心臓が熱い。腕の感覚はないが、手に持っているナイフの重みがはっきりとわかった。喉が渇ききり、唇はカサカサだ。心の奥底から沸き起こるこの感情の正体は不明。けれど、脳から送られてくる情報は確かなものだ。 (殺す) どうやってナイフを持った右腕を動かしているかはわからないが、もう止まることはない。体と脳と心はバラバラだった。眼一杯振り上げた右腕を、振り下ろした。 (殺った!) 目の前にようやく右手に持った銀光を放つ金属が見えたその瞬間、顔面に火花が散る。 まず肩に衝撃、背中、顔、腕、そして足の順に痛みが走る。一体何が起きたのか。理解不能だが、顔をあげるとそこにはアレイスがいた。 「レイ・・・・あなた、聖になにをしようとしたの!」 咆哮。チッ、七の奴足止めくらいやれっての。さて、この状況をどうしたものか。結界の消滅は確認した。さらにこの魔女では結界なんて高度なものは作り出せないと思う。その証拠にオレを突き飛ばしたあともこちらに剣先を向けるだけ。だというのに、オレはこの魔女に向かっていく気がしない。 さっきとはまるで別人。眼が血走り、鎧には数多の傷が目立つが、魔女自身は無傷のことだろう、しかし肩で息をしている。ふん、怒りで我を忘れかけている。そんなにこの少女のことが大事だというのか? 「聖というのか。なるほど、そうか」 「レイ、まさか・・・」 鬼の形相。この魔女でもこんな顔をするのか。オレはこの状況下においての最重要人物の存在をようやく知ると、口元が釣り上がるのが自分でもわかった。 人は大事なものがあると強くなるという話がある。例えば恋人、家族、恩人。そんなものは綺麗な人種、綺麗な場面でしか発揮できない。この状況やオレ達のような相手にそこまで大事な存在をひけらかすということは、弱点を晒したのも同然。 ここにきて、オレの中の鬼がようやく眼を覚ました。思わず笑いがでる。止まらない、止められない。 「センパイ・・・一体なにを」 「七、やるぞ」 七はどうも傷を負ったらしく、左手から血が滴り落ちている。 まあどうでもいい。オレは新しいおもちゃを手に入れたような気持ちになった。立ち上がると、軽く砂埃を払う。標的は聖という少女。だが、目的はアレイスの排除。少女への攻撃は、アレイスがきっと受けてくれるだろう。そうでなくては面白くない。 能力の発動。 周囲の光を断絶。オレは行動を開始する。5秒後、能力の解除。オレの行動を予想していたかのように、アレイスは少女の前に立ちふさがった。急にオレが目の前に現れたことにも動じず、アレイスは剣を振りぬいた。だが剣は空を切っただけだった。今までとはまるで剣の扱いに雲泥の差が生じていた。オレは魔女の怒りに触れたからか、魔女の剣は力が入りすぎ、モーションもでかい。避けるのはたやすかった。ここからが本番。 ヒートモードに移行。光源の消滅。きっと魔女の視界には暗黒が広がっていることだろう。いいぞ、こちらが先手を取っている。 オレは、能力を行使ながら、魔女を翻弄した。最初は一秒間隔で、姿を晒し、そしてまた闇に紛れる。この頂上という平地をうまく利用して、様々な場所を移動した。魔女にはオレの移動するところが見えていないため、瞬間に移動したように見えることだろう。さらに、移動時の流れもうまく見えないはずだ。次に聖への攻撃を開始した。とはいっても、さすがにナイフの届く距離では魔女に気がつけれてしまい、決め手には到底至らない。よし、ここまでも計算とおり。オレは光の断絶する間隔をバラバラにした。1秒、五秒、10秒、1分etcだ。そろそろ詰みにするとしよう。オレは何回目かになるかわからない少女を標準にしながらも的確に魔女への攻撃を確かなものにしていた。すると、アレイスのほほに一筋の水滴が流れた。この状況下だ、よほどの精神力がなければ戦い抜くことができないし、すでに5分程度の戦闘にもなれば疲労もたまる。オレは闇に紛れながら、小石を一つ拾う。さらに、七のところへ跳躍。 準備は整った。ここで一度魔女に姿を晒す。光の放出がオレを襲うが、反応が鈍く、簡単に回避できた。もちろん回避方向はわからせない。 「もう限界か?」 魔女が気配と音を頼りにオレの居場所を把握しているのは承知している。