存在が、動かなくなることに耐え切る自信がなかった。
 繰り返し。ループ。
 けれど、あの時とは状況が違った。あの時は何がなんだかわからなくて、何の前触れもなく環境の根の部分が消え去り、根付いた大木は瞬く間に枯れた。その様子をただ見ていたオレは、文字通り狂った。破壊衝動に駆られ、破壊すべき対象をすべて破壊しつくした。
「急げ」
 神楽にすくなからず感謝の意を込めた。声にはしない。頭の中で文字に変換するだけにしておく。
 魔刃は今もない無色の光を発している。肉眼でははっきりと捕らえることはできないが、オレにはわかった。
「戻って来い」
 魔刃を七に刺して言葉を、文字を声に出す。魔刃の中に入っているのはヴァルプルギスの夜、それは力という方向性が定まったものではなく、現象だ。現象であるそれはどこにも存在することができると同時にどこにも存在できない。だから、こうして指向性を持たせ、無を有に変えて本質を露にさせた。
 刺して抜き終えるまで五秒とかからない。長く刺していると、余計な力を送ってしまう、この魔刃はオレのもつ武器でありながら無機質ゆえか、オレの意思とは関係なしにその絶大な力を酷使し続ける。しかし、そんな些細なことだ。七はすでにこちら側に戻ってきていた。オレは安堵すると、つい変な言葉を思い出してしまった。
 <私欲に走らず、まず持ち帰りなさい。>
 私欲・・・ねえ。思いっきり私欲だよ、これ。
 まあいいか。たぶん許してもらえるさ。そのかわり、オレの目的がほぼ消えたようなものだが。それで帳消し、すべて丸く収まらなかったようですね。
「ん・・・ん?あれ?」
「大丈夫か?」
 七を抱き起こす。七は眼を手で覆っていた。
「眼が見えない」
「お、お」
「大丈夫だ。きっとまだ体が蘇生に追いついていないのだろう。なに、心が戻れば直に体も追いついてくる。なにせ心は体の所有物だしな」
 と最後の「い!」を言う前に全てを話したこのボケは・・・まあいい。
「センパイ」
 眉間に皺を寄せていると、七がオレを呼んだ。
「どうした?」
「抱っこしてください」
「なんでだ?」
「だって、眼みえないし。腕も重いし、力も出せないし、だるいし面倒だし」
「なんだそりゃ!最後は完全に堕落だろう」
 休息と惰性は別物だ。
「・・・・センパイのせいだし」
 む、たしかにそれを言われるとたしかにそれはオレにも原因の一端がある。
「どうしてオレのせいになるんだ?」
「だって、センパイしかこんなことできないし」
「ははっ」
「そこ!笑わない!」
 背後で噴出す鬼が一名いた。実に不愉快だった。
「神楽はどうだ?」
「え?だって光さんの能力はエーテルだよ?光さんにできるのは、ただ無にすることだけ、こんな風にだれかを助けるためのものじゃない」
神楽を見る。こいつの能力はエーテル?首をかしげるがうまく理解できない。オレにとってエーテルはF○のMPを回復するための道具でしかないのだった。
「天野、それは間違いだ。」
「なんも思ってねえよ!」
 心を読まれた。侮れない。
「まあ別段隠すことでもないのだが、簡単に説明してやろう。これは物理学で言うところの架空物質でね。熱でも光でもいい、あらゆるものが移動するとき、そこにはエーテルという物質があって始めて伝え、動くと言われた。まあ、私が生まれたとほぼ同時にこの説は廃れてしまったがね」
 つまり、と繋げた。
「天野、石を投げてみろ」
 と、言われたので、オレはちょうど良い石があったのでそれを全力で投げた。当たれば即死確定の速度で放たれた石は、神楽の目の前で音もなく衝撃もなく、ただ落ちた。垂直にだ。
(なるほど)
 一人、納得した。別段説明する気にもなれない。ただ、そうだなオレの能力は防御に見えた攻撃だがこれは紛れもない完全防御というのか率直な感想。
「こういうことだ」
「じゃあオレが生きているのも、七がこうして生き返ったのも全部あんたのおかげなんだな」
 しかし、神楽は違うといった。
「どう思おうが勝手だが、生なんてものはそれに執着した者にしか与えられないものだ」
 そして沈黙。周囲に何十もの気配がした。辺りの山林から現れたのは黒いスーツに黒いサングラス、そしてどいつもこいつも同じような格好をしているやつらだった。まるでSP。
「天野零。報告を」
 いつの間にか現れたお嬢の左右には、どこかでみた金髪黒スーツと、黒髪和服女だった。
「終わったよ、ほら」
 オレは魔刃をお嬢に手渡す。いつも思うのだが、どうしてお上は魔刃に力を奪われないのだろうか?・・・やめだ。お嬢の身の回りのことを嗅ぎまわるのはあらゆる点でよろしくないのだ。その証拠に、その考えを浮かべた瞬間の左右の二人の殺気といったらない。
「あなたはこれでいいの?」
 お嬢の質問が、オレを激しく揺らす。まったくだった。七は戻り、あいつは戻らない。一時の感情で得たこの結末は、オレの五年間を無に返す所業だ。五年間を通したすべてのオレからすれば、きっと今のオレを許すわけがなかった。
 だけどもう遅い。五年間思い続けてきた決意がただの一時の感情に負けてしまうのなら、きっとその程度なんだ。