本当ならば、アレイス自慢の魔力を放出すればいとも簡単にオレの場所を看破してしまう。まあ、オレが前回とほぼ同じことをしているのだから、アレイスも前と同じことを行えばいいのだ。だが前の戦闘とは状況下とは違う、それは聖という不安材料がオレとやつの優劣を決定した。魔女はこちらを向く、が遅い。オレはすでに別の場所へ跳び、魔女の反対方向に向かって小石を投げる。 カッ。石が地に落ちた音がした刹那、魔女の肩がかすかに反応する。 (その反応でいいのか?) 疾走。オレは勝利を確信していた。それはアレイスの反応の速さがそうしてくれていた。これがもし、アレイスがオレのちょこざいな小細工にいちいち反応しないような神経の図太い性格をしていたならば、ここまでうまくいかなかっただろう。だがそのもしもはおこらなかった。 キィン!と金属音が三回空を振動させた。さすがだ、このタイミングでの攻撃を受けきるか。しょうがない、サービスをあげよう。かわいい人間への手向けだ。 能力を解除する。オレにはなんの視覚的効果はなかったが、アレイスの視界は明るくなり、今なにが起こったかわかるだろう。 「まさか、あなたが・・・」 「ああ、お前の負けだ」 白銀の魔女は歯噛みした。その口からは一筋の血が流れた。たしかに魔女はこの賭けとも言える一撃を凌いだ。それだけは賞賛してやろう。 騎士であり魔女のアレイスは、膝をついた。片手を地におろし、今にも倒れそうだ。けれど、アレイスには外傷と呼べるものはどこにも見当たらない。すると、膝をついたアレイスの目の前には、天野零はいなかった。両手の十指を刃に変えた七が立っていた。 「私は・・・してやられたのです・・・ね」 アレイスは完全に沈黙した。地面が水でぬれる。その水は魔女の目から流れた涙だった。だが鬼である天野達にその反応は無意味だった。その証拠に天野の顔は悦がはいっていた。 「センパイ、どうしますか?」 と、七が天野に質問をする。天野は七に礼をいいたかった。さきほど、七に向かって跳躍したのはこのためだったのだ。短期での戦闘には一つのフェイクで事足りる。その考えのもと、天野は自分自身が作りだしたチャンスを七に与えた。七は天野の期待に答えるべく、天野が投げた小石の着地音を合図にアレイスに全力の攻撃を放った。小石で反応が一瞬遅れたにも関わらずそれは紙一重で防がれた。だが天野にとってはそれでよかったのだ。十分すぎるほどに七はよく働いたといえよう。なぜなら、天野のもつ魔刃はその獲物に死を与えることに成功していた。 「まあ、これで任務成功だな」 天野は魔刃を引き抜くと、血が噴水のように吹き出た。魔刃は、正確に少女の胸に刺さっていた。今までは確かに少女をえさにアレイスを攻撃していた。けれど、それもここまでの布石。アレイスはそうとは知らずに、いや、自身の手が少しでもゆるまれば聖が殺されることはわかっていた。だからこそオレだと勘違いしたまま七の攻撃にも全力をもって迎え撃った。だが、最後の一撃を担ったのはついさきほどまで戦闘から離脱していた七だったのには驚くしかなかった。魔女であるアレイスにもわかっていたのだ。鬼たちは単体でしか戦闘は行わない生き物だということ。だけどこの状況はなんだ。アレイスに対して鬼の数は二人、これでは数がおかしい。そこでアレイスは一つ、気がついた。 「これでも・・・一人?」 「ああ、戦闘ではなく、殺すときは一人というわけだ。もっとも、戦闘に突入したらたいていは一人だ。だがこれはそのケースじゃあない。戦いが一回だが、殺す標的は二人。これが何を示しているのか、わかるな?」 天野は泣きそうな魔女の言葉に対して冷たく反応した。 さて、心臓が消滅したといっても完全な死にまではまだ残り数分ある。それまでの時間、神楽を待つとしよう。 「まだ・・・・・だよ」 天野がきびすを返すと、人が倒れた音が聞こえた。だがもはや天野には少女への興味はない。ただ、少女が死ぬのを待つばかりなのだから。 「あ・・あ、ひじ・・・・り」 アレイスはのろのろと立ち上り、心臓を破壊され、倒れている少女に歩み寄る。その足取りは不確かで、剣を持つ力が残っていないのか、カンカンと剣を引きずっていた。