 (そんなわけない!)
 ああそうだ。あんな思いなんて、こちらにはまるで不要な思いだ。新しい寝具を一式買ったというのに、タオルケットだけは昔のままでいたい、なんてどうでもいいことでいまさら悩むことなんてない。
(二人はどうする?あのままにしておいていいのか!)
 全く、たかが人間二人のせいでオレの人生が滅茶苦茶になったんだ。だったら、すでに終わってしまったやつらの人生を直すまねがどうしてできる?オレだけが不幸のままなんて真っ平ごめんだね。
(違う!オレが勝手に不幸になったんだ!)
「ん?」
 袖を掴まれた。
「七、どうした?」
「センパイ・・・だっこ」
「はいはい、わかったよ」
 七の懇願するような表情からでた甘い言葉にオレは素直に従った。まあ仕方がない、まだ戻ったばかりで本調子ではないのだから。
 背と足を腕でだきあげた。いわゆるお姫さま抱っこだ。こういうとき、鬼の体は便利だ。たかが50kgも満たない重さなどは軽すぎるし、筋力の持久力も人の比ではない。
 首に七の腕が巻かれる。まだ眼が見えないのか、きっと不安なのだろう。
「お嬢」
「わかりました。それが、あなたの答えですか。なら、あの二人はどうします?元々あなたの原因はあの二人でしょう」
 察しが良くて助かる。だからこのあという言葉も大体察しがついているのだろう。それでも伝えなければならない。
「別に、死んだわけじゃない。一人は・・・まああれだけど。片方ががんばってくれるさ。あれは二人で一つだ。それに・・・・」
 先日のことを思い出す。あれはきっと。
「それに?」
「たぶん、もうオレの出る幕じゃないよ。」
 そう、オレの出る幕じゃない。片方は片方のために、それぞれの短い人生をかけて必死で生きている。
 オレはあの日を境に生き続ける努力を放棄して、日常では決して叶うことができない非日常を求め始めた。だからオレはあいつらからしてみれば、逃げたも同然。
 そんなことを、今日やっと思い知った。同じ思いを募らせて、ここまでやってきた魔女たちを目の前にして、オレはこの問題の意味を見出したのかもしれない。
 ああ、そうか、そうだったのか。
 オレは怖かったんだ。自分と繋がっているやつがいなくなってしまうのが怖かった。また、あの一人だけの世界に戻るのが怖かった。親とか、そういった血の繋がりなんて不確かな絆より、何年も一緒にいて、疑ったり信用したりを繰り返した強固な絆。それがオレにとっての最高の望み。
 あの時のオレは、ありましないような外部的要因に頼ったあげく、全ての関係をなくしてしまった。でも今は、気が付けば様々なやつらと様々な関係を築けていた。たとえそれが今まで過ごしてきた世界とはまるで違う世界だったとしても、オレのすむ世界はもうここなのだから。だからオレは現状と、自身を守るための努力をしなければならない。
「お嬢、後は頼む」
「待ちなさい」
 帰ろうとするオレをお嬢が止めた。腕組みをし、目つきが険しい。でも、ため息を一つつくと、あきらめたような顔をした。
「お万、案内してあげて。」
「了解」
 と、お万と呼ばれた和服の女は、来た道を引き返していく。どうやら門までの道案内をしてくれるようだった。
 門までは、五分とかからなかった。気が付けば、お万の存在が見当たらない。どうやら現場に戻っていったらしい。まあそうだろう。ヴァルプルギスの夜の残滓と、その原因となったアレイスの体がまだ残っているからこの後の調査と、一般人へ知られないための後片付けが大量に残っているのだから。
 「センパイ?」
 門をくぐるまで残り一歩。
「今度はなんだ?」
「どうして泣いているの?」
 心臓が一瞬止まったかと思った。その証拠に、動機が激しすぎるほど動いていた。七の顔をみると、たしかに首筋のところに水の跡が見つかった。今は両手がふさがっているから隠すことができないけれど、隠そうともしなかった。
「ちょっと、な」
「そうですか。とりあえず、今日は千早ちゃんと獅堂さんと四人で飲みましょうよ」
「お前は大丈夫なのか?」
「え!?・・・一応は」
 なんだ?なんでそんなに驚く?それに言葉が続かない?ああそうか、オレが拒否しないからか。全く、オレは何回七に対して「仕方がない」とか「今日だけだぞ」なんて言葉を思ったのだろうか。たぶんこれからもこうして巻き込まれていくのだろうか。だから、今日も・・・。
「今日だけだからな」
「はいっ!」
 前回とは違う笑みだ。眼を閉じているからかもしれないし、また別の理由かもしれない。それでも、こうして近くで笑ってくれるなら、それも悪くないと思った。

 オレと七は、闇に飲み込まれていった。
 そのイメージをすると、すこしおかしくなった。
 笑いながら、闇に生きる存在。悪くない。
 ああそうだ。いつまでも不能者でいるわけにはいかない。

 オレの新しい居場所はこれからだから・・・。


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