そして、血まみれの聖を抱きかかえた。その胸は、血でよく見えなく、口からも赤い液体がでていた。 「ごめんなさい。私が至らないばかりに・・・。ああ、ラックになんといえばいいのか」 アレイスの眼から涙がしきりに流れ出た。鼻水も多少でいて、その均整のとれた顔立ちが台無しだ。 「あああああっ、あ・・・あ」 我慢できなくなったのか、アレイスは声を出してなき始めた。 「・・・・センパイ」 「わかっている」 実際、七は天野に感謝していた。七には、この少女を殺すことはできないからだ。その理由はまだわからない、だが殺そうとすれば、胸の奥で警報がなるのがわかっていた。しかしこの惨劇にはさすがに心が打たれるというもの。人が死ねば悲しい。そんな当たり前の感情がまだ残っているのか、七は何かを堪えるように下を向いた。一方の天野はそんなものは関係ないといった風に空を見上げた。だが天野も、七同様に悲しい気持ちは心のどこかに生まれている。うまく言いあらわせないだけだった、この胸の奥から沸いて出るこの感情をうまく表現できないのだ。いつもならば、いつものどうでもよい相手ならこんな感情はでてこない。今回はいつもと違っていた。 「よくも・・・よくも聖を!」 アレイスは聖を抱いて立ち上がる。まあわからなくもない。仲間がやられれば、愛情は裏返り、憎悪と化す。そして目標は復讐に成り代わってしまう。だからこの怒りも正当なものだ。だが、負の連鎖は終わることを知らないからこそ、早いうちに摘み取ってしまわなければならない。 アレイスは右手の人差し指を胸に当てる。天野はこの仕草に身に覚えがあった。確かこれは・・・。 「まずいな」 天野の一言と同時にアレイスの体が輝きだした。アレイスの体から光が漏れ、その正体が魔力だと知る。だがこの異常なまでの魔力量はまずい。そしてこの流れ、天野の能力では奪うことはできない。もし吸収することができたとしても、桁違いの魔力量だ、瞬時に修復するだろう。次の瞬間、アレイスの背には光の翼が形作られると、空へ浮かびあがった。この力は他のシックスの仲間とは一線を画す。それもそうだろう。この力はもともとアレイス自身にしか備わっていなかった。元々剣士だったアレイスの体には聖痕なるスティグマが生まれつき備わっていた。アレイスはキリストの国出身ではあったが、熱心なキリスト教徒だったわけではない。幼い心にはいつも剣の心があっていた。だからこそ、アレイスは聖痕がある聖人ではあるが、その自覚は皆無に等しかった。だが、そんな幼い心など大人には何の意味はない。本国の教会は、アレイスを聖人として、招きいれた。まあ、聖人であるからこそ、アレイスはある程度のわがままを聞いてもらえたのもまた一つの事実。けれど、成人に近づくにつれて一つの考えが浮かんだ。身も心も差し出すつもりはない、と。そうして、機をみつけて本国を抜け出したアレイスは、砂の国でであったラックと共に当時はまだ名もない異端魔女集団に入団した。アレイスたちは、正規の集団ではないのだ。確かに彼女たちは魔法、魔術にかけては非常に優秀だった。けど、優秀な能力に優秀な人格が備わっているとは限らない。そういった少なからず現代の社会と折り合いをつけて生活ができない集団が彼女たちだった。だからこそかもしれない、魔法使いではないアレイスがその集団にはいることができたのは。そして、アレイスは、ラックの眼のつけた聖痕を使用して仲間たちに多大なる貢献をした。それが他の魔女たちが使用した「スティグマ・ダミー」だ。ラックが作り出したこれは、適正のあるものならば、聖痕の形だけをコピーすることを可能にした。形だけといっても、精巧なコピーだ。その力も形だけをもコピーした。その力こそ、自身の魔力増幅だった。これは、聖痕ダミーの力ゆえに、適正者自身には何の影響も及ぼさない。それでも、この力により彼女たちが更なる力を身につけたのは大きな進歩だった。そして、その適正者は、アレイス本人を入れて六人。シックス。まあ本来その所有者であるアレイスが聖痕を解放すれば、聖痕本来の力で、真の聖人の力を得る。 「なに!?」 驚きの一言は天野たちのものではなかった。 天野達の手が届くことのない上空にある光源は二つ。一つはアレイスのもつ光の翼、二つ目はアレイスが抱えた少女の亡骸からだった。少女の亡骸は白く輝き、まるで暗闇から舞い戻ったかのような印象を受ける。 「そうですか、これが・・・」 言い終わることなくアレイスの体が地面に落ちていった。受身を取ることなく落下し、少女の体がアレイスの体を守るように下敷きになった。動かない、いい終えなかったのは、気絶したからなのだろう。天野は、思い出したように腕時計を見た。 時刻は今日でも明日でもない。零時を示していた。 「ちっ。最悪」 「センパイ、どうしました?」 なんとなく予想はついていたけれど、こうも最悪な方向へ進んでいるとは思いもよらなかった。天野は、七の問いかけを無視してアレイスを凝視する。アレイスはゆっくりと立ち上がった。手には何も持たず、表情は何も語らず、アレイスからは何一つ感情、気持ち、そういったものが感じられなかった。 虚ろな目、髪と統一されていたブロンドの瞳は黒く変色していた。いや、色なんてものはない。虚無だ。生死という最も原始的な事象が存在していない。 生きる体に、死の魂。それは、生きているのか、それとも死んでいるのかわからない。いうなれば、生者が操る死の弾丸。 これが、ヴァルプルギスの夜の正体。生死の境を壊す現象。死者を生き返らせることができると同時に生者を死者に変えることも可能。ここでは魂は等しく、肉体を用いたイス取りゲームが全てだ。 天野は本能で察した。自身の能力では太刀打ちできない。天野の能力は「有」るものしか奪えない。よって、「無」い力は奪うことはできないのだ。 どうする?アレイス、いや、すでにアレイスではない、だがアレイスと呼ばずしてなんと呼ぶ?虚無は否定ではない。元々ないのだから否定する材料すら存在しない。まだアレイスが動きだしていない今こそチャンスではないのか?考えろ!一体どうすればいいのだ? 「センパイ!あれは・・・さすがにちょっとまずいんじゃ?」 「やっぱりわかるか?完全にオレの手に余る。七は・・・やっぱり無理か」 七を向いた瞬間、首をブンブンと横に振って無理の合図をした。 「でも、おかしいですね」 「なにがだ?」 「だって、あのお嬢がこんな無理難題をするとは思えません。少なくても今まではこんなこと一度だってなかったですよ」 「お嬢が魔女たちを過小評価したって線は・・・ないな」 そうだ。あの慎重で悪魔のような計画性をもったお嬢がこんなミスをするとは思えない。きっとオレ達に有利に働く要素があるはずだ。 「もしかして・・・神楽かもしれん」 鬼任せといわれるかもしれないが、オレが出せる精一杯の答えだった。前回の戦闘でオレ単体ではアレイスには歯が立たなかったし、七はラックとの相性が悪い。もし、そんな最悪の組み合わせで戦闘が始まれば、この任務は失敗を前提としたものになっている。もしそんな思惑があるならば、それはそれで仕方がない。けれど、これは数年もの間捜し求めた事、しかも今夜のこの瞬間でしかありえない。だからこそ自分たちが捨て駒にされたことだけはありえない。 「しかし、神楽はまだ・・・」 そう、神楽はまだラックと共に消えたままだったのだ。もし、オレの読みが正しいとすれば、神楽がこない限りオレ達に明日はない。 「ああ!」 軽く七が悲鳴を上げた。チクショウ。もう動きだしやがった。ようやくオレ達のことを認識したのか、口元が釣りあがりなんともいえないような邪悪な表情を浮かべていた。背中に嫌な汗がながれた。先の七の悲鳴もわかる。人間がオレ達に本能的嫌悪を覚えるとどうように、オレ達もアレイスに同様の感情を持っている。勝つとか負けるとかそういった勝敗の問題ではない。あれに遭遇した時点ですでに敗北が決定しているといってもいい。それは、人が世界に縛られているように存在という部分がすでに異なる。もうアレイスは人間ではなくなっていた。 「なんだ!?」 アレイスの次の行動、というべきなのだろうか。まだ意味のわからない笑みを浮かべたまま、立ち続けているアレイスだったが、周囲には変化が起きていた。 空気が、木が、地面が、そして世界が色を失い、色あせていった。と思えば、木の緑や地面の土色がありえないほどにまで色濃くなった。葉がかれ、落ち葉となった瞬間に新しい葉が木を覆う。落ち葉は地面の肥料となってその地を殺し、何の前触れもなく地表が裂けた隙間から風が疾風となり暴風となって木々をなぎ倒していった。 そんな生と死が絶えず繰り返される自然界で、オレと七だけは今もまだ正常を保っていた。 七に呼ばれると、七はお嬢から受け取ったお守りを握りしめていた。 「なるほど、お嬢はそこまでよんでいたのか。じゃあ何とかなるのかもな」 お嬢のわけがわからないほどの摩訶不思議な力によってオレ達はまだ存在を許されているようだった。これはチャンスだと思った。もし、本当に神楽がキーならばなぜアレイスと対面しなかったのか?それはわからないが、少なくても神楽が戻ってくる間、オレと七でこの場をどうにかするしかないようだ。 目線だけで、七に合図を送る。 「おい、それは・・・なんだ!」 「え?」 オレが七を見た瞬間。七の胸から腕が突き出していた。いつの間にか七の後ろには、アレイスが立っていた。 「かはっ、はあ・・・はあ。ふふふ、あはは。そうなんだ」 心臓を潰されているはずの七だったが、何故かうれしそうな表情をし、一方のアレイスはいまだに能面の笑顔を絶やさない。一体、七の身に何が起こったというのか。実にあっけない。それよりも、心臓が消滅しているにも関わらず、平然としているのかが不可解だった。 ふと、骨の姿になった獅堂を思い出した。 「センパイ。思い出してください。センパイの戦い方を、そしてこの人はもう人間じゃないってこと、を」 糸が切れた人形のように、七は崩れさり、オレの手にはお嬢のお守りがあった。それをナイフで二分にわけた。 七が倒れ去ったことで、オレはアレイスと対面する格好になった。 (本当にそれでいいのか?) ああ、いいさ。胸の奥でオレはオレと言葉を交わした。今は七のことを気にかけている場合じゃないことはわかっている。オレにはオレの役割があり、昔のことを精算しろとオレの中のオレが駆り立てる。 不意にアレイスが消えた。反射的に背後へ飛ぶ、さきほどオレのいた場所にアレイスが現れた。まるでテレポート。さっきの七の言葉はかなりのヒントだった。詳しいことはわからないが、これからどうすればいいのかだけははっきりとわかった。 能力の発動。オレの能力があいつに無効だということは百も承知している。だけどやらなければならない。オレの能力は効かないが、アレイス自身の力ならば・・・どうだろうか?七のヒントを頼りにある仮説をたてる。虚無、つまり何らかの力を足せばいいのではないか?そう、アレイスはもう存在しているが、存在しないもの。事象、現象、そんな奇跡みたいな出来事を起こす存在を人は神というのかもしれない。 チャンスも、行動も、全てがこの一瞬できまる。オレのこの五年間はこのためだけに浪費してきた。だからこの一瞬は五年間に匹敵するのか。わからない。ただ、この日のためだけだと思うと、悲しくもあり笑えた。 逆手に持ち替える。距離にして20M。アレイスがまだアレイスだった頃だした光の翼の残滓を魔刃にこめる。魔刃は輝かない、しかし力がこめられているのはありありとわかった。 全身に力が加わる。本当に足が動いているのかわからない。腕は重く、風すら感じない。地は不安定で、視界には七の死体がちらちらと入り込んでいる。喉があつく、脳がひりひりする。 もし、あの時オレがあんなことをしなければ、あの時笑ったりなんかしなければ、友達なんて関係にならなければ、知り合うことすらしなければ、オレは今頃こんなところで死を覚悟なんかしなかったのだろう。 (オレの、ささやかな幸せなんかいくらでもくれてやる!) (ああそうさ。オレには人並みの幸せを望むことすら間違っている) 強く、思う。 (明日から、あの二人は・・・) もっと、強く! 「オレはぁぁぁあああああ!」 右手に力をこめる。 (間違ってない!) 目標は、神の力。 「ハルゥゥゥゥ!」 懐かしい友の名を呼び、重すぎる腕を前へ、突き出した。 矛盾を手に、虚無へ立ち向かう。
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